アストロラーベ再見(1)2022年03月09日 20時02分40秒

ウクライナでの戦闘が止まりません。
ニュースで配信される現地の映像は、ただただ痛ましく、心が曇ります。

ブセボロードさんからは、その後も折々メッセージが届きます。前回の記事に動画で登場した、アストロラーベ作りの金工作家氏――ブセボロードさんによれば、彼は「宝石屋の息子」ではなく、彼自身が宝石屋なのだそうです――も既にキエフを脱出し、ポーランドに向かったが、その手前でまごまごしてるんだ…という話。

そんな話を聞くと、ウクライナの人だって別に戦災慣れしているわけではなくて、ほんの1か月前まで、我々と同様に、ごく普通の日常を送っていた人たちばかりだという、当然のことを思い出します。日常とはかくも脆く、私の身辺だって、いつどうなるか分かりません。「要するに彼らは私であり、私は彼らなんだ」と、理屈を超えてそんな気がします。

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さて、この機会にアストロラーベについて振り返ってみます。

アストロラーベとは結局何なのか、その構造と用法がしっかり腹に落ちている人がどれぐらいいるのか、少なくとも私は正直あまりよく分かってなかったんですが、先日ふとそれが分かった気がしました(例によって「気がする」だけかもしれません)。


それは、モダンな構造の――でも原理は昔のものと同じ――アストロラーベを手に入れてクルクル回したからで、基本的に私は自分の手元でクルクルしたり、パラパラしないと分からないタイプなのでしょう。そのクルクルの成果を、自分へのメモもかねて、文字にしておきます。

(この項つづく)

哀惜のアストロラーベ2022年02月27日 11時25分36秒

ウクライナの首都・キエフで、古い天文機器を復元・販売していた――早く販売が再開されることを祈ります――ブセボロードさんのことに、昨日言及しました。(ブゼボロードさんの姓はブラフチェンコですが、彼は常に自らブセボロードと名乗り、私もそう呼んでいたので、ここでもブセボロードさんとお呼びすることにします。)

ブセボロードさんの本業は建築家で、天文機器の製作は副業ないし余技だそうですが、その製品には目を見張るものがありました。


上は以前、ブセボロードさんから送られてきた写真で、ケンブリッジ大学のホイップル科学史博物館で撮影されたもの。左が同館所蔵のオリジナルで、右がブセボロードさんが制作したレプリカです。直径約29cmという大型のアストロラーベで、オリジナルの方は、14世紀のイングランドで作られたものと推定されています。

ご覧のとおり素晴らしい出来映えですが、仔細に見比べると、表面を覆う「レーテ(網盤)」のデザインや、その下の経緯線を刻んだ「テュンパン(鼓盤)」の目盛など、細部にいくつか違いがあることに気付きます。もちろん、ブセボロードさんの技術があれば、そっくり同じにすることもできたのでしょうが、そこにブセボロードさん独自の見識とこだわりがあります。

その見識とこだわりとは、「天文機器は正しく使えるものでなければならない」というもの。そのため、ブセボロードさんは、現代の星の位置データに基づいてレーテをデザインし直し、また観測者の緯度に合わせてテュンパンを刻んでおり、その意味でこれは彼のオリジナル作品です。だからこそ、彼は自信をもって、そこに自分の銘を刻んでいるのです。そして、彼が作る製品はすべてこのポリシーで貫かれています。

(ラテン語の銘は「キエフのテレブルス工房、2021」。2021は私が購入した品の製作年です。)

ちなみに上の製品を最初に発注したのは、左のオリジナルを研究していたケンブリッジの教授で、その先生が詳しいデータを提供してくれたために、いっそう完成度の高い製品ができたのだとか。

ブセボロードさんからは、そのメイキング映像も届きました。


■Astrolabe from Whipple Museum, Cambridge

「テレブルス工房」と上で書きましたが、ブセボロードさんは、一人でアストロラーベを仕上げているのではなく、金工、木工、革工等の担当者と共同で制作に当たっており、まさに工房体制です(ブセボロードさん自身は、作品の図面を引き、全体をプロデュースする役割、いわば工房主です)。

