19世紀に登場した予言の書2024年06月08日 14時02分06秒

聖徳太子作とされる予言の書、『未来記』。
言うまでもなく後世の偽書ですが、こういうあからさまな偽書が存在すること自体、未来を知りたいという人間の欲求が、いかに強いかを示すものでしょう。

聖徳太子ほどの人でも、未来を見通すことはなかなか難しいです。
しかし、「予言の書」は確かに実在します。偽書なんかではなしに。不気味なほど未来を予見し、その予言は必中という本が―。


ただし、その本は何でも予言できるわけではありません。
ごく狭い範囲の予言にとどまるものの、その限られた範囲では文字通り必中です。


■Theodor von Oppolzer(著)
 『Canon der Finsternisse』

すなわち、ハプスブルク家治下のオーストリアで活躍したテオドール・フォン・オッポルツァーが著した『食宝典』

(Theodor von Oppolzer、1841-1886)

『食宝典』というと何だかグルメ本のようですが、内容は過去から未来に至る日食・月食を総覧したデータブックです。収録されているのは、B.C.1207年からA.D.2161年までの8,000回の日食と、同じくB.C.1206年からA.D.2163年までの5,200回の月食。

(出版事項を記した副標題紙。中央には双頭の鷲。書名を記した本標題紙がこの後に続きます)

「帝国科学アカデミー紀要 数学・科学部門 第52巻」として、1887年にウィーンの帝室国立印刷局から刊行されました(原稿が提出されたのは、オッポルツァーが亡くなる直前の1885年10月で、本になったのは没後のことです。彼は本の完成を見ずに逝ったことになります)。

   ★

タネを明かせば「なあんだ」ですけれど、人類がこの“予知能力”を身に着けるまでに費やした努力の総量と、灰色の脳髄と2本の手だけで、この膨大な計算をやり遂げたオッポルツァーの情熱は、手放しで称賛してもよいでしょう(加えて延々と版を起こし続けた植字工の仕事ぶりも)。


オッポルツァーの骨の折れる計算は、


375頁に及ぶ大部な表と、


160枚もの日食経路図に結実しました。
そこにはもちろん、2035年9月2日に本州の真ん中で見られる皆既日食もしっかり「予言」されています。


   ★

そういえば、前回話題にした「夜空の大三角」という記事は、2013年、今から11年前のものでした。11年といえば長いようですが、私の中ではわりとあっという間で、過ぎてしまえばそんなものです。そのことを思えば、11年後の2035年もこれまたきっとあっという間でしょう。

11年後に私が生きているか。たぶん生きている確率の方が高いですが、高齢になればいつ何があるか分からないので、この世にいないことも十分考えられます。でも、生きてこの目で見たいなあ…と心底思います。私はこれまで皆既日食を見たことがないんですが、日食については「噂ほどでもない」という人より、「想像以上にすごかった」という人の方が圧倒的に多いので、さぞかし壮麗なのでしょう。

ただ、日食というのは、仮に生きていたとしても、お天気次第ですべておじゃんなので、あんまり楽しみにしすぎるのも考えものです。がっかりしすぎて頓死…なんてのも嫌なものです。

   ★

オッポルツァーが45歳の若さで亡くなったのは、計算のやり過ぎのせいではないか?と真剣に疑っていますが、実は彼は生涯で一度も日食を見たことがなかった…となると非常にドラマチックなんですが、もちろんそんなことはありません。


1868年8月18日、南アジアで見られた日食の際、アラビア半島南端近くのアデンの町(現・イエメン)で彼はそれを観測し、それが『宝典』編纂のきっかけだそうです。このときは、フランスのピエール・ジャンサンが、後にヘリウム由来と判明したスペクトルをインドで観測しており、この日食は科学史上もろもろ意義深いものとなりました。

コメント

_ 歐陽亮 ― 2024年06月08日 16時47分44秒

日食の記事を書くきっかけになった6/8の記事、ありがとうございます。

https://liangouystar.blogspot.com/2024/06/Solar-Eclipse-Map-Guess-whats-wrong.html

_ 玉青 ― 2024年06月09日 08時39分00秒

欧陽亮さま

ご連絡ありがとうございました!2002年の「幻の日食」については、恥ずかしながら全く見落としていました。そうなると、オッポルツァーの『食宝典』も「必中」とは言えないことになりますね。まあ、ときにミスも生じるところが人間らしさの表れであり、そこにこそ佳き味わいがあると言えるかもしれません。

欧陽亮さまのブログ、「MYSTERIOUS CONSTELLATIONS」を拝読しました。とても素敵な内容に心が躍りました。拙ブログの関心領域と重なる部分も多く、ぜひ今後とも「兄弟ブログ」として御交誼をいただければ幸いです。

_ 歐陽亮 ― 2024年06月10日 07時52分44秒

私のブログを気に入っていただきありがとうございます。あなたと「兄弟ブログ」になれることをとても嬉しく思います。実は私も2年前にコラムを書いたときにあなたの記事を拝見して引用させていただきましたが(https://liangouystar.blogspot.com/2023/07/Modern-Constellations-only-Hundred-Years-Old-Centennial-Constellation-Story.html,PDF file 注7)、本当に天文学の宝庫ですね。
本を読んでいると時々小さな間違いを見つけることがあるので、それが人生のささやかな楽しみだと思っています。最近、大崎正次の『中国星座の歴史』の新版を買ってとてもうれしかったのですが、旧版は集めているのでしょうか?とても珍しいと聞きました。
私の日本語能力は非常に低いので、上記は翻訳ソフトで翻訳したものですが、わからないところがあれば、もう一度書き直すか、中国語で直接読み上げます。

_ 玉青 ― 2024年06月10日 18時24分54秒

謝謝你!
你的回覆是完全可以理解的。我還使用瀏覽器的自動翻譯功能閱讀了您的部落格。我認為,由於自動翻譯的快速發展,我們現在可以與世界各地的人們自由交流,這確實令人驚訝。感謝您一如既往的支持。

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