ロイヤル天文同好会のこと(後編) ― 2026年04月04日 17時09分47秒
(本日は2連投です。前編のつづき)
単行本『ゴムの惑星』と、会誌「ゴムの惑星」があってややこしいですが、会誌の方は文字通りの3号雑誌で、第3号が出た後で休眠状態に入りました。
■第1号 1975年12月刊(限定100部)
■第2号 1976年8月刊(限定150部)
■第3号 1979年6月刊(限定200部)
こういう会の創設と会誌発刊の事情は、会誌「ゴムの惑星」を読めば一目瞭然なのでしょうが、国会図書館に行かない限り、読むのはなかなか困難です。今、たまたま「日本の古本屋」に第1号と第2号のセットが売りに出ていますが、そのお値段はなんと11万円。それだけの価値がある珍本なのでしょうが、さすがに11万円を出す勇気はありません。
そちらは他の方にお任せするとして、私の手元には第3号があります。
ロイヤル天文同好会は、その成立事情から、何となくおふざけ気分のある、天文同好会と名乗ってはいても、天文以外の活動をいっそう面白がるクラブではないか…という疑念がありました。でも会誌を読んで、その疑念は消えました。会員はみな純な天文好きで、会誌の内容も至極まじめなものだったからです。
第3号の巻頭に原平さんの詩が載っています。
今日つくった詩
ダイコンと
ジャガ芋と
油揚を買って
娘の手を引いて帰りながら
一番星を見つけた
娘より先に見つけた
ダイコンと
ジャガ芋と
油揚を買って
娘の手を引いて帰りながら
一番星を見つけた
娘より先に見つけた
ああ、なんと純な詩でしょう。
原平さんの星ごころは、これほどまでに純なものだったのです。
目次を見ても、本当に普通の天文同好会誌という感じで、「星空案内-晩春から初夏へ」とか、「ロイヤル天文学講座『黄道光と対日照』」とか、それにまじって原平さんは「ぼくの欲しいレンズ」という一文を書いています。
また南伸坊(伸宏)さんは、「中国の星の話」の中で、『捜神記』から北斗と南斗の逸話を紹介しています。伸坊さんは中国の伝奇・志怪小説を好み、後にそれらを題材にした漫画作品集も出していますが、まだ30歳になるやならずの頃から、そうした渋い読書体験を重ねられていたことを、これを読んで知りました。まことに畏敬すべき人物です。
(上の北斗と南斗の話は「星に遭う」と題した漫画作品となり、『李白の月』(マガジンハウス、2001)に収められています)
★
1970年代の天文趣味は、「個と孤」ではなく「集と群」の中で営まれていました。学生のみならず社会人も進んでクラブを結成し、会誌をせっせと天文雑誌に送り、それを結節点として、クラブとクラブがゆるく結合し、全国規模の巨大な天文サークルができていたのです。
これは1970年代に限った話ではありません。要は欧米では1870年代から、日本では遅れて1910年代から発展した「クラブの時代」の末流に1970年代は位置していた…ということだと思います。
現代は反対に「クラブ消滅の時代」で、天文に限らず、あらゆるクラブや団体が会員の減少と高齢化に苦しんでいます。もはや人々はネット上で集うことはしても、現実世界で集うことを求めてはいないようにも見えます。
まあ、天文趣味は自らの星ごころ(人によっては機材ごころ)を満たすことが目的であり、クラブを結成することが目的ではありませんから、現状に異を唱える必要はありませんけれど、それでもやっぱり当時を懐かしみ、羨む気持ちも少なからずあります。
純で素朴でシャイなロイヤル天文同好会。
そこに集った才人たちの含蓄あるやりとりを、間近で見聞きしてみたかったです。
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【おまけ】
「ゴムの惑星」第3号の巻頭言で、原平さんはのその刊行間隔を凝視し、これが不定期刊ではなく「放物刊」であると喝破しました。
■第1号 1975年12月刊
■第2号 1976年8月刊
■第3号 1979年6月刊
そしてその放物線を延長すると、第4号が出るのは1990年2月である…というのが、原平さんの予測でした。
(横軸は号数。計算式の第3項(28275)は、1900年1月1日を1とするシリアル値。年号にすると1977年5月30日)
しかし、エクセルの多項式近似曲線を延長すると、第4号はもっとはやく1984年5月には出ていたはずです。会長である田中氏は、この刊行遅延は、モロモロの重力源の摂動の影響であると推測し、「会長としては、第四号の刊行をズバリ一九九九年末とみています」と書かれています(単行本『ゴムの惑星』付録)。
しかし、最後の予測も裏切られ、会誌「ゴムの惑星」は無限遠の彼方に消えました。
でもひょっとしたら、2014年10月26日、原平さんが最後の一番星を見たとき、目に見えない第4号がひそかに刊行されていたかもしれません。
コメント
_ S.U ― 2026年04月05日 08時32分27秒
_ 玉青 ― 2026年04月12日 09時55分23秒
いただいたコメントからはズレてしまいますが、そもそも「ゴムの惑星」ってどこから来てるんでしょうね。
AI経由の情報を見ながら思ったのは、ロイヤル天文同好会の結成が1974年で、フランク・ハーバートのSF小説『デューン/砂の惑星』全4巻の日本語訳刊行が1972年~73年にかけてのことで、これは一部ではだいぶ評判になったそうですから、これが原平さんに有形無形の影響を及ぼしたのではないか…ということです。まあ、今となっては確認する術もなく、残念であり、さみしくもあります、
なお、「おふざけ」の一句は、ロイヤル天文同好会に限っての修辞ですので、誤解なきようお願いします。
AI経由の情報を見ながら思ったのは、ロイヤル天文同好会の結成が1974年で、フランク・ハーバートのSF小説『デューン/砂の惑星』全4巻の日本語訳刊行が1972年~73年にかけてのことで、これは一部ではだいぶ評判になったそうですから、これが原平さんに有形無形の影響を及ぼしたのではないか…ということです。まあ、今となっては確認する術もなく、残念であり、さみしくもあります、
なお、「おふざけ」の一句は、ロイヤル天文同好会に限っての修辞ですので、誤解なきようお願いします。
_ S.U ― 2026年04月14日 05時55分18秒
砂の惑星→ゴムの惑星?
そういや、「砂消しゴム」というのがありますね。原平さんはおそらく画を描くのにt手元に置いていたと思いますので、「砂の惑星」の名前さえ聞けば「ゴムの惑星」くらいは思い浮かんだ可能性はあると思います。
そういや、「砂消しゴム」というのがありますね。原平さんはおそらく画を描くのにt手元に置いていたと思いますので、「砂の惑星」の名前さえ聞けば「ゴムの惑星」くらいは思い浮かんだ可能性はあると思います。
_ 玉青 ― 2026年04月19日 12時34分47秒
いやあ、ゴムと砂の媒介項として「砂消し」ほど適切なものはありませんね!
原平さんが目の前の砂消しをぼんやり見ながら、「砂の惑星あれば、あにゴムの惑星なかるべからず」とかなんとか考えたというのは、大いにあり得ることと思います。これを以て、ここでは定説としましょう。
原平さんが目の前の砂消しをぼんやり見ながら、「砂の惑星あれば、あにゴムの惑星なかるべからず」とかなんとか考えたというのは、大いにあり得ることと思います。これを以て、ここでは定説としましょう。
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1970年代の「天文同好会」は、おふざけではなく、科学でも民俗学でも学問的姿勢が強調されていたように思います。当時の大学や観測家の「先生方」がそういう姿勢で指導して、個々のクラブがそれを尊重したという背景があるように思います。