月の老女 ― 2026年06月06日 14時40分25秒
大工町寺町米町仏町 三日月買う町あらずや つばめよ
―というのは寺山修司の歌で、本当は「三日月」のところに「老母」が入ります。
彼の舞台作品『身毒丸』を連想させる、何かただならぬ気配の歌です。
ここで三日月を入れたのは、もちろんイベント「月を賣る店」からの連想ですが、こうしで並べてみると、老母も三日月も、黄昏空にぽっかり浮かんで、間もなく大地に没する存在である点がちょっと似ています。三日月の船に乗った老母は、やがて西の彼方、光に満ちた国へと去っていくわけです。
ただ月が何度でも再生するのに対し、老母が再生することはありません。
いや、それとも彼女はどこかで再生するんでしょうか。
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(中央が「オールドメイド」のカード。左はカードの裏面、右はパッケージ)
■OLD MAID CARD GAME: Space Age Edition
Russel Card Games (マサチューセッツ) 発行
Russel Card Games (マサチューセッツ) 発行
「オールドメイド」というのは、複数で遊ぶカードゲームです。
ランダムに手札を配り、順々に隣の人から1枚抜いて、同じペアのカードがあれば、その場に捨て、最後にオールドメイドのカードが手元に残った人が負け、というルールです。要は日本で言う「ババ抜き」と同じものですが、「ババ抜き」の「ババ」は「オールドメイド」の直訳ですから、遊びとしては「オールドメイド」の方が本家です。
(ペアになったカードと1枚きりのオールドメイド)
単純なゲームですから、「オールドメイド」は多くのメーカーから、無数のデザインが発売されましたが、今日の品はラッセル社の「スペースエイジ(宇宙時代)」版です。
改めて全カードを並べると、上のような具合。
よく見ると、国連本部とか、スキンダイビングとか、潜水艇とか、あまり宇宙とは関係ないものも登場していますが、当時はそうしたものも「スペースエイジ」のイメージを構成する要素だったのでしょう。なかなか興味深い点です。
いくつか固有名詞の分かるものを確認しておくと、艦対地ミサイル・レギュラス(1954年配備)、大陸間弾道ミサイル・アトラス(1959年配備)、通信衛星・エコー1号(1960年打ち上げ)、気象衛星・タイロス1号(1960年打ち上げ)、超音速爆撃機ヴァルキリー(1964年初飛行)、宇宙探査機パイオニア6号(1965年打ち上げ)…等々。ただし、絵柄の方は実物とは似ても似つかぬものが大半です。
このカードゲームは発行年未詳ですが、上記のことから1960年代前半~半ばに発行されたものと推測されます。
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芦屋で開催中のイベント「月を賣る店」。明日は私も会場にお邪魔する予定です。
できれば三日月であってほしかったですが、残念ながら明日の月齢は下弦間近の21.3で、月が昇るのは深夜。とはいえ、天気は雨模様ですから、いずれにしても月の存在は想像で補わねばなりません。
宇宙科学戦争かるた(後編) ― 2026年01月12日 11時23分02秒
本日は2連投です。
他愛ないカルタにあまり拘泥する必要もないと思いますが、乗りかかった船なので、ここでこのカルタの素性についてメモしておきます。
ここで問題になるのは、文字情報が極端に少なくて、いつどこで作られたものか、皆目わからないことです。
目を皿のようにしても、唯一の手掛かりは、この丸に富印(マルトミと読むのだと思います)が発行元だということのみ。発行年や、マルトミがどこにある会社かは、どこにも表示がありません。これについては、強力な検索ツールである国会図書館のデジタルコレクションも無力でした。
ただし、マルトミのカルタは、検索するといろいろ出てきます。「もうすぐ学校かるた」、「ことばあそびメロディーかるた」、「お伽噺かるた」、「日本世界ナンバーワンかるた」、「スポーツかるた」、「幼稚園かるた」、「よい子のかるた」…等々。同社はどうやら子供向けのカルタ専業のメーカーだったようです。
