あの名店がお隣にやってきた2023年09月09日 15時24分20秒

ブログをそろそろ再開…といいながら、なかなか再開しないのですが、物事の終わりというのは、得てしてこういうものかもしれませんね。炎が徐々に細くなって、ふっと消える感じといいますか。とはいえ、一息に吹き消すつもりもないので、この駄文もまだしばらくは続きます。

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最近、心に波風が立ったこと。

以前も何回か言及した Daniel Crouch Rare Books
私はたわむれに「倉内古書店」とか、「倉内さん」とか心の中で呼んでいますが、同社はそんなふうに馴れ馴れしく呼ぶのは本来畏れ多い相手で、ロンドン・メイフェア近くの一等地に店を構え、最近はニューヨークにもオフィスを設けている、古地図・古典籍の世界では押しも押されもせぬ超一級のディーラーです。

そのクラウチ古書店が、宝の山を抱えて、今、すぐ近くまで来ていると聞きました。
9月6日から9日まで、すなわち今週の水曜日からちょうど今日まで、ソウルで開かれている「フリーズ・ソウル」というイベントにブースを設けて、同社も出展しているのだそうです。

(9月7日付けの同社のX(ツイッター)ポスト。

(クラウチ古書店の取扱商品の一部。

フリーズ・ソウルは、美術雑誌『FRIEZE』の版元であるフリーズ社が例年開催しているアートフェアの一環で、今のところロンドン、ニューヨーク、ロサンゼルス、そしてソウルが開催地となっており、ソウルでの開催は、昨年につづき今年で2回めだそうです。

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フリーズ・ソウルには、日本のアート・ディーラーも多数参加しているので、これがただちに日本の凋落を意味するわけでもないでしょうが、何しろこういう催しは、より多くのお金が落ちるところで開かれるのが常ですから、それが今ではトーキョーではなくソウルになった…というところに、なにがしかの感慨を覚えます。ことに先日の国立科学博物館のクラウドファンディングの一件以来、文化的貧困の淵に沈む日本の行く末に思いをはせていたので、よけい心に冷たい秋風が吹くわけです。

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まあ、日本一国の運命がどうであれ、世界規模で見たときに文化が栄えるのであれば大いに結構な話で、そうくよくよするにも及ばない…とは思うんですが、でも日本の貧困化と私自身の貧困化はかなりシンクロしているので、身辺に及ぶその影響は、決して小さいものではありません。

『世界《宇宙誌》大図鑑』…宇宙イメージ総まくり2023年09月10日 19時36分11秒

ブログを休んでいる間も、天文アンティークに関連する品を買い続けていました。
そうやってモノを探しているときは、「うーむ、何かこうグッと来るものはないかなあ…」とかなんとか、心の中でブツブツ言いながら探すわけですが、そういうときに参考書があると大いに助けとなります。

それは星図のコレクターズガイドであったり、博物館の所蔵品カタログであったり、天文学の歴史をテーマにした展覧会の図録であったり、もちろんそこで目にするのは私の懐を超えた品が多いのですが、少なくとも品物探しの指針にはなるし、そうした本を眺めること自体、楽しい経験です。今ではネット上に関連情報も多いですが、私はやっぱり紙の頁をパラパラやりたいので、天文アンティークを探すかたわら、そういう本も目につくと、なるべく買うようにしています。

最近も、古今の天文イメージを満載した素敵な本を見つけました。


■Michael Benson
 Cosmigraphics: Picturing Space Through Time.
 Abrams (NY), 2014

出版されたのは2014年ですから、もう10年近く前ですが、以下の紹介記事を読んで、これはぜひ読んでみたいと思いました。

Cosmigraphics: Picturing Space Through Time in 4,000 Years of
  Mapping the Universe

よし、早速アマゾンでポチッとするか…と思った直前、同書には邦訳が出ていることに気づきました。


■マイケル・ベンソン(著)、野下祥子(訳)
 『世界《宇宙誌》大図鑑』、東洋書林(2017)

タイトルも、表紙デザインも、大きく違うので、最初は同じ本と気づきませんでしたが、書誌情報を確認すると正しく上掲書の翻訳で、こちらは5年前に出ています。

実際に読んでみて、これはよく出来た本だと思いました。
上の写真にあるように、今では珍しくなった紐のしおりが2本付いているのも、些細なようでいて、読む際に便利な工夫のひとつです。


