黄金の星図集(後編)2023年02月26日 08時31分00秒



そこにあるのは、例えばペガスス座とカシオペヤ座のこんな姿です。

本書はまぎれもなく天文書であり、これは星図なのですから、当然といえば当然ですが、その星の配置はきわめて正確です。しかし、その星の並びを覆い尽くすように描かれた星座絵の何と華麗なことか。



しかも、その絵柄がすべて金一色で刷られていると知ったときの驚き。

美麗にして豪奢、19世紀ウィーンに乱れ咲いた、まさに宝物のような星図集です。まあ、実際に星見のガイドに使うことを考えると、星よりも星座絵のほうが目立ってしまって使いにくいと思いますが、ここまでくれば、それはあまり大した問題ではないでしょう。

おとめ座とへびつかい座)


(さそり座とりゅう座・こぐま座)


こんな具合に、本書は32枚(すべて裏面は空白)の「黄金の星図」によって北半球から見た星空を描き、



さらに巻末にはこんなアレゴリカルな図が載っているかと思えば、



冒頭を彩るのは、美しい12星座の口絵で、



しかも折り込みで、さらに大判の豪華な北天星図まで付属するのですから、もはや何をか言わんやという感じです。

 

   ★

 

ここに収められた星座絵を、私は「ユーゲント・シュティール」、すなわちフランスのアール・ヌーヴォーに相当するドイツ語圏の様式と見たんですが、ユーゲント・シュティールが幅を利かせたのは、19世紀も末のことなので、本書が刊行された1858年とは年代が合いません。果たしてこういう様式を何と呼ぶべきか、あるいはイギリスのアーツ・アンド・クラフツ運動がウィーンにまで飛び火したんでしょうか?識者のご教示をいただければと思います。


【2月26日夕刻 付記】 いろいろ考え合わせると、年代的・様式的に符合するタームは「ラファエル前派」ですね。ただ、イギリス生まれのラファエル前派とウィーンの媒介項は依然不明です。



これら一連の石版画を制作したのは、「ライフェンシュタイン&レッシュ芸術社(Artistische Anstalt von Reiffenstein & Rösch)」で、ネットで検索すると同社の手掛けた作品がいろいろ出てきますが、その歴史は今一つはっきりしなくて、19世紀のウィーンで活動した石版工房という以上の情報は得られませんでした。


黄金の星図集(前編)2023年02月25日 16時28分09秒

自分の書いたものを読み返して、「おや?」と思いました。
一昨日の天皇誕生日には、「今日は久しぶりに休日らしい休日」だと書きました。
でも、その4日前の記事を見ると、「おだやかな日曜日」云々の文字があります。

「あれ?そうすると、これを書いた人は、いつもは二日にいっぺんぐらいノンビリ休日を楽しんでいることになるぞ?」と思ったわけです。もちろんそんなことはなくて、たとえ「おだやかな日曜日」ではあっても、休日らしくない過ごし方というのはいろいろあるものです。

…と、自分と周囲の人に言いわけしつつ本題に入ります。

   ★

「そういえば…」の続きなのですが、以下は昨年10月の記事。

■星図収集、新たなる先達との出会い

イギリスの星図コレクター、ロバート・マックノートさんが私家版で出した星図案内書を紹介しつつ、この本に触発されて、私も何冊か天文古書を新たに購入したという内容でした。その際買い入れた本については、すでにいくつか登場していますが(LINK①LINK②)、その中に途方もない本が含まれていたことは、まだ書いていませんでした。


マックノートさんの本だと、ここに紹介されているのがそれです。

■Jan Daniel Georgens & Jeanne Marie von Gayette(著)
 『Sternbilder-Buch』(星図の本)
 L. C. Zamarski, C. Ditmarsche & Comp. (Wien),  1858.

