西郷星(おまけ)2026年05月09日 18時35分53秒

以下、前回のおまけ。

前回の記事を書いてから思い直したんですが、当時、火星を大きな望遠鏡で覗くと模様が見えることは、書物を通して日本でも知られていましたから、西郷星の騒動に乗じて、誰かが何かもっともらしいことを述べて、それにまた尾ひれがついて…なんてことも十分にあり得ると思います。


たとえばですが、幕末から明治の初めにかけて版を重ね、一般への影響も大きかった科学解説書に『博物新編』というのがあります。そこにも火星の図と火星の模様に関する説明が載っています。以下は明治4年(1871)に鹿児島県で出版されたエディションに掲載の挿絵と説明文です。



説明文の方は「火星論」という章に出てきます。傍線部は、「天文学者によれば、大きな望遠鏡で覗き見るとこの惑星の表面には黒い箇所があって、大地の縁や半島の形状を思わせるとのことである」…といった意味だと思いますが、この書きぶりは、前回引用した錦絵の文句、「識者是を見聞せんと千里鏡を以て写せしかバ其形人々にして」云々に通じるものを感じます。

また以下は、明治4年頃に出た『星学図彙』掲載の火星図。


これまた「大千里鏡」で見た火星だと注されています。
この本はアメリカで出た『Smith’s Illustrated Astronomy(スミスの図解天文学)』(1849)を翻刻したものなので、原書の図版もついでに挙げておきます。


較べてみると、上段右から2番目および下段右端の図は陰陽が反転しており、版を起こすときに間違えたんだと思いますが、前者の図は確かに人が座った形に見えなくもありません。類似の図を載せた書物は、当時他にもあったでしょうし、この辺が「大礼服を着た西郷さん」の発想源だったかもしれませんね。

   ★

まあ、遠眼鏡で火星を覗いた明治の日本人が、独力でその模様を(再)発見したと考えるよりも、たしかに夢はないですが、こちらの方がおそらく可能性は高いんじゃないでしょうか。