(上図の一部拡大。右下の注記に注目)

そして同一資料から複数の図版を引用している場合は、それぞれ相互参照できるよう、必ず注記があり、さらに巻末の索引もしっかりしているので、資料的価値が高いです。

本書はテーマ別・時代別の2本の軸で構成されていて、これも読みやすい工夫です。
テーマ別というのは、第1章の「創造」から始まって、地球、月、太陽、宇宙の構造、惑星と衛星、星座・獣帯・天の川銀河、食と太陽面通過、彗星と隕石オーロラと大気現象の全10章がそれで、各章の中では図版が時代順に配列されています。



中世写本に描かれた不思議な彩色図。
19世紀の天文古書にあふれるロマンティシズム。


そして1980年以降の惑星探査機がもたらしたリアルな惑星画像や、2000年以降にスーパーコンピューターが生み出した銀河や宇宙の大規模構造に関するヴァーチャルなイメージまで―。

天文アンティーク渉猟の参考として買った本ですが、これはそれ自体美しく、また精神を高揚させる本だと思いました。(そしてやっぱり参考になる部分があって、本書で知った本を新たに注文しました。)

身の丈に合った蒐集ということ…『瓦礫洞古玩録』2023年09月13日 18時16分27秒

天文アンティークとは全然畑が違いますが、モノの蒐集ということを考えたとき、私が深く私淑している方がいます。仏教考古学者で、奈良国立博物館の館長も務められた石田茂作氏(1894-1977)です。

石田氏は、ご自分が専門とする仏教美術の小品を蒐集することに喜びを感じ、多年にわたる蒐集の結果を一書にまとめ、『瓦礫洞古玩録』という図録を私家版で出しています。昭和39年(1964)、氏が70歳のときのことです。

(『瓦礫洞古玩録』 扉)

(同 奥付)

私がブログを始めるにあたって「天文古玩」と題した理由は、私自身、もう曖昧になっていますが、「古玩」の二文字を選び取ったのは、石田氏の本が念頭にあったからだと記憶しています。

同書序文の中で、石田氏は自身の蒐集方針とされてきたことを述べています。
曰く、

一、物を蒐集してもよい

二、但し自分の学問研究に必要なものに限る

三、高価なものは手出しせぬ事、研究に必要だと云って高価なものを買い、為に妻子が生活に困り家庭争議を起した例もあるからその点最も警戒し、家庭の生活費をおびやかす事なく、自分の小遣銭で買える程度なら買って差支えないと我心に言い聞かせた。

四、蒐集品は決して売らない事、売って利益があればそれに味を占めて研究がお留守になるのみならず、世間の誤解もそれによって生ずる事が多いからだ。

まことに穏当な指針だと思います。特に「三」は往々問題になる点で、石田氏はこの点で、ご自分をしっかり律してきたことを誇っていますが、それは確かに誇るに足ることです。マニアとは狂気(マニー)をはらむ存在とはいえ、そういう病的な要素とは無縁の健全な蒐集もあることを、氏は教えてくれます。

こうした蒐集方針に基づく結果について、石田氏はこうも述べています。

「然し蒐集対象の制限と経済的の制約とは、どうせ優品の集まる筈はなく、徒らに数は増えても、お恥ずかしい物ばかりである。あんなに数はなくても一点でよいからもっとましなものを集めたらと云われる方もあるが、私の蒐集はこれでよいと思っている。〔…中略…〕破片断簡が多く完全なものは少なく骨董的には無価値に近いものが大部分である。」

もちろんこの言葉には、謙遜もまじっているでしょう。
しかし、その大半は本音だと思います。石田氏は国立博物館館長という要職にあったので、並の勤め人よりは俸給もよかったでしょうが、それでも金に飽かせた蒐集とは無縁の生活だったはずで、何より文字通り「博物館級のお宝」に日々囲まれていたわけですから、ご自分の蒐集を省みて「瓦礫洞」と称されたのも自然なことと思います。

(粘土を型押して作られた「塼仏(せんぶつ)」とその残欠)

私の場合、学問研究とは無縁という基本的立場の違いはありますが、その穏当さにおいて氏を大いなる先達と敬仰し、その末流を称する資格があると自ら任じています。私の場合も、「徒らに数は増えても、お恥ずかしい物ばかり」だし、「破片断簡が多く完全なものは少なく骨董的には無価値に近いものが大部分」であるにしても、「私の蒐集はこれでよい」と素直に思えるからです。(若い頃は一寸違う思いもありましたが、年を重ねてそういう境地に達しました。)

