驚異への扉を開く ― 2024年04月11日 05時36分56秒
奇想のイベント「博物蒐集家の応接間」のご案内を、主催者である antique Salon さんからいただきました。
■博物蒐集家の応接間―気配 悪戯な天使
2024年4月20日(土)~4月23日(火)
12:00~19:00(最終日は17:00まで)
会場:antique Salon
(名古屋市中区錦2-5-29 えびすビルパート1 2F)
今回はアンティークショップとして antique Salon(名古屋)、メルキュール骨董店(長野)、JOGLAR(神奈川)の皆さんが、またクリエイターとして、いしかわゆか、犬飼真弓、#ISO1638400、eerie-eery、山掛とろろ、伽十心、RISA OKADA、ひん、Arii Momoyo Pottery、川島朗の皆さんが参加されます。今回クリエイターさんの数が多いのは、名古屋を拠点に活動するクリエイター・グループ、「#casement13」とコラボされていることによるようです。
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「博物蒐集家の応接間」は、2015年に名古屋の antique Salon さんの店舗で開催されたのが第1回で、以後は東京をはじめ、神戸や大阪の各地で開催されてきました。そして節目の第10回は、ふたたび名古屋での開催です。
思い起こすと、第1回の会場でお会いした方々の顔が懐かしく浮かんできます。
いきなり回想モードに入るのもどうかと思いますが、でも趣味の世界にあって9年という歳月は、その世界の住人を、揺りかごから冒険の旅へと駆り立て、老練な人間に鍛え上げ、静かな回想へといざなうのに十分な長さです。
博物趣味の世界にあっても同様で、老獪…とまでは言わないにしろ、あの第1回の会場に集った方たちも、それぞれに年輪を重ね、成長を遂げられ、もはや昔日の談ではないでしょう。十年一日のごとき私にしても、やっぱり変化した部分はあるはずです。
そこには良い変化もあるし、初々しさが失われたという意味で、必ずしも良いとばかりはいえない変化もあります。でも、 antique Salon さんに譲っていただいた、小さな驚異の断片を前にすれば、
「目慣れただけで汲み尽くせるようなものを、キミは驚異と呼ぼうというのかい? キミは‘驚異’を‘目新しさ’と取り違えているんじゃないのか? そもそも、キミはボクの何を知っているというのか? 」
という声がしきりに聞こえてくるのです。
そんなことを自問しながら、悪戯な天使が待つ会場を訪ねようと思います。
ともづなを解け、帆を上げよ ― 2023年07月17日 11時52分54秒
今日は海の日。
さっきeBayを流し見していて、ふと次のような商品写真が目に留まりました。
ドイツで1970年代に使われた学校用掛図です。
お値段は59ユーロ、日本円にして9,200円。
とはいえ、この場合、ドイツも59ユーロもあまり関係がありません。そもそも、私にこれを買うつもりがないからです。(わざわざドイツから取り寄せなくても、日本にだって似たような地図はあるでしょう。)
それでも、何となくこの地図に心が動くものがあって、じーっと見ているうちに、それがふと言葉になりました。
『高丘親王航海記』。
平安時代はじめの人である高丘親王が、老の身を奮い立たせて唐に渡り、さらに天竺を目指して、東南アジアまわりの壮大な船旅に出立した…という史実に、澁澤龍彦の奔放な想像力が加わった幻妖な作品です。そして、上の地図は、ちょうど親王の航海経路をすっぽり含んでいます。
本作は結果的に澁澤の遺作となったことで、さらに幻想味が増した気がしますが、白状すれば私はまだ読んだことがありません。ただ、「高丘親王航海記」という7文字に、私自身のイマジネーションを重ねて、なんとなく読んだような気になっていただけです。
(澁澤自身による『高丘親王航海記』創作メモ。「季刊みずゑ」1987冬号より)
しかし、こういうのを機縁というのでしょう。
夏休みの読書感想文よろしく、この夏の読み物はこれで決まりです。
本の方はさっき注文しました。
驚異の部屋にて ― 2022年12月29日 16時16分03秒
