ジョージ星辰王 ― 2022年11月12日 16時33分27秒
天王星といえば、その発見者であるウィリアム・ハーシェル(1738-1822)の名が、ただちに連想されます。そればかりでなく、19世紀後半に「ウラヌス」の名称が定着する以前は、天王星そのものを「ハーシェル」と呼ぶ人がおおぜいいました。
この名は主にフランスとアメリカで用いられ、ニューヨークで出版された、あの『スミスの図解天文学』(1849)でも、天王星は「ハーシェル」として記載されています。
もちろん、これはハーシェルの本意ではなく、ハーシェル自身は、時のイギリス国王・ジョージ3世に敬意を表して、ラテン語で「ゲオルギウム・シドゥス」(ジョージの星)という名前を考案しました。そしてこれを元に、イギリスでは天王星のことを「ジョージアン」と呼んだ時期があります。
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ジョージ3世(1738-1820/在位1760-1820)は、自分と同い年で、“同郷人”(※)でもあるハーシェルを目にかけ、物心両面の支援を惜しみませんでした。(※ハーシェルはドイツのハノーファー出身で、ジョージ3世はイギリス生まれながら、父祖からハノーファー選帝侯の地位を受け継いでいました。)
ハーシェル推しの私からすると、ジョージ3世は、もっぱらその庇護者という位置づけになるのですが、でもジョージ3世の天文好きは、ハーシェルと知り合う前からのことで、彼はもともと好学な王様でした。金星の太陽面通過を観測するために、1769年、ロンドン西郊のキュー・ガーデンに天文台を新設し、併せてそこを科学機器と博物コレクション収蔵の場としたのも彼です。
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そんなジョージ3世ならば当然かもしれませんが、彼には一種の「時計趣味」があり、精巧な天文時計を、ときに自らデザインして一流の職人に作らせ、それらを身近に置いていたことを、以下の動画で知りました。
■George III and Astronomical Clocks(by Royal Collection Trust)
こちらは、ジョージ3世自身が筐体デザインした天文時計。1768年、Christopher Pinchbeck 2世(1710-83)作。(詳細はこちら)
こうした興味関心の延長上に、キューの天文台があり、ハーシェルとの出会いがあったわけで、思えばハーシェルは実に良いタイミングで世に出たものです。そして、彼が捧げた「ジョージの星」の名も、単なるお追従ではなかったわけです。(まあ、そういう気持ちも多少はあったでしょうが。)
コメタリウムがやってきた ― 2022年03月31日 21時26分19秒
今を去る8年前、1台のコメタリウムを紹介しました。
■コメタリウム続報
その優美な動きは、今も変わらず動画で見ることができます。
惑星の動きを再現するのがプラネタリウムなら、彗星の動きを再現するのがコメタリウムです。
彗星は近日点近くでは素早く、遠日点付近ではゆっくりと、楕円軌道を描いて進みます。いわゆるケプラーの第2法則というやつです。コメタリウムはそのスピードの変化を、歯車によって近似的に再現する装置です。
もちろん子細に見れば、地球だって、他の惑星だって、みんなケプラーの第2法則にしたがって動いているわけですが、軌道がまん丸に近いと、遅速の変化はあまり目立ちません。それに対してメジャーな周期彗星は、たいてい顕著な楕円軌道を描いているせいで、遅速の変化も劇的です。「これは見せ甲斐があるぞ…」というわけで、特に彗星の名を冠したコメタリウムという装置が作られたのでしょう。
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動画に登場したコメタリウムは、18世紀のオリジナルをほぼ正確に再現しています。
(コメタリウムの内部機構。上記動画より)
外観はもちろん、彗星の動きをシミュレートする心臓部が2枚の楕円歯車の組み合わせで出来ている点も、オリジナルと同じです。
(19世紀の絵入り百科事典に掲載されたコメタリウム)
(同上。部分拡大)
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このコメタリウムを製作されたのは、金属加工・金型成型がご本業の安達清志さんで、8年前の記事では、HN「Sii Taa」さんとお呼びしていました(なじみのあるお名前なので、以下もそうお呼びします)。このコメタリウムは、その技術力を生かして、部品からすべてSii Taaさんが手作りされた逸品です。