【2026.2.1付記】 この「マルトミ」については、タカラトミーの前身の1つである「トミー(旧・富山玩具)」の系列会社である「富山商事」がカルタも扱っており、同社のことではないか…という有力情報が寄せられました。詳細は本記事に対するSii Taaさんのコメントをご参照ください。
で、同社の製品のひとつに以下のマークを見つけました(メルカリで売られていた品の画像の一部をお借りしています)。

STマークは「Safety Toy」の頭文字から来ており、業界団体である日本玩具協会が定めた玩具安全基準に適合する品として、1971年10月からその表示が始まったものです(『レジャー年鑑 1973-1974』(エコセン、1973)参照)。
「宇宙科学戦争かるた」にその表示がないということは、それ以前の品であることを示しており、これが「宇宙科学戦争かるた」の制作下限です。
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つづいて制作年代の上限を考える上で、気になる言葉をいくつか挙げてみます。
すなわち「ナパーム弾」、「大陸間(弾道)ミサイル」、「サイボーグ」。
その淵源はともかく、これらの言葉が一般の人々の口の端に上るようになった時期は、国会図書館のデジタルコレクションで初期の用例を見れば、ある程度推測がつきます。
調べてみると、ナパーム弾は1951年頃、大陸間ミサイルは1957年頃、そしてサイボーグは1960年頃から、一般向けの書籍や雑誌に登場しています。
「サイボーグ」の用例について、史料のスクリーンショットを貼っておきます。
(出典:法学書院編集部(編)『現代語辞典 : これだけは知っておきたい 1961年版』、法学書院、1960)
「サイボーグ」は、上掲書末尾の「追補Ⅱ」に記載されており、当時は文字通り出来立てほやほやの新語です。その後、急速に少年雑誌等でも目にするようになりました(サイボーグ009の連載開始は1964年だそうです)。私は不案内だったのですが、この語は当時の宇宙開発ブームの流れの中、人類が宇宙に進出する方途として語られていたようです。
このことから「宇宙科学戦争かるた」の制作上限は1960年であり、先の下限と合せて、ざっくり1960年代の品と見ていいと思います。
【おまけ】
ところで、今回、レトロな子供向けカルタについて調べていて、その残存数が極めて多いこと、しかも帯封つきの品がやたらとあることを不思議に思いました。昭和レトログッズには一定の需要があるはずですが、供給過多のせいか、この手のものは帯封付きの美品でもあまり値が付かない感じです。
その疑問は、以下の記事を拝見して氷解しました。
■(近代カルタ文化の研究 第6章 第2節)
(1)戦後社会での「いろはかるた」の展開
(1)戦後社会での「いろはかるた」の展開
なぜこれほど大量にカルタが残っているかといえば、もちろん大量に作られたからで、当時は全国の幼稚園や学校でカルタをまとめて買い上げて、子供たちにクリスマス・プレゼントやお年玉として配布していたという背景があったのでした。さらにその背後には、「カルタは毎年新しいものを買って遊ぶもの」という観念もあったようです。
私も当時の子ども文化の一端に触れたはずですが、残念ながらそうしたリアルな記憶はありません。でも、確かに凧は毎年新しいのを買っていたので、きっと同じような感覚だったのでしょう(羽子板は旧慣を守る家では今も毎年買い換えていると思います)。
カルタは、何といっても教育システムに組み込まれていましたから、その流通量は膨大で、カルタ専業メーカーという存在があり得たのもそのせいでしょう。
ただ、教育カルタなどというのはあまり面白いものではないので、配布されても手付かずのまま放置という場合も多く、それが店頭デッドストック品とともに市場に流れ、今や販売サイトには帯封付きの美品があふれている…というわけです。
宇宙科学戦争かるた(中編) ― 2026年01月12日 11時13分12秒
仕事が始まった途端、記事の更新が止まりました。
そこにはそれだけの理由があるわけで、これが憂き世というものです。
まあずっと暇だったら、それはそれで憂きものと思いますが、でも早くそうなりたいなあ…と思う自分もいます。
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さて、カルタの続き。