上の動画に写っているのは金工担当の人で、「宝石屋の息子」を名乗っているところを見ると、彼もまた余技としてここに参画していたのかもしれません。私は動画を見るまで、もっと各種の工作機械類を使っていると思っていたので、ほとんど全部手作業で行っているのを見て、本当にびっくりしました。

(細部の表情)

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今のウクライナ情勢の中で、ブセボロードさんのことは、ごく小さなエピソードかもしれません。しかし、ブセボロードさんの背後には、また無数の人々の日常があり、平穏な営みがあり、戦争はそのすべてを破壊してしまいました。人の命をはじめ、そこで失われたもののいかに大きなことか。

美しいアストロラーベもまた、確かにそこで失われたもののひとつです。そして、それが美しければ美しいほど、今回の軍事侵攻のむごさを感じないわけにはいきません。

(戦争とはおしなべて無残なものでしょうが、今回はまさに大義のない、無理筋もいいところの行動ですから、いっそう声高に非難されるべきです。)

こんなオーラリーが欲しかった。2021年11月27日 10時29分04秒

博物館を飾る優美なオーラリーの数々。
例えば、ケンブリッジ大学のホイップル科学史博物館が所蔵する、18世紀半ばに作られたグランドオーラリー。


盤面とともにゆっくり回転する、真鍮製の惑星たちの表情がなんとも良いですし、


その全体を覆う透明なドームも素敵です。さながら宇宙をよそながらに眺める神様になった気分です。「こんなものが我が家にもあったら…」とは、誰しも思うところでしょう。

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イギリス貴族や大富豪ならずとも、その夢が実現する時がついに来ました。

(机の上にちょこんと乗る、ほど良いサイズ)


olenoides(オレノイデス)社の「Stellar Movements(ステラムーブメンツ)」がそれです。私はつい先日まで知らずにいましたが、さまざまな試作を経て、昨年から本格的に販売が始まったと伺いました。

olenoides 社公式サイト https://olenoides.com/

(オレノイデスとは三葉虫の仲間(属名)です)


この製品については、私が余計なことを言わなくても、同社の解説をご覧いただければ十分なのですが、取り急ぎあらましだけ書いておくと、オーラリーの表面(天板)では、水星から天王星までの7つの惑星と、地球のまわりを回る月が、それぞれの公転周期の比を忠実に再現して回転します。電源はUSBで、回転速度は無段階可変。


これだけでもすごいのですが、オーラリーの下部にはさらにギミックがあって、上部の月と連動して月相を表示する月球や、海王星やテンペル・タットル彗星の公転を示す盤が独立して備わり、後者は楕円軌道を描くコメタリウムを兼ねています。もはや何をかいわんやという感じです。


コメタリウム部拡大。青い円盤の最外周は木星軌道で、その内側に火星以内の各惑星の軌道が書かれています。そしてその上方の銀色のバーが彗星の動きを制御しており、肝心の彗星はというと…


バーの左端に2本の尾を曳いた彗星が見えます(矢印)。今、彗星は遠日点を回り込むところです。


その後、時間の経過とともに彗星は地球に接近し(バー自体が動くと同時に、彗星がバーの上をスライドします)、やがて近日点を過ぎ、地球の脇を越えて再び遠ざかっていきます。

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これだけの機能を備えて税込み48,400円、組立キットだと同じく36,300円というのは、はっきりいって超の付くお値打ち価格。こうなると「過度にリーズナブル」であり、もはやリーズナブルとは言えないのでは…とすら思います。
多くの制約の中で、それを実現されたエンジニアの嶋村亮宏氏には、賛嘆の念しかありません。

小さなアストロラーベ2021年01月08日 13時23分49秒

冷え込みのきつい日。今日は一日巣ごもりです。

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世界は広いですから、アストロラーベを個人でコレクションしている人も、きっといるでしょう。まあ、それができるのは、間違いなく大富豪ですね。

