天文学者のライブラリに分け入ってみたら…2024年05月17日 17時43分20秒

更新をさぼっている間、例の 『天文学者のライブラリ(The Astronomers’ Library)』を、せっせと読んでいました(無事読了)。

先日書いたこと(こちらの記事の末尾)を訂正しておくと、最初パラパラめくった印象から、「自分の書斎も、かなり理想のライブラリに近づいているんじゃないか」…と大胆なことを書きましたが、改めて読んでみると、それは幻想に過ぎず、収録されている書物の大半はやっぱり手元にありませんでした。

といって、「じゃあ、これから頑張って理想のライブラリを目指すんだね?」と問われても、たぶん是とはしないでしょう。この本に教えられたのは、「天文学史上重要な本」と「魅力的な天文古書」は必ずしも一致しないという、ある意味当然の事実です。


たとえばニュートンの『プリンキピア』(↑)は、天文学史のみならず自然科学史全体においても最重要著作でしょうが、それを手元に置きたいか?と問われたら、正直ためらいを覚えます。読む前から理解不能であることは明らかだし、挿図の美麗さとか、造本の妙とかいった、書物としての魅力に富んでいるとも言い難いからです。(『プリンキピア』を人間理性の金字塔とただちに解しうる人は幸せです。そういう人を除けば、たぶんその魅力は「分からない」点にこそあるんじゃないでしょうか。「分からないから有難い」というのは倒錯的ですが、仏典にしても、抽象絵画にしても、そういう魅力は身近なところにいろいろあります。)

   ★

そうした意味で、私が本書で最も期待したのは、第5章「万人のための天文学 Astronomy for Everyone」です。著者はその冒頭でこう書いています。

 「この章を完璧なものとする方法はないし、これまでに出版された教育的天文書を網羅することも不可能だ。したがって、ここでは面白い挿絵のある本や、顕著な特色のある本をもっぱら取り上げることにしよう。率直に言ってこれらの本の多くは、単に目で見て面白いだけのものに過ぎないが。」

なるほど、「面白い挿絵のある本」や「目で見て面白い本」、こうした本こそ、私を含む天文古書好きが強く惹かれるものでしょう。確かに目で見て面白いだけのものに過ぎないにしても―。

とはいえ、この章における著者のセレクションは、あまり心に刺さらないなあ…というのが正直な感想でした。ここにはメアリー・ウォードの『望遠鏡指南 Telescope Teachings』(↓)も出てくるし、


ロバート・ボールの『宇宙の物語 The Story of yhe Heavens』や、愛すべき『ウラニアの鏡 Urania’s Mirror』(↓)も出てきます。


でも、この分野では不可欠といえる、カミーユ・フラマリオンの『一般天文学 Astronomie Populaire』は出てこないし、ファンの多いギユマンの『天空 Le Ciel』も、ダンキンの『真夜中の空 The Midnight Sky』も、スミスの『図解天文学 Smith’s Illustrated Astronomy』も、いずれも言及すらされていないのは、一体どういうわけか?

愛らしく魅力的な天文古書はいろいろあるのになあ…と思いつつ、現代の職業研究者(天文学者/宇宙物理学者)である著者は、こうしたポピュラー・アストロノミーの著作に必ずしも通じていないのだろうと想像されました。こういうと何となく偉そうに聞こえますが、別に私が偉いわけではなくて、やっぱりこの手の本は、今では学問的というよりも、完全に趣味的存在だということでしょう。

   ★

というわけで、自分にとって理想のライブラリは、己の琴線に触れるものを一冊ずつ吟味し、拾い集めた末にできるものであり、そう考えれば、今の私の書斎こそ“私にとって”理想のライブラリにいちばん近いのだ…という結論に再び落ち着くのです。書斎とその主との関係を男女にたとえれば、まさに「破れ鍋に綴じ蓋」、「Every Jack has his Jill」じゃないでしょうか。

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うーん…ちょっと月並みな結論になりましたね。そして負け惜しみっぽい。
美しく愛らしい天文古書をずらっと紹介した本があれば、もちろん読んでみたいし、それを参考に購書計画を立ててみたいですが、でもそんな都合のいい本はなかなかないですね。

コメント

_ S.U ― 2024年05月18日 07時49分18秒

『プリンキピア』の条、興味深く、共感とともに拝読いたしました。
そういえば、私も『プリンキピア』は持っていませんし、系統的に読んだこともありません。持ちたいとも読みたいとも思いません。志筑忠雄やケプラーの法則やホーマン軌道の解説を書くのに相当の時間を費やしましたが、この考えは変わりません。『プリンキピア』を読むくらいなら、数研出版か啓林館の高校参考書を読むほうが間違いなく理解が早いでしょう。そこにはニュートンの仕事もわかりやすく解説してあるかもしれません。

 でも、『プリンキピア』が「人間理性の金字塔」であり、それが人生の指南書になりうることは、間違いないと思います。たぶん、ちゃんと読めば、一人の人間が(巨人の肩に乗れば)これだけの思索ができる、という確信ができる(内容を理解するしないは別にして)に違いないと思います。そういう意味で、『プリンキピア』を手元に置き、眺め、読むことには意味があると思います。しかし、私は、それをしなくても「そうに違いない」とほぼ確信しているわけですから、すでに十分で買う必要はない、というのが今のところの結論です。

 おっしゃるような意味では、私の書棚も、ただの物置でライブラリでも蔵書でもないですが、「理想の本棚」に近いということになるのかな と思いました。

_ 玉青 ― 2024年05月19日 16時14分47秒

これはありがとうございます。S.Uさんの賛同を得られれば百人力です。
(一方で『プリンキピア』を読む手間で、数研出版や啓林館の高校参考書を読め…と尻を叩かれたような気にもなりましたが(笑)、まあ理解が覚束ないのはこちらも多分同様でしょう。これは実経験に基づく判断なので一層確実です。)
とまれS.Uさんの書棚は、さぞ学問の薫香が馥郁と漂っていることでしょうね!

_ S.U ― 2024年05月19日 18時27分13秒

ありがとうございます。

私の書棚は、学問の香り馥郁ということはないと思いますが、多少、勇気づけられました。

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