このカルタは、そこに何か統一的なストーリーがあるとは思えず、各札も場当たり的に作られている気がしますが、それでもしげしげ見ているうちに、何となく漠然とした「世界観」があるように感じられます。
【宇宙人】
まずは「宇宙人」のイメージ。
宇宙人はとにかく地球人に敵対する存在で、その姿は不気味な「怪物」として描かれています。まさに忌むべき存在です。国際政治の緊張が、「攻め寄せる外敵」のイメージを増幅したことも否めません。
1枚だけ遠い「銀河系の星」から襲来した宇宙人がまじっていますが、それ以外は火星や金星、あるいは漠然と「遊星」からで、わりと近所から攻めてきます。特に火星は油断がならず、火星軍とは激しく戦っています。
こうした「宇宙人=太陽系内惑星人」という感覚は、17世紀の終わりに出たフォントネルの『世界の複数性についての対話』(※)以降、知識層を含む人々の心にあり続けたイメージだと思います。
特に火星人の存在は、19世紀後半に運河が「発見」されたことで、科学界公認の「事実」となり、それを科学自ら否定したあとも、H.G.ウェルズの『宇宙戦争』のイメージとともに、人々の心に強固に残存していたことが、このカルタの背景にはあります。
火星人や金星人のイメージが最終的に消えたのは、惑星探査機が飛んで、その実景を目にして以降――具体的には1970年代以降のことと思います。まさに百聞は一見にしかず、Seeing is believingです。
【宇宙探査】
次はロケットや人工天体のイメージ。
火星に向けてロケット弾を発射しているのは、火星軍との戦いの一環なのでしょう。サイドワインダーも武器っぽいです。ただ、宇宙人のイメージがひどく悪いのに対して、宇宙進出は総じて明るいイメージです。宇宙開発ブームの追い風も当然あったでしょうが、やっぱり進出する側は威勢が良く、される側は不安と敵意を抱くというのが通り相場だからでしょう。こうしたロケットや宇宙船のイメージは、すなわち未来のイメージでもありました。
【ロボット】
いかにもあか抜けないロボットですが、子細に見れば、自律型あり、操縦型あり、また人型あり、特殊重機型あり、いろいろなバリエーションが既に出ていることは注目に値します。と同時に、「未来人間」は頭脳と身体機能を機械で強化したサイボーグという予測もされています。
子供向けのカルタの作者が、ロボット工学やサイバネティクスに通じていたはずはないので、これは当時の社会が漠然と共有していたイメージだと思いますが、デザイン感覚は別として、なかなか核心をついた予測だと感じます。
(長くなったので、ここで記事を割って「後編」に続きます)
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(※)フォントネルについては、以前何回か記事にしました。
■天文趣味400年(そしてフォントネルのこと)
■フォントネル『世界の複数性についての対話』(1)
■フォントネル 『世界の複数性についての対話』 (2)
宇宙科学戦争かるた(前編) ― 2026年01月04日 14時02分01秒
三が日も過ぎましたが、正月ネタで「カルタ」の話題です。
こんな昭和レトロなカルタを見つけました。
タイトルは「宇宙科学戦争かるた」。
上は購入時の商品写真で、帯封を解く前の状態です。
上段は「い」から始まり、「いろはかるた」の形式を踏襲していることがわかります。下段の方は「う(ゐ)のおくやま…」と続きますが、戦後なので、「ゐ」の札は含まれません。
サンプルとして、冒頭の「いろはにほへとちり」まで並べるとこんな具合。あとは推して知るべしです。
後述するように、この品は1960年代に出たものと推測しますが、描かれた内容は戦前の海野十三のSF冒険小説さながらで、当時にあってもレトロな感じを伴うものだったんじゃないでしょうか。
「追拂/おひはらう」には、旧字体が混じり、振り仮名も新・旧のかなづかいが混在しています(旧仮名なら「おひはらふ」)。作者の年恰好が何となく想像されます。
中には「宇宙科学」のイメージとは程遠い、レトロというより、明らかに「アナクロ」な札も含まれています。
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このカルタが表現している「科学」と「宇宙」のイメージについて、さらに子細に見てみようと思います。
(この項つづく)