「途方もない」と書きましたけれど、実際これは途方もない本です。
美しいと言われる天文古書を、私はこれまでもずいぶん見てきました。でも、まだこんな本が世間には埋もれていたのか…と、ちょっと呆気にとられました。


38×29cmの堂々たるフォリオ判の大冊。


マックノートさんのものよりも状態が悪いのが残念ですが、まあ御年165歳の本ですから、それもやむを得ません。


その本の中身なんですが、前半は文字だけの星座解説が素っ気なく続き、本書の肝である星図はそのあとにまとめて綴じられています。

(長くなるので、いったんここで記事を割ります。この項続く)

ボーデの『星座入門』を眺める2023年02月23日 18時18分44秒

仕事が突沸するときはどうしようもないものです。
でも、今日は久しぶりに休日らしい休日を過ごしました。

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ノンビリついでに本棚を見回し、ふと昨年12月に書いた記事を思い出しました。

■アルビレオ出版からの贈り物:ボーデの『星座入門』
1805年に出た星図集の複製本を注文した…という内容です。
「そういえば、あれはどうなったかな?」と思いましたが、別にどうなったもこうなったもなくて、現物はその後まもなく届いたんですが、私自身が文字にするのをサボっていたので、ブログの表面からは消えた話題になっていました。せっかくなので、その内容をここで見ておきます。


表紙サイズは21×29.5cmの横長の判型で、背と角をレザーで補強した、凝った四分三装丁(Three Quarter Binding)です。


表紙中央にタイトルが貼り込まれていますが、そこが空押しで凹んでいるのが、芸の細かいところ。神は細部に宿るというか、玄関を見ればその家が分かるというか、こういう点にアルビレオ出版のこだわりが出ています。


可愛らしいタイトル口絵。


全34図のうちの第1図、北天星座図。


細部を拡大してみます。この画像で左右約38mm。近くでじっくり見るとドットの存在がわかりますが、パッと見では気にならないレベルです。
アルビレオ社の製品は押し並べてそうなのですが、この本も一般にカラー印刷にふさわしいとされるツルツルの紙は使わずに、ニュアンスのある無光沢紙を使っています。これも私にとっては嬉しい点。

   ★

以前も書きましたが、このボーデの『星座入門』の元となったのは、イギリスのフラムスティード(John Flamsteed、1646-1719)が手掛け、その死後に刊行された『天球図譜(Atlas Coelestis)』(1729)です。

もっと正確にいうと、『天球図譜』の約半世紀後(1776)に、フランスのフォルタン(Jean Nicolas Fortin)が、原書を約3分の1サイズに縮小して再刊した、いわゆる「フォルタン版・天球図譜」が元になっています。

まあ、フォルタン版は幾度か版を重ねているし、ボーデの本も途中で版を改めているので、その書誌は入り組んでいてよく分からないのですが、ここでは単純に1776年に出たフォルタン版の初版と比べてみます(といっても、こちらも本物ではなくて、1943年に日本で出た複製本です。→参考LINK)。


ぎょしゃ座付近。星座絵は基本的に同じですが、目を凝らすと違いが目立ちます。
たとえば、ボーデの本には、ウィリアム・ハーシェルによる天王星の発見(1781)を記念する「ハーシェルのぼうえんきょう座」が描かれていますが、フォルタン版には当然ありません。また描かれている恒星の数もずいぶん違います。この間の観測の進展によって、より詳しいデータが利用できるようになったせいでしょう。


こちらはうお座をアップして比較。恒星の数の違いはもちろん、星座絵そのものや星座境界も、ドイツで新たに版を起こした関係で、いろいろ違いが生じているのが分かります。


こちらはみずがめ座・やぎ座付近ですが、注目してほしいのは左のブランクページです。


お分かりのように、そこにある「染み」は印刷によるものです。
空白ページの表情も、きっちり写真に撮って再現しようというのは、高価なファクシミリ版なら普通ですが、リーズナブルな複製本でここまでやるのは、趣味的経営の(ように見える)アルビレオ出版ならではです。


北天を載せたので、おまけに南天星座図も載せておきます。


本書の奥付。本書は全部で399部作られ、手元の1冊はNo.165でした。

   ★

我ながら何だか提灯記事っぽいですが、私は当然アルビレオ出版からお金をもらっているわけではありません。でも、勝手連的に同社を応援しているのは確かで、ここは大いに提灯を掲げ、鳴り物入りで触れ歩こうと思います。

He will be back.2023年02月16日 20時44分44秒

昨日のハレー彗星の早見盤をゆずっていただいたとき、もう1つ興味深い品がオマケに付いてきました。


それは私の机の上では広げることもままならない大きな星図で(45×120cm)、科学雑誌「ニュートン」(1985年11月号)の付録についてきた、素性からして正真正銘のオマケです。

