へびつかい些談(3) ― 2025年01月04日 08時28分17秒
へびつかい座とアスクレピオスの物語はいつ結びついたのでしょう?
(Giuseppe de Rossi による17世紀の天球儀の複製)
こういう考証は文献の森に分け入らないとできないので、素人のよく成し得るところではありませんが、ウィキペディアを眺めただけでも、いくつか有益な情報が得られたので、メモ書きしておきます。
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まず英語版「Ophiuchus」の項【LINK】には、へびつかい座に言及した最古の文献は、アラトス(315/310-240BC)によるもので、アラトスはエウドクソス(BC4世紀の人)の今では失われた著作を参照して、それを書いた…とあります。
アラトスの著作、「ファイノメナ(天象詩)」は、前回の記事にもちらっと出てきましたが、ローマ時代にラテン語訳され、「アラテア(アラトス集)」の名を得て、後世大いに流布しました。伊藤博明氏がそれを邦訳されているので(グロティウス「星座図帳」千葉市立郷土博物館、1993)、へびつかい座に関する箇所の訳文をお借りします。
(上掲・グロティウス「星座図帳」より)
「膝を折り曲げた、不幸な星座[ヘルクレス座]が頭を上げている方向に、<蛇つかい>[へびつかい座]があるだろう。あなたは、まず最初に広大な両肩を、そして次に残りの部分を見いだすだろう。これらの部分では光が減じているが、他方、両肩は、月の半ばの満月のときでさえ、十分な輝きを保っている。<蛇つかい>の手は光が弱く、その間を滑っていく<蛇>[へび座]は、彼の両手によってつかまれ、彼の胴体に巻きついている。彼の両足は<蠍>[さそり座]に達しているが、左足は<蠍>の背中に押しつけ、右足は宙に浮いている。彼が手で支えている重さは等しくない。というのは、彼は右手で<蛇>のごく一部を持ち、左手でその全体を支え、そしてこの左手によって、<蛇>を<冠>[かんむり座]へ達するまで持ち上げているからである。<蛇>の顎の先端にある髪の毛のような星は、天の<冠>[かんむり座]の下で輝いている。」
これを読んでただちに分かるのは、ここに星座の形や星の配置は書かれているものの、アスクレピオスの名も、それらしい神話物語も一切出てこないことです。まあ、他の星座も全部そうなら、「そういうもの」で済むのですが、『ファイノメナ』にはちゃんと星座神話の書かれた星座もあるし、むしろその方が多いので、なんだか不思議な気がします。
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では…と、今度はギリシャ神話そのものに注目してみます。
古代における最も体系的なギリシア神話集とされる、アポロドーロスの『ビブリオテーケー』(高津春繁訳による邦題は『ギリシャ神話』、岩波文庫)を見ると、そこにはアポロンと人間の女性との間に生まれたアスクレピオスが、ケンタウルス族のケイロンによって育てられ、医術を学び、ついにはゴルゴンの血を使って死者をよみがえらせる技を編み出したため、ゼウスの忌避に触れ、その雷霆に撃たれて死んだ…という伝承が書かれています。でも、ここには蛇と関連する記述が何もないし、彼がその後、天に上げられて星座になったという肝心のことも書かれていません。
まあアポロドーロスが、星座神話に一切口をつぐんでいるなら分かるのですが、おおぐま座の有名な物語――アルテミスの女従者カリストが、ゼウスによって星に変えられ、「熊」と呼ばれるようになったこと――なんかはちゃんと書かれているので、これまた「うーむ」という感じです。
(長くなるので、ここでいったん記事を割ります。この項つづく)
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