BOMB! ― 2025年08月06日 06時03分06秒
eBayを見ていて、「ひどいじゃないか」と思いました。
ずばり「原爆投下ゲーム」です。
いくら何でもひどいと思って、それを忘れないために購入しました。
遊びとしては玉転がしゲームの一種で、本体を前後左右に傾けて、薬のカプセルのような形をした玉(すなわち原爆)を、広島と長崎の穴に落とし込むという遊びです。カプセルの中には小さな鉄球が入っているため、玉の動きが不規則になるのを巧みに操るところに遊びとしての面白さがあるのでしょう。
(2個の玉のうち1個は破損して、鉄球が飛び出しています)
おそらく1950年代のものと思いますが、アメリカの子供たちが(ときに大人も)、「そら、もう少しだ…よし、やったー!ヒロシマとナガサキが吹っ飛んだぞ!!」と、ワイワイきゃーきゃー言いながら、これで遊んでいる光景を想像すると、腹の底から苦いものがこみあげてきます。
無言で張り飛ばしてやりたいような気もするし、人間はここまで理解し合えないものかと知って、ひどく虚無的な気分にもなります。何にせよ、「いい加減にしておけ」と思います。
(原爆を体験した多くの一般市民による画集『原爆の絵 HIROSHIMA』。㈶広島平和文化センター編、童心社発行、1977)
(上掲書より。「校庭に朝礼中とみえる全児童が、整列したまま、いちようにうずくまって、黒く焼けて死んでいた。」)
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このゲームを作ったのはコネチカットのA. C. ギルバート社です。
同社は1967年に倒産して消滅していますが、20世紀の前半、アメリカではそこそこ羽振りのよかった科学玩具メーカーだそうです。1950年には、ガイガーカウンターと放射性物質のサンプルから成る「Gilbert U-238 Atomic Energy Laboratory」という危なっかしい科学玩具も扱っており、この原爆ゲームもそんな時代の空気の中で生まれたのかもしれません。
(Gilbert U-238 Atomic Energy Laboratory。出典Wikipedia)
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…と言いつつも、アメリカの世論調査では、広島・長崎への原爆投下を正当化できないと考える人が増えており、しかも若い人ほどその傾向が強いという結果が出ているのは救いです。アメリカの人がトランプ氏をかつぐ一方で、原爆ゲームの能天気さから脱しつつあるのであれば、大いに結構なことです(でも共和党と民主党支持者でも、結果は分かれるのかもしれません)。
(中日新聞・2025年7月29日夕刊より。原調査は米調査機関のビュー・リサーチ・センターが7月28日に実施)
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能天気といえば、先日、参政党の議員候補(現・議員)が、「核武装が最も安上がり」と発言して、強い批判を招きました。あのあっけらかんとした感じ、何も考えてない感じ、そして想像力の完全なる欠如が、むしろこのゲームとよく似ていると感じます。核武装の件もそうだし、その粗雑な歴史認識もまた同様です。アメリカの心配をするより先に、足元がだいぶ危ない感じです。
(『原爆の絵 HIROSHIMA』、扉)
コメント
_ S,U ― 2025年08月06日 11時11分18秒
_ 玉青 ― 2025年08月08日 18時58分52秒
S.Uさんに若干遅れた私の記憶には薄いのですが、広島・長崎に注がれる世界の目は、以前は、はなはだ薄弱だったのですね。この間の関係者のご尽力には、本当に頭が下がります。そして、泉下の犠牲者に胸を張って報告できるようになるまで、さらに歩を進めねばならぬところですが、どうも現実は記事に書いたような次第で、腕組みすることが多いです。
とはいえ、人間が争いを好む動物であるのは真実としても、同時に、同じぐらい「安逸」を好む動物であることもまた真実なので、そこに希望があるのではないか…と、ちらっと思ったりします。(平和よりも安逸の方が人類共通の価値という気がします。)
>核抑止論の信用を直接に落としてくれる
ああ、それはあるかもしれませんね。世界秩序のクラッシャーたる面目躍如といったところでしょう。
とはいえ、人間が争いを好む動物であるのは真実としても、同時に、同じぐらい「安逸」を好む動物であることもまた真実なので、そこに希望があるのではないか…と、ちらっと思ったりします。(平和よりも安逸の方が人類共通の価値という気がします。)
>核抑止論の信用を直接に落としてくれる
ああ、それはあるかもしれませんね。世界秩序のクラッシャーたる面目躍如といったところでしょう。
_ S.U ― 2025年08月10日 08時16分56秒
A.C.ギルバート社のアトミックエナジーラボを見て思いついたのですが、これは、原子力産業の宣伝をするメーカーだったのかもしれません。この点についても、近現代史として考えるところがありますので、ちょっと触れさせていただきます。
