月の賭場2024年02月24日 10時53分43秒

青年の面立ちをした上弦の月というと、こっちの方がそれっぽいですね。


1920年頃にイタリアのミラノで売り出された、月をデザインしたゲームボード。
49×33cmの多色石版刷りで、裏打ち布で補強してあります。…と言っても、現物がどこかに入り込んで出てこないので、ここに記すことは、画像も含め購入時の商品説明の流用です。

タイトルの「Il dilettevole giuoco della Luna」は「イル・ディレッテーヴォレ・ジュオッコ・デラ・ルーナ」と読むらしく、音楽的な響きが心地よいですが、意味の方は「月の面白いゲーム」という、あまりひねりのないものです。

ゲームは2個のサイコロを使って、2人以上で遊びます。
一人がサイコロを振り、出た目の合計と等しい数字のところにコインを置きます(このゲームは現金を賭けて遊びます)。もし既にコインの置かれた数字が出たら、次の人に交代。ただし赤い旗の「7」のマスは例外で、ここにはいくらでもコインを置くことができます。ボードに数字のない「2」と「12」はラッキーナンバーで、2が出たら月面上のコインを、12が出たら月面プラス赤い旗のコインを総取りできるというルール。

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というわけで、ゲームの内容自体は月とは全然関係がなくて、これは以前も書いた「デザインとしてだけ天文モチーフを採り入れたゲーム」の一例です。

でも、「今日はツイている」というときの「ツキ」は「憑き」の意で、「月」も同じ語源だそうですし、イタリアの人にしたって、月面に賭場を開帳して、「さあ張った、張った!」なんていうのは、だいぶ正気を失ったルナティックな振る舞いと言うべきでしょう。

天上の三目ならべ2024年02月11日 13時42分30秒

1月19日の記事【LINK】で、ドイツのマックス・エッサーがデザインした天体モチーフのチェスセットを紹介しました。



その記事の末尾で、「これを見て思案をめぐらせていることがある…」と、ちょっと思わせぶりなことを書きましたが、それはエッサーのチェス駒に似た、Tic-Tac-Toe、つまり日本でいうところの「マルバツゲーム」や「三目ならべ」の駒を見つけたからです。


(元はMetzkeというメーカーが1993年に発売した製品です。同社は玩具メーカーというよりも、ピューターを素材にしたアクセサリーメーカーの由。→参考リンク

まあ、似ていると言っても当然限界はあるんですが、このピューター製の太陽と月には、重厚かつ古風な味わいがあって、それ自体悪くない風情です。


このセットには上のような鏡面仕上げのガラス盤が付属しますが、せっかくなのでエッサー風の盤を自作することにしました。


この配色を参考に、出来合いのタイルと額縁を組み合わせてみます。



お手軽なわりには、なかなか良くできたと自画自賛。
このブルーとグレーの交錯する盤を天空に見立て、その上で太陽と月が無言の戦いを繰り広げるわけです。


これがエッサーのチェスセットよりも、明らかに優っている点がひとつあります。
それはチェスを知らない私でも、そしておそらく誰でも、これならゲームを存分に楽しめることです。

天上のチェス2024年01月19日 17時34分04秒

この前、「天文古玩の書斎」の絵をAIに描かせたら、「古玩」を「古いおもちゃ」と解釈して云々…ということを書きました。それは確かにAIの認識不足なんですが――「古玩」という言葉は「骨董」とほぼ同義です――私は天文モチーフの玩具やゲームにも強く惹かれているので、これはまあ悪くない誤解です。

ここで「天文モチーフの玩具やゲーム」といい、あえて「天文玩具」「天文ゲーム」と言わないのは、そうした品の中には、内容的に天文と全然関係のない、単にデザイン上の工夫として天文モチーフを取り入れているだけの品が結構多いからです。しかし、たとえ後者であっても、ときに目を見張るような効果を挙げている例もあって、見ればやっぱり食指が動きます。

以下は、以前も触れた【LINK】サリダキスさんによる8年前のツイートですが、これを見たときの衝撃は大きかったです。


画像はメトロポリタン美術館(MET)からの引用なので、オリジナルページにもリンクを張っておきます。


この極美のチェスセットは、ドイツの彫刻家/メダル製作者であるマックス・エッサー(Max Esser、1885-1945)がデザインし、チェス駒をリヒャルト・バルト(Richard Barth)が、盤のエナメル細工をフリーダ・バスタニア(Frieda Bastanier)が手掛けた逸品です(あとの二人は経歴未詳ですが、たぶん専門の工匠でしょう)。