しかし、これは決して軽んずべき品ではありません。
ここにはハレー彗星の天球上の位置変化が詳細にプロットされており、その意味では昨日の早見盤も同じですが、大きく違うのは、そのタイムスパン。この星図には、実に1909年から2063年まで、つまり前々回(1910)と前回(1986)、そして次回(2061)の近日点通過を含む、彗星の2周期分の見かけの位置が、まるごと描かれているのです。


上の説明にあるように、その軌跡は、順行と留、逆行と留を繰り返す何重ものループで表現されます。

そして近日点付近では――ということは、地球から比較的近いときは――彗星の絶対的な速度が極大となり、しかも地球から近い分、その見かけの位置もめまぐるしく変化します。一方、太陽系の果て、遠日点付近を進むときは、彗星の歩みはのろのろと遅く、地球の公転による年周視差によって、いくぶん目につく変化が生じるだけとなります。

その振る舞いをまとめて図示すると、こんなダイナミックな曲線になるというわけです。

   ★

1986年に最接近したハレー彗星は、その後、長大な尾も消え失せ、徐々に暗く小さくなっていき、その姿が最後に目撃されたのは、ウィキペディア情報によれば、2003年の観測記録だそうです。その後、彗星の姿を見た人はいません。

しかし、これぞニュートン力学の精華。彗星の位置は厳密に計算されており、現在どこにいるかといえば、うみへび座の北西の角、こいぬ座・かに座との境界付近です。


そして、ハレー彗星が遠日点をゆっくりと回り込むのは、2023年11月。
そう、今年はハレー彗星が箱根芦ノ湖の折り返し点に到着し、復路のスタートを切る記念すべき年に当たるのでした。

これぞ「目に見えない天体ショー」です。それは望遠鏡を使っても見えませんが、海王星軌道のさらに先、宇宙の箱根付近に住む人たちは、今頃歓呼して彗星を迎えていることでしょう。


来年以降、彗星は徐々にその速度をはやめながら地球に近づいてきます。
そして東京大手町でテープを切るのは、2061年7月29日。地球の箱根駅伝と違ってこちらはエンドレスですから、彗星はその後も走るのをやめず、地球で応援している我々の目の前を通過するのは、翌日の7月30日です。

前回よりもずっと明るくなると予想されている、この「目に見える天体ショー」を、期待して待ちましょう。それは宇宙のタイムスケールでいえば、ほんの寸秒の先です。


【オマケのオマケ】
このオマケ星図の裏面には、過去のハレー彗星の軌道変化が、これまた詳細に図示されていました。


以下、解説文から引用します。

「ハレー彗星の軌道は、惑星の引力の影響を受けてたえず変化している。この現象を摂動という。また太陽に近づくと、彗星が物質を放出することによって非重力効果が生じる。その結果彗星の運動が変化し、軌道の形もかわる。〔…中略…〕1981年にアメリカのドナルド・ヨーマンスは紀元前1404年までさかのぼってハレー彗星の軌道要素を計算した。その計算にもとづき、ここでは紀元前1404年から2061年までのハレー彗星の軌道と、近日点通過の日(世界時)、ハレー彗星と地球の相対位置を示した。」

それにしても、ニュートン編集部の力の入れようがすごいですね。それはハレー彗星ブームの熱気の反映でもあるのでしょう。

セレブな星座2023年01月19日 18時42分07秒

このところ人の褌ばかりのような気がするので、自前の品も載せます。

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いきなりですが、エルメスです。エルメスというのは、あのエルメス。
先日、生まれて初めてエルメスの製品を買いました。


これが何かというと、中身は他愛ないミニゲームです。


ただ、それが星図モチーフだったので、私の視野に入ったのでした。
英語だとpatience game、日本語だと忍耐ゲームと訳すのか、星図上に小さなくぼみが5つ作ってあって、そこに銀の小球を転がしてはめ込むという、単純だけれど結構難しいゲームです。


星図部拡大。蛇使いも獅子も大熊も、みんな向かって左を向いています。つまり地上から空を見上げた時とは左右が逆転しており、これは天球儀と同じ表現です。また円形星図の中心は、天の北極ではなくて黄極(黄道北極)になっています。