どこの国でも、原子力産業は、国家の排他的で強力なサポートのある巨大権益ですが、ウラン燃料の発電は、プルトニウムの精製過程までを必然的に必要としますので、原爆材料のプルトニウムの保有の正当化とつながります。核保有を(潜在的にであっても)目指す国にとっては、原発と国防はポジティブにつながります。ところが、日本はプルトニウム爆弾の材料保有は否定しないといけないので、日本特有の問題が起こり、ウラン燃料の発電は肯定するが、プルトニウムの蓄積でジレンマが起こります。
それで、私の記憶ですが、日本では、1960~80年代くらいまでは、高速増殖炉の完成を既定路線として、プルトニウムは発電で純減できる、と教育していました。できるかできないかわからない技術ができることを前提にしたのですが、こういうハッタリ教育になったのは、日本特有の事情があったのではないかと思います。ご存じのように、1990年代後半以降は、高速増殖炉「もんじゅ」の実験の事故や不調でこれは頓挫しましたので、日本では、以後、原子力発電の教育すらできない実態になってしまいました。今日では、一般の人たちは、原発の見学にでもいかないと、なかなか意味のある勉強はできないと思います。
さらにいいますと、科学技術が進んで素晴らしい技術が手に入っても、経済的にペイしなければ商業化ができないということが世の中に広まってしまいました。太陽光や風力といった再エネですらなかなか問題が大きいことがわかり、今日では「電源の多様化によるリスク分散」というコストを度外視した方向に進みつつあります。今後、高速増殖炉に大きな期待がかかることはもうなく、日本では当面今の状態が続いて、「原発の発電コストが安い」という見かけの「額面数字」だけが、誰も証文を持たない状態で世の中に無責任に放置される状態が続くと思います。
どこの国でも、原子力産業は、国家の排他的で強力なサポートのある巨大権益ですが、ウラン燃料の発電は、プルトニウムの精製過程までを必然的に必要としますので、原爆材料のプルトニウムの保有の正当化とつながります。核保有を(潜在的にであっても)目指す国にとっては、原発と国防はポジティブにつながります。ところが、日本はプルトニウム爆弾の材料保有は否定しないといけないので、日本特有の問題が起こり、ウラン燃料の発電は肯定するが、プルトニウムの蓄積でジレンマが起こります。
それで、私の記憶ですが、日本では、1960~80年代くらいまでは、高速増殖炉の完成を既定路線として、プルトニウムは発電で純減できる、と教育していました。できるかできないかわからない技術ができることを前提にしたのですが、こういうハッタリ教育になったのは、日本特有の事情があったのではないかと思います。ご存じのように、1990年代後半以降は、高速増殖炉「もんじゅ」の実験の事故や不調でこれは頓挫しましたので、日本では、以後、原子力発電の教育すらできない実態になってしまいました。今日では、一般の人たちは、原発の見学にでもいかないと、なかなか意味のある勉強はできないと思います。
さらにいいますと、科学技術が進んで素晴らしい技術が手に入っても、経済的にペイしなければ商業化ができないということが世の中に広まってしまいました。太陽光や風力といった再エネですらなかなか問題が大きいことがわかり、今日では「電源の多様化によるリスク分散」というコストを度外視した方向に進みつつあります。今後、高速増殖炉に大きな期待がかかることはもうなく、日本では当面今の状態が続いて、「原発の発電コストが安い」という見かけの「額面数字」だけが、誰も証文を持たない状態で世の中に無責任に放置される状態が続くと思います。
_ 玉青 ― 2025年08月10日 16時17分14秒
解説ありがとうございます。
原子力の「平和」利用と軍事利用は、表裏一体のヤヌスのようなものですね。
しかし両者は切り離せる、切り離してみせると、国と関係者は大見えを切って強弁を重ねてきたものの、今や振り上げたこぶしの置き所に窮して目を白黒させている…そんな状態なのでしょう。もしプルトニウムが明治の頃に知られていたら、「冥王素」あるいは「冥素」とでも訳されるところですが、この元素はそれぐらい畏怖して接するべきだったということかもしれません。
原子力の「平和」利用と軍事利用は、表裏一体のヤヌスのようなものですね。
しかし両者は切り離せる、切り離してみせると、国と関係者は大見えを切って強弁を重ねてきたものの、今や振り上げたこぶしの置き所に窮して目を白黒させている…そんな状態なのでしょう。もしプルトニウムが明治の頃に知られていたら、「冥王素」あるいは「冥素」とでも訳されるところですが、この元素はそれぐらい畏怖して接するべきだったということかもしれません。
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前に、私は、案外トランプ贔屓だと申し上げましたが、偽善に寄らず、核抑止論の信用を直接に落としてくれる点でも、彼を評価しています。