当時、この品を手元に置きたいと、どれ程願ったことでしょう。
でも、Sii Taaさんにとってのコメタリウムは、一種の技術的デモンストレーション、いわば余技であり、売り買いの対象ではなかったので、その思いが叶うことはありませんでした。
しかし、8年の歳月は自ずと世界に変化を生じさせます。
先日、Sii Taaさんから「死蔵しているよりは…」と、突如進呈のお話があったのでした。そのときの気持ちを何といえばよいか。単に嬉しい驚きと言っただけでは足りません。その後ろに!!!…と、ビックリマークを10個ぐらい付けたい感じです。ブログを続けていて本当によかった…と、その折も思いました。
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こうしてコメタリウムが我が家にやってきたのです。
うーむ、なんと端正な表情でしょう。
そして、このクランクを回すと…
彗星を示す真鍮の小球が、滑るように動き始めるのです。
その動きを、今一度上の動画でご確認いただければと思いますが、単に眺めるのと違って、自分の手の運動感覚がそこに加わると、一瞬自分が彗星になって、虚空を飛んでいるような気になります。
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求めよ、さらば与えられん。
人生、辛いことも多いですが、ときにはこういうこともあります。
Sii Taaさんのご厚意に、改めて深く感謝いたします。
アストロラーベの腕時計 ― 2022年03月18日 09時34分18秒
アストロラーベとウクライナから連想した品がもう一つあります。
イスラムのアストロラーベをモチーフにした腕時計です。
これは、古い時計のムーヴメントを活用して、それに新たな「衣装」と「意匠」を与えて蘇らせたもので、その作者がウクライナの人でした。彼はこういう一品物の作品をこしらえては、eBayで販売していたのですが、さっき見たら当然のごとく商売をたたんでおり、その安否は不明です。
(一部拡大)
私には高級腕時計を身につける趣味も、それを購う資力もありませんけれど、これは私でも買える値段だったし、時計の歴史を振り返るとき、そこにアストロラーベをあしらうというのは、素晴らしいアイデアに思えました。残念ながら、このアストロラーベは単なる装飾の一部で、可動部分は一切ないのですが、それでもご覧の通りの精巧な仕上がりで、眺める愉しみがあります。
(背面。メーカーはOMEGA、シリアルナンバーは5321029と読み取れます)
この作品は、1918年のスイス製の懐中時計が元になっており、そのせいで竜頭(りゅうず)を除くケースの直径は48ミリと、腕時計としては大ぶりです。
(竜頭は英語でcrownだと聞いて、なるほどと思いました)
今回のロシアの侵攻で失われた人の命、町、愛すべき品々。
戦争とは無慚なものだと、何度でも思います。
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<美しいものを作り出すのも人間なら、それを破壊するのも人間だ>
…ということに絶望を感じます。でも、
<美しいものを破壊するのが人間なら、それを作り出すのも人間だ>
…と叙述をひっくり返すと、そこに一片の希望も生まれてきます。
アストロラーベ再見(5) ― 2022年03月15日 19時48分35秒
アストロラーベと星座早見盤には、もう一つ大きな違いがあります。
それは日時の指定法の違いです。
星座早見盤を使う場面を思い浮かべてください。星座早見盤だと、星図盤の外周に日付目盛が、また地平盤の外周に時刻目盛があって、両者を組み合わせることで、任意の日付の任意の時刻の空を再現することができます。
(3月15日の20時に合わせたところ。2月28日の21時や、3月30日の19時に合わせても同じことです)
しかし、アストロラーベの場合、マーテルの外周部に時刻目盛(と方位目盛)はありますが、マーテルにもレーテにも、日付目盛に相当するものが見当たりません。
(①時刻目盛、②方位目盛)
では、アストロラーベには日付目盛がないのかといえば、ちゃんとあります。
それは、天球上を1年で1周する太陽の位置を日付目盛の代わりに使うというものです。
そのため、レーテには黄道が目立つ形で描かれており、そこに黄経が度盛りされています。こんなふうに、天球上での太陽の位置を重視する点が、アストロラーベの大きな特色で、それによって、アストロラーベは日時計の代わりにもなるし、星座早見盤以上にいろいろな天文現象をシミュレートすることができます。
任意の日付の太陽の位置を知るには、マーテルの裏面を使います。
