花粉症盛衰記 ― 2026年03月21日 11時05分12秒
花粉症になってひどく頭が重いです。
思考力のみならず身体動作も影響を受け、キーボードを叩いていても、やたらタイプミスが目立ちます。
ところで花粉症、特にスギ花粉症って、いつから騒がれるようになったのかな?と気になり、例によって国会図書館のデジタルコレクションを見ていました。まあ成書には書かれていることかもしれませんが、自分なりに調べることも大事ですから、ここにサラッとメモ書きしておきます。
★
ちょっと驚いたのは、1955年の「熊本医学会雑誌 29(補冊第5)」で、村上不二郎という耳鼻咽喉科の先生が、「本邦に於ては枯草熱、花粉症の如き或る特定抗原による定型的アレルギーが極めて少ないので…」云々と書いていることで、当時はスギに限らず、花粉症一般が本当に稀だったみたいですね。
その後、1958年の「第23回日本温泉気候学会」における発表演題に、「花粉症の研究(Ⅰ)空中花粉落下数の気象学的調査(其の一)」というのがあって(著者は荒木英斉・石崎達/「日本温泉気候学会雑誌 22(2)」所収)、この頃になって、花粉アレルギーがようやく日本でも認知されてきたようです。ただし、ここで検討されているのは、マツ属と Ragweed(ブタクサ)の花粉のみです。
(ブタクサ。ウィキペディアより)
そんな中、決定的ともいえる論文が1964年に出ました。
■堀口申作・斎藤洋三
栃木縣日光地方に於けるスギ花粉症 Japanese cedar pollinosis の發見
「アレルギー 13」1-2(1964年1月)
栃木縣日光地方に於けるスギ花粉症 Japanese cedar pollinosis の發見
「アレルギー 13」1-2(1964年1月)
これは厚労省の「花粉症Q&A集」でも、スギ花粉症の初報告として言及されている記念碑的論文です。何せ「発見」ですから、スギ花粉症はこのとき研究者によって突如見出されたわけです。
ただし、当該論文は国会図書館のデータベースでは読めず、医・歯・薬学系の文献を抄録した「醫學中央雜誌」にタイトルがちょろっと出てくるだけです(194(3)、1964年3月)。でも、同じ著者による以下の論文は、その内容(抄録)を読むことができました(「醫學中央雜誌 201(1)」、1964年11月 所収)。
■堀口申作、斎藤洋三(東医歯大)
スギ花粉症 Japanese cedar pollinosis に関する臨床的観察」(会)
「日本耳鼻咽喉科学会会報 67(3増刊)」 532 (1964年3月)
スギ花粉症 Japanese cedar pollinosis に関する臨床的観察」(会)
「日本耳鼻咽喉科学会会報 67(3増刊)」 532 (1964年3月)
※「(会)」は原著論文でなしに、学術集会等で発表されたものを意味する略号。
「栃木県日光地方で杉花粉を Allergen とする花粉症を21例経験した。発病は三~四月に限られ、杉花粉が空中に撒布される時期に一致する。全例に鼻症状を認め、次いで眼結膜症状、咽頭症状等が見られる。好酸球増多は全例の鼻汁中に認められ、血中では16例が1m㎥中300以上を示した。鼻粘膜には急性乃至亜急性Allergie の組織像が見られ、杉花粉に因る皮内反応は21例中15例に陽性であった。」
(スギの雄花。同上)
これぞまさにスギ花粉症なんですが、この頃は何だか栃木県日光地方の風土病みたいな扱いですね。
さらに時代が下って、1970年7月の「醫學中央雜誌 259(2)」になると、
○Japanese cedar pollinosis
○二三の花粉症(Pollinosis)と其治療(特に減感作療法)
○空中飛散花粉(1)豚草花粉
○Italian rye grass 花粉症の一症例
○鼻 Allergy の Allergen 皮膚反応に関する二三の問題(花粉症の研究)(2)
○二三の花粉症(Pollinosis)と其治療(特に減感作療法)
○空中飛散花粉(1)豚草花粉
○Italian rye grass 花粉症の一症例
○鼻 Allergy の Allergen 皮膚反応に関する二三の問題(花粉症の研究)(2)
