天文学者のライブラリに分け入ってみたら…2024年05月17日 17時43分20秒

更新をさぼっている間、例の 『天文学者のライブラリ(The Astronomers’ Library)』を、せっせと読んでいました(無事読了)。

先日書いたこと(こちらの記事の末尾)を訂正しておくと、最初パラパラめくった印象から、「自分の書斎も、かなり理想のライブラリに近づいているんじゃないか」…と大胆なことを書きましたが、改めて読んでみると、それは幻想に過ぎず、収録されている書物の大半はやっぱり手元にありませんでした。

といって、「じゃあ、これから頑張って理想のライブラリを目指すんだね?」と問われても、たぶん是とはしないでしょう。この本に教えられたのは、「天文学史上重要な本」と「魅力的な天文古書」は必ずしも一致しないという、ある意味当然の事実です。


たとえばニュートンの『プリンキピア』(↑)は、天文学史のみならず自然科学史全体においても最重要著作でしょうが、それを手元に置きたいか?と問われたら、正直ためらいを覚えます。読む前から理解不能であることは明らかだし、挿図の美麗さとか、造本の妙とかいった、書物としての魅力に富んでいるとも言い難いからです。(『プリンキピア』を人間理性の金字塔とただちに解しうる人は幸せです。そういう人を除けば、たぶんその魅力は「分からない」点にこそあるんじゃないでしょうか。「分からないから有難い」というのは倒錯的ですが、仏典にしても、抽象絵画にしても、そういう魅力は身近なところにいろいろあります。)

   ★

そうした意味で、私が本書で最も期待したのは、第5章「万人のための天文学 Astronomy for Everyone」です。著者はその冒頭でこう書いています。

 「この章を完璧なものとする方法はないし、これまでに出版された教育的天文書を網羅することも不可能だ。したがって、ここでは面白い挿絵のある本や、顕著な特色のある本をもっぱら取り上げることにしよう。率直に言ってこれらの本の多くは、単に目で見て面白いだけのものに過ぎないが。」

なるほど、「面白い挿絵のある本」や「目で見て面白い本」、こうした本こそ、私を含む天文古書好きが強く惹かれるものでしょう。確かに目で見て面白いだけのものに過ぎないにしても―。

とはいえ、この章における著者のセレクションは、あまり心に刺さらないなあ…というのが正直な感想でした。ここにはメアリー・ウォードの『望遠鏡指南 Telescope Teachings』(↓)も出てくるし、


ロバート・ボールの『宇宙の物語 The Story of yhe Heavens』や、愛すべき『ウラニアの鏡 Urania’s Mirror』(↓)も出てきます。


でも、この分野では不可欠といえる、カミーユ・フラマリオンの『一般天文学 Astronomie Populaire』は出てこないし、ファンの多いギユマンの『天空 Le Ciel』も、ダンキンの『真夜中の空 The Midnight Sky』も、スミスの『図解天文学 Smith’s Illustrated Astronomy』も、いずれも言及すらされていないのは、一体どういうわけか?

愛らしく魅力的な天文古書はいろいろあるのになあ…と思いつつ、現代の職業研究者(天文学者/宇宙物理学者)である著者は、こうしたポピュラー・アストロノミーの著作に必ずしも通じていないのだろうと想像されました。こういうと何となく偉そうに聞こえますが、別に私が偉いわけではなくて、やっぱりこの手の本は、今では学問的というよりも、完全に趣味的存在だということでしょう。

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というわけで、自分にとって理想のライブラリは、己の琴線に触れるものを一冊ずつ吟味し、拾い集めた末にできるものであり、そう考えれば、今の私の書斎こそ“私にとって”理想のライブラリにいちばん近いのだ…という結論に再び落ち着くのです。書斎とその主との関係を男女にたとえれば、まさに「破れ鍋に綴じ蓋」、「Every Jack has his Jill」じゃないでしょうか。

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うーん…ちょっと月並みな結論になりましたね。そして負け惜しみっぽい。
美しく愛らしい天文古書をずらっと紹介した本があれば、もちろん読んでみたいし、それを参考に購書計画を立ててみたいですが、でもそんな都合のいい本はなかなかないですね。