サリダキスさんにならって、私もMETの画像をお借りして貼っておきます。



うーむ、すごいですね。



上で述べたように、チェスという遊びは別に天文とは関係ないはずですが、こうして天文モチーフで仕上げると、とたんに「天上の神々の戦い」みたいになって、壮大なドラマをそこに感じます。



駒はあきれるほどカッコいいし、この盤の造形もすさまじいです。
私はチェスのルールをまったく知らないので、仮にこれが手元にあっても眺めることしかできませんが、もしこのレプリカが売り出されたら、万難を排して入手に努めるかもしれません。これこそ「天文古玩の書斎」にはぜひあって欲しい品です。

…と書きながら、ぼんやり思案をめぐらせていることがあるので、それについてはまた後日書ければと思います。

景気のいい話2023年10月07日 18時11分46秒

この円安で、多くの人が苦しんでいます。
とりわけ、海外から直接モノを買い入れてナンボという人は、それが商売であれ、趣味の領域であれ、大変な苦境に陥っていることでしょう。そこに輸送費の高騰が追い打ちをかけて、私も最近は「君たちはどう生きるか」と自問を続ける毎日です。

先日届いた本が、カタログの記載よりも、収録図版数が大幅に少なくて、今、先方とややこしいことになってるんですが、そんなことでゴタゴタするのも、結局は懐が貧しいからで、昔から「金持ち喧嘩せず」とはよく言ったものです。

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あまり貧乏じみた話ばかりでも何ですから、ちょっと景気のいい話をします。
今から7年前に、17世紀に出た星座トランプについての記事を書きました。


天文トランプ初期の佳品: ハルスデルファーの星座トランプ(1)

記事は同(2)(3)と続いて、最後に「補遺」を書いて、都合4回で完結しました。
このうち「補遺」というのは、この珍しいトランプがサザビーズのオークションに登場したことを話題にしたもので、自分は「この星座トランプ。販売当時は安かったかもしれませんが、今では相当なことになっていて、サザビーズによる評価額は1万~1万5千ポンド。ポンド安の今でも126万~190万円に相当します。実際の落札額は不明ですが、価格だけ見れば、今や本家・バイエルの星図帖に迫る勢いです。」と書いています。しかも今のレートだと、その評価額は183万~274万円に跳ね上がるのですから、ため息しか出ません。

で、今回、同じトランプがeBayに出品されているのを見て、おっ!と思いました。


「同じ」といっても、サザビーズで落札されたのが巡り巡ってeBayに出たわけではありません。サザビーズに出品されたのは、星座を構成する恒星の脇に、元の持ち主がバイエル符号をペン書きしていましたが、今回の品にはそういう書き込みがありません。しかも、当時のオリジナルの革ケースに収まっているという大珍品です。

スタート価格は16,000ユーロ、日本円にして253万円。
ちょうどサザビーズの以前の評価額と同じ価格帯ですね。ただしサザビーズだと、落札者がサザビーズ側に多額の手数料(バイヤーズ・プレミアム)を払わないといけないので、それを考えると今回のほうが大分お得です。

しかも、この品は先日期限までに入札がなかったため、今回再出品になったもので、今回もスタート価格で落札できる可能性は高く、しかも「価格応談」となっているので、実際はもっと安い価格で入手できるかもしれません。

…と、まことに景気のいいことを言っていますが、もちろん私にそんなお金があるわけはありません。でも、ほんの10年ちょっと前だったら、1ユーロが100円を割り込んでいたので(本当に嘘みたいな話です)、当時のレートなら、今より100万円も安く買えたのになあ…とは思います。


でも考えようによっては、1ユーロが200円を付けていた時期もあるし、今後もそうならない保証はないので、それを考えれば、今のこの価格でもまだまだ十分お買い得かもしれんぞ…と脳天気に考えてみると、何となく景気のいい感じが漂ってこなくもないです。(あくまでも感じだけですが。)


【補足】 この品に誰も入札しなかったのは、普通ならちゃんとしたオークションハウスに登場すべき品が、eBayにポンと出てきたのが、そもそも不審だし、出品者であるドイツの人が自己紹介欄に何も記載せず、これまでにわずか4つのフィードバックを獲得しただけという、完全に謎の人だから…というのが大きいと想像します。