裏面の周縁には、カレンダーと太陽の位置(黄経)が並んで書かれており、アリダードを使って、その日の太陽の位置を簡単に読み取ることができます。例えば3月15日の太陽は、黄経355°の位置にあります(上図)。
次いで、裏面で読み取った値を、表面の黄道目盛に当てはめれば、その日の天球上での太陽の位置が即座に分かります。
上の写真は3月15日、すなわち黄経355°の太陽が地平線上に来たところ。その地上座標から、日の出の方角も分かります(ほぼ-90°つまり真東です。本当に真東から日が上るのは3月21日の春分の日ですが、これぐらいは許容範囲でしょう)。
補助具であるルーラーを使えば、3月15日の日の出は、ちょうど6時頃と分かるし、そのままルーラーを黄経355°の位置に固定して、レーテと一緒にぐるぐる回してやれば、ルーラーの指す時刻に応じて、夜8時の星空だろうと、深夜0時の星空だろうと、お好みのままです。この辺の操作感は、星座早見盤とほとんど同じです。
また、これらの応用として、「日没とともにシリウスが東の地平線から上るのは何月何日か?」とか、「〇月〇日に太陽が40°の高さにあるとき、その時刻は?」という問いにも答えられます(後者は要するに日時計としての用法です。なお天体の高度を測るのにも、裏面のアリダードを使います)。
(アリダードの両端に付いた木片のV字形の切れ込みが、高度測定の視準孔になります。)
実際には、さらに均時差とか、不定時法とか、各種の薄明線とか、いろいろな小技や応用技があって、それらを極めると、いよいよアストロラーベ使いの達人になるわけですが、アストロラーベの基本的な用法は、以上に尽きると思います。
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どうでしょう、ここまでくると、アストロラーベが「昔の人が使った何だか不思議な道具」ではなくて、明快な輪郭を備えたデバイスと感じられないでしょうか。
…でも、ロマンというのは神秘のベールに包まれてこそ輝くものですから、不思議な感じがなくなると、それはそれで淋しい気もします。
(この項おわり)
アストロラーベ再見(4) ― 2022年03月14日 17時53分18秒
アストロラーベと星座早見盤は何が違うのか?
その一つは星座の表示方式の違いです。
星座早見盤は、地上から見た通りの星空がそこに表示されます。ですから、使う時はこんな風に↓頭上にかざして、実際の星空と見比べることができます。星座早見が「星見の友」と呼ばれるゆえんです。
(星の手帳社刊「ポケット星座早見盤」解説より。 https://hoshinotechou.jp/products/planisphere/)
しかし、アストロラーベは違います。
南の空に浮かぶオリオン座付近でくらべてみます。
(星座早見盤)
(アストロラーベ)
星座早見盤と比較すると、左右(東西)が逆転した鏡像になっています。オリオンの向きも逆なら、オリオンと対峙する牡牛も、実際とは逆の左方向から走り寄ってきます。
これは天球儀やアーミラリースフィアと同じ表示方法で、昔から、「アストロラーベは、アーミラリースフィアをロバが踏んづけてぺしゃんこになったのを見て発明されたんだ」という伝説が好んで語られてきました。(堅苦しくいうと、「天球儀を正射方位図法で平面化したものがアストロラーベだ」…とか何とか、そんな話になると思います。)
左右が逆だと使いにくい気がするんですが、アストロラーベは「星見の友」ではなくて、あくまでも天体の位置計算の道具なので、これはこれで良いのでしょう。
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それに、一見使いにくそうでも、実際に使ってみると、意外にそうでもありません。
というのは、上ではオリオンを正立させたために、左右(東西)が逆転して見えましたが、実際はこんなふう↓に表示されるからです。つまり、オリオンは天頂方向に頭を向けて、逆立ち状態です。
ここで、丸い鏡――凸面鏡を考えましょう――を、お盆のように水平に持って南面し、そこに星空が映っていると想像してみてください。鏡に映る星座は、確かにこの星図と同じ配置になるはずです。
今度は上下が逆転する代わりに、左右(東西)の向きは正しくなって、ちゃんとオリオンの左(東)にシリウスやプロキオンが輝き、右手(西)に牡牛が位置しています。
「星見の友」として使うとしたら、星座早見盤は頭上にかざして眺めるもの、アストロラーベはお腹の位置で構えて、鏡を覗き込むような気分で使うもの…と考えると、分かりやすいように思いました。