こうした構図の星図は多いので、デザイナーが直接何をお手本にしたかは分かりませんが、星座絵の感じは、ヨハン・ドッペルマイヤーが著した下の星図によく似ています。

(Johann Gabriel Doppelmayr, 「Hemisphaerium Coeli Boreale」, Homann's Heirs (Nuremberg), 1742. 出典:Altea Galleryのサイトより寸借)

そもそも、エルメスがなんでこんなゲームを作ったかは、箱の蓋の裏に書かれていました。


何でも1999年に「エルメス、星を巡る旅展1999」というイベントがあって、星座モチーフの品がいろいろ販売されたのでしょう。このゲームはその折に、オマケ的な記念グッズとしてイベント会場内で売られたものらしいです。

私はエルメスと聞いても、昔の電車男をかすかに思い出すぐらいが関の山でしたが、電車男が世に出たのが2004年で、このゲームはそれよりも古い1999年の品ですから、結構古いは古いですね。


私の忍耐心の証として、完成したカシオペヤ座も載せておきます。

アルビレオ出版からの贈り物:ボーデの『星座入門』2022年12月12日 14時05分34秒

悲惨なことばかりでなく、心の浮き立つことも書きます。

ケルンのアルビレオ出版から、お知らせのメールが届きました。
アルビレオ出版のことは以前も書きましたが、ずいぶん前のことなので、改めて説明すると、ここは天文古書や古星図の美しい複製を制作販売している小さな会社です。製品の完成度も高いし、何と言っても価格が非常にリーズナブルなので、私は社長のカール=ペーター・ユリウス氏のことを大いに尊敬しています。


今回のメールは、ボーデ(Johann Elert Bode、1747-1826)『星座入門(Vorstellung der Gestirne)』(1805)の複製本を買わないかという誘いでした。
本書は1782年に出た同名の――長い正式タイトルの細部はちょっと違いますが――星図帳の増補改訂版になります。

(アルビレオ出版のサイトより 『星座入門』のページにLINK

(上記ページより寸借)

ボーデには『ウラノグラフィア』(1801)というオリジナルの大作がありますが、この『星座入門』は、先行するフラムスティードの『天球図譜』を縮小した、いわゆる「フォルタン版」を下敷きにしたもので、そのドイツ語版という位置づけです。したがってオリジナリティという点では、今一つの感もあるんですが、彩色された星座絵は目で見て楽しいし、そのフルカラーの複製本が139ユーロ、しかも今なら特別価格98ユーロと聞いて、これはお買い得だと思いました。

アルビレオ出版も無限に続くわけではないし、こういうのは買えるときに買っておくに限ると思って、私の場合は注文の一択ですが、もし他にも興味を持たれた方がいらっしゃれば、サービス期間は今月24日までなので、お早めに注文されることをお奨めします。

星図収集、新たなる先達との出会い2022年10月29日 08時22分55秒

「星図コレクター」というと、質・量ともに素晴らしい、書物の中でしかお目にかかったことがないような、ルネサンス~バロック期の古星図が書架にぎっしり…みたいなイメージがあります。

そういう意味でいうと、私は星図コレクターでも何でもありません。
典雅な古星図は持たないし、特に意識してコレクションしているわけでもないからです。でも、19世紀~20世紀初頭の古びた星図帳なら何冊か手元に置いています。そして、そこにも深い味わいの世界があることを知っています。ですから、星図コレクターではないにしろ、「星図の愛好家」ぐらいは名乗っても許されるでしょう。同じような人は、きっと他にもいると思います。

そういう人にとって、最近、有益な本が出ました。
まさに私が関心を持ち、購書のメインとしている分野の星図ガイドです。


■Robert W. McNaught(著)
 『Celestial Atlases: A Guide for Colectors and a Survey for Historians』
 (星図アトラス―コレクターのための収集案内と歴史家のための概観)
 lulu.com(印刷・販売)、2022

「lulu.com(印刷・販売)」と記したのは、これが自費出版あり、lulu社が版権を保有しているわけではないからです。lulu社はオンデマンド形式の自費出版に特化した会社で、注文が入るたびに印刷・製本して届けてくれるというシステムのようです。
同書の販売ページにリンクを張っておきます。