太陽を射る2023年09月30日 13時25分13秒

昨晩は月が美しく眺められました。
盗っ人と天文マニアを除いて、月明かりが一般に歓迎されるのは、それが涼やかな光だから…という理由も大きいでしょう。彼岸を過ぎてなおも灼けつく太陽を見ていると、一層その感を強くします。

平安末期に編まれた漢詩アンソロジーに『本朝無題詩』というのがあります。
無題詩というぐらいですから、すべて題名のない詩ばかりですが、便宜上テーマ別に類纂されていて、その卷三には「八月十五夜翫月(はちがつじゅうごやに つきをめづ)」の詩が集められています。そこに、「一千餘里冷光幽(いっせんより れいこうかすかなり)」の一句を見出して、はたと膝を打ちました。作者は不明ですが、青みを帯びた月の光が、どこまでも海のように広がっている様を詠んだものとして、実に美しい一句です。

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さて、中国の古代神話に、羿(げい)という弓の名人が登場します。

羿は太陽を射落としたことで有名です。伝説によれば、かつて天には10個の太陽が存在し、最初は1個ずつ順番に世界を照らしていたのが、あるとき秩序に乱れを生じ、10個の太陽が同時に空に輝くようになりました。途端に地上は灼熱の世界と化し、耐え難い状況となったため、皇帝の命を受けた羿が10個の太陽のうち9つを射落とし、世界は事なきを得た…という話です。

今年の猛暑の最中、空を見上げては「今の世に羿はおらぬものか…」と思ったりもしました。でも、残り1個のかけがえのない太陽ですから、迂闊にそんなわけにもいきません。せいぜいおもちゃで、太陽を射る羿の気分でも味わうか…と思い出したのが、下のドイツ製の玩具です。これは以前も登場済みですが【LINK】、そのときは購入時の商品写真でお茶を濁したので、今回は撮り下ろしの写真で再度紹介します。


戸棚から出してきたら思いのほか大きくて、箱の横幅は約43.5cmあります。


箱の中には、射的の的と的を机に固定する金具、それに弓矢のセットが入っています。


ゴム製の吸盤がついた矢をつがえ、竹製の弓をきりきりと引き絞り…


見事太陽(左)に当たると、的がくるっと上下に回転して、裏面に隠れていた月が顔を出す(右)という仕組み。まあ、他愛ないといえば他愛ないし、ちゃちいといえばちゃちいゲームですが、それが表現するものはなかなか気宇壮大です。

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なお、以前の記事では、この品を大雑把に1950~60年代のものと書きましたが、今回改めて箱を見たら、下のようなラベルが貼られているのを見つけました。


製造元は東ドイツの「BEKA」で、「EVP 7.90 MDM」というのは、「小売販売価格7.90ドイツ中央銀行マルク」の意味だそうです。この「MDM」という通貨単位が使われたのは、1964~67年のごく短い時期なので、この品も1960年代半ばのものということになります。

リリパット・プラネタリウム2023年09月20日 18時22分59秒

プラネタリウムの模型というのは、ありそうでないものの1つです。
もちろん、小型のホームプラネタリウムは山のようにありますが、あの古風なダンベル型のフォルムをした、机辺に置いて愛玩するに足る品は、ほぼ無いと言っていいでしょう。

ここで「ほぼ」と頭に付けたのは、以前、古い真鍮製のペーパーウェイトを見たことがあるからで、絶対ないとも言えないのですが、あれは極レアな品ですから、まあ事実上「無い」に等しいです。

(Etsyで見つけた商品写真。見つけたときには既に売り切れでした。ねちっこく探したら、過去のオークションにも出品された形跡がありましたが、稀品であることに変わりはありません。)

あれを唯一の例外として、あとは自分で図面を引いて3Dプリントした方とか、100均で手に入るパーツを組み合わせてDIYされた方とか、皆さんいろいろ工夫はされているようですが、入手可能な製品版というのは、ついぞ見たことがありません。プラネタリウム好きの人は昔から多いことを考えると、これはかなり不思議なことです。

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…という出だしで記事を書きかけたのは、今年の春のことです。でも、そんなボヤキだけでは記事にならないので、それは下書きで終わっていました。