といった論文が並んでいて、花粉症もすっかり市民権を得た観があります。
ここで上記の1番目と2番目の論文の内容(抄録)を引用しておきます。
■古内一郎、豊田安治、増野肇、坂野良一、高村節(日医大)
Japanese cedar pollinosis(会)
「アレルギー18(5)」415(1969年5月)
Japanese cedar pollinosis(会)
「アレルギー18(5)」415(1969年5月)
「鼻 Allergy 34症例に就て検索した。杉の開花期に当る三月から四月に掛けて特有の鼻Allergy 症状を呈し、五月になると症状が消失する。年齢は5歳~55歳で、男19例、女15例である。家族歴に Allergy 歴のある者は18例であった。杉花粉に由る鼻粘膜反応は34例中29例に陽性で、此29例に Prausnitz-Künstner反応を行い、22例に陽性であった。〔以下略〕」
■宮部勲(慶大)、
二三の花粉症(Pollinosis)と其治療(特に減感作療法)、
「三越厚生事業団研究年報 4」83-92(1968年12月)
二三の花粉症(Pollinosis)と其治療(特に減感作療法)、
「三越厚生事業団研究年報 4」83-92(1968年12月)
「花粉症の中春先に起るスギ花粉症は著名である。ブタ草花粉症は九~十二月、スギ花粉症は三~五月に陽性率が高く、開花期に略一致して居る。効果判定は減感作療法の場合は開花期を過ぎてから継続して行うべきである。スギ花粉症15例とブタ草花粉症17例を検討し、自覚症状の改善と皮内反応減弱の間には並行関係はなかった。継続的減感作療法が有効であった症例は治療後の誘発反応が著しく減弱して居た。手術療法では下甲介切除術が有効であった」
宮部氏は「春先に起るスギ花粉症は著名である」と言い切ってます。
この頃には、老いも若きもさかんにクシュンクシュンするようになり、それだけ治療も喫緊の課題だったのでしょう。
この論文が発表されてから、すでに60年近くが経ちますが、当時から減感作療法に取り組んでいたことを誉めるべきか、あるいはその後も、これが唯一の根本治療であることを心もとなく思うべきか、まあそこが「文明病」とも呼ばれる花粉症のやっかいなところでしょう。世の中の「進歩」につれて、「異常な環境に対する正常な反応」が病気と見なされることが増えましたが、花粉症もその例かもしれません。
★
その後、スギ花粉症はさらに猖獗を極め、私自身もついにそれに苦しめられることになったわけですが、今回、「スギ花粉症」を検索語として国会図書館の資料を探しているうちに、ちょっと面白いことに気づきました。この語を含む資料の出版年の分布です。
・1960~1969 14点
・1970~1979 96点
・1980~1989 900点
・1990~1999 2,491点
・2000~2009 541点
・2010~2019 399点
・2020~ 104点
Excelでグラフにしてみると、こんな感じです。
スギ花粉症は70年代、80年代、90年代とうなぎ上りに世間の耳目を集めたあと、2000年以降は急速に活字となることが減りました(この傾向は「スギ花粉症」の代わりに「杉花粉症」としても、また雑誌を除く図書だけを検索しても変わりません)。スギ花粉症が社会問題となったのは、その意味で1990年代特有の現象でしょう。
その後は対症療法が進歩したせいもあるし、花粉症がごく当たり前の存在となったせいで、あまり話題にならなくなったということもあるでしょうが、何にせよ人間は何にでも慣れてしまうものです。
余談ながら、「アトピー性皮膚炎」を検索語にしても、まったく同じようなグラフが描けるのも、これまた興味深いことだと思いました。この二つはきっと何か関係があるでしょう。
【2026.3.22付記】
…と思ったものの、これは単に、2000年代以降の出版物は、まだデジタル化と全文検索が不十分であることの反映に過ぎないような気もしてきました。その場合、上の結論は勇み足であり、誤っていることになります。詳しい方のご教示を待ちます。
コメント