著者のマックノート氏は、巻末の略歴によればエディンバラ生まれ。少年期からアマチュア天文家として経験を積み、長じて人工衛星の航跡を撮影・計測する研究助手の仕事に就き、ハーストモンソー城(戦後、グリニッジ天文台はここを本拠にしました)や、オーストラリアのサイディング・スプリング天文台で勤務するうちに、天文古書の魅力に目覚め、その後はコレクター道をまっしぐら。今はまたイギリスにもどって、ハンプシャーでのんびり生活されているそうです。(ちなみに、マックノート彗星で有名なRobert H. McNaught氏とは、名前は似ていますが別人です。)


本書は、そのマックノート氏のコレクションをカタログ化したもの。判型はUSレターサイズ(日本のA4判よりわずかに大きいサイズ)で、ハードカバーの上下2巻本、総ページ数は623ページと、相当ずっしりした本です。


収録されているのは全部で292点。それを著者名のアルファベット順に配列し、1点ごとに星図サンプルと書誌が見開きで紹介されています。

(日本の天文アンティーク好きにもおなじみの『Smith's Illustrated Astronomy』)

そこに登場するのは、いわゆる「星図帳」ばかりではなく、一般向けの星座案内本とか、星図を比較的多く含む天文古書、さらに少数ながら、星座早見盤や星座絵カードなども掲載されています。時代でいうと、18世紀以前のものが零葉を含め30点、1950年以降のものが16点ですから、大半が19世紀~20世紀前半の品です。これこそ私にとって主戦場のフィールドで、本当に同好の士を得た思いです。

(同じくギユマンの『Le Ciel』)

もちろんこれは個人コレクションの紹介ですから、この期間に出た星図類の悉皆データベースになっているわけではありませんが、私がこれまでまったく知らずにいた本もたくさん載っていて、何事も先達はあらまほしきものかな…と、ここでも再び思いました。

本書の書誌解題には、当該書の希少性について、マックノート氏の見解が記されていて、「わりとよく目にするが、初期の版で状態が良いものは少ない」とか、「非常に稀。全米の図書館に3冊の所蔵記録があるが、私は他所で見たことがない」…等々、それらを読みながら、「え、本当かなあ。それほど稀ってこともないんじゃないの?」と、生意気な突っ込みを入れたりしつつ、マックノート氏と仮想対話を試みるのも、同好の士ならではの愉しみだと感じました。

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円安の厳しい状況下ではありますが、この本で新たに知った興味深い本たちを、これから時間をかけて、ぽつぽつ探そうと思います。(こうなると、私もいよいよコレクターを名乗ってもよいかもしれません。)

落日のドイツ帝国にハレー彗星来る2022年09月13日 21時10分33秒

円安がますます進んで、買えるものもだんだん限られてきました。
そんな中でも紙物は強い味方で、まあ紙物といってもピンキリですが、せいぜい値ごろで魅力的なものを探そうと思います。

…と考えつつ、こんなものを見つけました。


何だかひどく装飾的なハレー彗星のリーフフレット。
1910年のハレー彗星接近を前に、ドイツのニュルンベルクで発行されたものです。
「星空におけるハレー彗星/特別図1枚及び補助図2枚付き」と書かれた下に、K. G. Stellerという版元の名が見えますが、どうやら私家版らしく、詳細は不明。大きさは23.5×15cmで、A5サイズよりもちょっと縦長です。


天の北極を中心とする円形星図を囲んで、ドーリア式の円柱とアーチがそびえ、そこに円花文様(ロゼット)や唐草文様がびっしり描かれています。いずれも古代オリエント~ギリシャの伝統文様。そして、てっぺんには天文界の四偉人、コペルニクス、ケプラー、ニュートン、ラプラスの名が…。ひょっとしたら、このデザイン全体が、彼らを称える霊廟なのかもしれません。

いかにも大時代というか、当時の歴史主義建築の影響が、片々たる紙物のデザインにまで及んだのでしょうが、第一次大戦の直前、ヴィルヘルム2世治下のドイツ帝国では、これが「時代の気分」だったのかなあ…と思いながら眺めています。

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さて、肝心の中身ですが、リーフレットは二つ折りになっていて、中を開くとこんな感じです。


「1910年3月、4月、5月のハレー彗星の径路」と題して、彗星が徐々に天球上での位置を変える様子を図示しています。

(赤線で示されているのが彗星の位置変化)