天文学者のライブラリを覗く2024年04月30日 17時34分25秒

今年の1月に予約しておいた本が無事届きました。
ちょうどGW後半の読書にうってつけのタイミングです。


本の紹介は以下。

■天文学者のライブラリ


内容はこれから読むのですが、パッと本を開いて嬉しかったのは、紙質がマットな落ち着いた感じだったこと。これはあまり共感の得られない、私だけの感覚かもしれませんが、どうもテカテカしてない方が、いっそう「紙らしい紙」という気がして、光沢紙の方が印刷がきれいに仕上がると聞いても、どうしてもマットな紙に軍配を挙げたくなります。


私が電子書籍よりも紙の本に執着するのも、根は同じだと思います。
要は紙フェチなのでしょう。紙フェチなればこそ、この本を手に取ったともいえますが、でも本書にはちゃんと電子版も用意されているので、そうなると、やっぱりこういう嗜好はマイナーなのかもしれません。

天文学者のライブラリ2024年01月16日 05時40分19秒

忘れないうちにメモ。
一昨日の記事を書いてから、思い立って天文古玩のリアルな書斎のイメージを探しているときに、以下の本が目に留まりました。


■Karen Masters 
 The Astronomers’ Library:The Books that Unlocked the Mysteries
  of the Universe.
 Ivy Press (The Quarto Group)、2024(4月予定)、272p.

書物を通して天文学史を俯瞰したヴィジュアル本…というと、先年開催された「天文学と印刷」展過去記事にLINK】の図録を思い出しますが、こちらは時代も国もさらに広く採り上げているようです。

版元の説明によれば、

「過去800年にわたる最高の天文学書のコレクションを存分にお楽しみください。『天文学者のライブラリ』は、ヨーロッパ全土にまたがる天文学(および占星術) の書籍発行に関する充実した歴史書です。本書はドイツ、フランス、イタリア、オランダ、スペイン、英国など、ヨーロッパ大陸中の出版物を厳選して収め、また当然のことながら、占星術の本家本元である中東にも焦点を当て、ペルシャの本を複数採り上げています。」

…とのことで、これは相当期待が持てます。

構成は、「星図(Star Atlas)」、「異世界の地図を作る(Mapping other Worlds)」、「天文学と文化(Astronomy and Culture)」、「宇宙モデルの発展(Developping our Model of the Universe)」、「天文学の大衆化(Astronomy for Everyone)」、「現代の天文学(Modern Astronomy)」の全6章。

来たる4月刊行予定なので、まだしばらくはお預けですが、眺めるだけでも楽しそうだし、今後の購書の参考になる部分もきっとあるでしょう。アメリカのAmazonではすでに予約受付が始まっていましたが、日本のAmazonではまだデータベースに未登録なので、もう少し待ってから発注する予定です。なお、電子書籍も用意されていますが(こちらもリリース前です)、個人的には当然紙の本で眺めたいところ。

博物画の魅力2023年12月18日 11時14分08秒



山田英春氏の近著、『美しいアンティーク鉱物画の本(増補愛蔵版)』(創元社、2023)を書店で見かけ、さっそく購入しました。出版前から一部では話題になっていたので、すでに購入済みの方も多いことでしょう。


2016年に出た初版とくらべると、判型も大きくなり、内容もボリュームアップして、見ごたえ十分です。

   ★

この本を見ながら、博物画の魅力とは何だろう?と、改めて考えていました。

博物画というと、昨日の『雑草のくらし』のような科学絵本にも、明らかにその影響が及んでいる気がします。科学絵本には童画風のソフトな絵柄の作品もあるし、対象を緻密に描き込んだハードな作品もありますが、後者を突き詰めていくと、現代の博物画家によるスーパーリアリズムの世界に至るのでしょう。その超絶技巧には思わず息を呑みます。

博物画の魅力は、絵そのものの魅力によるところがもちろん大きいです。
でも、個人的には「絵の向こうに広がっている世界」の魅力も、それに劣らず大きいように感じています。

たとえば現代の博物画であれば、各地で活躍するナチュラリストと自然とのみずみずしい交歓や、彼らの弾むような好奇心、そして環境への目配り・気配り、そうしたものが見る側に自ずと伝わってくるから、見ていても気持ちが良いし、小さなものを描いても、何かそこに大きなものを感じます。


これが18世紀~19世紀の博物画となれば、まさに「大博物学時代」の香気や、「博物学の黄金時代」の栄光を物語る生き証人ですから、絵の向こうに当時の博物学者の重厚な書斎の光景がただちに浮かんできます。それはダーウィンやファーブル先生が生きた世界への扉であり、学問の佳趣への憧れや、科学がヒューマンスケールだった時代への郷愁をはげしく掻き立てる存在です。