先日、所用で東京に行ったついでに、しばらくぶりに東京駅前のインターメディアテク(IMT)を訪ねました。この日は一部エリアが写真撮影OKだったので、緑の内装が美しい「驚異の小部屋・ギメルーム」で盛んにシャッターボタンを押しながら、かつて東大総合研究博物館の小石川分館で開催された「驚異の部屋展」(2006~2012)のことなどを懐かしんでいました。
ただ、「ワクワクが薄れたなあ」ということは正直感じました。
昔…というのは、このブログがスタートした当初のことですが、あの頃感じたゾクゾクするような感覚を、今のIMTから汲み取ることができないのは、我ながら寂しいなあと思います。もちろんこれはIMTのせいではなくて、見慣れることと驚異は、本来両立しないものです。
当時、「驚異の部屋展」会場で味わった、未知の世界を覗き込むあの感じ。
思えば、あれは私にとっての大航海時代であり、ひるがえって、大航海時代のヴンダーカンマーの先人たちが味わった感動は、あれに近かったのかもしれません。
…と、ここまで書いて「いや、待てよ」と思いました。
ここでもう一段深く分け入って考えると、「見慣れる」ことと「熟知する」ことは、まったく別物のはずです。私はギメルームに居並ぶモノたちを、なんとなく見知った気になっていますが、じゃあ解説してみろと言われたら、言葉に詰まってしまいます。私はそれを知った気になっているだけで、実は何も知らないのです。そして、一つひとつの品に秘められた物語を知ろうと思ったら、その向こうに控えている無数の扉を開けねばならず、それはやはり広大な未知の世界に通じているのでした。
それは新幹線でIMTまで出かけなくても、私が今いる部屋にゴタゴタ置かれたモノたちだって同じことです。私はまだ彼らのことを本当には知りません。だからこそ、こんな「モノがたり」の文章を綴って、彼らの声を聞き取ろうとしているのだ…とも言えます。
ヴンダーカンマーが「目を驚かす」ことにとどまってるうちは、まだまだヴンダー白帯で、その後に控えている「学知の山脈」に足を踏み入れてこそ、ヴンダーの妙味は味わえるのだ…と、「ワクワクが薄れたなあ」などと、生意気な感想を一瞬でも抱いた自分に対する自戒を込めて、ここに記したいと思います。
エミルトン氏の驚異の部屋 ― 2018年03月22日 18時51分31秒
バルセロナでは、毎年5月に「OFFF」というアート&デザインの大規模な国際フェスティバルが催されます。その第1回は2001年のことで、今年の「OFFF Barcelona 2018」で早18回を数えます(ちなみに“OFFF”とは“Online-flash-film-festiva”の略だそうです)。
YouTubeを見ていて、今から5年前、2013年のOFFFのために作られた1本の映像作品を目にしました。
映像は、絶滅したドードーの版画とともに始まり、博物趣味にあふれた部屋の様子を切り取りながら、机に向かって一心に手紙を書き綴る男の独白でストーリーは進行します。
彼は子供のころから自然に憧れ、学校を出ると同時に、驚異を求めて世界のあらゆる地方を旅し、そこで見つけた不思議なモノたちを持ち帰っては、部屋を満たしました。
その半生を振り返りながら、彼は手紙を書き続けます。
彼が長い旅の果てに気付いたこと、そして何よりも手紙に託したかったこと―。
それは、この世界を驚異に満ちたものとしていたのは、他でもない自分自身のイマジネーションだったという事実です。
「世界を発見(あるいは再発見)し、新たな世界の創造を可能にするのは、人間の想像力であり、19世紀の博物学者と21世紀のクリエイターは、この点において共通する」…というのが、この作品のメッセージのようです。
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胸に響く話です。そして、これはたしかに一面の真理を突いています。
でも、<モノ>や<世界>は、時として人間のイマジネーションを超える…という事実も、同時に心に留めておく必要があるように思います。
倫敦ヴンダーめぐり ― 2018年02月17日 10時39分16秒