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【閑語】
新年早々、アメリカがベネズエラを攻撃し、マドゥロ大統領夫妻を拉し去るという無茶なニュースが流れてきました。
宣戦布告を経た正規の戦争でもないのに、他国に対してなぜそんな振る舞いができるのか。アメリカはそんな特権的な地位をいったい誰から授かったというのか。仮にアメリカの言い分を認めて、マドゥロ大統領が「悪者」で、アメリカはそれを懲らしめる「正義の味方」だとしても、その正義の使い方はあまりにも恣意的で、そんな者に「正義」を口にする資格はなかろうと思います。
大国の振る舞いを見ていると、力ある者による切り取り次第が横行した戦国の世にあるかのような錯覚を覚えますが、現実は戦国の世ではなく、国家間の枠組みと国際法が機能している21世紀の世界です。アメリカだろうが、ロシアだろうが、中国だろうが、そんな手前勝手な振る舞いを認める余地は皆無であり、日本政府もその点は筋を通してほしいと思います。
太陽・月・星のゲーム「サルタ」 ― 2025年11月30日 16時36分16秒
チェッカーからの連想ですが、天文モチーフのゲームで、以前とても雰囲気のある品を購入しました。
チェッカーと同様の盤でプレイする、サルタ(Salta)というゲームです。
副題を「太陽・月・星のゲーム」といい、ゲームの駒には太陽・月・星がデザインされています。
この駒の表情がいいんですよね。
駒入れの皿が金属製というのも、カッチリ感があって良い風情です。
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…といいながら、私はこの記事を書くまでサルタがどんなゲームか、まるで知らずにいました。さっき検索したら、wikipediaに立項されていたので、ようやくそのあらましを知ることができました。ちょっと記載内容が異なるので、ここでは英語版とドイツ語版の両方にリンクしておきます。
内容をかいつまんで紹介すると、「サルタ」が生れたのは1899年。
創案したのはドイツのビュットゲンバッハという人です。
世間に紹介されるや、サルタはドイツとフランスを中心に人気を博し、一時はにぎにぎしく世界大会が開かれ、サルタの専門紙まで刊行されていたとか。しかし、その流行も長続きせず、第一次世界大戦がはじまる頃には、人気もすっかり下火になっていました。割と短命なゲームですね。
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サルタは、図のように駒を並べたところからスタートします。
(wikipediaの解説図より)
ゲームの目的は、駒を斜めに動かしながら(後退も可能)、最終的に自駒を敵の陣地に、この並びの通りに再配列することです。
各駒は斜めに1マス動かせるほか、そこに敵駒があれば1マス分飛び越えて前進することもできます。ただしチェッカーと違って、飛び越えても敵駒を取ることはできません。サルタで特徴的なのは、敵駒を飛び越えられる場合は、飛び越えねばならないことで、それを忘れると相手が「サルタ!」と声をかける決まりです(サルタとはラテン語ないしイタリア語で「跳べ」という意味)。
サルタは大層流行ったので、パッケージデザインにもバリエーションがあって、当初はこの思案する男のデザインの箱でしたが、手元の品はそれを少女に持たせた新デザイン。なかなかひねりが効いてます。
結局のところ、ゲームの内容と天体デザインは特に関連はないんですが、まあこれはデザインの勝利ですね。その配色も含め、無性にカッコいいです。
そして天体を盤上で動かすことで、ちょっとした神様気分も味わえます。
クシー君の夢の町(3) ― 2025年09月08日 05時57分13秒
さて、「夢の町」には当然クシー君が必要だし、レプス君にもいてもらわないと困ります。そこでふたりに来てもらいました。
届いたのはふたりのマスコットキーホルダーで、私は2セット購入したので、1セットはキーホルダー部分を外して、フィギュアとして使うことにします。
どうやらトーイズが企画し、バンダイが1999年に発売したものらしく、当時は鴨沢さんも健在でしたから、当然その制作に関わられたでしょう。
この2体は、もともと自立することを目的としていないので、立たせてもすぐに倒れてしまいます。でも、二人を並べるとちゃんと立つ…というのがミソ。両者の関係性がよく表れています。