結局、私にとっての博物画は一種の象徴であり、宗教的な「イコン」に近いものなのでしょう。

   ★

ところで、山田氏の本の帯には、「写真では味わえない、レトロで温かみのある、多色石版印刷(クロモリトグラフ)の玉手箱」という惹句があります。

鉱物画は博物画の下位分類なので、鉱物画の魅力というのも、当然博物画の魅力と重なる部分が大きいはずです。そして、一枚の絵として見た場合、この「写真にはない手わざの温もり」が魅力であるということも、博物画の魅力としてしばしば言及されることです。

ただ鉱物画の場合、他の博物画とはちょっと違う点もあります。
それはほかでもない「温かみ/温もり」についてです。というのも、昔の鉱物画家はひたすら鉱物らしい、冷たく硬質な質感を目指して努力していたはずで、画家自身そこに「温かみ」を求めてはいなかっただろうし、むしろそれを排除しようとしていたのでは?と思えるからです。動物画や植物画の場合は、描き手もアプリオリに「温かみ」を排除していたとは思えないので、そこが鉱物画の特異な点です。


それでも現代の我々の目には、これらの鉱物画は十分「温かみのある絵」として目に映ります。これはたぶん基準点の置き方の違いで、昔の画家は当時の平均的な具象画を念頭に、それを超えたリアリズムを追求したのに対し、現代の我々は「実物以上に美しい鉱物写真」を見慣れているので、「それに比べれば、昔の鉱物画は素朴で、温かみに富んでいるよね」と思い、それこそが魅力だと感じるのでしょう。

この点で、往時の描き手と、現代の鑑賞者との間で、鉱物画の捉え方をめぐって不一致が生じているのように思いましたが、まあこういうすれ違いは、レトロ趣味全般でしょっちゅう起きていることですから、事新しく言うには及ばないかもしれません。

(鉱物と鉱物画。それらを写した写真を掲載した本。そのまた全体を収めた写真。虚実皮膜とはこういうことを言うんでしょうかね。なかなか世界は複雑です)

『世界《宇宙誌》大図鑑』…宇宙イメージ総まくり2023年09月10日 19時36分11秒

ブログを休んでいる間も、天文アンティークに関連する品を買い続けていました。
そうやってモノを探しているときは、「うーむ、何かこうグッと来るものはないかなあ…」とかなんとか、心の中でブツブツ言いながら探すわけですが、そういうときに参考書があると大いに助けとなります。

それは星図のコレクターズガイドであったり、博物館の所蔵品カタログであったり、天文学の歴史をテーマにした展覧会の図録であったり、もちろんそこで目にするのは私の懐を超えた品が多いのですが、少なくとも品物探しの指針にはなるし、そうした本を眺めること自体、楽しい経験です。今ではネット上に関連情報も多いですが、私はやっぱり紙の頁をパラパラやりたいので、天文アンティークを探すかたわら、そういう本も目につくと、なるべく買うようにしています。

最近も、古今の天文イメージを満載した素敵な本を見つけました。


■Michael Benson
 Cosmigraphics: Picturing Space Through Time.
 Abrams (NY), 2014

出版されたのは2014年ですから、もう10年近く前ですが、以下の紹介記事を読んで、これはぜひ読んでみたいと思いました。

Cosmigraphics: Picturing Space Through Time in 4,000 Years of
  Mapping the Universe

よし、早速アマゾンでポチッとするか…と思った直前、同書には邦訳が出ていることに気づきました。


■マイケル・ベンソン(著)、野下祥子(訳)
 『世界《宇宙誌》大図鑑』、東洋書林(2017)

タイトルも、表紙デザインも、大きく違うので、最初は同じ本と気づきませんでしたが、書誌情報を確認すると正しく上掲書の翻訳で、こちらは5年前に出ています。

実際に読んでみて、これはよく出来た本だと思いました。
上の写真にあるように、今では珍しくなった紐のしおりが2本付いているのも、些細なようでいて、読む際に便利な工夫のひとつです。


(上図の一部拡大。右下の注記に注目)