ただ、私が氏にはるかに及ばないのは、その眼力です。
私が石田氏を尊敬するもう一つの理由は、その蒐集品が、たとえ文字通りの瓦礫ではあっても、みなどこかに見どころのある優品ぞろいだからです。その選択眼の確かさ、あるいは人が見落としている価値を見抜く目、そうしたフィルターを経たモノたちだからこそ、それは単なるガラクタの集積ではなく、総体として美しいコレクションとなっているのです。この点は、追いつくことは到底叶わなくても、これから一生かけて学んでいかなければなりません。

たぶん、ここで重要なのは、何を買うかを選別する能力と同時に、「何を買わないか」を選別する能力で、「単なるガラクタの集積」や「美しくないコレクション」は、多くの場合、後者の能力不足に起因するのではないかと睨んでいます。

(右は仏事に用いる鉦鼓(しょうこ)用引架。昭和37年(1962)に重要文化財に指定されました。氏の眼力の確かさを雄弁に物語る品です。その後、氏の郷里・愛知県岡崎市の昌光律寺に寄贈され、現在も同寺が所蔵)

あをによし奈良のサファイヤ2023年09月15日 18時27分39秒

石田茂作氏からの連想で、奈良つながりの話。

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大阪と奈良を隔てる山々といえば、大和川をはさんで北が生駒山地で、南が金剛山地です。

古来、天然の研磨剤として用いられた金剛砂(こんごうしゃ)が採れるから金剛山地なのか、はたまたその逆なのか、にわかに判然としませんが、ともかくこの地では金剛砂、すなわち柘榴石の細粒が大量に採れました。

柘榴石の英名はガーネットで、大きな美晶はもちろん宝石となりますが、小さなものは研磨剤として紙やすりにも使われるぐらい、あるところには大量にあるものだそうです。

その金剛山地の北端近くに、二上山(にじょうさん。古名は“ふたかみやま”)という山があります。この山も金剛砂の産地ですが、ここから産する砂には柘榴石に交じって、ごく微量のサファイヤ(青鋼玉、青玉)も見つかります。(サファイアは柘榴石や黒雲母とともに、二上山を形成する黒雲母安山岩中に含まれており、それが風化作用で「青い砂粒」となって、ときおり見つかるわけです。)

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先日、その美しいサファイアを含む砂を送っていただきました。
送ってくださったのは、元サンシャイン・プラネタリウム館長の藤井常義氏です。


もちろん二上山の砂は唐突に届いたわけではなく、この話には前段があります。
藤井氏は、天文解説者として、あるいは広く科学ジャーナリストとして、また宮沢賢治の研究者としても活躍された故・草下英明氏(1924-1991)と親交があり、その草下氏が遺された大量の鉱物標本を再整理するという、骨の折れる仕事にずっと取り組んでこられました。

その成果がいよいよ『草下鉱物標本箱』としてまとまり、日本ハーシェル協会を通じて知遇を得た私にも、PDF版をご恵送いただいたのですが、その礼状の中で、「私は名前が「玉青」だものですから、昔から「青玉」に親近感があって、ご恵送いただいた図鑑の劈頭で、サファイアが紹介されていたのも嬉しかったです」…云々と駄弁を弄したのに目を止めら、「それならば…」ということでお送りいただいたのが、この二上山の砂というわけです。

その際、参考資料として草下英明氏の『鉱物採集フィールドガイド』から該当箇所のコピーも送っていただきました。そこにはこうあります。

 「大阪側の春日、奈良側の穴虫、馬場といったところで、採掘している砂を少しわけてもらい、この中から鋼玉をさがしだすのだ(現場で探そうというのは無理。なにしろ最大の結晶でも0.5ミリを越えない)。
 縁のある盆に白紙を敷いて、その上に金剛砂をうすくひろげ、つま楊枝とルーペを以てはじのほうから虱つぶしに見つけるのだ。なにしろ相手はけし粒のようなものなのだから、よほど心に余裕のあるとき、ひまなとき、そして体調のよいとき(目がかすんだり、くしゃみの出そうなときはやめたほうがよい)でないとだめだろう。」