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「夢の国」にはもう一人、ぜひいてほしいキャラがいます。
銀色のロボットです。こうして並べても、サイズ的に違和感はないですね。
仲間には赤いロボットもいます。いずれもブリキ製。
頭部からひもが出ていますが、この2体の「正体」はクリスマス・オーナメントです。
メーカーはマサチューセッツのシリング社。
同社は1975年創業なので、格別「老舗」というほどでもありませんが、当初からレトロ玩具に力を入れており、このオーナメントもその線上にある品です。現在は中国で生産している模様。
コピーライト表示が1997年なので、クシー君たちと年恰好も合いますね。
このオーナメントシリーズは、どれもカラフルで、ポップで、レトロで、「夢の町」 にふさわしい気がしたので、せっせと買い込みました。
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でも、私が頑張ったのもここまでです。
これらを並べても、まだ「夢の町」には程遠いし、懐事情も含めて先の見通しが立たなかったので、計画はやむなく中断し、これらの品もすべてお蔵入りになったのでした。「夢の町」というより、これぞ「夢の跡」、いかにも中途半端です。
でも目をつぶれば、今もあの町の情景がぼんやりと浮かぶし、耳をすませば、彼らの洒落た会話や靴音が、かすかに聞こえてきます。
(この項おわり)
クシー君の夢の町(2) ― 2025年09月07日 09時00分08秒
以前、1枚の幻灯スライドを載せたことがあります。
(元記事: 無理矢理な月(第4夜)…夢の町へ)
1900年代初頭のアメリカのどこかの町らしいのですが、昼間写した普通の写真を、手彩色で無理やり夜景に仕立てたため、図らずも強い幻想性を帯びた1枚です。
記事の中で、私はやっぱり「夢の町」という言葉を使って、「この光景は、かつて鴨沢祐仁さんが筆にした夢の町そのもの」だと書いています。
(鴨沢祐仁「流れ星整備工場」の一コマ。出典: 同上)
ということは、過去のアメリカの某市こそ、クシー君の夢の町なのか?…と一瞬思いますけれど、でも「夢の町」は「幻の夜景」の中にのみ存在するので、仮にタイムマシンで100年余り遡って某市を訪ねても、それが昼だろうが夜だろうが、クシー君の世界を目にすることは決してないでしょう。
★
ともあれ、クシー君の夢の町に欠かせないのが路面電車です。
初期から晩年の作品に至るまで、クシー君はいつも電車通りを歩き、路面電車は電気火花をまき散らしながら、その脇を走り抜けていきました。
その躯体はたいていボギー車【LINK】で、ボギー車という言葉は別に路面電車に限るものではありませんが、私の中では何となく同義になっています。
私が「夢の町」を作るため手にしたのも、ミントグリーンを基調にした、まさしくボギー車。長さは約19センチ、鋳鉄製でずっしりと重いです。
売り手はウィスコンシンの業者で、1950年ころの品という触れ込みでしたが、メーカー名の記載がどこにもなく、値段もごく安かったので、これはレトロ市場を当て込んだ、今出来の中国製かもしれません。まあ無国籍なところが、夢の町にふさわしいといえばふさわしい。
(造りはかなり粗っぽいです)
クシー君を乗せてガタンゴトン、パンタグラフから火花がバチッバチッ。
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それにしても、作者・鴨沢さんにとって、路面電車はどういう存在だったのでしょう。
新装版『クシー君の発明』(PARCO出版、1998)のあとがきで、鴨沢さんは次のように述べています(太字は引用者)。
「当時〔注:1975~77年〕のぼくのマンガの原料はわずかな貧しい資料と幼年期の思い出だった。とりわけ思い出の比重は大きく、幼稚園の隣に立っていた奇妙な天文台のドームやそこで覗いた土星の輪っかや列車の操作場で遊んだ記憶、マッチ箱の電車と呼んでいた花巻電鉄のボギー電車、地方都市のちっぽけなデパートの屋上遊園地、鳴らないベークライトのポータブルラジオや懐中電灯がおもちゃだった。
〔…〕当時の絵の独特のテイストがあのダサいノスタルジーに在るのだとすれば、それはやはり幼年期の記憶に由来するのだと思う。」