しかし、昨日次のような情報に接して衝撃を受けました。


本文には、「タカラトミーアーツから、プラネタリウム100周年記念事業の公認企画商品「プラネタリウム100周年記念 ZEISS プロジェクター&ミニチュアモデル」がカプセルトイに登場! 2023年9月から全国のカプセル自販機(ガチャマシン)で順次発売」とあります。

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ナポレオン・ヒル『思考は現実化する』…というのは一種の自己啓発本で、昔はしょっちゅう新聞に広告が出ていましたが、さっきアマゾンで見たら、今でも着実に版を重ねているらしく、「へえ」と思いました。あの手の本としては古典中の古典なので、コンスタントな人気があるのかもしれません。

私は自己啓発が苦手なので、もちろん読んだことはありませんが、「思考は現実化する」というフレーズだけは記憶に残っていて、ふとした折に口をついて出てきます。今回も半ば呆然としながら、このフレーズを呟いていました。

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この手のものを買うのは久しぶりですが、この機を逃すときっと後悔するでしょうから、さっそく予約しました。

ペーパーテレスコープ2023年02月04日 08時19分08秒

「月月火水木金金」という文字を目にすると、私の脳内では即座に「げぇつげぇつかーすいもくきんきーん」という歌声が、メロディつきで再生されます。あれは、「隣組」と同類の戦時国策歌謡と思ってましたが(実際そういう側面もあるのでしょうが)、元はれっきとした海軍生まれの軍歌だそうですね。

まあ、軍歌の話をしたいわけではなくて、突如仕事が立て込んだせいで、脳内であのメロディが繰り返し再生され、発狂しそうである…という、そんな話です。

そんなわけで、なかなか記事を書くのもおぼつきませんが、有り体にいって仕事よりも天文古玩の世界に遊ぶほうが楽しいので、隙間時間を見つけてやっぱり記事を書いてみます。

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最近届いた1枚のシガレットカード。

(ペンは大きさ比較用)

英国コープ社(Cope Bors & Co)の製品で、同社は1848年から1952年まで、約100年間にわたって存続したリバプールのタバコメーカーです。他のメーカーと同様、ここもシガレットカードを煙草のおまけに付けて、大いに販売促進を狙いました。

(カードの裏面)

上のカードは1925年に出た「おもちゃモデルシリーズ」の1枚で、他社のシガレットカードと差別化を図るため、切り抜いて組み立てると小さなおもちゃができるのを売りにしていました。いわばシガレットカードとグリコのおまけのハイブリッドみたいなものですね。

(eBayの商品写真より)

いろいろな屋台店とか、乗り物とか、遊具とか、カラフルで楽しいシリーズですが、今回はその中から1枚だけ望遠鏡のカードを買いました。これも線にそって切り抜いて、要所を折り曲げて、ちょちょいと糊付けすれば、可愛くてしかも立派な望遠鏡が完成します。


望遠鏡の構造としてどうなの?という細部の詮索はおいて、ここに漂う愛らしさといったらどうでしょう。そして、1920年代の子どもたちにとって、望遠鏡は夢と憧れであったことも、このカードからわかります。

たのしい惑星めぐり2023年01月31日 05時39分25秒

日本生まれの天文ゲームというと、以前、「少年倶楽部」や「日本少年」の付録についてきた、奇怪な火星探検双六を載せましたが【LINK】、数としてはやっぱり少なくて、若干寂しいものを感じていました。

しかし、ようやく長年の喝を癒やすに足る品を見つけました。


銀の玉をころがしながら、惑星探検の気分を味わおうという戦前のゲームです。
ガラスのはまった木箱全体は、約24.5×18.5cmと、ほぼB5サイズの大きさ。若草色に山吹と朱のやさしい配色が優美です。


ゲームを始めるには、まず盤面の下にたまった玉を、右下の「出口」から手前に出して、


左隅に整列させます。ここからいよいよゲームスタート。(本来、玉は12個あったはずですが、現状は9個しかありません。表面は銀色でも、陶質の脆い玉ですから、たぶん遊んでいるうちに割れてしまったのでしょう。)


このゲームの目的は、1番の地球、2番の月を手始めに、無数の落とし穴を巧みによけながら、順々に惑星を「征服」していき、最終目的地である太陽(12番)を目指すことです。


各惑星の穴は銀玉よりも小さいので、そこに玉がスポッとはまるようになっています。要は先日のエルメスの星座ゲームと同様、これは「忍耐ゲーム」系の遊びです。ただ、エルメスと違うのは、そこにトラップ要素が加わっているのと、玉をはめ込む順番が予め指定されている点です。