そして同一資料から複数の図版を引用している場合は、それぞれ相互参照できるよう、必ず注記があり、さらに巻末の索引もしっかりしているので、資料的価値が高いです。

本書はテーマ別・時代別の2本の軸で構成されていて、これも読みやすい工夫です。
テーマ別というのは、第1章の「創造」から始まって、地球、月、太陽、宇宙の構造、惑星と衛星、星座・獣帯・天の川銀河、食と太陽面通過、彗星と隕石オーロラと大気現象の全10章がそれで、各章の中では図版が時代順に配列されています。



中世写本に描かれた不思議な彩色図。
19世紀の天文古書にあふれるロマンティシズム。


そして1980年以降の惑星探査機がもたらしたリアルな惑星画像や、2000年以降にスーパーコンピューターが生み出した銀河や宇宙の大規模構造に関するヴァーチャルなイメージまで―。

天文アンティーク渉猟の参考として買った本ですが、これはそれ自体美しく、また精神を高揚させる本だと思いました。(そしてやっぱり参考になる部分があって、本書で知った本を新たに注文しました。)

星図収集、新たなる先達との出会い2022年10月29日 08時22分55秒

「星図コレクター」というと、質・量ともに素晴らしい、書物の中でしかお目にかかったことがないような、ルネサンス~バロック期の古星図が書架にぎっしり…みたいなイメージがあります。

そういう意味でいうと、私は星図コレクターでも何でもありません。
典雅な古星図は持たないし、特に意識してコレクションしているわけでもないからです。でも、19世紀~20世紀初頭の古びた星図帳なら何冊か手元に置いています。そして、そこにも深い味わいの世界があることを知っています。ですから、星図コレクターではないにしろ、「星図の愛好家」ぐらいは名乗っても許されるでしょう。同じような人は、きっと他にもいると思います。

そういう人にとって、最近、有益な本が出ました。
まさに私が関心を持ち、購書のメインとしている分野の星図ガイドです。


■Robert W. McNaught(著)
 『Celestial Atlases: A Guide for Colectors and a Survey for Historians』
 (星図アトラス―コレクターのための収集案内と歴史家のための概観)
 lulu.com(印刷・販売)、2022

「lulu.com(印刷・販売)」と記したのは、これが自費出版あり、lulu社が版権を保有しているわけではないからです。lulu社はオンデマンド形式の自費出版に特化した会社で、注文が入るたびに印刷・製本して届けてくれるというシステムのようです。
同書の販売ページにリンクを張っておきます。


著者のマックノート氏は、巻末の略歴によればエディンバラ生まれ。少年期からアマチュア天文家として経験を積み、長じて人工衛星の航跡を撮影・計測する研究助手の仕事に就き、ハーストモンソー城(戦後、グリニッジ天文台はここを本拠にしました)や、オーストラリアのサイディング・スプリング天文台で勤務するうちに、天文古書の魅力に目覚め、その後はコレクター道をまっしぐら。今はまたイギリスにもどって、ハンプシャーでのんびり生活されているそうです。(ちなみに、マックノート彗星で有名なRobert H. McNaught氏とは、名前は似ていますが別人です。)


本書は、そのマックノート氏のコレクションをカタログ化したもの。判型はUSレターサイズ(日本のA4判よりわずかに大きいサイズ)で、ハードカバーの上下2巻本、総ページ数は623ページと、相当ずっしりした本です。


収録されているのは全部で292点。それを著者名のアルファベット順に配列し、1点ごとに星図サンプルと書誌が見開きで紹介されています。

(日本の天文アンティーク好きにもおなじみの『Smith's Illustrated Astronomy』)

そこに登場するのは、いわゆる「星図帳」ばかりではなく、一般向けの星座案内本とか、星図を比較的多く含む天文古書、さらに少数ながら、星座早見盤や星座絵カードなども掲載されています。時代でいうと、18世紀以前のものが零葉を含め30点、1950年以降のものが16点ですから、大半が19世紀~20世紀前半の品です。これこそ私にとって主戦場のフィールドで、本当に同好の士を得た思いです。

(同じくギユマンの『Le Ciel』)

もちろんこれは個人コレクションの紹介ですから、この期間に出た星図類の悉皆データベースになっているわけではありませんが、私がこれまでまったく知らずにいた本もたくさん載っていて、何事も先達はあらまほしきものかな…と、ここでも再び思いました。