〔…〕当時の絵の独特のテイストがあのダサいノスタルジーに在るのだとすれば、それはやはり幼年期の記憶に由来するのだと思う。」
鴨沢さんにとって、路面電車は何よりも無垢なノスタルジーの世界の住人でした。
ただ、それが単なるインファンタイルな存在を超えて、「カッコいいもの」へと転じたのは、晩年の1970年代になって俄然ブームとなった稲垣足穂の影響が及んでいる気がします。足穂の「夢の町」――それは現実の神戸の反映でしたが――にも路面電車は欠かせぬ存在でした。
(西秋生(著)『ハイカラ神戸幻視行―紀行篇』見返しより。作画は戸田勝久氏。元記事: 神戸の夢)
★
今日の記事は、妙に過去記事からの引用が多くなりました。
まこと、「地上とは思い出ならずや」。
(この項つづく)
クシー君の夢の町(1) ― 2025年09月06日 19時01分29秒
ひさしぶりにクシー君の話題が出て、ちょうどよい折なので、これまでなかなか記事にできなかったことを書きます。
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以前、「クシー君の夢の町」を作ろうと思ったことがあります。
方向性としては、「『銀河鉄道の夜』に登場する時計屋のショーウィンドウの再現」とか、「長野まゆみさんの『天体議会』に出てくるモノ探し」とかと似た趣向で、要はフィクショナルな世界にモノを通じて分け入ろうという試みです。
でも、結果的にこれはうまくいきませんでした。
クシー君の世界は、その「平面性」や「人工性」が重要なので、そもそも立体化に向かないし、無理に立体化すると、安っぽいものになる気がします。「鴨沢さんの絵は、すでに絵として自立しているのだから、そんな無理を願わず、素直に絵のまま楽しむのが正しいあり方なのだ」…とも思いました。いずれにしろ、あの人工的で、湿度の低い世界に、生身の人間が分け入るのは相当難しいことです。
というわけで、頓挫したこの計画。
でも、せめてそのときの努力のあとだけでも、ブログの片隅に書き残しておきます。
★
「クシー君の夢の町」を作ろうと思った最初のきっかけは、ダイキャスト製の乗り物玩具で知られる、シカゴのトゥーツィートイ(Tootsietoy)製のミニカーを見たことで、「あ、これってクシー君っぽいな」と、見た瞬間に思いました。
私が見たのは、いずれも同社の「愉快シリーズ(Funnies Series)」(1932~33)に含まれるもので、
コミカルなアメリカン・コミック『スミティ(Smitty)』の主人公・スミティと、その幼い弟・ハービーが乗ったサイドカーと、
「ウォルト伯父さん」と題されたミニカーです。(上記2枚は購入時の商品写真の流用)
なんとなくこういう車の行き交う町が、クシー君の住む町なんじゃないか…と思ったわけです。
この古び具合はいかにも味があるし、きっと鴨沢さんも嫌いじゃなかったでしょう。いや、鴨沢さんは、おもちゃコレクターの北原照久氏とも一緒に仕事をされたわけですから、むしろ大いに好きだったと思います。
ただ、これは単品で見る分には非常にいいですが、このトーンで町全体を貫徹するのは、私には非常にハードルが高かったです。
(この項つづく)
BOMB! ― 2025年08月06日 06時03分06秒
eBayを見ていて、「ひどいじゃないか」と思いました。
ずばり「原爆投下ゲーム」です。
いくら何でもひどいと思って、それを忘れないために購入しました。
遊びとしては玉転がしゲームの一種で、本体を前後左右に傾けて、薬のカプセルのような形をした玉(すなわち原爆)を、広島と長崎の穴に落とし込むという遊びです。カプセルの中には小さな鉄球が入っているため、玉の動きが不規則になるのを巧みに操るところに遊びとしての面白さがあるのでしょう。
(2個の玉のうち1個は破損して、鉄球が飛び出しています)
おそらく1950年代のものと思いますが、アメリカの子供たちが(ときに大人も)、「そら、もう少しだ…よし、やったー!ヒロシマとナガサキが吹っ飛んだぞ!!」と、ワイワイきゃーきゃー言いながら、これで遊んでいる光景を想像すると、腹の底から苦いものがこみあげてきます。
無言で張り飛ばしてやりたいような気もするし、人間はここまで理解し合えないものかと知って、ひどく虚無的な気分にもなります。何にせよ、「いい加減にしておけ」と思います。
