寺田寅彦と牧野富太郎2023年04月05日 06時23分00秒

かつて「明治科学の肖像」と題して、東京帝国大学理科大学の古い卒業写真を採り上げたことがあります。


そこには、学生・教員とりまぜて、日本の科学を先導した偉人たちが居並んでいるのですが、そのうちの1人が寺田寅彦で、記事を読まれた寺田寅彦記念館(高知市)の関係者からご連絡をいただき、画像データを同館に提供させていただいたことがあります。

たったそれだけの御縁にもかかわらず、寺田寅彦記念館友の会様からは、会報「槲(かしわ)」を毎号お送りいただいており、さすが土佐の人は情誼に厚いと、大いに感じ入っています。

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先日も会報の第96号が届き、興味深く拝読したのですが、その中に宮英司氏による「寺田博士と牧野博士のご縁」という記事が掲載されていました。

寺田寅彦と牧野富太郎は、ともに高知出身の科学者ですが、両者にはこんなエピソードがあった…として、以下にように書かれています。一部を引用させていただきます。

 「寺田博士(1878~1935年)と牧野博士(1862~1957年)は同じ時代を生きている。この2人に関しては興味深い話が残されている。高知県越知町の横倉山自然の森博物館ニュースの「不思議の森から」(2006年1月号)を以下に引用する。(著者は当時の同博物館の安井敏夫副館長兼学芸員)

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 高知県出身の動物学(魚類学)の大家・田中茂穂博士がかつて東京の私電の中で、寺田寅彦博士と同車した際、たまたま土佐出身の人物の話になり、田中博士が「ときに寺田さん、貴方は土佐出身者で誰を一番偉いと思いますか」と尋ねたところ、寺田博士はすぐさま「牧野富太郎」と答えたという。後日、田中博士が牧野博士に会った時、同じ質問をしたところ、牧野博士は直ちに「寺田寅彦」と答えたといわれている。」
 (「槲」第96号〔令和5年2月〕、pp.8-9.)

これだけでも、だいぶ引用の連鎖が伸びていて、究極の出典は今のところ不明です。話としては、なんだか出来すぎのような気もします。しかし、古来「英雄は英雄を知る」と言いますから、他に抜きん出た存在として、両博士は互いに深く感ずるところがあったのでしょう。

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NHKで朝ドラ「らんまん」が始まり、主人公の牧野富太郎(今はまだ子供時代のエピソードですが、成人後は神木隆之介さんが演じる由)に注目が集まっています。それはそれで興味深く、大いに盛り上げてほしいですが、その人間的魅力やドラマ性においては、寺田寅彦もおさおさ劣りませんから、こちらもいずれぜひ作品化してほしいと思います。(上掲の記事で、筆者の宮氏もそのことに触れられていました。)

コメント

_ S.U ― 2023年04月07日 07時52分46秒

私は、科学者の業績をたどり、その人がどういうタイプの学者だったのかを想像するのを楽しみにしています。科学者を乱暴に3分類すると、

1)手腕を尽くし学問界のリーダーたらんと欲した人
2)社会の人々や教育に直接尽くそうとした人
3)その他の好き勝手な道を歩んだ人(=自分の考えで学問の将来を見据えた人)

となると思います。
 
 私の理解する限り、この2人は3)としか思えなくて、あまり親しみ深さや世俗っぽさは感じられないのですが、この2人が日本の一般的な「文学界」で人気が高いのはどういうことなのでしょうか。多少戸惑いを覚えるくらいです。

_ 玉青 ― 2023年04月08日 10時09分09秒

寺田寅彦も牧野富太郎も、啓蒙家の顔を持ち、大いに一般向けの随筆類も書きましたから、「文学界」で人気があるのも頷けます。ただ、両者の肌触りはちょっと違いますね。

寺田寅彦は、漱石門下として、いわゆる「岩波教養主義」とともに受容されてきたので、ちょっと高尚で高踏的な匂いがありますね。一種のエリート臭といいますか。一方で牧野富太郎は、ひたすら刻苦勉励した、立志伝を飾る野人的人物として広く大衆に支持されてきたと思います。何となくファーブルとか、エジソンとか、野口英世と同じ箱に入っている感じです。

もちろん、これは周りが勝手に作ったイメージで、ご両人の実情とは相当異なると思いますし、ご本人にしたら迷惑な話だとは思いますが、「信長は非情で酷薄、秀吉は剽軽、家康は狸親父」というのと同じで、人は類型化を好むものですから、この辺はちょっとどうしようもないかもしれません。

ときに卒爾ながら、S.Uさんも3)ですね?