このとき彗星はうお座の方向に見えていました。そのプロットは、左下の1月25日から始まり、2月、3月、4月と、時間経過とともに徐々に右(西)に向かって進み、4月24日すぎにクルッと方向転換して、今度は反対に左(東)へと進んでいく様子が描かれています。

赤線の下の太線は黄道で、その上に描かれた小円は太陽の位置です。
上の画像だと右下の3月13日から始まって、左上の4月22日まで、太陽が天球上を動いていくのが分かります。

この2つの情報から、宇宙のドラマを3次元的に脳内再生できますか?
太陽の位置変化は、地球自身の公転による見かけ上のもので、彗星の位置変化は、彗星自身の動きプラス地球の公転の合成です。私にはとても再生不能ですが、それでも何となく彗星がクルッと方向転換するあたりで、太陽をぐるっと回り込んだんだろうなあ…というのが想像できます。彗星の尾は太陽風によって、常に太陽と反対方向になびきますから、その尾の動きも併せて想像すると、よりリアルな感じです。

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図の下に書かれた説明に目をこらすと、例によってドイツ語なのであれですが、かなり本格的なことが書かれている気配です。たとえば、本図はクロメリンとその協力者スマート〔文中ではSinartとミスプリ〕の計算に基づくものであり、「彗星は4月20日に近日点を通過すると予測されている」こと、そして「そのとき彗星の速度は秒速54kmに達し、太陽との距離は約8,700万kmである。一方、太陽から最も遠い遠日点では、太陽から約5,000km〔これは5,000ミリオンkm、すなわち50億kmの間違い〕のところにあり、速度は〔秒速〕1km未満に過ぎない」…云々。この印刷物が、ある真剣な意図をもって作られものであり、少なくとも「近日点」「遠日点」という言葉にたじろがないだけの知識を持った人を対象にしていることを窺わせます。

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ちなみに裏面にはもう1つガイド星図が載っていて、ハレー彗星が位置するうお座(とおひつじ座・おうし座)の見つけ方を指南しており、まことに遺漏がないです。


ごくささやかな品とはいえ、旧時代の空気を漂わせ、なかなか堂々たるものです。

ある星座掛図との嬉しい出会い、あるいは再会2022年07月17日 18時53分57秒

七夕の短冊の件は、その後難渋していて、少し寝かせてあります。
簡単なようでいて、正しい文章にしようとするとなかなか難しいです。

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ここでちょっと話題を変えます。
天文アンティークについてなんですが、最近は思わず唸るような品に出会う機会が減っていて、寂しくもあり、いらだたしくもあり、一方で出費が抑えられてホッとする気持ちもあり。

もちろんこれは私の探し方が拙いだけで、eBayとかではない、本格的なオークションサイトや、それこそリアルオークション会場に行けば、今も日々いろいろな美品が売り立てに登場しているはずです。でも何事も身の丈に合ったふるまいが肝心ですから、分相応のところをウロウロして満足するのが、この場合正解でしょう。

この連休も、雑事の合間を縫ってネット上を徘徊していました。そして、「やっぱりこれというものはないなあ…」と独りごちてたんですが、Etsyで次の星図に行き当たり、その佇まいに思わず目をみはりました。


程よく古びのついた、美しい星座掛図です。
ドイツの売り手曰く、ドイツ東部の学校の屋根裏部屋で発見された19世紀の石版刷りの星図だそうです。

これは久々の逸品だぞ…と思いつつ、お値段がまた逸品にふさわしいもので、やっぱりいいものは高いなあと納得しましたが、この図には微妙な既視感がありました。「あれ?」と思ってよく見たら、この品は既出でした。そう、何と嬉しいことに私はすでにこの星図を持っていたのです。


■ジョバンニが見た世界…大きな星座の図(9)

しかし、すぐにそれと気づかなかったのは、同じといいながらやっぱり違うものだったからです。私の手元にあるのは、

 Ferdinand Reuter(編)、
 Der Nördliche Gestirnte Himmel『北天の星空』
 Justus Perthes (Gotha)、1874(第4版)

というものですが、今回見つけたのは、出版社は同じですが、

 『Reuters Nördlicher Sternenhimmel(ロイター北天恒星図)』

とタイトルが変わっています。出版年は1883年で、おそらく改版と同時に表題を変えたのでしょう。そして変わったのはタイトルだけではありません。

(1883年版の部分拡大図。商品写真をお借りしています)