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でも…と、もう一度話をひっくり返しますが、これは星座がしっかり描かれたモダン・アストロラーベだから言えることで、星のまばらな正統派アストロラーベを「星見の友」に使うのは、やっぱり厳しいと思います。
たとえば、14世紀のアストロラーベを本歌取りしたブセボロードさんの作品だと、オリオン座周辺は下のような感じです。クネっとした“とげ”の先端が、それぞれ恒星の位置を表しているのですが、ここから実際の星空を想像するのは難しいでしょう。
(上段左から: Menkar(メンカー;くじら座α星)、Aldeboram(アルデバランの異綴)、Elgevze(ベテルギウスの異称)、Algomeiza(プロキオンの異称)
下段左から: Avgetenar(アンゲテナルの異綴;エリダヌス座τ星)、 Rigil(リゲルの異綴)、Alhabor(シリウスの異称))
(この項つづく。次回完結予定)
アストロラーベ再見(3) ― 2022年03月13日 12時23分36秒
ここで改めてアストロラーベの構造を確認しておきます。
(Bruce Stephenson他(著)『The Universe Unveiled』、2000より)
マーテルにテュンパンをはめ込み、その上にレーテが乗って、全体がピン止めされている…というのが、その基本構造です。テュンパンはマーテルに固定されているので、回転するのはレーテだけです。さらに、いろいろな指標を読み取るために、アリダードとルーラー(またはルール)と呼ばれる、細長い補助具が表面と裏面に付属します。
(①マーテル、②テュンパン、③レーテ、④アリダード、⑤ルーラー)
モダン・アストロラーベの構造もまったく同じです。(私が購入したものには、異なる緯度でも使えるように、2枚のテュンパンが付属します)。
ただし、正統派アストロラーベのレーテが、ごく一部の明るい星だけを表示しているのに対して、このモダン・アストロラーベでは、4等星以上の星がすべて描かれており、一層使いやすくなっています。星図の回転の中心は、もちろん天の北極≒北極星です。
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大まかな構造を確認したところで、アストロラーベと星座早見盤の共通点を見てみます。
テュンパンとレーテを重ねたところ(ピンとルーラーを外してあります)。
テュンパンの上部に、見開いた目の形というか、両端がとがったラグビーボールのような形があって(朱線部)、この部分が頭上に見えている空の範囲を示しています。また、そこに描かれた網目模様は、天体の位置を示す地上座標のグリッドで、網目の中心が天頂になります。
この「ラグビーボール」の部位が、星座早見盤だと、地平盤にくりぬかれた「窓」に相当します。これと星図を重ね合わせることで、その時点で見えている星空の概略を知ることができる…というのが、両者の最大の共通点です。
まあ、細かいことを言えば、星座早見盤では、星図の上に地平盤が乗って地平界を区切っているのに対して、アストロラーベでは、星図の下にテュンパンがあって地平界を表示しているという違いがありますが、これは本質的な違いとは言えないでしょう。
その意味で、両者はほとんど同じものと言ってもいいのですが、そこにはいくつか大きな違いもあります。
(この項つづく)
アストロラーベ再見(2) ― 2022年03月12日 20時21分23秒
毎日家を出るとき、いつも門扉の脇のアジサイが目に留まります。
その若芽が徐々に膨らみ、今ではつやつやした緑が鈴なりです。あのみずみずしい翠色は春そのものであり、命の輝きそのものだなあ…と、そんなことを考えながら毎日家を出ます。
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さて、アストロラーベの続き。
これはブセボロードさんが図面を引き、ヴィタリーさんが切り出した優美なアストロラーベです。ただし、優美ではあるけれども、これだけ見ると「昔の人が使った何だか不思議な道具」という印象で終わってしまうかもしれません。
では、こちらはどうでしょう。棚から取り出した三省堂の星座早見盤です。星座早見盤に慣れた人ならば、その構造や用法は明瞭でしょう(以下、星座早見盤の知識は共有されているものとします)。
アストロラーベと星座早見盤はよく似ていると言われます。アストロラーベを理解するために、ここでアストロラーベと星座早見盤の異同を考えてみます。ただし、正統派アストロラーベと星座早見盤とでは、見た目の違いが大きくて、パッと見比較しづらいでしょう。
そこで登場するのが、先日紹介した「モダン・アストロラーベ」です。