これを読むと、その青い結晶はいやが上にも小さく、まるで“ミクロの宝探し”のような趣が漂いますが、ガラス瓶の内に目を凝らしたら、そこには1~2mm角の肉眼サイズの結晶が光っていました。


しかも三方晶系であるサファイヤならではの、多段‐正三角形の成長模様(growth mark)までもが鮮やかに見て取れ、小さいながらも、これはなかなかの美晶。


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古い歴史の息づく金剛山地。
この地を往還した古人は、ひっそりと光る青い粒の存在に気付いたかどうか…。
たとえ人の方は気付かなくても、サファイヤの方では、古人の姿をしかと目に留めたはずで、そこには人と石の無言のドラマがあったことでしょう。

 「一粒の砂に世界を見、一輪の野の花に天を見る。」
 (To see a World in a Grain of Sand,
   And a Heaven in a Wild Flower)
…というウィリアム・ブレイクの詩句がふと思い出されました。

インドラの網のその彼方へ2023年09月17日 10時09分34秒

Etsyに出品している方に、こんなものを作ってもらいました。

(木製フレームの外寸は25cm角)

ブルガリア在住のその方は、時刻と場所を指定すると、その時・その場で見える星空を正確に計算して、こんなふうに宝石を散りばめた星図として作ってくれるのでした。主に大切な人への誕生日のプレゼント用のようです。しかし、私が今回あつらえたのは誕生日ではなく、ある人とのお別れの日を記念するためです。


SEPT 21. 1933/HANAMAKI, IWATE/39°23′N 141°7′E

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90年前の9月21日、宮澤賢治は37歳で息を引き取りました。
上のキャプションには年月日までしか書かれていませんが、時刻は13:30、賢治の臨終のときに合わせてあります。

 「九月十七日から鳥谷ヶ先神社祭礼。連日、店先へ下りて人の流れや鹿踊り、神輿を観る。二十日、容態が変る。急性肺炎。しかし夜七時頃肥料相談に来た農民には衣服を改め一時間ばかり正座して応対した。夜、並んで寝んだ清六に原稿を託す。翌二十一日午前十一時半、喀血。国訳法華経一千部の印刷配布を遺言し、自ら全身を、オキシフルに浸した綿で拭ったのち息絶え、魂はとび去った。午後一時三十分だったという。」 (天沢退二郎(編集・評伝)、『新潮日本文学アルバム12 宮沢賢治』より)

(出典:同上)

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その作品を通して、空を色とりどりの宝石で満たした賢治。


 「いつの間にかすっかり夜になってそらはまるですきとおっていました。素敵に灼きをかけられてよく研かれた鋼鉄製の天の野原に銀河の水は音なく流れ、鋼玉の小砂利も光り岸の砂も一つぶずつ数えられたのです。
 またその桔梗いろの冷たい天盤には金剛石の劈開片や青宝玉の尖った粒やあるいはまるでけむりの草のたねほどの黄水晶のかけらまでごく精巧のピンセットできちんとひろわれきれいにちりばめられそれはめいめい勝手に呼吸し勝手にぷりぷりふるえました。」

心象風景を美しい散文詩で描き出した『インドラの網』の一節です。


「『ごらん、そら、インドラの網を。』
 私は空を見ました。いまはすっかり青ぞらに変ったその天頂から四方の青白い天末までいちめんはられたインドラのスペクトル製の網、その繊維は蜘蛛のより細く、その組織は菌糸より緻密に、透明清澄で黄金でまた青く幾億互いに交錯し光って顫えて燃えました。」

全天を覆う赤経・赤緯線とそこに散りばめられた星座たち。
現代の星図は、まさに「インドラの網」さながらに感じられます。


昼日中のこととて、人々の目には見えませんでしたが、賢治の旅立ちを見送った(あるいは迎え入れた)星たちは、たしかにこんな顔触れだったのです。

(この星図には、太陽・月・諸惑星の位置もきちんと表示されています)

思うことは多々ありますが、今は贅言を慎んで、間もなく訪れる90年目の忌日を静かに迎えたいと思います。

ヘイデン・プラネタリウムのペンダント2023年09月19日 17時54分44秒



ニューヨークのヘイデン・プラネタリウムで、かつてお土産として売っていたペンダント。気楽なお土産品ですから、全体の作りは安手な感じですが、青緑の背景に光る銀のプラネタリウムは、なかなか美しい配色です。