十年一日のごとき拙ブログですが、それでも常に同じ位置にとどまっているわけではなくて、地球の歳差運動のように、興味の重心はゆっくり移動しています。何となく以前も書いたな…という話題が、周期的に顔を覗かせるのは、そのせいです。
ただ、それは過去の完全な焼き直しではなくて、自分としては、そこにわずか成長や成熟も感じているので、主観的にはアサガオの蔓のように、ぐるぐる回りながらも前進・上昇しているイメージです(客観的にはまた違った見方があるでしょう)。
最近の傾向は、ヴンダー路線への回帰。
しばらく話題に乏しかった、動物・植物・鉱物の「三つの王国」や、種々の珍物への関心がまたぞろ復活して、その手の品を手にすることも増えています。
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そんな気分でいたところに、素敵なサイトを知りました。
■ロンドンのミュージック&ミュージアム
書き手の清水晶子さんは、『ロンドンの小さな博物館』(集英社新書)、『ロンドン近未来都市デザイン』(東京書籍)などの著書がある、ロンドン在住のジャーナリストの方です。
ミューズから人類への偉大な贈り物である<音楽と博物館>。
清水さんの筆は、この両者をテーマに、ロンドンの過去・現在・未来の魅力を存分に紹介して止むことがありません。
2枚看板のうち、<ミュージアム>のページは、2014年にスタートして以来、博物館と展示会の情報が、ほぼ月1回のペースで、コンスタントに掲載されています。そのいずれもが、何というか内容が<濃い>んですね。下世話なことを恥じずに言えば、本当にこれをタダで読めてよいのか…というためらいすら感じます。
現在サイトの冒頭に来ている、昨年12月(LINK)と今年1月(LINK)の記事は、17世紀のコペンハーゲンで、せっせとヴンダーカンマーづくりに励んだ医師、オーレ・ワーム(1588-1654)を、2回にわたって取り上げています。(そこで紹介されている図版を見れは、驚異の部屋好きの人なら、「ああ、アレを作った人か!」とピンと来るでしょう。)
そして、オーレ・ワームの登場は、昨年11月の記事(LINK)で、ワームの後輩世代にして、これまた奇想のコレクターであった、イギリスのサー・トマス・ブラウン(1605-1682)を取り上げたことがきっかけになっています(ブラウンは、ワームのコレクション・カタログを所持していました)。
そしてさらに、ブラウンの記事からは、オカルティズムが流行したエリザベス一世治下でその名をはせた、万能の天才にして奇人、ジョン・ディー(1527-1609)の記事(LINK)へとリンクが張られ…という具合で、本当に<濃い>です。
読んでいるうちに、何だかこちらまで非常な物識りになったような気分になりますが、それは清水さんの筆が冴えているからに他なりません。
こうしたヴンダーカンマー的な展示も含め、清水さんの関心は、自然科学系・美術系の垣根を超えて広がっていますが、そこに共通するのは、いずれも「奇想のミュージアム」と呼ぶのがふさわしい内容であることです。とにかく、これはもうご覧いただいた方が早いですね。
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先日、個人ブログの可能性について思いを巡らせましたが、この「ロンドンのミュージック&ミュージアム」は、その一つの範となるものではないでしょうか。
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▼閑語(ブログ内ブログ)
読み応えのあるブログをご紹介した後で、日本の報道人にも一言申し上げたい。
好漢・枝野氏の国会での活躍を仄聞するにつけて、それに沈黙するマスコミの惰弱さが印象づけられます。
本来、報道人というのは、同僚を出し抜くこと、他社を出し抜くこと、世間を唸らせることに大いに生きがいを感じる、ケレン味の強い人たちのはずですから、これほどまでに無音状態が続いているのは、それ自体不思議なことです。そこには「寿司接待」とか「忖度」の一語で片づけられない、何か後ろ暗いことがあるんじゃないか…と、私なんかはすぐに勘ぐってしまいます。