私も含め、多くの人は大富豪でも小富豪でもありませんから、アストロラーベに惹かれても、レプリカで満足するしかありません。そして同じレプリカなら、できるだけ気の利いたものを手に入れたいと思うのが人情です。その点、前回のアストロラーベはなかなか気が利いていました。

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下のレプリカも、なかなか良くできています。


良くできているというのは、取りも直さず、細工が細かく正確であるということです。


直径53ミリという、ごく小さな懐中アストロラーベですが、その目盛りは極めて正確で、各パーツもしっくり滑らかに回転する点に、作り手の本気具合が現れています。

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この品も、きっと歴史的なモデルがあると思いますが、残念ながらその点は未詳。
ただ、その出所・由来は分かっています。これを譲ってくれたのは日本の方で、その方は、パリの老舗百貨店で購入されたそうです。改めてその方の話に耳を傾けてみます(商品説明文の一節です)。

 「12年前にパリのギャラリー・ラファイエット・デパートで購入した物だと思います。購入当時、説明書と証明書のような物をもらった記憶がありますが、残念ながら紛失してしまいありません。購入当時、10年ぐらい前に製作された骨董のレプリカだと説明を受けた記憶があります。製作されたのは今から22年前ぐらいだと思います。」

私がこれを購入したのは8年前です。8年前の22年前ですから、今からちょうど30年ぐらい前に、フランスで作られたレプリカのようです。

 「真鍮と説明を受けた記憶もありますが曖昧です。購入金額は当時の日本円で87,000円ぐらいでした。騙されていたのかもわかりませんが、綺麗だと思っただけで買ったので、商品について良くわかっておりません。」

正直な書きぶりからも、おそらくこれは事実そのままなのでしょう。
それにしても「綺麗だな…」の印象だけで、ポンと87,000円はずまれたのというのは、それだけ時代に余裕があった証拠です。(私はそれよりもはるかに低価格で譲っていただいたので、ちょっと申し訳ない気もしますが、庶民にとって安さは美徳です。)

この品が前回のものに優っている点があるとすれば、その「綺麗」な色合いがそれで、このまばゆい金色は、古いアストロラーベを彷彿とさせます。これはおそらく銅の比率が高い「ゴールドブラス(丹銅)」を使っているためで、銅の比率が高いと金属加工が難しくなるそうですから、その意味でも、これは手間が掛かっています。


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巣ごもりの巣から、外の世界に目を向けると、日本もアメリカも、無惨な政治があらわです。ただ、それを無惨なものとして、現に多くの人が指弾しているのは心強いことです。考えてみれば、まともなものが「地」になっているからこそ、異常なものが「図」として目立つわけで、このところ異常なものが目立つのは、世の中がまともさを取り戻しつつある証拠かもしれません。

アストロラーベの素性を知る2021年01月03日 12時19分54秒

世の中はますます大変な状況になってきましたが、強いて記事を書きます。今日は過去記事の蒸し返しです。

2017年に「第5回 博物蒐集家の応接間」が神保町で開催されたとき、雰囲気作りのお手伝いとして、アストロラーベのレプリカを飾らせていただいたことがあります。

空の旅(4)…オリエントの石板とアストロラーベ


そのときは、このレプリカの素性がよく分かってなかったのですが、先日ふとその正体というか、そのオリジナルの存在を知りました。これまで何度か言及したツイッターアカウントHistrory of Astronomy(@Histro)さんが、3年前にそれを取り上げているのに気づいたからです(LINK)。

ツイ主のサリダキス氏に導かれてたどりついたのは、シカゴのアドラー・プラネタリウム。その世界有数のアストロラーベ・コレクションの中に、件のオリジナルは含まれていました。

(アドラー・コレクションのページより https://tinyurl.com/ydfk24vf

所蔵IDは「L-100」、その故郷はパキスタンのラホールで、作られたのは17世紀と推定されています。当時はムガル帝国の最盛期で、ラホールは帝国の首都として華やぎ、壮麗なモスクや廟が次々と建てられていた時期に当たります。このアストロラーベも、そうした国力伸長を背景に生まれた品なのでしょう。