(原爆を体験した多くの一般市民による画集『原爆の絵 HIROSHIMA』。㈶広島平和文化センター編、童心社発行、1977)
(上掲書より。「校庭に朝礼中とみえる全児童が、整列したまま、いちようにうずくまって、黒く焼けて死んでいた。」)
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このゲームを作ったのはコネチカットのA. C. ギルバート社です。
同社は1967年に倒産して消滅していますが、20世紀の前半、アメリカではそこそこ羽振りのよかった科学玩具メーカーだそうです。1950年には、ガイガーカウンターと放射性物質のサンプルから成る「Gilbert U-238 Atomic Energy Laboratory」という危なっかしい科学玩具も扱っており、この原爆ゲームもそんな時代の空気の中で生まれたのかもしれません。
(Gilbert U-238 Atomic Energy Laboratory。出典Wikipedia)
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…と言いつつも、アメリカの世論調査では、広島・長崎への原爆投下を正当化できないと考える人が増えており、しかも若い人ほどその傾向が強いという結果が出ているのは救いです。アメリカの人がトランプ氏をかつぐ一方で、原爆ゲームの能天気さから脱しつつあるのであれば、大いに結構なことです(でも共和党と民主党支持者でも、結果は分かれるのかもしれません)。
(中日新聞・2025年7月29日夕刊より。原調査は米調査機関のビュー・リサーチ・センターが7月28日に実施)
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能天気といえば、先日、参政党の議員候補(現・議員)が、「核武装が最も安上がり」と発言して、強い批判を招きました。あのあっけらかんとした感じ、何も考えてない感じ、そして想像力の完全なる欠如が、むしろこのゲームとよく似ていると感じます。核武装の件もそうだし、その粗雑な歴史認識もまた同様です。アメリカの心配をするより先に、足元がだいぶ危ない感じです。
(『原爆の絵 HIROSHIMA』、扉)
月の賭場 ― 2024年02月24日 10時53分43秒
青年の面立ちをした上弦の月というと、こっちの方がそれっぽいですね。
1920年頃にイタリアのミラノで売り出された、月をデザインしたゲームボード。
49×33cmの多色石版刷りで、裏打ち布で補強してあります。…と言っても、現物がどこかに入り込んで出てこないので、ここに記すことは、画像も含め購入時の商品説明の流用です。
タイトルの「Il dilettevole giuoco della Luna」は「イル・ディレッテーヴォレ・ジュオッコ・デラ・ルーナ」と読むらしく、音楽的な響きが心地よいですが、意味の方は「月の面白いゲーム」という、あまりひねりのないものです。
ゲームは2個のサイコロを使って、2人以上で遊びます。
一人がサイコロを振り、出た目の合計と等しい数字のところにコインを置きます(このゲームは現金を賭けて遊びます)。もし既にコインの置かれた数字が出たら、次の人に交代。ただし赤い旗の「7」のマスは例外で、ここにはいくらでもコインを置くことができます。ボードに数字のない「2」と「12」はラッキーナンバーで、2が出たら月面上のコインを、12が出たら月面プラス赤い旗のコインを総取りできるというルール。
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というわけで、ゲームの内容自体は月とは全然関係がなくて、これは以前も書いた「デザインとしてだけ天文モチーフを採り入れたゲーム」の一例です。
でも、「今日はツイている」というときの「ツキ」は「憑き」の意で、「月」も同じ語源だそうですし、イタリアの人にしたって、月面に賭場を開帳して、「さあ張った、張った!」なんていうのは、だいぶ正気を失ったルナティックな振る舞いと言うべきでしょう。
















































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