2冊の『ヘンリ・ライクロフトの私記』 ― 2026年05月03日 17時55分18秒
ブログの趣旨からは外れますが、自分的に大事なことなので書いておきます。
このブログでも、何度か言及した『ヘンリ・ライクロフトの私記』。
その内容は、文庫本の帯にあるとおり、「南イングランドの片田舎に思索の生活を送ったギッシングの、鋭敏な季節感、繊細な自然観察による自伝的エッセイ」です。
このブログでかつて最もインテンシブに触れたのは、以下に続く全6編の記事です。
■ヘンリ・ライクロフトの植物記(1)
「自伝的エッセイ」と言いながら、主人公のヘンリ・ライクロフトは、著者ジョージ・ギッシング(George Robert Gissing、1857-1903)が創作した、架空のキャラクターです。この本は、ギッシングが自分の分身であるライクロフトのペンを通して、自然と人生と社会に対する省察を綴ったものですが、何でそんな持ってまわったことをしたかといえば、その方が何となく自由に書けるからでしょう。いわば「男もすなる…」の『土佐日記』みたいなものかもしれません。
何にせよ、私が『私記』から受けた影響は相当深くまで及んでいるので、ライクロフトは何となく私の分身のような気もします。
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同じ本が2冊あるのは、繰り返し読んできた『私記』の裏表紙がはずれ、修理したものが再びはずれ、ついに本として崩壊したからです。私が愛読してきたのは1981年の第17刷で、新しく買いなおしたのは1986年の第22刷です。
なるべく同じようなものをと思い、あえて古書を買ったわけですが、でもこの辺の心理はちょっと複雑です。愛猫を亡くした人が、先代と同じ色模様の子猫を飼ったとして、何となく先代にも、目の前の子猫にも申し訳ない気分になるようなものかもしれません。
冒頭で書いた「自分的に大事なこと」というのはこのことで、先代との惜別と2代目との新たな生活を期して、あえてこの小文を綴りました。
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生涯をペン一本で生きてきたライクロフト。
若い頃には極貧の生活も経験した彼が、豊かとは言えないまでも、今や自由に生きられる境遇となり、読書と植物観察を存分に楽しんでいる様は、本当にうらやましく思います。その静かで、簡素なライフスタイルに、自分の理想の老後を重ねたりもするのですが、まあ理想は実現し難いからこそ理想なのでしょう。


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