_ S,U ― 2026年03月24日 07時04分56秒
_ 玉青 ― 2026年03月28日 15時21分25秒
ときに過剰とも思える免疫作用が、昔は寄生虫への防御に役立っていたという話を耳にします。第1次産業の従事者が、全就業者の半分を切ったのは1950年前後ですが、それまでの日本人は、言ってみれば「自然のただ中」で暮らしていたので、寄生虫に限らず、感染症一般に対する生体の備えを固める必要があったのでしょう。記事中では「異常な環境に対する正常な反応」と書きましたが、それを異常と呼ぶかはともかく、現代が人類史の中で「異例な環境」であるのは確かだと思います。花粉症にしろ、アトピーにしろ、今はその強力な免疫作用が逆に人間を苦しめているとしたら、ヒトと自然の関係は本当に難しいですね。
_ S.U ― 2026年03月29日 09時53分04秒
>昔は寄生虫への防御に役立っていた
そうなんですか。知りませんでした。こういうのは、地域集団によるのでしょうか。
とにかく、昔の人は、今のようなハイカラな病名がなく、苦労しました。現代的な病名がついただけでもマシになったと思います。
そうなんですか。知りませんでした。こういうのは、地域集団によるのでしょうか。
とにかく、昔の人は、今のようなハイカラな病名がなく、苦労しました。現代的な病名がついただけでもマシになったと思います。
_ Sii Taa ― 2026年03月31日 18時06分07秒
花形満が星飛雄馬の姉明子にプロポーズした折に
「わたし花粉症という難病で結婚できないんです」
というシーンがありましたネ (・。・;
「わたし花粉症という難病で結婚できないんです」
というシーンがありましたネ (・。・;
_ 玉青 ― 2026年03月31日 20時43分02秒
え、それはさすがにウソだろう(笑)…と思って検索したら、巨人の星はヒットしませんでしたが、漫画評論家の竹熊健太郎さんが、Xに以下のポストをされていて、花粉症は確かにそれらしき扱いを受けていたことを知り、愕然としました。
「花粉症って昔は奇病扱いで、殆んど無かった。70年代初頭の上村一夫の漫画(「同棲時代」だったと思うが、今は確認中できない)に、花粉症という奇病に罹ってもう結婚できない、と絶望する女性が出る漫画があった。ギャグではない。シリアスな文脈で登場するエピソードだ。」
(https://x.com/kentaro666/status/44895312183173120)
「花粉症って昔は奇病扱いで、殆んど無かった。70年代初頭の上村一夫の漫画(「同棲時代」だったと思うが、今は確認中できない)に、花粉症という奇病に罹ってもう結婚できない、と絶望する女性が出る漫画があった。ギャグではない。シリアスな文脈で登場するエピソードだ。」
(https://x.com/kentaro666/status/44895312183173120)
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「花粉症」jは日本では無かった。アメリカの雑誌やコミックやTVドラマなどを通じて「ブタクサの花粉症」がアメリカで問題になっていたことは知られていた。日本では、セイタカアワダチソウがブタクサに近い効果を出すと言われて1970年代から問題になった。スギ花粉症は、もうちょっとあと。
「アトピー性皮膚炎」については、このようなハイカラな名前はなかったものの、症状や患者は存在していて、単に「アレルギー(皮膚炎)」と呼ばれていたと思います。ただし、多くは、食物起因性で魚卵や動物性油の起因が多かったと思います。今の普通のアトピーは、カビやダニが原因ですが、昔はそういう人は少数だったので、食物性か生物性毒と一緒にされて、「じんましん」か「かぶれ」に分類されたのかもしれません。むかしは、今のアトピーらしいアトピーは少なかったかもしれません。「じんましん、かぶれ」は衛生状態や食物管理が悪かった昔のほうが多かったでしょう。自然のものを食べるか人工の物を食べるかによっても違ってきているのではないでしょうか。これも、1980年代からの変化だと思います。