本書の書誌解題には、当該書の希少性について、マックノート氏の見解が記されていて、「わりとよく目にするが、初期の版で状態が良いものは少ない」とか、「非常に稀。全米の図書館に3冊の所蔵記録があるが、私は他所で見たことがない」…等々、それらを読みながら、「え、本当かなあ。それほど稀ってこともないんじゃないの?」と、生意気な突っ込みを入れたりしつつ、マックノート氏と仮想対話を試みるのも、同好の士ならではの愉しみだと感じました。

   ★

円安の厳しい状況下ではありますが、この本で新たに知った興味深い本たちを、これから時間をかけて、ぽつぽつ探そうと思います。(こうなると、私もいよいよコレクターを名乗ってもよいかもしれません。)

ツキアカリ商店街2022年04月12日 20時33分01秒

最近は新刊書店に行くことが少なくなりました。
いや、それを言ったら古書店に行くことも稀です。
何でもネットで済ませるのは、あまりいいことではないと思いますが、安易な方向に流されやすいのは人の常で、反省しつつもなかなか改まりません。でも、行けば行ったで、いろいろ発見があります。

昨日、たまたま本屋に寄ったら、こんな本を見つけました。

(帯を外したところ)

■九ポ堂(著)
 「ガラスペンでなぞる ツキアカリ商店街」
 つちや書店、2022

今年の1月に出た、わりと新しい本です。


帯を見ると、読者がお手本をなぞり書きして愉しむ本のようで、最初はお年寄りが認知症予防のために手を動かす「塗り絵本」の類かと思いました。でも、特に「ガラスペンで」と断り書きがしてあるし、「夜にだけ開く商店街」という副題も謎めいています。

「?」と思い、本を手に取りページを開いてみました。


すると、確かにこれはなぞり書きの本ではあるのですが、それは「脳トレ」のためではなくて、著者による不思議な世界に、読者が入り込むための手段として、ガラスペンとお気に入りのインクと「手を動かす」という作業が求められているのだと気づきました。

さらにこの本の特徴として、(私を含む)一部の人が強烈に持っていかれるのは、帯にあるとおり、7種類の用紙と57種類の書体が使われている点です。

紙の種類とはB7バルキー、コスモエアライト、HS画王…等々であり、そこに登場する書体は、リュウミンR-KL、きざはし金陵M、A1明朝、毎日新聞明朝L、筑紫B丸ゴシックM…等々です。

(「b7トラネクスト」紙に「VDLヨタG」書体を使用した「星屑リサイクル」店)

「電氣鳥のはなし」は「AライトスタッフGA-FS」紙と「解ミン月M」書体を使用)

この本は徹底的に「モノ」であることを主張し、まさにそれ自体が形ある作品です。本書は原理的に決して電子書籍化できないのです。そこがまた購買欲をそそりました。

   ★

著者である「九ポ堂」さんについて、著者紹介にはこうあります。

「九ポ堂(きゅうぽどう) 酒井草平 酒井葵
 祖父が残した活版道具で作品作りを二〇一〇年にスタート。九ポとは活字の大きさの9ポイントに由来。少し不思議でクスリとしてしまう、物語性のある紙雑貨制作をしている。〔…〕代表作は活版印刷による架空商店街ハガキシリーズ。」

ユニット制作である点や、架空のお店、架空の商品をテーマにしているところは、老舗のクラフト・エヴィング商會さんを連想させ、また作品の世界観はコマツシンヤさんのそれに通じるようでもあります。ただ、こんなふうに本そのものが、不思議なお店で売っている、不思議な商品めいているという「メタ」の構造になっているのが、新鮮に感じられました。


それと、家に帰ってから気づきましたが、この本を買う気になったのは、昨日長野まゆみさんの「天体議会」に言及したことが明らかに影響しています。つまり作中に登場するガラスペンが、脳内で本書と共振したのです。

   ★

架空の町をテーマにした作品は、萩原朔太郎の「猫町」をはじめ、いろいろあると思います。作家も読者も、そういう結構を好む人は多いでしょう。もちろん私も好きです。

これまで入ったことのない路地を曲がったり、初めての駅で降りたりしたときに、「こんなところにこんな町があったのか!」と驚くことは、現実に時々あるし、夢と現実の境界はふだん我々が思うほど強固でもありません(各種の意識障害や、薬物の作用を思い起こしてください)。

