パロマーの巨眼よ、永遠に ― 2023年05月14日 12時01分52秒
(昨日のつづき)
パロマーといえば、かつては憧れと尊敬を一身に集める存在でした。
その偉業は当時アメリカのみが成し得たことであり、パロマーはアメリカの国力が今よりも更に強大だった、「パックス・アメリカーナ」時代のひとつの象徴と言えるかもしれません。
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古参の天文ファンだと、地人書館の下の写真集でパロマーに親しまれた方が多いと思います。
■大沢清輝(解説・編集)、ヘール天文台校閲
『パロマ天体写真集―巨人望遠鏡がとらえた宇宙の姿』
地人書館、1977(架蔵本は1981の初版第2刷)
『パロマ天体写真集―巨人望遠鏡がとらえた宇宙の姿』
地人書館、1977(架蔵本は1981の初版第2刷)
「第Ⅰ編:わが銀河系」、「第Ⅱ編:100億光年のかなたに」という2部構成の、一部カラー写真を含む大判の写真集です。
(左:いて座の三裂星雲M20(NGC6514)、右:はくちょう座の網状星雲NGC6992)
(左:かみのけ座NGC4565、右:アンドロメダ座NGC891)
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さらに遡ると、先行して下の写真集も出ています。
■鈴木敬信(編)
『天体写真集―200吋で見る星の世界』。
誠文堂新光社、第5版1959 (初版1953)
『天体写真集―200吋で見る星の世界』。
誠文堂新光社、第5版1959 (初版1953)
編者の「はしがき」には、
「本書の主要部をなすものはウィルソン山およびパロマ山天文台の労作、世界にほこる100インチおよび200インチの巨鏡、48インチのシュミットカメラが、万物の寝静まる真夜中に最大の努力と手練とを傾ける観測者の熱意と相まって、うつしとった空の神秘である。おさめた写真のうち約150葉はこの写真集のために特に誠文堂新光社が同天文台から取りよせた最新のもの、約250葉は私が長年かかって収集したなかから選んだもの、残りは私自身が撮影した写真、それから東京天文台・花山天文台・水沢緯度観測所・科学博物館などから拝借した写真である。」
…とあって、写真の入手にも当時大変な苦労があったことが分かりますし、その苦労をおして写真集発刊を目指した鈴木氏と誠文堂新光社の熱意も伝わってきます。繰り返しになりますが、パロマーはそれだけ当時は「エラかった」のです。
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かつてパロマーが生み出した驚異の天体写真の数々。
でも、天文雑誌の読者投稿欄を見れば、今では鮮麗さにおいてパロマーの写真集をしのぐ美しい画像が、毎号のように載っています。これも21世紀に急伸したデジタル撮像と画像処理技術の進歩のおかげです。
その意味で、パロマーの威信もずいぶん凋落したように見えるんですが、考えてみれば、アマチュアが口径30cmの望遠鏡を使ってやれることは、当然パロマーの5.1mを使ってもやれるわけで、その口径差による圧倒的なアドバンテージは、いささかも揺るぎません。
パロマーのヘール望遠鏡は今も完全に現役で、最先端の研究に日々活用されていることが、パロマーの公式サイトに掲載されているレポートから分かります。
■Current Research and Observations Slideshow
最初に登場した、地人書館の『パロマ天体写真集』の冒頭で、編者の大沢氏は、
「科学的な目的の天体写真には白黒が用いられ、カラーを使うことはない。カラーでは光量の量的測定をすることができないからである。世界一級の望遠鏡の観測時間を割いて、本書掲載のカラー写真が撮影されたのは、天体物理学の普及発達のためには、それも一種の必要な社会サービスだという、大所高所からの判断によるものであろうと思われる。」
…と書かれています。この辺の事情は今も同じでしょう。ハッブル宇宙望遠鏡やジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡による、目を驚かせるカラー画像がメディアを賑わせるのも、一種の「社会サービス」であり、ひいては予算獲得に向けたアピールにほかなりません。
パロマーの巨人望遠鏡は、今ではそうした役割を果たす必要がなくなったので、我々一般の目にあまり触れぬ形で、専門的な研究に一意専心できているわけです。
どうかパロマーが末永く壮健で、その澄んだ瞳が大宇宙を見つめ続けますように。
コメント
_ Linf ― 2023年05月16日 02時51分47秒
_ 玉青 ― 2023年05月16日 20時07分52秒
御教示ありがとうございます。ご紹介いただいた論文、冒頭をちらっと見ただけですが、天体カラー写真の歴史というのも、なかなか奥の深い世界ですね。
天体の研究には、もちろん対象の色情報も重要なのでしょうが、しかしそれらを組み合わせて「総天然色」の写真を作るとなると、途端に「真の色とはいったい何か?」「人間の目ははたして真の色を捉えているのか?」という、いわば哲学的な問に直面します。
ある程度事情の分かった人ならば、宇宙望遠鏡の生み出したカラフルな写真を見ても、それが疑似カラーだと承知して眺めるのでしょうが、でも、改めてその色合いを「偽」と断じても差し支えないか?、それを偽というなら、じゃあ「真」の色が別にあるのか?…と自問すると、だんだん自信がなくなってきます
1枚の天体写真は、天体の構造を明らかにすると同時に、人間の認識の限界についても省察を迫るものだ…と、これを機会に拙い思いを巡らせました。
天体の研究には、もちろん対象の色情報も重要なのでしょうが、しかしそれらを組み合わせて「総天然色」の写真を作るとなると、途端に「真の色とはいったい何か?」「人間の目ははたして真の色を捉えているのか?」という、いわば哲学的な問に直面します。
ある程度事情の分かった人ならば、宇宙望遠鏡の生み出したカラフルな写真を見ても、それが疑似カラーだと承知して眺めるのでしょうが、でも、改めてその色合いを「偽」と断じても差し支えないか?、それを偽というなら、じゃあ「真」の色が別にあるのか?…と自問すると、だんだん自信がなくなってきます
1枚の天体写真は、天体の構造を明らかにすると同時に、人間の認識の限界についても省察を迫るものだ…と、これを機会に拙い思いを巡らせました。
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The Universe in Color: William C. Miller's Deep-Sky Photographs (1958 – 1965)
https://sites.astro.caltech.edu/palomar/media/slideshows/deepsky.html
参考文献の10です。
NASA/ADS Classic Formで Auther: Miller, William C. Abstract/Keywords: astronomical photograpyで検索すると4件見つかります。商業誌のApplied Opticsを除いて閲覧できます。