草木の精、牧野富太郎2023年04月07日 06時35分23秒

牧野富太郎と聞くと思い出す本があります。
すなわち、飯沼慾斎(いいぬまよくさい、1783-1865)著、『草木図説』
幕末の安政~文久年間にかけて出版された本草図譜で、後の植物図鑑のはしりです。江戸時代に出版された本草書は多いですが、これを植物図鑑のはしりと呼ぶわけは、改訂を繰り返しながら、植物図鑑として近代に入っても使われ続けたからです。

まず明治8年(1875)に、田中芳男(1838-1916)小野職愨(おのもとよし、1838-1890)が、原著にラテン語の学名を加えるなどした新訂草木図説』というのが出ています。

そして明治40年(1907)から大正2年(1913)にかけて、牧野富太郎がさらに加筆訂正した増訂草木図説』が出ました(以下、「本書」と呼びます)。

(深緑のクロス装に銀の箔押しをした洒落た造本。全4巻から成ります)

(本書奥付)

(内容の一部)

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私が本書を思い出したのは、その第1巻の冒頭に、彼の印象深い肖像写真が載っていたからです。

(「東京帝国大学理科大学植物学教室内実験室ニ於ケル牧野富太郎」)

大量の植物標本と西洋から輸入したであろう大判の植物図譜、それらが放つ博物学的香気に打たれるとともに、それらに囲まれて少壮の気を放つ牧野富太郎の姿に、私は大いに感銘を受けました。



これは私の想像ですが、ここで彼の周りを飾っている植物標本は、当然、彼自身が手ずから採集したものでしょうし、のみならず、いかにも値の張りそうな洋書類も、その多くが帝大の備品ではなしに、彼が実家の酒造業を傾け、さらに多額の借金までして蒐集に努めた、彼の個人蔵書ではないでしょうか。そう思って眺めれば、彼の強い自信に満ちた表情にも納得がいくのです。


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ときに、明治8年版『新訂草木図説』の「附言」を書いたのは、慾斎の曾孫の飯沼長蔵です。

(本書収録の「新訂草木図説附言」末尾)

当時すでに曾孫の代になっていたわけですから、慾斎はずいぶん昔の人だと感じますが、驚いたことに、その慾斎の肖像写真も、本書冒頭には収録されています。


いつの撮影かは分かりませんが、慾斎はよっぽどハイカラな人だったのでしょう。

ついでに言うと、本書には田中芳男と小野職愨の写真も収められているので、そちらも載せておきます。

(田中芳男、1838-1916)

(小野職愨、1838-1890。小野の肖像写真は、今日現在、画像検索しても出てこないので、これはわりと貴重な画像です)

田中芳男は、名古屋の博物学者・伊藤圭介の弟子で、明治の日本で博物館のソフトとハードの基礎を築いた人。小野職愨は高名な博物学者・小野蘭山の曾孫に当たる植物学者です。こうした江戸と明治をつなぐ先輩たちに伍して、植物学の道をさらに切り開いていこうとする強い意思を、牧野富太郎の肖像写真からは感じます。

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ドラマ「らんまん」は、牧野富太郎をモデルにしたフィクションの体をとっており、主人公の名前は「槙野万太郎」(配役・神木隆之介)になっています。そして、田中・小野のふたりも、「里中芳生」(いとうせいこう)、「野田基善」(田辺誠一)の名で、今後メインキャラ扱いで登場するそうです。


【付記】 本項執筆にあたって、俵浩三氏の『牧野植物図鑑の謎』(平凡社新書、1999)を参考にしました。