手元の品は、デザインも寸法もオリジナルとピッタリ同じ。彫りが浅いのと、おそらく真鍮成分の違いで、あまり金ピカしていませんが、構造を見る限り、正真正銘の精巧なレプリカです。


細部に目を凝らしても、本当によく作ったなあ…と感心する仕上がりです。
以前も書いたように、これは「レプリカ」と明示して販売されていたので、贋作ではありませんが、目の利かない人に見せたら、あるいはだまされてしまう人も出てくるかもしれません。


インドのどこかには、今もこういう品をこしらえる工房があって、職人の手元を離れた品々は、ときに真っ当なレプリカとして、ときに後ろ暗い贋作として、今も世界中のマーケットを渡り歩いているのではないか…と想像します。

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他の人からすれば、どうでもいいことでしょうが、持ち主としてはこうして正体が分かったことで、ちょっとホッとしました。


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【閑語】

感染症の中でも特に「伝染病」と呼ばれるタイプのものは、ヒトが媒介して拡大するので、その増減を決定する最大の要因は、人と人との接触頻度です。

裏返せば「大規模な流行のあるところ、人の盛んな交流あり」。中世のペスト大流行も、モンゴル帝国の成立によって、東西交易が活発化したことの反映だと、ウィキペディアの「ペストの歴史」に書いてあって、なるほどと思いました。今のコロナの世界的流行も、構図はまったく同じですね。

だからこそ、接触頻度を下げるためにロックダウンしろと、識者は盛んに述べるわけです。もちろん、一方には「経済を殺すな」という人もいます。まあ、ロックダウンにも強弱・濃淡はありうるので、どこまで経済(平たく言えば商売)の回転数を下げるかは思案のしどころですが、ネット社会が到来しても、経済活動が人間同士の直接接触なしでは行えないという意味で、2021年の社会も、前近代と何ら変わらないという事実を、今さらながら噛み締めています。

仮に将来、直接接触なしでも経済が回る世の中になったら、感染症の様相は大きく変わるでしょうが、でもそれが良い世の中と言えるのかどうか。そうなったらなったで、今度は「孤」の問題が、感染症以上に人々を苦しめるかもしれません。

特に結論のない話ですが、こういう時期だからこそ、いろいろ考えておきたいです。

オーラリーを手に、ちょっと月まで(後編)2020年08月30日 07時55分03秒

このオーラリーを作ったのは、米・マサチューセッツに本拠を置く Van Cort 社です。


■Van Cort 社公式サイト

同社は1970年代の創業。今では業態を変更して、本物のアンティークの修理と販売をメインにしているようですが、以前は主にアンティーク望遠鏡の復刻をビジネスにしていました。インド生まれの、いい加減なアンティーク風望遠鏡は、今でも山のようにありますが、ヴァン・コート社が手掛けたのは、それとは対照的な、時代考証に忠実な製品でした。

同社は、望遠鏡の他に古い科学機器の復刻も行っており、このオーラリーもそのラインナップの一部として売り出されたものです。

(同封のユーザー登録カードは1997年発行。オーラリーの販売も同時期でしょう。)

(写真がうまく撮れなかったので、購入時の商品写真をお借りします)

説明書によると、このオーラリーのオリジナルは同社が所有しており、元のメーカー名は不明ですが、おそらくはオランダ製、製作年代は1770年代と推定されます。(1781年に発見された天王星の不存在が、その最大の根拠です。)

(同上)

本体は金ないし銀でメッキされた真鍮パーツからできており、マホガニー製の台座は約10×25cm、最長の土星を支えるアームは、伸ばすと約43cmあります。

(土星本体は金、輪っかと衛星は銀で表現されています)

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以下、ちょっとした余談。

ヴァン・コート社のオーラリーは、当時普通に売っていた品ですから、今でもわりと目にします。そこに若干の付加価値があるとすれば、ひとえにフランク・シナトラJrのおかげですが、不思議に思ったのは、最近拝見した下のツイート。

「むむ、不届きな業者が、ジュニアの名をかたって一儲けたくらんだのか…」と一瞬思いましたが、この品はそんなに大きな利幅を狙えるものではありません。それに、ジュニア旧蔵のオーラリーが世にあふれていたら、いかにも変ですが、今のところ検索しても出てくるのは、上の品(と手元の品)だけです。

となると、彼はこれを複数持っていたのか?
わりと見場がいいので、ファンの贈り物がたまたまかち合ったとか?

