かわいい天文学者とパリのカフェ2024年09月01日 13時36分41秒



かわいい紙ものを見つけました。青いドレスの女の子が熱心に望遠鏡をのぞき込んでいるそばで、昔の天文学者風の男の子が「紙の星」を揺らして、女の子の興味を引きつけています。いかにもほほえましい絵柄。

この品の正体は、昔のメニューカードです。


パリ・オペラ座(ガルニエ宮)の脇に1862年開業した、老舗の「グラン・ホテル」(※)。現在はインターコンチネンタルの傘下に入り、「インターコンチネンタル・パリ・ル・グラン」となっていますが、その一角、ちょうどオペラ広場に面して今も営業しているのが、多くの文化人に愛された「カフェ・ド・ラ・ペ(Café de la Paix)」で、1878年のある日のランチメニューのカードがこれです。

(Google ストリートビューより。正面がオペラ座、左のグリーンの日除けの店がカフェ・ド・ラ・ペ)

メニューカードというのは、当日記念に持ち帰る人も多く、それが時を経て紙ものコレクターの収集対象となり、eBayでも古いもの、新しいもの、いろいろなカードが売られているのを見かけます。

カードの周囲に目をこらせば、ディナーは6フラン(ワイン代込み)、ランチは4フラン(ワイン、コーヒー、コニャック代込み)とあって、気になる献立はというと、その内容は裏面に記載されています。


1878年11月16日(土曜日)の午餐に供されたのは、以下の品々。


…といって、私にはまったく分からないんですが、ネットの力を借りて適当に書くと(違っていたらごめんなさい)、まずブルターニュの牡蠣に始まって、白身魚のフリット、オマールエビのマヨネーズ添え、ステーキとポテトのバターソース添え、鶏レバーの串焼き、キドニーソテーのキノコ添え、もも肉ローストのクレソン添え、ほうれん草入りハム、インゲンのバター風味、冷製肉、半熟卵、スクランブルオムレツと来て、最後にデザート。19世紀のフランス人は(今も?)だいぶ健啖なようですね。


ワインもお好みでいろいろ。料金4フラン(たぶん今の邦貨で1万円ぐらい)にはワイン代も含まれていたはずですが、こちらはグラスワインとは別に、ボトルを頼んだ時の別料金でしょう。

   ★

さて、飲み食いの話ばかりでなく、肝心の望遠鏡について。
そもそもランチメニューの絵柄が、なぜ望遠鏡なのか?

そこに深い意味があるのかどうか、とりあえずメニューの内容とは関係なさそうですね。この日、何か天体ショーがあって、それにちなむものなら面白いのですが、にわかには分かりません。この年の7月にアメリカで壮麗な皆既日食があり、天文画の名手、トルーヴェロ(Etienne Leopold Trouvelot、1827-1895)が見事な作品↓を残していますが、季節も国も違うので、これまた関係なさそうです。

(出典:ニューヨーク公共図書館

あるいは全然そういうこととは関係なく、単に見た目のかわいらしさだけでこの絵柄となった可能性もあるかなあ…と思ったりもします。というのは、これと全く同じ絵柄を別のところでも目にしたことがあるからです。


右側に写っている一回り小さいカードは以前も登場しました。

■紙の星

こちらはパリの洗濯屋の宣伝カードで、洗濯屋と望遠鏡ではそれこそ縁が薄いので、これは完全に見た目重視で選んだのだと思います。

こういう例を見ると、この種のクロモカードの製作過程も何となく想像がつきます。つまり、この種のカードはカスタムメイドのオリジナルではなく、出来合いの印刷屋の見本帳を見て、「今回はこれで…」とオーダーする仕組みだったんじゃないでしょうか。

   ★

同じ絵柄のカードを2枚買うのは無駄かとは思いましたが、洗濯屋よりはカフェの方がはるかに風情があるし、常連だったというゾラ、チャイコフスキー、モーパッサンらが、この日カフェ・ド・ラ・ペを訪れていた可能性も十分あるので、ベルエポックのパリで彼らと同席する気分をいっとき味わうのも、混迷を深める現世をのがれる工夫として、悪くないと思いました。


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(※) フランス語の発音だと「グラン・オテル」だと思いますが、ここでは「ホテル」とします。オペラ座やグラン・ホテルを含むこのエリアは、19世紀のパリ改造によって建物がすっかり建て替わった地域で、時系列でいうと、グラン・ホテルのほうがオペラ座(1874年竣工)よりも先に完成しています。ちなみに、カードにはグラン・ホテルに隣接する、これまた老舗の「ホテル・スクリーブ」の名も併記されていて、今では全然別経営だと思うんですが、当時は「グラン・ホテル別館」の扱いだったようです。

コメント

_ S.U ― 2024年09月01日 18時50分32秒

「紙の星」は愛らしいいたずらを描いたものでしょうが、望遠鏡を覗いている人の足もとにある図面の図形は何か象徴的意味があるようにも見えます。これは何が描いてあるのでしょうか。
 それから、以前、誰かのエッセイだったかで、「ガストロノミー」と「アストロノミー」のしゃれの関連を聞いたことがあります。英語圏、仏語圏では、簡単にそのようなしゃれは通じそうに思いますが、ガストロノミーというのは、どういう意味に受け
取られていて、どれほど普遍的な用途のある言葉なのか、現地人が使っているのを見る機会を得ていないので知りません。

_ 玉青 ― 2024年09月02日 07時29分20秒

このカードは、言ってみれば天文学に関しては素人の画家が、チラシのイラスト的に描いたものですから、件の図にしても、何となく天文学に関係しているっぽく描いてあるだけで、そこに特に深い意味はなさそうです。

ガストロノミーとアストロノミーは、「漢文はチンプンカンブン、化学は蚊が喰う」程度の、これまたあまり意味のないダジャレだと思いますが、世の中にはそこに深いものを求める人もいるようで、下のページはかなり壮大な話になっています。その意気やよし、でも、正直これは企画倒れのように感じました。

https://www.scientificamerican.com/blog/guest-blog/where-astronomy-and-gastronomy-meet/

_ S.U ― 2024年09月02日 08時54分55秒

>ガストロノミーとアストロノミー~企画倒れ
 食べ物で宇宙をモデル化しようというのは、大層な割にはちょっと万人の関心を引くかどうかはわかりませんね。やはり、プロの天文研究者グループとか、アマチュア観測仲間が天文観測の疲れを癒やすために、たまには奮発して高級レストランでパーティをするくらいが、アストロノマーによるガストロノミーの適切な研究企画のあり方のように思います。

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