(1874年版の部分拡大図。過去記事より)

一見してわかるように、夜空の色合いも違いますし、星座表現が「星座絵」から恒星を直線で結んだ概略図に変わっています(だからパッと見、同じものと気づかなかったのです)。19世紀の後半に入り、星図の世界から星座絵が徐々に駆逐されていく流れを受けて、ロイター星図も改変を余儀なくされたのでしょう。

ロイター星図は、星図の世界ではあまり有名ではないと思いますが、私は非常に高く買っていて、それがこんなふうに変化を遂げ、19世紀末になっても学校現場で生徒たちの星ごころを育んでいたことを知って、無性にうれしくなりました。以前、ロイター星図を取り上げたのは、『銀河鉄道の夜』に登場する星図を考える文脈でしたが、この1883年版こそ、作品冒頭の「午後の授業」の場面にふさわしい品ではないでしょうか。

ちなみに現在のお値段33万3333円というのは、売り手が日本向けにアピールしているわけではなくて、原価2300ユーロがたまたま今日のレートでゾロ目になっただけです。何たる偶然かと思いますが、こうした偶然も、いかにも一期一会めいて心に響きました。

(通貨表示を切り替えたところ)

古賀恒星図2022年03月28日 21時19分22秒

春は別れと出会いの季節。
これまでのいろいろなことを思い出して、感傷にふけることが多いです。
何と言っても寂しいものは寂しいし、悲しいものは悲しいので、自然と湧き上がる感情に逆らうことはしませんけれど、そうやって感傷にふけりながらも、地球のあちこちで起きていることを考えると、少なからず居心地が悪いです。自分のセンチメンタリズムを自嘲することはないにしても、「いい気なもんだなあ…」とは思います。

   ★

ときに、前回の記事に出てきた「古賀恒星図」
とっくに紹介済みのような気がして、過去記事を探したんですが、どうやら初登場のようでした。

(サイズは54.5×89cm。地紙が厚く、巻き癖がついているため、止むを得ず畳の上で重石をして広げました。)

■古賀恒星図
 大正11年(1922)1月10日発行
 発行所 京都帝国大学天文台内 天文同好会
       代表者 山本一清 編者 古賀和吉
 発売所 丸善株式会社 定価 1円50銭

(凡例)

星図の価値はその正確さと情報量によって決まるのでしょうが、古賀星図の場合は、ぜひその色合いの美しさも評価対象に加えてほしいです。薄茶色の地色に浅緑の星図が映えて、その美しさは、以前言及したフランスの小粋な星図にも劣らぬものがあります。

(部分拡大)

(同)

さらにまた旧字体で書かれた古風な星座名の床しさ。自然な曲線を描く星座境界。
こういう風情を愛でるのが、素の天文趣味とは一寸位相の異なる「天文古玩趣味」なのだろうと思います。

   ★

編者の古賀和吉は、「天文同好会大阪支部幹事」と星図に書かれています。星図と共にその名が知られるわりに経歴のはっきりしない人ですが、前掲の『日本アマチュア天文史』の索引を見ると、その名は3ヵ所に出てきます。

(p.10) 1922年、天文同好会出版部の発行した「古賀恒星図」は大阪支部幹事の古賀和吉の苦心の作を山本一清が監修したもので、価格は1円50銭、簡易星図の方は4等星以上の恒星が記載された一枚刷の星図で、価格10銭。その後長く多くのアマチュア天文家に愛用された。

(p.15) 〔天文同好会〕大阪支部 1920年12月発足、支部長古賀和吉(最初の星図製作者) 現在まで存続

(p.18) 「天界」Vol.10(1930)No.10に「同好会十名名物男」なる記事がある。当時活躍した人達の個性を知る上で面白い資料としてここに転載する。
○五藤斉三氏 望遠鏡で金をもうけ同好会に献身する人。東京支部長。
○池田政晴氏 太陽観測で眼を焼き、同好会の財布の主となる。植物学者。
○改発香塢氏 実業家から哲学者となり天文写真の重鎮となる。
古賀和吉氏 同好会の九州探題、星図の主、三味線の名手。
〔以下略〕

三味線の名手という以外、やっぱりよく分からないのですが、大阪で活躍した草創期のアマチュア天文家として、山本一清会長の信頼厚き方だったようです。