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ともあれ、フランク・シニアの歌声を背に、しばし銀色の月に下り立ち、金色の惑星のダンスを眺めることにします。

(これまた商品写真の流用)

…というのは束の間の空想にすぎず、実際は写真撮影が終われば、そそくさとまた箱詰めしなければなりません。侘しいことです。

オーラリーを手に、ちょっと月まで(前編)2020年08月29日 16時47分22秒

しばし暢気に記事を書きます。

今週、エヴァンゲリオン(ヱヴァンゲリヲン)の新劇場版をNHKでやっていて、往時の記憶を新たにした人も多いんではないでしょうか。オリジナルのテレビ版が放映されたのは、今から25年も前ですから、ずいぶん昔のことです。

ストーリーもさることながら、私が個人的に強い印象を受けたのは、エンディングで「Fly Me to the Moon」が流れたことで、あの番組でこの曲を知った人も少なくないでしょう。無数のアーティストがカバーした名曲ですけれど、カッコよさという点では、フランク・シナトラに軍配が上がります。あの伊達な歌いっぷりはテープに吹き込まれて、アポロ10号と11号に乗って実際月まで行った…というのも、悪くないエピソードです。

(動画にLINK

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ここまでは前置きで、以下本題。

フランク・シナトラ(1915-1998)には、同名のフランク・シナトラ・ジュニア(1944-2016)という息子がいて、やっぱり歌手として活躍しました。亡くなったのは2016年、わりと最近のことです。

ジュニアの死後、その遺品の査定を行ったのがJason Preston Art Advisory & Appraisals社で、相続対象とならなかった物品の販売を任されたのも同社です。相続対象とならなかったぐらいですから、まあ十把一絡げの感はありましたが、それらはeBayで大規模に販売され、私もそのひとつを入手した…というのが話の本題。2017年のことです。

それは1台の折り畳み式オーラリーでした。

(木星と土星を支えるアームが折尺のようになっています)

別に古いものではなくて、現代の復刻品ですが、何せジュニアの向こうには御大が控えているし、少なからず月にちなむ品なので、「Fly Me to the Moon...」とハミングしながら眺めるには、格好の品と思ったわけです。

(モノの紹介は次回に回し、この項つづきます)

星時計(4)2020年01月06日 06時54分12秒

一定の品質のものを、安価に安定的に供給するのも立派な技術ですから、ヘミスフェリウム社やアンティクース社を貶める必要は全くありません。とは言え、その製品はやはり土産物的な色彩があって、「本物」とは懸隔があります。

そうしたリプロメーカーとは一線を画すのが、スイスのアストロラーベ作家、Martin Brunold の衣鉢を継ぐ、ドイツのクロノス工房です(CHRONOS-Manufakturhttp://www.chronos-manufaktur.de/en/index.html)。

彼らは製品に古色を付けることを一切しません。彼らが作っているのは、「懐かしのリプロ」ではなく、「現代における本物のアストロラーベ」だからです。だからこそ、その製品はエレガントで美しい。ちょっと大げさに言うと、両者の違いは、観光地で売っている模造刀と、現代の刀工が鍛えた日本刀の差だ…というと、そのニュアンスをお分かりいただけるでしょうか。

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そのクロノス工房のノクターナルがこちら。


上述のMartin Brunold の設計になるもので、1520年ころのオリジナルを元に、新たに計算し直した目盛りを刻んであります。


これも実際に使うときは、取っ手を下にして、垂直に立てて使います。

この品で特徴的なのは、目当ての星がこぐま座の「コカブ」である点、そして最外周の目盛りは十二宮を表しているので、月日で合わせるには、更にその内側の各月の三分線(数字は書かれていません)を基準にしないといけない点です。