裏の世界というのは、いつの世にもあると思いますが、いわゆる裏稼業に限らず、公の世界にも、公安をはじめ、内調とか、公調とか、きわどい仕事に手を染めている組織はいろいろあると聞きます。しかも、その中には、さらに秘匿性の高いダークな組織が存在する…と、まことしやかに囁かれていますが、そんな手合いがマスコミ対策の一翼を担っているとしたら、ジャーナリストが腰砕けになるのも頷けます。
それでも、ジャーナリストを以て自ら任じる人には、ここらで勇壮な鬨(とき)の声を挙げてほしい。別に高邁な理想で動く必要はありません。ケレンでも十分です。
とにかく唄を忘れて裏の畑に棄てられる前に、美しく歌うカナリアを、鋭く高鳴きする百舌を、深い闇夜を払う「常世の長鳴鳥」を思い出して、ぜひ一声上げてほしいと思います
理科室少年の部屋 ― 2017年01月10日 22時59分23秒
仮想現実がいくら進化しても、自らが身を置くリアルな物理環境を、思いのままに作り上げたいと願うのは、人間として自然な感情でしょう。
そういうわけで、昔も今もインテリアに凝る人は少なくありませんし、私も素敵な部屋の写真を眺めるのは結構好きです。まあ、見ても自室が整うわけではないのですが、彼我の懸隔が大きいところにこそ、憧れも生まれるのでしょう。
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別件で画像検索していたら、「RoomClip」(http://roomclip.jp/)という、インテリア好きの人たちが写真を共有するサイトに行き会いました。そして、そこで「理科室少年のインテリア実例」とタグ付けされた写真が並んでいるのを発見し、「あ、これはいいな」と思いました。
■理科室少年のインテリア実例 http://roomclip.jp/tag/415076
驚いたのは、これが全てR-TYPEさんという、ただお一人の方が投稿されたものであることです。R-TYPEさんは、さまざまなアンティークや標本を蒐集され、それを魅力的にディスプレイして、博物館的なお宅を目指されているという、僭越ながらまことに共感できる趣味嗜好の方です。
もちろん、R-TYPEさんと私とでは、「快と感じる散らかり具合」や、色彩感覚も多少異なるので(私はどちらかといえば混沌とした空間を好みますし、いく分暗い感じの方が落ち着きます)、R-TYPEさんのお部屋をダイレクトに目指すことにはならないのですが、それでもこういう方の存在を知って、とても心強く思いました。
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最近は、以前ほど「理科室風書斎」の話題を語っていませんが、久方ぶりにそっち方面の話題も出してみようかな…と思いました。
首都の週末(1)…インターメディアテク(前編) ― 2016年07月24日 20時50分06秒
味のある一日であった。
…昨日経験したさまざまな出来事を、そう総括したいです。
…昨日経験したさまざまな出来事を、そう総括したいです。
時間にすれば一日、いやわずか半日のことですが、人間によって生きられる時間は、物理的時間以上に伸縮・濃淡に富むものです。そして、昨日は大いに時間が濃くかつ長く感じられました。
昨日出かけた主目的は、既報のごとく、池袋のナチュラルヒストリエで開催中の「博物蒐集家の応接間」のレセプションに出席することでしたが、そこに至るまでにも、いろいろなプレ・イベントがあったので、ゆるゆると流れに沿って振り返ることにします。
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東京駅に着いたら、何はともあれ、インターメディアテクを訪ねなければなりません。
一途にそう思いこんだわけは、昨年10月から始まった「ギメ・ルーム開設記念展“驚異の小部屋”」を見たかったからです。
「驚異の小部屋」と名付け、インターメディアテクという巨大な驚異の部屋の中に、さらに小さな驚異の部屋が作られているという、一種の入れ子構造が面白いのですが、この「小部屋」は、デザインがまた良いのです。
インターメディアテクは相変わらず写真撮影禁止なので、その様子は下のページに載っている写真を参照するしかありません。