夢の町と「リアル」は地続きである…というのが、そうした作品に惹かれる要因のひとつであることは確かで、猫町だって、ツキアカリ商店街だって、ふとしたきっかけで行けそうな気がするという、その「危うさ」が魅力的に感じます。

彗星と飛行機と幻の祖国と2021年11月15日 21時28分05秒

…という題名の本を目にして、「あ、タルホ」と思いました。
でもそれは勘違いで、この本は稲垣足穂とは関係のない或る人物の伝記でした。
その人物とは、ミラン・ラスチスラウ・シチェファーニク(1880-1919)


■ヤーン・ユリーチェク(著)、長與 進(訳)
 彗星と飛行機と幻の祖国と―ミラン・ラスチスラウ・シチェファーニクの生涯
 成文社、2015. 334頁

334頁とかなり束(つか)のある本ですが、本文は265頁で、あとの70頁は訳者あとがきと詳細な註と索引が占めています。

本の帯に書かれた文句は、

「天文学者として世界中を訪れ 第一次大戦時には勇敢なパイロット
そして、献身的にチェコスロヴァキア建国運動に携わった、
スロヴァキアの「ナショナル・ヒーロー」の生涯」。

シチェファーニクのことは、5年前にも一度取り上げたことがあります。
過去の記事では「シュテファーニク」と書きましたが、上掲書に従い以下「シチェファーニク」と呼びます。

飛行機乗りと天文台

(シチェファーニクの肖像。上記記事で引用した画像の再掲)

天文学者で、飛行機乗りで、チェコスロヴァキア独立運動を率いた国民的ヒーローで…と聞くと、何だかスーパーマン的な人を想像します。たしかに彼は、才能と情熱に満ち、人間的魅力に富んだ人でしたが、詳細な伝記を読むと、彼が単なる冒険活劇の主人公ではなく、もっと陰影に富む人物だったことがよくわかります。

たとえば、彼はその肖像から想像されるような、鋼の肉体を持った人ではなくて、むしろ病弱な人でした。彼は重い胃潰瘍を患っており、それを押して研究活動と祖国独立運動にのめり込んでいたので、晩年はほとんどフラフラの状態でした。

(シチェファーニクの足跡・ヨーロッパ編)

(同・世界編)

本書の巻頭には折り込み地図が付いていて、シチェファーニクの生涯にわたる足跡が朱線で書かれています。その多くは独立運動のために東奔西走した跡であり、また少なからぬ部分が観測遠征の旅の跡です。病弱だったにもかかわらず、彼は実によく動きました。肉体はともかく、その精神はたしかに鋼でした。

彼は死の前年、1918年には日本にも来て、4週間滞在しています。そればかりでなく、原敬首相を始めとする時の要人に会い、大正天皇にも謁見しています。日本のシベリア出兵を促すためです。

シチェファーニクの独立へのシナリオは、第1次大戦で英・仏・露の「三国協商」に肩入れして、チェコ人とスロヴァキア人を支配してきたドイツとオーストリアを打ち破り、列国によるチェコスロヴァキアの独立承認を勝ち取ることでした。

ただし、ロシアでは革命で帝政が倒れた後、左派のボリシェビキと右派諸勢力の抗争が勃発し、在露同胞により組織されたチェコスロヴァキア国民軍とボリシェビキが対立する事態となったため、ボリシェビキを牽制するために、日本の力を借りる必要がある…と、シチェファーニクは判断したわけです。(そのため第二次大戦後、チェコスロヴァキアがソ連の衛星国だった時代には、シチェファーニクについて語ることがタブー視された時期があります。)

当時の複雑怪奇な欧州情勢の中で、シチェファーニクの情熱と言葉がいかに人々の心を動かしたか、その人間ドラマと政治ドラマが本書の肝です。そして、もちろん天文学への貢献についても十分紙幅を割いています。

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1919年5月4日、彼が乗ったカプローニ450型機はイタリアを飛び立ち、故国スロヴァキアに着地する寸前で墜落し、彼は劇的な最期を遂げました。「カプローニ機は整備不良で事故が心配だから、鉄道で帰国してはどうか」と周囲はいさめたのですが、「自分はオーストリアの土地を踏みたくない」という理由で、強引に搭乗した末の悲劇でした。

(墜落事故の現場。本書より)