(ペンダントの裏側)

で、気になったのは「これって、いつぐらいのものなのかな?」ということ。
鉄アレイ型の古風な投影機のシルエットは、これが少なからずビンテージな品であることを物語っています。

下はWikipediaの「Zeiss projector」の項に挙がっている同館の投影機の変遷を日本語化したものです(Zeissの型式呼称は、「Mark 〇〇」とか「Model 〇〇」とか、表記が揺れていますが。Zeiss社自身は後者を採用しているようなので、ここでも「モデル〇〇」で通します)。


ヘイデンは一貫してツァイス社の製品を使っており、そこには長い歴史があります。このうち明らかに異質なのは、ずんぐりしたお団子型のモデルIXです。

(ヘイデンの現行機種であるモデルIX。American Museum of Natural Historyのサイトより「Zeiss Projector」の項から転載)

日本でも最近はこういう形状のものが大半なので、「プラネタリウムというのはこういうもの」というイメージにいずれ変っていくのでしょうが、私にとってはやはり旧来の「ダンベル型」のイメージが強烈です。

下はヘイデンを被写体にした同時代の報道写真で、eBayで見かけた商品写真をお借りしています。


左は1935年、右は1960年とクレジットされていたので、それぞれモデルIIモデルIVでしょう。本体の見た目はそんなに変わりませんが、昆虫の脚っぽい支柱がすっきりしたのが目立つ変化です。これはその後のモデルVIも同様で、モデルVIになると、さらに支柱のみならず、投影機の胴体周りも幾分すっきりしています。

(ヘイデンの画像が見つからなかったので、これはシュトゥットガルト・プラネタリムに設置されたモデルVIの写真です(1977)。出典:ZEISS Archive

ペンダントに描かれた投影機はデフォルメと簡略化が著しいですが、もろもろ考え合わせると、どうやらモデルVIの時代(1973~1997)のものらしく、全体がピカピカと新しいのも、この推測を裏付けています。


とはいえ、これでもすでに四半世紀以上昔の品であり、「プラネタリウム100年」の歴史の一コマを飾る品と呼ばれる資格は十分ありそうです。

リリパット・プラネタリウム2023年09月20日 18時22分59秒

プラネタリウムの模型というのは、ありそうでないものの1つです。
もちろん、小型のホームプラネタリウムは山のようにありますが、あの古風なダンベル型のフォルムをした、机辺に置いて愛玩するに足る品は、ほぼ無いと言っていいでしょう。

ここで「ほぼ」と頭に付けたのは、以前、古い真鍮製のペーパーウェイトを見たことがあるからで、絶対ないとも言えないのですが、あれは極レアな品ですから、まあ事実上「無い」に等しいです。

(Etsyで見つけた商品写真。見つけたときには既に売り切れでした。ねちっこく探したら、過去のオークションにも出品された形跡がありましたが、稀品であることに変わりはありません。)

あれを唯一の例外として、あとは自分で図面を引いて3Dプリントした方とか、100均で手に入るパーツを組み合わせてDIYされた方とか、皆さんいろいろ工夫はされているようですが、入手可能な製品版というのは、ついぞ見たことがありません。プラネタリウム好きの人は昔から多いことを考えると、これはかなり不思議なことです。

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…という出だしで記事を書きかけたのは、今年の春のことです。でも、そんなボヤキだけでは記事にならないので、それは下書きで終わっていました。

しかし、昨日次のような情報に接して衝撃を受けました。


本文には、「タカラトミーアーツから、プラネタリウム100周年記念事業の公認企画商品「プラネタリウム100周年記念 ZEISS プロジェクター&ミニチュアモデル」がカプセルトイに登場! 2023年9月から全国のカプセル自販機(ガチャマシン)で順次発売」とあります。

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ナポレオン・ヒル『思考は現実化する』…というのは一種の自己啓発本で、昔はしょっちゅう新聞に広告が出ていましたが、さっきアマゾンで見たら、今でも着実に版を重ねているらしく、「へえ」と思いました。あの手の本としては古典中の古典なので、コンスタントな人気があるのかもしれません。

私は自己啓発が苦手なので、もちろん読んだことはありませんが、「思考は現実化する」というフレーズだけは記憶に残っていて、ふとした折に口をついて出てきます。今回も半ば呆然としながら、このフレーズを呟いていました。