■大澤啓:ギメ・ルーム開設記念展『驚異の小部屋』
「展示法」の歴史と交流―フランス人蒐集家エミール・ギメ由来の展示什器と
その再生
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/web_museum/ouroboros/v20n2/v20n2_osawa.html
「展示法」の歴史と交流―フランス人蒐集家エミール・ギメ由来の展示什器と
その再生
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/web_museum/ouroboros/v20n2/v20n2_osawa.html
(画像だけならば、手っ取り早くこちらで)
赤を基調としたメイン展示室とは対照的な、この浅緑の空間は、実に爽やかな印象を与えるもので、ヴンダーカンマー作りを目指す人に、新たなデザインの可能性を示唆するものでしょう。
(赤を基調としたメイン展示室。『インターメディアテク―東京大学学術標本コレクション』(平凡社)より)
…と、デザイン面だけ褒めるのも変ですが、実際、この展示室の目玉は、個々の展示物よりも、それを並べているフランス渡りの古風な什器(19世紀のフランス人実業家、エミール・ギメが自分のコレクションを展示するために誂えたもの)であり、それを配した「展示空間」そのものが展示物であるという、これまた奇妙な入れ子構造になっているのでした。
私は小部屋に置かれたソファに腰をかけ、展示されている「空間」を堪能しつつ、「ヴンダーカンマーとは実に良いものだ」と、今さらながら深く感じ入りました。
★
そして、これは全く知らずに行ったのですが、現在、特別展示として『雲の伯爵――富士山と向き合う阿部正直』というのをやっていて、これまた良い企画でした。
「雲の伯爵」というのは修辞的表現ではありません。
本展の主人公、阿部正直(1891-1966)は、華族制度の下、本物の伯爵だった人で、その家筋は備後福山藩主にして、安政の改革を進めた老中・阿部正弘の裔に当ります。
本展の主人公、阿部正直(1891-1966)は、華族制度の下、本物の伯爵だった人で、その家筋は備後福山藩主にして、安政の改革を進めた老中・阿部正弘の裔に当ります。
阿部は帝大理学部で寺田寅彦に学び、1923年には1年間ヨーロッパを遊学。1927年、御殿場に「阿部雲気流研究所」を設立し、本郷西片町の本邸内にも実験室を作り、富士山麓をフィールドとした雲の研究に専心しました。
…というと、何だか気楽な殿様芸を想像するかもしれませんが、阿部は戦後、中央気象台研究部長や気象研究所長を歴任しており、その学殖の確かさを窺い知ることができます。
(阿部正直が撮影した山雲の写真。藤原咲平・著『雲』(岩波書店)所収。『雲』は日本の代表的な雲級図(雲の分類図)で、初版は1929年に出ましたが、阿部の山雲写真は、1939年の第4版から新たに収録されました。)
展示の方は、阿部の研究手法の白眉といえる、様々な光学的記録手段――雲の立体写真や、映画の手法を用いた雲の生成変化の記録などをビジュアルに体感できるものとなっています。
(同上)
広大な富士の裾野、秀麗な山容、その上空に生じる雲のドラマ。
想像するだに胸がすくようです。
想像するだに胸がすくようです。
(同)
上で殿様芸云々と言いましたが、潤沢な資金を用いた阿部の研究は、まさに「殿様」ならではのものであり、その研究を殿様芸と仮に呼ぶならば、その内でも最良もの…と言ってよいのではないでしょうか。
(この項つづく)
二たび三たび、ヴンダーカンマーについて考える ― 2016年01月08日 07時08分51秒
昨日ご紹介したバーバラさんの文章を読んで、私はアメリカのヴンダー趣味の徒の行動原理というか、頭の中がようやく分かった気がします。
これまで、そうした人のキャビネットを眺めながら、「たしかにこれは私の棚とよく似ている。でも、同じようでいて、何かが違う。この人たちが愛でているのは、いったい何なのだろう?」…というのが、ずっとモヤモヤしていました。
バーバラさんは、ずばり書いています。