Wavytail というメーカーの製品で、これもEtsyで購入しました【購入先はこちら】。
(画像再掲)
このモダン・アストロラーベを見ると、星座早見盤との類似は一層明らかです。いずれも回転する盤で星の動きをシミュレートし、任意の日時における星/星座の位置を教えてくれる装置です。一種のアナログコンピュータにもたとえられます。
このモダン・アストロラーベが、正統派のアストロラーベと違うのは、複雑な形をしたレーテ(網盤)の代わりに、透明なアクリル板に星図が描かれていることです。光の角度によって、それが浅緑に浮かび上がり、白木のマーテル(母盤)やテュンパン(鼓盤)に映えて、なかなか美しいものです(※)。とはいえ、見た目は違っても、その動作原理はまったく同じです。
(※)「レーテ、マーテル、テュンパン」はラテン語読みで統一しました。定訳は未確立と思いますが、原義を考えて、それぞれ「網盤、母盤、鼓盤」と仮訳しておきます。なお、鼓盤を以前の記事では「皮盤」と呼びましたが、そちらも「鼓盤」に修正しておきました。
(この項つづく)
アストロラーベ再見(1) ― 2022年03月09日 20時02分40秒
ウクライナでの戦闘が止まりません。
ニュースで配信される現地の映像は、ただただ痛ましく、心が曇ります。
ブセボロードさんからは、その後も折々メッセージが届きます。前回の記事に動画で登場した、アストロラーベ作りの金工作家氏――ブセボロードさんによれば、彼は「宝石屋の息子」ではなく、彼自身が宝石屋なのだそうです――も既にキエフを脱出し、ポーランドに向かったが、その手前でまごまごしてるんだ…という話。
そんな話を聞くと、ウクライナの人だって別に戦災慣れしているわけではなくて、ほんの1か月前まで、我々と同様に、ごく普通の日常を送っていた人たちばかりだという、当然のことを思い出します。日常とはかくも脆く、私の身辺だって、いつどうなるか分かりません。「要するに彼らは私であり、私は彼らなんだ」と、理屈を超えてそんな気がします。
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さて、この機会にアストロラーベについて振り返ってみます。
アストロラーベとは結局何なのか、その構造と用法がしっかり腹に落ちている人がどれぐらいいるのか、少なくとも私は正直あまりよく分かってなかったんですが、先日ふとそれが分かった気がしました(例によって「気がする」だけかもしれません)。
それは、モダンな構造の――でも原理は昔のものと同じ――アストロラーベを手に入れてクルクル回したからで、基本的に私は自分の手元でクルクルしたり、パラパラしないと分からないタイプなのでしょう。そのクルクルの成果を、自分へのメモもかねて、文字にしておきます。
(この項つづく)
哀惜のアストロラーベ ― 2022年02月27日 11時25分36秒
ウクライナの首都・キエフで、古い天文機器を復元・販売していた――早く販売が再開されることを祈ります――ブセボロードさんのことに、昨日言及しました。(ブゼボロードさんの姓はブラフチェンコですが、彼は常に自らブセボロードと名乗り、私もそう呼んでいたので、ここでもブセボロードさんとお呼びすることにします。)
ブセボロードさんの本業は建築家で、天文機器の製作は副業ないし余技だそうですが、その製品には目を見張るものがありました。
上は以前、ブセボロードさんから送られてきた写真で、ケンブリッジ大学のホイップル科学史博物館で撮影されたもの。左が同館所蔵のオリジナルで、右がブセボロードさんが制作したレプリカです。直径約29cmという大型のアストロラーベで、オリジナルの方は、14世紀のイングランドで作られたものと推定されています。
ご覧のとおり素晴らしい出来映えですが、仔細に見比べると、表面を覆う「レーテ(網盤)」のデザインや、その下の経緯線を刻んだ「テュンパン(鼓盤)」の目盛など、細部にいくつか違いがあることに気付きます。もちろん、ブセボロードさんの技術があれば、そっくり同じにすることもできたのでしょうが、そこにブセボロードさん独自の見識とこだわりがあります。
その見識とこだわりとは、「天文機器は正しく使えるものでなければならない」というもの。そのため、ブセボロードさんは、現代の星の位置データに基づいてレーテをデザインし直し、また観測者の緯度に合わせてテュンパンを刻んでおり、その意味でこれは彼のオリジナル作品です。だからこそ、彼は自信をもって、そこに自分の銘を刻んでいるのです。そして、彼が作る製品はすべてこのポリシーで貫かれています。
(ラテン語の銘は「キエフのテレブルス工房、2021」。2021は私が購入した品の製作年です。)