_ S.U ― 2023年04月08日 17時07分34秒

この問題については、私もちょっと考えるところがありまして、昨今では、理学の研究活動(理学に限りませんが)の広報というのがあって、研究者が親しみ深い人間であるとか、社会に貢献をしているとか、そういう宣伝をさせられるのです。そういう人もいますのでそれもいいのですが、問題もあって、そういう活動が苦手であるけど見逃せない研究者もいるし、それから、また、その手の広報が必ずしも一般に受けがいいかというと、私にはそれも疑問なのです。寺田寅彦、牧野富太郎は、確かに一般向けの随筆を書いていますが、大衆に迎合したようなものはないと思います。

 仮説として、これは、日本人の文学趣味によるものではないかと思います。文学に通じた理学の研究者が受けるのではないでしょうか。例えば、湯川秀樹は、物理学の業績では、別格で世界的に見ても20世紀屈指の人だと思いますが、やはり3)の人だと思います。晩年、ビキニ水爆実験以後は平和運動に尽力したので、2)の視点も大きいですが、科学者としては、3)だと思います。しかし、中国哲学や漢文に通じていたので、湯川秀樹といえば、その方面の評価が高くなっているように思います。
 
 私はどうでもいいですが、やはり3)でしょうか。1)、2)は実力不足で世の中に貢献はできませんので、やはり文学もどきの視点で何か多少なりとも関心を持ってもらえたらじゅうぶん嬉しいというのはあります。

_ 玉青 ― 2023年04月09日 07時46分55秒

ご苦労、お察しします。
自分が興味を持った世界を、多くの人に伝えたい、特に後続世代にその魅力を伝えて、ぜひ自分野に参入してほしい、そして同じ魅力を伝えるならば、よりいっそう魅力的なものとなるよう、伝え方にも工夫をこらしたい…。他者と関心を共有することに、あまり意味を感じない人もいるでしょうけれど、まあここまではごく自然な流れですよね。

問題は、それが内発的なものか、それとも予算取りの必要とかで外部から強いられたものか、という点でしょうか。寺田寅彦も、牧野富太郎も、あるいは天文だったら山本一清や野尻抱影も、それがもっぱら内発的な動機に基づくものだったからこそ、啓発活動も無理なく続いたし、その言葉が(迎合臭を発することなく)素直に人々の心を打ったのでしょう。

思うに、啓発的書物を書く名手というのは、自分の中に「素人」ないし「門外漢」のモデルをリアルに持てる人ですよね。つまり、分からない人の気持ちや、分からない人はどこが分からないのかが、生き生きと想像できる人。その結果として生まれた文章が対話体である必要はないですが、彼らは常に心の中の「素人」と対話しながら、文章を練っているんだろうなあと想像します。(カソク長屋シリーズもそうですね・笑)

上に書いたことは概ね万国共通のことで、それが日本人の文学趣味とどう結びつくかは不明ですが、良き啓発家は教場にあっては良き教師のはずですから、その「良き教師像」に自ずと反映されるお国柄に、日本なら日本、アメリカならアメリカ、フランスならフランスの、それぞれの特徴がにじむことはあるかもしれません。

_ S.U ― 2023年04月09日 16時22分25秒

>予算取りの必要
この範疇に属するものは、さすがにあらわにカネのためと言われることはありませんが、最近では「納税者の説明」とか「納税者への責務」とか、そういう言い方がなされます。国公立だからそうなるわけで、これが民間なら「顧客への提供」となって、それは要求されて甚だもっともな「取引」ということになりますが、「納税者への・・・」が多少くせ者なのは、それが普及とか提供とかとは必ずしも適合しない「広報」としかいいようのないものになっていることです。おそらく、この問題点は、それなりに認識されていて、将来のためには、若手育成の教育プログラムが別途行われています。つまり、二本立てになっていますが、私がいうところの「日本の文学趣味」というのはどちらにも入らないように思います。最近は、ブログやツィッターで軽い発信もできるようになったので、マニア(オタク)の年配の方向けへの文学的な活動もしやすくなりました。が、ここはまだ模索状態です。

 おそらく、諸外国でも、最初の二本立ては日本と同じようにやられているのでしょう。そして、三本目については存在することはわかっていますが詳細は不明です。三本目を系統的に組織することに成功した国はないのかもしれませんし、またあえてそれはしないほうがよい可能性が高いのだと思います。

 牧野富太郎と寺田寅彦が、100年を経ていまも未解決な問題に、なにごともなかったかのように模範答案を見せてくれていることに驚きます。

_ 玉青 ― 2023年04月10日 18時52分55秒

S.Uさんの中で答が自ずと得られた気がしますので、この件は一旦語り収めとしましょう。ともあれ、寅彦のような人には、引き続き教えを受けて、学ばねばならないことが多そうですね。

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