それ以外の操作法は、これまでの記事の内容から、贅言不要でしょう。

(ノックス・ポインタは4月7日頃、こぐま座の位置は午後8時を示しています。なお、ノックス・ポインタの他に、8時のところのギザが一寸飛び出しているのは、おおぐま座用です。おおぐま座で測時するときは、こちらを日付に合わせます。)

(木製台座付き)

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…というわけで、手元のノクターナルを一通り眺めてみました。
ノクターナルはわりと単純な器具だと思いますが、それでもここまで書いて、ようやく理解できたことも多いので、やっぱり書けば書いただけのことはあります。

(この項おわり)

星時計(3)2020年01月05日 08時51分52秒

今回の一連の記事は、我ながらかなりくどい感じがします。
自分でも分かってなかったことを、ひとつひとつ確認しながら書いているからで、どうにもやむをえません。

今日はアンティクース社のノクターナル。


アンティクース社のノクターナルは、付属の解説書を見ても、オリジナルの記載がありませんが、やっぱり16世紀あたりの品にモデルがあるのでしょう。
下の出っ張りは「持ち手」で、使うときはこの向きに立てて使います。

(付属解説書より)

このノクターナルの特徴は、おおぐま座α、β星の「ドゥーベ、メラク」以外に、こぐま座β星の「コカブ」や、カシオペヤ座α星の「シェダル」を使っても時刻が測れるようになっていることです。そのため、真夜中を示すノックス・ポインタの代わりに、3星座に対応した3つのポインタが、羽状に突き出ています。

(上に突き出ているのはおおぐま座、左側はこぐま座用のポインタ。画面の外にカシオペヤ座用のポインタもあります。)

2つの星を使う分、ドゥーベとメラクを目当てにするのが、たぶん最も精度がいいはずですが、観測条件によっては、建物や樹木、あるいは雲に隠れて、思うようにいかない場合もあるので、こういう工夫が求められたのだと思います。

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使用法は、まず3つの目当ての内、どれを使うかを決めて、そのポインタを外周の日付目盛りに合わせます。次いでハンドルを回して、そのエッジを目当ての星に合わせ、時刻盤の数字を読み取る…という操作法は、他のノクターナルと共通です。


昨日と同じく1月4日・午後9時に、おおぐま座で時を測ったと想定して、目盛りを合わせてみました。十二宮の内側の数字が時刻目盛です。当たり前ですが、昨日の画像↓とほとんど同じ配置になります。


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ここまでは特に問題ないでしょう。でも、この品には時刻目盛の内側にさらに目盛があって、1~29の数字が刻まれています。


目盛には小さなつまみが付いていて、「Index Lunae et Aspectuum Plan」と書かれています。当然、これは月齢を意味しているのでしょう。でも、この部分の使い方が、解説書を見てもさっぱり分かりませんでした(負け惜しみじゃありませんが、この解説の英文はかなり怪しげです)。


ハンドルをグルグル回すと、その付け根にある円孔にムーンフェーズが現れ、例えば23の位置に合わせると、確かに下弦の二十三夜月が見えます。

でも、それが星時計とどう関係するのか、そして、つまみに書かれた後半部分「惑星のアスペクト(Aspectuum Plan[etarum?])」は、一体どこに表現されているのか、たぶん占星術と関係するらしい、このパーツの用法は今のところ謎です。

(この項さらにつづく)

星時計(2)2020年01月04日 14時28分09秒

アストロラーベや、四分儀、八分儀、あるいは古い日時計とか、昔の測器や航海用具にロマンを感じる人は多いようで、そういう人向けに、お手頃価格でリプロを作っているメーカーがあります。まさに需要があるところに供給あり。