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この手のものを買うのは久しぶりですが、この機を逃すときっと後悔するでしょうから、さっそく予約しました。

銀河忌2023年09月21日 18時13分52秒

先日も書いた通り、今日9月21日は宮澤賢治の命日です。
そして、今年は彼が亡くなってから90年目の節目の年です。


思うに1933年の世相と2023年のそれは、不思議とよく似ています。
どちらも重苦しい不景気が世を覆い、貧しい者は飢えに泣き、排外的で好戦的な世論が活気づく一方、学問は世情に膝を屈し、マスコミの筆鋒はきわめて鈍いです。

くしくも前年の1932年には犬養首相が、そして2022年には安倍首相が暗殺されました。両者の背景は大いに異なりますけれど、一国の宰相が公然と凶弾に斃れるというのは、まことに不穏な話で、このままいくと1936年の「226事件」に続き、2026年に新たなクーデターが起こっても、私は決して驚きません。
付記: すみません、安倍氏は「元首相」であり、「元宰相」でしたね。訂正します。】

もし賢治が今の世を見たら、何を思うでしょう?
顔をしかめるか、苦笑いするか、それとも静かに慰めの言葉をかけてくれるか?
いずれにしても、彼は「人の本当の幸せ」を追い求める物語を再び綴り始め、それを止めることは決してないでしょう。

(賢治が愛読した島地大等著『漢和対照 妙法蓮華經』より「見宝塔品(けんほうとうほん)」の冒頭)

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今年は賢治の霊前にぜひ何かお供えを…と思って、新たに見つけた品があるので、それが届いたらまた記事にしようと思います。

月夜のドラマ2023年09月22日 19時13分06秒

彼岸を迎え、夏ともしばしの別れです。
これからは秋の夜長を味わいつつ、本を読み、沈思するのが相応しい季節ですね。古風な言い方をすれば「灯火親しむの候」ですから、ここでは一枚の幻灯を眺めてみます。


木枠におさまった、おそらく19世紀後半の品。
これだけだと何だかわかりませんが、灯りに透かしてみると…


謎めいた湖畔(海辺?)の町と、それを見下ろす月が描かれています。


題して「THE SLEEPING CITY No.1」(眠れる町、第1景)
No.1ということは、続きがあって、ここから何か物語が始まるのでしょうが、手元にはこれしかないので、それがどんな物語かはまるで分かりません。その謎めいた感じに惹かれて購入した1枚です。


ふと気づけば、幻灯が影を落とした白紙の上で、すでに不思議な物語は始まっているようでした。

夜の真ん中で2023年09月24日 08時27分11秒

月夜の幻灯というと、こんなのもあります。


In The MIDDLE of the NIGHT 「夜の真ん中で」

世界が青い夜の底に沈む時。
夜会帰りなのでしょうか、パイプを口にした伊達男が、深夜0時を告げる時計塔と、か細い月をぼんやり眺めています。


ニューヨークの幻灯メーカー、Maurice Workstel 社が売り出した「ソングヒット・スライド」シリーズの1枚。これは当時の流行曲を歌詞入で紹介する体のもので、上に掲げたのは、Billy Rose 作詞、Walter Donaldson 作曲の「In the Middle of the Night」の冒頭部。この曲は1925年に発表されており、スライドもたぶん同時期のものでしょう。

(アメリカのAmazonで当時の楽譜が売られていました)


同曲の冒頭につづく1枚。こちらはヴェネツィアらしい異国の夜景です。
青紫の空。水面にきらきら反射する月明かり。そしてゴンドラの中では、きっと男女が睦言を交わしているのでしょう。

手元にはこの2枚しかありませんが、元はもっとたくさんあったはずで、歌詞のほうは

In the middle of the night, 
the moon was bright, 
and by its light I kissed you. 

In the middle of a kiss 
you sighed with bliss, 
and whispered this "I missed you" 
in the middle of a glance.....

と続くらしいです。いかにも甘い男女の曲ですね。

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ときに上の2枚を比べると、月相が大きく異なります。
深夜の中天にかかるのは、当然2枚目のように満月であるべきで、1枚目のように夜明け前に顔を見せる「有明月」では変なのですが、これは孤独な男の心象風景…ということかもしれません。