惑星の顔ぶれは海王星で終わっていて、その先は北斗星、彗星、太陽と続きます。
かつて「第9惑星」とされた冥王星が発見されたのは1930年ですから、このゲームはそれ以前、1920年代のものでしょう。時代でいえば大正末から昭和のはじめ頃。

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このゲームには外箱も付属していて、表面の化粧紙はほとんど剥がれてしまっていますが、その断片が箱の中に残っていました。そこには「KCK」を商標とするメーカー(未詳)と、三越百貨店のラベルが貼られています。

戦前にこのゲームを三越で買ってもらえた男の子(たぶん男の子でしょう)は、結構なお坊ちゃんでしょうねえ。ある意味、今のエルメスよりもさらにセレブ感のあるアイテムかもしれません。

ここで私の脳裏には、杉浦非水(1876-1965)のポスターがぼんやり浮かんできます。

(「三越本店西館修築落成 新宿分店新築落成」、1925)

…とか、

(「東洋唯一の地下鉄道 上野浅草間開通」、1927)

…とか。この手前に描かれた男の子や、その奥に見える制服制帽姿の少年なんかが、嬉々としてこういうゲームを買ってもらったんじゃないでしょうか。そして持ち主の少年は、子供の科学(1924年創刊)も購読していて、1927年9月に三越で開催された「模型の国」展覧会を訪れていたんじゃないか…というふうに、私の連想は続きます。

(「子供の科学」1927年11月号グラビア特集「誌上「模型の国」展覧会」より)

まさに往時の「山の手の少年文化」が匂い立つような一品です。

天文ゲームの世界を眺める…赤い天文カード(後編)2023年01月29日 07時26分48秒

(久しぶりに青い人赤い人が登場)

なるほどな。だけどお前さんの推理には、大事な点が抜け落ちているよ。

ああ、ビックリした。君、一体いつからそこにいるんだい?

いつからも何も、さっきからずっと声をかけているのに、大声で何かブツブツ言って、お前さんのほうが気づかなかっただけだろ。

ごめん、ごめん。ちょっとゲームの謎解きに熱中しすぎた。…で、何だい?その大事な点っていうのは?

お前さんがいうように、このゲームをトランプ代わりにするんだったら、こんなカードは最初から要らないってことさ。ふつうにトランプを使って遊んだらいいじゃないか。

ああ、そうか。まあ、確かにそうだね。

ここは作り手の立場に立って考えてみろよ。

うん、マサチューセッツのランクトン氏だね。

このカードの背後には、たしかに或る種の教育的意図がある。だとしたら、ゲームのプレーヤーは、ただカードを与えられて、数合わせや数並べをするんじゃなくて、その前に「知識を獲得した褒賞としてカードを手に入れる」というプロセスがないと、どうもうまくない。

どういうことだい?

俺の考えはこうだ。そもそも空には88もの星座がある。太陽系にだって、小惑星や彗星が無数にぐるぐる回っている。だったら、ハーフサイズなんてケチなことを言わずに、フルサイズのトランプだってできるし、そうしようと思えば、もっと大掛かりなカードセットだって作れるはずだ。

ああ、そうだね。

それをしなかったのは、ランクトンは子供でも気軽にゲームに参加できるよう、あえて枚数を26枚に抑えたのさ。先回りして言うと、ランクトンは子どもたちに、この26枚のカード情報を、そっくり記憶させたかったんだ。

で、それがどう遊びと結びつくんだい?

俺だって別に正解を知ってるわけじゃないよ。でもたとえばだ、場の中央にカードを裏返して山札を作る。

ふむふむ。

で、「親」がそこから1枚引いて、何かヒントを言うんだ。そうして、そのカードが何かを当てたプレーヤーが、それをもらえる…というふうにすれば、あとは数合わせでも数並べでも、あるいは単純にいちばんたくさんカードを取ったプレーヤーが勝ちでも、お好きなように遊べるってわけさ。

へえ、なるほど。でもさ、ヒントを出すにしても、カードにびっしり説明が書いてあるオリオンとかヴァルカンならいいけど、北極星とか北斗七星には、ほとんど何も書いてないよ?「スペース」カードなんて、これ、ヒントの出しようがあるの?