いずれもスペイン・マドリードに本拠を置く、ヘミスフェリウム社(Hemisferium)アンティクース社(Antiquus)はその代表です。

両社の製品は、ラインナップも、価格帯も、とてもよく似ているので、どっちがどっちか分からなくなることがあります。それも道理で、両社はもともと同じ会社でした。

1980年代に創業したビジャルコル社(Villalcor, S.L.)が双方の母体。
その後、経営をめぐってお家騒動があったらしく、創業社長のホアキン・アレバロ氏(Joaquín Carrasco Arévalo)が、社を割って2005年に新たに立ち上げたのがヘミスフェリウム社で、残った方が新たに掲げた看板がアンティクース社…ということらしいです。まあ、青林堂と青林工藝社とか、似たようなことはどこにでもあります。

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(左:ヘミスフェリウム社、右:アンティクース社の製品)

ここで両社のノクターナルを順番にみてみます。
まずはヘミスフェリウム社から。

こちらは1568年、フィレンツェのジローラモ・デラ・ヴォルパイア(Girolamo della Volpaia)が製作したものがモデルになっていて、現物は同地の科学史博物館に収蔵されています。


同館のカタログ(https://www.slideshare.net/marcelianyfarias/catlogo-do-museo-galileo)では、p.45にある「目録番号2503」がそれ。何から何までそっくり同じとはいきませんが、何となく雰囲気は出ています。

使い方は、ヘイデン・プラネタリウムの星時計とほぼ同じです。

深夜12時の目盛りに相当するのが、「Media Nox(ラテン語で‘真夜中’の意)」と書かれたポインタで、これは時刻盤たる中円盤と一体化しています(以下、「ノックス・ポインタ」と呼ぶことにしましょう)。

まずノックス・ポインタを、最外周の日付目盛りに合わせます(ただし、改暦のゴタゴタと、ヴォルパイアの依拠した暦本に間違いがあったせいで、このノクターナルを使いこなすには、現代の暦日に38日を加えよ…と、付属の解説書に書かれています)。

(1月4日に使うときは、38日を足して、2月11日にノックス・ポインタを合わせます。)

次いで中心に北極星を入れて、「Horologium Nocturnum」と書かれたハンドルを回し、ハンドルのエッジと、北斗のマスの先端2星を結ぶラインを合わせます。あとはエッジ位置の時刻盤表示を読み取ればOK。

(付属解説書より)

ただし、ヘイデンの星時計と違うのは、ヘイデンの方はダイレクトに現在時刻が表示されているのに対し、このノクターナルの時刻盤は、「あと何時間で深夜になるか」が刻まれていることです。


したがって、上のように「3」の位置に北斗があれば、「あと3時間で24時」、すなわち現在21時であることを意味します。念のため、ヘイデンの星時計や、ふつうの星座早見でも確認すると、1月4日・21時の北斗の位置は、確かにこうなることが分かります。



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ところで、このノクターナルは、中円盤のさらに内側にギザギザのついた小円盤が付属します。


これは、「日没から現在まで何時間経過したか」を知るためのものです。なぜそれが必要かといえば、昔は日没を基準に、「日没後一刻、二刻、三刻…」という時の数え方があったからだそうです。

小円盤の内側には、毎月の上旬と下旬の「日没~真夜中」までの時間が、丸い数表の形で載っています。例えば6月上旬だと「4時間28分」、12月上旬だと「7時間32分」という具合(このノクターナルは、フィレンツェの緯度に合わせて作られています)。

次に読み取った数字と、時刻盤の数字を合わせます(時刻盤の数字は、「深夜までの残り時間」なので、ダイレクトに合わせれば良いわけです)。

(薄赤で囲んだように、1月上旬の「日没~真夜中」時間は7時間20分です。その位置に小円盤のポインタを合わせたところ)

ギザギザの山の中に書かれた「1、2、3…」の数字が「日没後○刻」を示し、1月4日・21時の例だと、ハンドルのエッジの位置から「日没後五刻」と読めます。


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なお、ノクターナルの脇にブラブラおもりが下がっているのは、裏面が日時計(測時四分儀)〔LINK〕になっているので、それ用です。

(裏面)

(この項つづく)