蟹と月と琴(前編) ― 2024年09月07日 08時14分22秒
昨日書いた「あるもの」とは琴です。
最初それに出会ったのは、「日輪と月輪―太陽と月をめぐる美術」展(サントリー美術館、1998)の図録上でしたが、そちらの図版はモノクロなので、所蔵者である東京国立博物館のサイトから画像を一部トリミングして転載します。
以下、同ページの作品解説より。
「蟹琴蒔絵硯箱(かにことまきえすずりばこ)
黒漆塗の地に金の高(たか)蒔絵で蟹と琴を描いた硯箱。蟹の目には金鋲(びょう)をうち、雲に金銀の切金(きりかね)を置き、月は銀の板を切り抜いた平文(ひょうもん)で表わすなど、大胆な図柄でありながら、様々な技巧が凝らされている。桃山文化期にも、伝統様式の蒔絵が存続していたことを示す一例である。」
黒漆塗の地に金の高(たか)蒔絵で蟹と琴を描いた硯箱。蟹の目には金鋲(びょう)をうち、雲に金銀の切金(きりかね)を置き、月は銀の板を切り抜いた平文(ひょうもん)で表わすなど、大胆な図柄でありながら、様々な技巧が凝らされている。桃山文化期にも、伝統様式の蒔絵が存続していたことを示す一例である。」
時代は「江戸時代・17世紀」となっていますが、解説には「桃山文化期」ともあるので、まあ江戸の最初期の作品なのでしょう。
何だかシュールな、いかにもいわくありげな図柄ですが、これは一体何を表現しているのか? まあ「何を」といえば、もちろん蟹と月と琴なんですが、この取り合わせの背後にあるストーリーなり、典拠なりを知りたいと思いました。
当たり前の話ですが、昔の人は筆で文字を書いたので、硯箱は必需品でした。当然、膨大な数が作られたと思いますが、大半の実用品は古くなれば廃棄され、今も残る品は調度品を兼ねた、いわば「高級品」です。
そういう品の常として、そこに施される蒔絵は、もっぱら「吉祥」や「風雅」の意をこめたものであり、古典に取材した画題を採用していますから、この「蟹・月・琴」の場合も、そこには何か典拠があるはずだと思いました。
しかし、国立博物館の解説は、技法について言及しているだけだし、『日輪と月輪』展の図録に至っては、サイズ・時代・所蔵者がそっけなく書かれているだけで、解説めいたものは皆無です。
★
この件については、ネットもあまり役に立たなくて、何となくポカーンとしていましたが、別の展覧会の図録に、そのヒントが書かれていました。それは2004年に仙台市博物館で開かれた「特別展 日・月・星(ひ・つき・ほし)―天文への祈りと武将のよそおい」の図録です。
この展覧会でも、同じ「蟹琴蒔絵硯箱」(ただし図録では「琴蟹蒔絵硯箱」になっています)が出品されたのですが、その解説にはこうあります。
「満月のもと、琴と蟹を蒔絵で表す。主題の意味ははっきりしないが、万葉集に、葦蟹(あしがに)を大君が召すのは琴弾きとしてか、と詠んだ歌がある。あるいはまた琴弾浜を表すとも考えられる。」(図録p.122)
なるほど、これは脈ありかも…ということで、さらに謎を追ってみます。
(この項つづく)
最近のコメント