「今日見られる個人コレクションの多くは、整然とした科学的研究を目指すのではなく、個人の美意識と興味関心を表現し、好奇心と驚異の念をそそる品を展示するため」にあるのだと。
そしてまた、「博物学(昆虫コレクション、鳥の剥製、動物の骨格標本など)」は、「医学用品、葬儀にまつわる品、あるいは宗教にまつわる工芸品など」と完全に並列する存在であると同時に、「単にカッコいいと思えるだけの品…という場合もある」と。
★
結局、ヴンダー趣味の徒の行動原理は、ナチュラリストのそれとは全く異なるものであり、往々にして「理科室趣味」と対立するものです。
もちろん単なる理科室趣味が、「整然とした科学的研究」の実践であるとは言い難いですが、少なくとも、そこには科学的研究への‘憧れ’があり、科学的研究の‘相貌’―しばしば古き時代のそれ―をまとうことに、腐心しています。要は「科学のミミック」です。
それに対して、現代のヴンダーカンマーは、(いささか特異な)美意識の発露であり、すぐれてアーティスティックな営みです。
これまでも、何となくそうではないかと想像していたものの、バーバラさんのように、それを正面から書いてくれる人はいませんでした。
★
ヴンダー趣味と理科室趣味の棚は、やっぱり似て非なるものです。
おそらく両者の差は、自らのコレクションを語る時の、語彙の選択の違いに現れる気がします。理科室趣味の徒は、棚に置かれた標本の学問的分類にいっそう敏感で、対象を動/植/鉱物学的語彙を以て叙述することに、いっそう喜びを感じるはずです。
例えて言うならば、一個のしゃれこうべを前にして、理科室趣味の徒は、医学解剖学と自然人類学について語り、ヴンダー趣味の徒は、美術解剖学と文化人類学について語る…そんなイメージです。
(ファーブルの仕事部屋。理科室趣味の徒が魅かれるのは、たぶんこんな風情。出典:ジェラルド・ダレル、リー・ダレル(著)、『ナチュラリスト志願』、TBSブリタニカ)
★
もちろん、一人の女性の意見を以て、全体を推し量るのは危険で、アメリカ一国に限っても、ヴンダー趣味の徒には、さまざまな言い分があることでしょう。
でも、バーバラさんは以前、シカゴ歴史博物館で、布織関係の収蔵品の目録作りをされたこともあるそうなので、ヴンダー趣味と、現代の博物館の違いに相当程度自覚的であり、その意見には聞くべきものが多いように思います。
★
…と、何だか「理科室趣味代表」のような顔をして、エラそうに書いていますが、私の部屋にしたって、ピンバッジや、絵葉書、果ては煙草の空き箱など、現実の理科室には在り得ないモノであふれており、すでに(‘憧れ’はともかく)科学的研究の‘相貌’からは、ずいぶん遠い所に来てしまっています。
それに結局のところ―。
露悪的でさえなければ、私はヴンダーカンマーが好きだし、やっぱり興味深く思います。そして、いつか昔々の元祖ヴンダーカンマーに身を置き、この目で見たいという欲求は変らずあります。
露悪的でさえなければ、私はヴンダーカンマーが好きだし、やっぱり興味深く思います。そして、いつか昔々の元祖ヴンダーカンマーに身を置き、この目で見たいという欲求は変らずあります。
(この話題、上手く語り切れない不全感がいつも残るので、また折に触れて取り上げます。)
ヴンダーカンマー作り入門 ― 2016年01月07日 06時20分16秒
前々回の述懐(=生の自然と触れ合い、書斎にもその息吹を通わせたい)と、話がつながるのかどうかよく分かりませんが、人工物と自然物への好奇心が交錯する「ヴンダーカンマー」の在り方を考えることは、この話題を考えるきっかけにはなりそうです。
それについて、最近面白い記事を目にしたので、ここで参照しておきます。
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シカゴ在住の「Lady Salt」こと、スタイリストが本業のバーバラ・リンさんが、ご自分のブログ「Carnivale Salt」に、「気になる 『珍品キャビネット』: 自分だけのヴンダーカンマー作り入門」という記事を書かれています(3年ちょっと前の記事です)。
■Curious about Curiosity Cabinets: How to start your own Wunderkammer.