忘れちゃいけない。この手のゲームには、ルールブックが付き物だろ? この場合は、たぶん天文学の初歩を解いたテキストブック的小冊子だろう。おそらくそこに、難しいヒントから簡単なヒントまで、各カードごとにヒントの出し方が書かれてたんだと思う。

うーん、何だか都合のいい仮定のような気もするけど、でも当時ゲームって確かにそういうのが多いよね。じゃあついでに聞くけど、彗星とか日食とかの番外カードはどう使うんだい?

そりゃ単純にワイルドカードでいいさ。

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…とかなんとか、上の二人は何となく謎を解いた気分になっていますが、まあ当たるも八卦当たらぬも八卦。それよりも、このカードがたたえている古風な天文趣味の佳趣を我々としてはまず味わうべきで、それにくらべれば、謎解き自体はオマケみたいなものかもしれません。


天文ゲームの世界を眺める…赤い天文カード(中編)2023年01月28日 08時51分59秒

このカードの出版情報は、彗星カードに書かれていました。


発行は1874年。ゲームの正式なタイトルは『Game of the Universe』で、これはまあそのまんまですね。発行者は、マサチューセッツ州ウスター在住の Albert S. Lanckton なる人物。発行所として「Publishing Headquarters」(出版本部)という組織名らしきものも見えますが、その住所は私書箱扱いで、どうも私家版ないし個人出版ぽい感じです。

あまり部数も出なかったのか、私はこのカードセットを、後にも先にもこの1セットしか見たことがありません。さすがに全米ゲームコレクター協会(AGCA)の『ゲームカタログ:1950年までのアメリカのゲーム』(第8版、1998)にはちゃんと載っていましたが、でもランクトン氏が手掛けたゲームは、この「宇宙のゲーム」が唯一なので、彼は専業のゲーム業者というよりも、教育関係の人だったんじゃないかなあ…と、ぼんやり想像しています。


彗星カードもそうなんですが、たとえばオリオンのカードには、次のような一文が書かれています。

「凍てつく冬がその紺碧の空を拡げるとき、いざオリオンの巨大な姿が現れる。その黄金のベルトは目にもまばゆく、幅広の短剣は鮮やかな光を放つ。」
「彼の足元には光り輝く河〔エリダヌス〕が流れ、怒れる牡牛は間近で猛っている。彼の背後ではプロキオン〔小犬〕が吠え、シリウス〔大犬〕が唸り、さらに正面では鯨の怪物が咆哮を上げている。」

こうした表現からも、美文調のフレーズで天文学の知識(ここでは星座の配置)を教えようという著者の教育的配慮が、色濃く感じられます。

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手元にあるのは全部で21枚で、とりあえずカードの肩の数字の順に並べるとこんな感じです。


こうして眺めてみると、このカードには明らかに2つの系列(スート)があることがわかります。

(0~3のカード)

1つは惑星(太陽系)のシリーズで、
0・ヴァルカン(かつて水星軌道のさらに内側にあると考えられた幻の惑星)から始まって、1・月2・水星(3・欠)4・金星5・地球(6・欠)7・海王星8・土星(9・欠)10・太陽と並んでいます。さらに番外として、彗星日食のカードがあって、都合13枚です。

数字の並びと惑星の配列が一致しないことが気になりますが、ここに登場しない惑星は火星、木星、天王星の3つで、欠けているカードも3枚なので、数はちょうどピッタリ合います。

(4~7のカード)

もう1つは恒星(星座)のシリーズで、こちらは
(0・欠)1・天の川(2枚重複)、2・北極星3・北斗七星4・くじら座5・りゅう座6・しし座7・わし座8・おとめ座9・オリオン座(10・欠)という並びで、番外として「スペース」というカードがあります。

ここで欠落しているのは2枚で、あえて0番の代わりに1番の天の川を2枚入れてあるとすれば(その理由は不明)、欠落カードは1枚です。たぶんこれも星座のカードでしょう。それと恒星シリーズと惑星シリーズが対になるなら、さらにもう1枚番外カードがあったはずで(「新星NOVA」とかじゃないでしょうか)、それを加えると、こちらも都合13枚になります。

(8~10と番外カード)

結局のところ、これはハーフサイズのトランプのようなもので、数合わせでも数並べでも、トランプでできる遊びなら、ババ抜きや七並べ、あるいは神経衰弱でも、ポーカーでも、たいていの遊びができそうです。

(…と推理したところで、突如「後編」に続きます)