続・仙境に遊ぶ2023年10月13日 18時32分56秒

海の向こうの本屋と揉めている…と、以前チラッと書きました。
あの件は実はまだ揉めていて、結局、PayPalの買い手保護制度を利用することにしました。ここまで話がこじれることは稀なので、同制度の利用は今回で2度目です。

相手だって、大抵は常識を備えた人間ですから、どんなトラブルでも話し合いが付くのが普通です。でも、今回は先方が謎のロジックを延々と展開するので、それ自体興味深くはありましたが、途中でこれはダメだと匙を投げました。

それにしても交渉事は消耗します。
しかも慣れない英語ですから、翻訳プログラムを援用しても、やっぱり骨が折れます。そんなわけで、記事の間隔が空きましたが、もうあとはPayPal頼みなので、記事の方を続けます。

   ★

福田美蘭氏の作品に触発されて見つけた私だけの仙境、それがこの1個の石です。


石を飾るときは、木の台座をカスタムメイドするのが通例らしいですが、ここでは浅い青磁の香炉を水盤に見立てて、盆石風に据えてみました。


まあ、伝統的な水石趣味の人に言わせると、これは単なる駄石でしょう。
岩の質が緻密でないし、色つやも冴えないからです。

でもこれを見たとき、かつて見た昇仙峡の景色を思い浮かべ、これこそリアルな岩山だと思いました。モデラーに言わせれば、この冴えない岩肌こそ「ウェザリングが効いている」んじゃないでしょうか。それに山容がいかにも山水画に出てきそうだし、いっそ海中にそびえる霊峰、「蓬莱山」のようだとも思いました。


あの辺りを鶴の群れが飛び、その脇で仙人が碁でも打ってるにちがいない。
あそこには庵があって、戦乱を逃れた隠者が住んでいるんじゃないだろうか。
夕暮れ時には、杣人があの麓の道を越えてゆくのだろう…。
――これこそ、私にとっての仙境だと思いました。

それにこの石は、どこから見ても、それぞれに山らしい表情をしています。


…とまあ、只同然で手に入れた石をえらく褒めちぎっていますが、こういうのは見る人次第ですから、私自身が仙境と思えば、それはすなわち仙境なのです。

   ★

「自分だけの世界」ということで、唐突に思い出した作品があります。

三浦哲郎作 「楕円形の故郷」(1972)。

中学卒業とともに青森から上京し、職を転々としている青年が主人公です。
彼は工場勤務のとき、機械で指を切断してしまい、今は荷物運びの助手をしながら、辛うじて生活しているのですが、その彼の唯一の慰めは、同郷の女友達と会って話をすることでした。でも、いつまでも田舎じみた彼を、彼女は疎ましく思い、次第に遠ざけられてしまいます。そんな孤独の中、ひょんなところで出会った以前の同僚から、寄植えの盆栽を見せられて、彼はハッとします。

 「それは皿のように平たい楕円形の鉢に、片側を高く、片側を低く、全体として小高い台地のように土を盛りつけ、一面の苔を下草に見せている二十本ほどの寄植で、それが郷里の村にある櫟(くぬぎ)林の、南はずれの様子にそっくりなのだ。彼はそれを一と目見て、ぎくりとして動けなくなった。」

(Pinterestで見かけた寄植。https://www.pinterest.jp/pin/985231160218811/

その盆栽を気前よく託された主人公は、毎晩それを眺めながら、夢想の世界に入り込むようになります。

 「まず、苔の斜面を草地だと思うことにして、そこに寝そべっているちいさな自分を空想する。〔…〕それをじっと見詰めているうちに、ソロの林がだんだん膨れ上ってきて、やがて自分を呑み込んでしまう。林の梢を渡る風の音がきこえてくる。川の瀬の音がきこえてくる。小鳥の声がきこえてくる。遠くから脱穀機の唸りもきこえてくる。寺の鐘も鳴っている…。それから、おもむろに目を開ければ、そこはすでに見上げるような林の中だ。青く晴れ渡った空に、葉を落としたソロの梢が網の目のように交錯している。」

この「楕円形の故郷」という作品を、私は創元の『日本怪奇小説傑作集3』で読みました。これが怪奇小説と呼ばれるわけは、その哀切で奇妙な結末のせいですが、こういう「箱庭幻想」は私の中にも強烈にあって、福田美蘭氏の作品の前で釘付けになったのも、たぶん同じ理由だと思います。

   ★

無意味な諍いや、血みどろの戦のない世界を、せめて心の中に持ち続けたい…。
たとえ後ろ向きの考えと言われようと、それぐらいの自由は、人間誰しも享受して然るべきだと思います。

コメント

_ S.U ― 2023年10月14日 06時50分59秒

>蓬莱山
 私もそう思いました。日常のための蓬莱山ですね。
 誰が見てもこれは蓬莱山だというシンボル的なあしらいものがあるのか知りませんが、薬草とか仙果のなる樹とか玉の枝があれば間違いないと思います。

_ 玉青 ― 2023年10月14日 18時37分45秒

ぜひ「心の蓬莱山」に、「心の仙果」をあしらっていただきますように…。

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