http://carnivalesalt.blogspot.jp/2012/10/curious-about-curiosity-cabinets-how-to.html
http://carnivalesalt.blogspot.jp/2012/10/curious-about-curiosity-cabinets-how-to.html
この記事はいろいろな点で興味深いのですが、私の所感を書き付ける前に、一通りいつもの適当訳で内容を一瞥しておきます(勝手訳ですが、ぜひバーバラさんのお目こぼしを頂けますように…)。なお、文章の切れ目の目じるしに、縮小した元画像を貼っておきますが、キャプションは省略しました。
------------------(引用ここから)------------------
蒐集行為は、多様な形態をとりうる趣味ですが、自慢の珍品を「珍品キャビネット(Curiosity Cabinets)」という形で示すことは、コレクションの展示法として、またご自分の興味と美学をビジュアルに伝える方法として、究極のものです。珍品キャビネット、あるいはドイツ語の原語で言えば「ヴンダーカンマー」は、豊かな歴史を持ち、個人のコレクションを展示する方法として、何世紀にもわたって人気を博してきました。
ステップ1: キャビネットを手に入れる
珍品コレクション一般に、それが100パーセント必要というわけではありませんが、ご自分の珍品キャビネットに素敵な趣を添え、事実上その印象を決定づけるものといえば、言うまでもなくキャビネットです。適当な展示ケースを見つけることは、それ自体宝探しのようなものですが、お金をかける気さえあれば、可能な選択肢はたくさんあります。家具の品揃えが豊富なディスカウントショップに行けば、たいてい目的にかなうカップボードや食器棚が見つかるでしょう。もちろんebayにはいつでも(しばしばかなり高価ですが)アンティークの薬品棚が売りに出ています。
もし予算が限られているなら、本棚を利用するのも手です。やり方はいくらでもあります。でも、展示法はコレクションそのものと同じぐらい重要であることを、常に忘れずにいてください。ですから、ご自分の心にピンと来るものをしっかり選ぶようにしましょう。あると便利なのは光源です。絶対に必要というわけではありませんが、コレクションにスポットライトが当たったら素敵でしょう。
ステップ2: コレクションを始める
伝統的に、珍品キャビネットは、自然物と人工物の組み合わせから構成されていました。蒐集家は、ウミウチワや貝殻を、ギリシャ彫刻の石膏模型の横に並べたり、時には、神話上の動物が実在することを「証明」するために作られた、明らかな偽物(たとえば「エデンの園の蛇の皮のかけら」など)と並べたりすることもありました。これらのコレクションは、一応教育的なものと考えられていましたが、その真の目的は、見る者をギョッとさせ、世界に対する興味を掻き立てることにありました。
理性の時代の幕開けと共に、コレクションの配列法は科学的方法論に基づいたものが主となり、研究のための分類体系に分化し始めました。最終的にヴンダーカンマーは、近代的な自然史博物館や美術館へと進化を遂げ、芸術品や人工物は自然物の標本から分離され、いかさま物や神話的な品は一切お払い箱となったのです。
現代の珍品キャビネットは、多くの点で、北方ルネサンス期のオリジナルのヴンダーカンマーを想起させます。今日見られる個人コレクションの多くは、整然とした科学的研究を目指すのではなく、個人の美意識と興味関心を表現し、好奇心と驚異の念をそそる品を展示するためのものです。現代のコレクションは、伝統的ないかなる規範にもしばられることがありません。不思議なカラクリ仕掛け、芸術作品、人形、散歩のときに見つけた物たち、都会のごみ、キャットフードの残り…何もかもが自由です。
蒐集にまつわるこうした考え方は、とてもエキサイティングなものですが、コレクションを始めることを、ひるませもするでしょう。ワードローブを充実させるのと同様、もしご自分の思想と美学を明確に伝えたいなら、コレクションにもはっきりとしたテーマを与えるべきです。コレクションのテーマを絞ったり、蒐集対象を少数の特定分野の品に限定することは良いアイデアです。
ひとたびコレクションの基礎が固まれば、そこからコレクション作りが始まります。思い浮かぶテーマとしては、博物学(昆虫コレクション、鳥の剥製、動物の骨格標本など)、医学用品、葬儀にまつわる品、あるいは宗教的工芸品などがあります。これらの品に、何か個人的意義が備わっていることが理想ですが、単にカッコいいと思えるだけの品…という場合もあるでしょう。
珍品キャビネットは、ご自宅のインテリアの中心となるものですから、もし同居のパートナーやご家族がいる場合、蒐集プランについて彼らとよく話し合うことです。私と彼氏の場合、ふたりとも珍品コレクション作りに積極的でしたが、事前に次の合意を取り交わしていました。一つは人間の遺骸や壜詰め標本、死に関するエフェメラは集めないこと。これは彼の希望にもとづくものです。もう一つは黒魔術や悪魔召喚に関する物は集めないこと。これは私の希望にもとづくものです。私たちは、博物関連の手工品、医療器具、それに宗教的な品々に範囲を限定することで、意見が一致しました。
もし予算が限られているなら、あるいはコレクションの方向性を決めかねているなら、お気に入りの小物たちでヴンダーカンマーを構成するというのも、全然ありです。好奇心の対象は、高価なものや、希少なものである必要はありません。あなたにとって特別なものであれば、美しいものでなくたって良いのです。おそらく、珍品キャビネットが持つ最も重要な機能は、ご自分にとって情緒的価値がある品を保管し、その価値を高めることにあります。そうした品々を、抽斗の中にしまいっぱなしにするのではなく、いつでも見える所に置き、絶えず思いを新たにするとともに、対象への誇りを感じることこそ、その役割なのです。
ステップ3: 珍品蒐集のためのあれこれ
さあ、あなたのコレクションが、本格的な珍品キャビネットへと変身する準備は整いました。以下に掲げるのは、皆さんが必要とされる物や、欲しいと思われる物を入手できる場所と、アイデアを得たり、調べ事の参考にしたり、同好の士を得るのに役立つリンク集です。今のところアメリカ国内の情報しかありませんが、もし他にご存知でしたら、ぜひお気軽にコメントをお寄せください。リストに加えたいと思います。では良い蒐集を!!