そして彼の遺骸から発見された、愛する女性への手紙を引用して本書は終わっています。

   ★

最後に蛇足ですが、チェコスロヴァキア建国運動の歴史的背景を、簡単に述べておきます(私もよく分かっていませんでした)。

チェコ人もスロヴァキア人も同じスラブ系の民族であり、チェコ語とスロヴァキア語は互いに方言程度の違いしかないそうですが、両民族のたどった歴史はだいぶ違います。すなわち、ドイツ人を支配層に戴きながらも、ボヘミア王国として独立の地位を長く保ち、近世になってからハプスブルク家の統治下に入ったチェコに対して、スロヴァキアは11世紀以降マジャール人(ハンガリー王国)にずっと支配されたまま、自らの国家を持ちませんでした。

それが19世紀になると、民族意識の高揚により、チェコ人とスロヴァキア人の同胞意識が芽生え、ドイツへの対抗意識が生まれ、オーストリア=ハンガリー二重帝国からの独立運動が熱を帯び、ついには「チェコスロヴァキア」という新たなスラブ国家創設へと結びついたのです。

その中心にいたのがシチェファーニクであり、彼はほとんど徒手空拳で中欧の歴史を書き換えた傑物です。

時計と天文学2021年01月21日 21時17分16秒

ヨーロッパ各地にある天文時計は、大時計の文字盤と並んで、月の満ち欠けとか、今太陽が十二宮のどこにあるかとか、各種の天文現象をシミュレートするからくり仕掛けで、見る者の目を楽しませてくれます。

(ベネチアのサンマルコ広場の天文時計。ウィキペディアより)

しかし、時刻を知らせる普通の大時計にしても、あるいは、それを見上げる観光客の手首に光る腕時計にしたって、そもそも、それ自体が天文現象をシミュレートするために生み出されたんだ…ということは、ややもすれば忘れられがちです。何の天文現象かといえば、太陽の日周運動であり、見方を変えれば地球の自転です。このことは以前も書きました。


そのことを改めて想起したのは、『時計製作術-天文学の子供』という、そのものズバリのタイトルの本を見たからです。

■Dominique Fléchon & Grégory Gardinetti(著)
 『Horology, a Child of Astronomy』
 Fondation de la Haute Horlogerie (Genève)、2013.

この本は、スイスのジュネーブに本拠を置く「高級時計財団」が発行したものです。ここは要するに時計の業界団体なのでしょうが、そこが自らのアイデンティティを振り返ったとき、自分たちは天文学という伝統ある学問の直系の子孫なんだ…と自覚したというのは、何だかスケール感のある話だなと思いました。


内容は美しいカラー図版で、天文学をめぐるいくつかのテーマに沿って、工芸品的な古今の時計を紹介するというものです。



時計というのは、昔から金満家の独壇場で、今でも百万円単位、さらには1千万円単位の腕時計を購入して悦に入る富裕層が少なくないようです。ステータスシンボルとしての時計と聞くと、少なからず感情的な反発も覚えますが、時計自体に罪はないし、一見無駄な細工に余分なコストをかけるのが文化だ…という考えに従えば、やっぱりこれも文化なのでしょう。

まあ金満家とは縁遠いにしろ、毎日使っている時計を眺めて、そこに天文学の片鱗を感じるとしたら、それはそれで豊かな経験といえるんじゃないでしょうか。

星座早見盤大全2020年05月17日 08時30分59秒

先達はあらまほしきものかな―。
これまで何度も繰り返してきましたが、これはやっぱり一大真理です。

先日、コロナの記事に関連して、HN「パリの暇人」さんからコメントをいただきました。氏は天文学史と天文アンティーク全般に通じた大変な人で、私にとっては先達も先達、大先達です。パリの暇人さんに教えていただいたことは山のようにありますが、その1つである天文アンティークの王道的資料を、ここで同好の士のために載せておきます。


■Peter Grimwood(著)
 Card Planispheres: A Collectors Guide.
 Orreries UK, 2018.