ちなみに上の製品を最初に発注したのは、左のオリジナルを研究していたケンブリッジの教授で、その先生が詳しいデータを提供してくれたために、いっそう完成度の高い製品ができたのだとか。
ブセボロードさんからは、そのメイキング映像も届きました。
■Astrolabe from Whipple Museum, Cambridge
「テレブルス工房」と上で書きましたが、ブセボロードさんは、一人でアストロラーベを仕上げているのではなく、金工、木工、革工等の担当者と共同で制作に当たっており、まさに工房体制です(ブセボロードさん自身は、作品の図面を引き、全体をプロデュースする役割、いわば工房主です)。
上の動画に写っているのは金工担当の人で、「宝石屋の息子」を名乗っているところを見ると、彼もまた余技としてここに参画していたのかもしれません。私は動画を見るまで、もっと各種の工作機械類を使っていると思っていたので、ほとんど全部手作業で行っているのを見て、本当にびっくりしました。
(細部の表情)
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今のウクライナ情勢の中で、ブセボロードさんのことは、ごく小さなエピソードかもしれません。しかし、ブセボロードさんの背後には、また無数の人々の日常があり、平穏な営みがあり、戦争はそのすべてを破壊してしまいました。人の命をはじめ、そこで失われたもののいかに大きなことか。
美しいアストロラーベもまた、確かにそこで失われたもののひとつです。そして、それが美しければ美しいほど、今回の軍事侵攻のむごさを感じないわけにはいきません。
(戦争とはおしなべて無残なものでしょうが、今回はまさに大義のない、無理筋もいいところの行動ですから、いっそう声高に非難されるべきです。)
こんなオーラリーが欲しかった。 ― 2021年11月27日 10時29分04秒
博物館を飾る優美なオーラリーの数々。
例えば、ケンブリッジ大学のホイップル科学史博物館が所蔵する、18世紀半ばに作られたグランドオーラリー。
その全体を覆う透明なドームも素敵です。さながら宇宙をよそながらに眺める神様になった気分です。「こんなものが我が家にもあったら…」とは、誰しも思うところでしょう。
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イギリス貴族や大富豪ならずとも、その夢が実現する時がついに来ました。
(机の上にちょこんと乗る、ほど良いサイズ)
olenoides(オレノイデス)社の「Stellar Movements(ステラムーブメンツ)」がそれです。私はつい先日まで知らずにいましたが、さまざまな試作を経て、昨年から本格的に販売が始まったと伺いました。
■olenoides 社公式サイト https://olenoides.com/
(オレノイデスとは三葉虫の仲間(属名)です)
この製品については、私が余計なことを言わなくても、同社の解説をご覧いただければ十分なのですが、取り急ぎあらましだけ書いておくと、オーラリーの表面(天板)では、水星から天王星までの7つの惑星と、地球のまわりを回る月が、それぞれの公転周期の比を忠実に再現して回転します。電源はUSBで、回転速度は無段階可変。
これだけでもすごいのですが、オーラリーの下部にはさらにギミックがあって、上部の月と連動して月相を表示する月球や、海王星やテンペル・タットル彗星の公転を示す盤が独立して備わり、後者は楕円軌道を描くコメタリウムを兼ねています。もはや何をかいわんやという感じです。
コメタリウム部拡大。青い円盤の最外周は木星軌道で、その内側に火星以内の各惑星の軌道が書かれています。そしてその上方の銀色のバーが彗星の動きを制御しており、肝心の彗星はというと…
バーの左端に2本の尾を曳いた彗星が見えます(矢印)。今、彗星は遠日点を回り込むところです。
その後、時間の経過とともに彗星は地球に接近し(バー自体が動くと同時に、彗星がバーの上をスライドします)、やがて近日点を過ぎ、地球の脇を越えて再び遠ざかっていきます。
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これだけの機能を備えて税込み48,400円、組立キットだと同じく36,300円というのは、はっきりいって超の付くお値打ち価格。こうなると「過度にリーズナブル」であり、もはやリーズナブルとは言えないのでは…とすら思います。
多くの制約の中で、それを実現されたエンジニアの嶋村亮宏氏には、賛嘆の念しかありません。
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