〔以下、ヴンダー系のお店や博物館にリンクが張られていますが、省略します。〕
------------------(引用ここまで)------------------
ここには、私がずっとモヤモヤしていたことが明快に書かれていました。
それは…
それは…
(この項つづく)
スゴイものが神戸に ― 2015年10月25日 21時05分54秒
皆さんは、何かスゴイもの、驚くようなものを見たいと思われませんか?
もちろん、見たいでしょう。私も見たいです。
もちろん、見たいでしょう。私も見たいです。
★
昨日、新装なった名古屋・伏見の antique Salon (http://salon-interior.jp/)さんを訪ねました。
これまで別テナントが入っていた隣のスペースを吸収して、以前よりも動線がぐっと長くなりました。義眼が宙を睨むキャビネットの前には、黒いクロスをかけた長卓が置かれ、そこで頭蓋骨を前に、店主の市さんとひそひそ語り合う…などという愉しみも味わえるようになりました。
で、そこでのひそひそ話。
今年の12月12日(土)~14日(月)、これまた異彩を放つ神戸のアンティークショップLandschapboek (http://www.tit-rollo.com/pg418.html)さんを会場に、全国の不思議なお店が集う「Salon d'histoire naturelle 博物蒐集家の応接間」の第3回目が開かれるということは、すでにリリース済みの情報なので、ご存知の方も多いと思います。
ただし、まだDM等は刷り上がっていないので、詳細はちょっと茫洋としています。
しかし、茫洋としているという点では、主催者である市さんにとっても同様らしいのです。当初は「魔女」のイメージで空間構成を考えていらしたとのことですが、それならばantique Salon さんにしろ、 Landschapboekさんにしろ、今のままでも十分ではないか…と、私なんかは思ってしまいますが、市さんの要求水準は非常に高いので、どうもそれでは面白くない、ここはひとつ魔女にとどまらず、錬金術や占星術にもイメーを広げて、何かこうスゴイものを…というのが、市さんの構想のようです。
★
そこで、私に向って市さんが問いかけられたのです。
「何かスゴイものって見たくないですか?」
「どこかにスゴイものはないですか?」
「そういうのは、むしろ個人コレクターの方が持っているのでは?」
「どこかにスゴイものはないですか?」
「そういうのは、むしろ個人コレクターの方が持っているのでは?」
私の手元にも、「スゴくみすぼらしいもの」ならありますが、手放しでスゴイものはありません。でも、私もスゴイものは見たいです。
市さんが、以前ツイッター上で呼びかけられたメッセージは以下。
https://twitter.com/antiquesalon/status/638260802139455488
https://twitter.com/antiquesalon/status/638260802139455488
妖異な世界の構築に興味がおありで、この素敵なイベントを自ら盛り上げようという方は、積極的に検討されてはいかがでしょうか?
(なお、臆面もなく私もチラッと出展します。内容はまだ生煮えですが、神戸と足穂からの連想で、「魔術師シクハード氏」をイメージしたものはどうかと思案中です。)
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