書名の「Card Planisphere」は、日本語の「星座早見盤」と同義。
星図のコレクターガイドというのは、これまで何冊か出ていますが、本書は史上初の「星座早見盤に特化したコレクターガイド」です。本書の成立には、パリの暇人さんも直接関わっておられ、本書に収めた品のうちの何点かは、そのコレクションに由来します。

裏表紙に著者紹介と内容紹介があるので、まずそちらから一瞥しておきます(いずれも適当訳)。


 「ピーター・グリムウッドは、工学士にしてオーラリー・デザイナー。彼は過去20年以上にわたって、古今の星座早見盤の一大コレクションを築いてきた。関連する参考書が全くないことに業を煮やした彼は、星座早見盤コレクターのためのガイドブックを自ら作ることにした。」

 「本書は、著者自身の豊富なコレクションに加え、同好の士の所蔵品から採った星座早見盤の写真と解説文を収めたもので、1780年から2000年までに作られた、総計200種類にも及ぶ多様な星座早見盤が、その寸法や構造の詳細、考案者や発行者に関する背景情報とともに記載されている。
 本書は徐々に増えつつある星座早見盤コレクター向けに出版された、このテーマに関する最初の参考書である。
 本書が目指しているのは、コレクターが手元の星座早見盤を同定し、その年代を知る一助となることであり、さらにまだ見ぬ未知の品を明らかにすることだ!」

  ★

その紹介文にたがわず、この本は情報豊富な大変な労作です。アンティーク星座早見盤に惹かれ、自ら手元に置こうと思われるなら、ぜひ1冊あってしかるべきです。

(以下、画像はイメージ程度にとどめます)

内容を見るに、欧米の星座早見盤については、まことに遺漏がなく、例えば愛らしいハモンド社の「ハンディ・スターファインダー」や、定番のフィリップス社の星座早見盤のページを開くと、各年代のバージョン違いも含めて、詳細な解説があります。


ただし、そんな本書にも「穴」はあります。

本書の<セクション1>は、「Roman Alphabets」、すなわち通常のアルファベット(ラテン文字)で書かれた、主に西欧とアメリカで出版された星座早見盤が集められており、それに続く<セクション2>「Non Roman Alphabets」には、それ以外のもの――ロシア製、イスラエル製、スリランカ製、そして日本製――が紹介されているのですが、セクション2に登場するものを全部足しても、わずかに7種類です。

日本製に関しては、渡辺教具の製品が2種類と、三省堂から出た金属製の品(1970年代)が1種類出てきますが、同じく三省堂が戦前に出した逸品(↓)は載っていません。


他国は知らず、日本に限っても、戦後出た星座早見盤は無数にありますし、遡れば江戸時代の文政7年(1824)に、長久保赤水が出した『天文星象図解』所収の星座早見盤【LINK】のような、貴重で美しい作例もあります。したがって、名うてのコレクターであるグリムウッド氏にしても、この領域はほとんど手付かずと言ってよく、日本のコレクターの活躍の余地は大いにあります。(まさに本の紹介文にあったように、「さらにまだ見ぬ未知の品を!」というわけです。)

振り返って私自身はどうかというと、この本に出てくる早見盤のうち、手元にあるのは1割ちょっとぐらいですから、先は長く、楽しみは尽きません。まあ、楽しみが尽きるより前に、財布の中身が尽きるでしょう。


【2020.5.21 付記】 上記の長久保赤水(1717-1801)の著作に関する記述は不正確なので、訂正します。リンクした『天文星象図解』(1824)は、赤水の没後に出た「復刻版」で、赤水のオリジナルは、生前に『天象管闚鈔』(1774)のタイトルで出ています。このことは、本記事のコメント欄でtoshiさんにご教示いただきました。(さらなる書誌はtoshiさんのブログ記事で詳説されています。ぜひ併せてご覧ください。)


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【余滴】

漱石全集に「断片」の名の下に収められた覚え書きにこんなのがあった。或る病院で腸チフス患者が巻き紙に何事か記したのを、大切に枕の下にかくしている。医者が無理に取り上げて見たら、退院の暁きに食べ歩るいてみたいと思う料理屋の名が列記してあった。この一章の文もその巻き紙の類かもしれない。

…というのは、経済学者の小泉信三氏が書いた『読書論』(岩波新書)の一節です。最後に出てくる「この一章の文」というのは、「第9章 書斎及び蔵書」を書くにあたって、この本が出た1950年(昭和25)当時の日本では、理想の書斎を語ることがいかに困難であったかを物語るものです。

時代は違えど、2020年の令和の世も、なかなか生き難い世界です。
私も天文古玩にまつわるストーリーを、倦まず語ろうとは思うものの、世態に照らせば、これもやっぱり「巻き紙」の類なんでしょうね。それでも意志あるところに道あり―。和やかな時代の到来を夢見て、精一杯文字を綴ろうと思います。