天文学者のライブラリに分け入ってみたら…2024年05月17日 17時43分20秒

更新をさぼっている間、例の 『天文学者のライブラリ(The Astronomers’ Library)』を、せっせと読んでいました(無事読了)。

先日書いたこと(こちらの記事の末尾)を訂正しておくと、最初パラパラめくった印象から、「自分の書斎も、かなり理想のライブラリに近づいているんじゃないか」…と大胆なことを書きましたが、改めて読んでみると、それは幻想に過ぎず、収録されている書物の大半はやっぱり手元にありませんでした。

といって、「じゃあ、これから頑張って理想のライブラリを目指すんだね?」と問われても、たぶん是とはしないでしょう。この本に教えられたのは、「天文学史上重要な本」と「魅力的な天文古書」は必ずしも一致しないという、ある意味当然の事実です。


たとえばニュートンの『プリンキピア』(↑)は、天文学史のみならず自然科学史全体においても最重要著作でしょうが、それを手元に置きたいか?と問われたら、正直ためらいを覚えます。読む前から理解不能であることは明らかだし、挿図の美麗さとか、造本の妙とかいった、書物としての魅力に富んでいるとも言い難いからです。(『プリンキピア』を人間理性の金字塔とただちに解しうる人は幸せです。そういう人を除けば、たぶんその魅力は「分からない」点にこそあるんじゃないでしょうか。「分からないから有難い」というのは倒錯的ですが、仏典にしても、抽象絵画にしても、そういう魅力は身近なところにいろいろあります。)

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そうした意味で、私が本書で最も期待したのは、第5章「万人のための天文学 Astronomy for Everyone」です。著者はその冒頭でこう書いています。

 「この章を完璧なものとする方法はないし、これまでに出版された教育的天文書を網羅することも不可能だ。したがって、ここでは面白い挿絵のある本や、顕著な特色のある本をもっぱら取り上げることにしよう。率直に言ってこれらの本の多くは、単に目で見て面白いだけのものに過ぎないが。」

なるほど、「面白い挿絵のある本」や「目で見て面白い本」、こうした本こそ、私を含む天文古書好きが強く惹かれるものでしょう。確かに目で見て面白いだけのものに過ぎないにしても―。

とはいえ、この章における著者のセレクションは、あまり心に刺さらないなあ…というのが正直な感想でした。ここにはメアリー・ウォードの『望遠鏡指南 Telescope Teachings』(↓)も出てくるし、


ロバート・ボールの『宇宙の物語 The Story of yhe Heavens』や、愛すべき『ウラニアの鏡 Urania’s Mirror』(↓)も出てきます。


でも、この分野では不可欠といえる、カミーユ・フラマリオンの『一般天文学 Astronomie Populaire』は出てこないし、ファンの多いギユマンの『天空 Le Ciel』も、ダンキンの『真夜中の空 The Midnight Sky』も、スミスの『図解天文学 Smith’s Illustrated Astronomy』も、いずれも言及すらされていないのは、一体どういうわけか?

愛らしく魅力的な天文古書はいろいろあるのになあ…と思いつつ、現代の職業研究者(天文学者/宇宙物理学者)である著者は、こうしたポピュラー・アストロノミーの著作に必ずしも通じていないのだろうと想像されました。こういうと何となく偉そうに聞こえますが、別に私が偉いわけではなくて、やっぱりこの手の本は、今では学問的というよりも、完全に趣味的存在だということでしょう。

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というわけで、自分にとって理想のライブラリは、己の琴線に触れるものを一冊ずつ吟味し、拾い集めた末にできるものであり、そう考えれば、今の私の書斎こそ“私にとって”理想のライブラリにいちばん近いのだ…という結論に再び落ち着くのです。書斎とその主との関係を男女にたとえれば、まさに「破れ鍋に綴じ蓋」、「Every Jack has his Jill」じゃないでしょうか。

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うーん…ちょっと月並みな結論になりましたね。そして負け惜しみっぽい。
美しく愛らしい天文古書をずらっと紹介した本があれば、もちろん読んでみたいし、それを参考に購書計画を立ててみたいですが、でもそんな都合のいい本はなかなかないですね。

収蔵庫、危うし2024年04月28日 10時55分47秒

何たる偶然。せっせと収蔵庫を作ってパーソナル・ミュージアムを実現…みたいなことを書いたら、その日の夕刊にこんな記事が出ました。一読不穏な内容です。仮に本物の博物館を我が物とし、そこに公金が投じられたとしても、全然安心できないというのですから。


【中日新聞 2024年4月27日夕刊】
「公立の博物館・美術館 悲鳴」「収蔵庫もうパンク!」

 「公立の博物館・美術館の資料を保管する収蔵庫が限界を迎えている。地域で歴史や文化を学ぶために必要な施設だが、十分な収蔵スペースが確保できなければ、資料や文化財の保存、活用もおぼつかない。一方で、収集を続ける資料を維持、管理するには相応のスペースが要り、経費もかかる。財政に余裕がある自治体ばかりではなく、どうすればいいのか。(宮畑譲)」

そこには、先年話題になった国立科学博物館のクラウドファンディングの件や、寄贈された郷土資料が、雨漏りのする旧保育園舎に天井まで山積みになっている例(神奈川県藤沢市)、あるいは将来の資料収集のため、収蔵品の一部を希望者に無料譲渡せざるを得なかった歴史民俗資料館(鳥取県北栄町)など、各地の窮状が伝えられています。

日本博物館協会が実施したアンケート結果(2020年実施。対象は全国の公立博物館・美術館)によれば、収蔵庫の資料が「9割以上(ほぼ満杯)」という館が34%、「収蔵庫に入りきらない資料がある」という館が23%、合わせて57%の館が収蔵に関して危機的な状況にあるようです。

これはもう現場の人にはどうしようもないことで、結局、予算の問題に還元されますが、さらにその先には議会が予算を承認するかどうか、そして市民がそれを是とするかという「そもそも論」に話は帰着します。


ただ、私は思うんですが、博物館や美術館にある資料は、今を生きる我々だけのものではないですよね。時代を超えて文化を伝えていく「超世代的営み」を、今の我々だけで軽々に決めてしまってよいものかどうか? 記事の見出しには「いったん散逸したら二度と元に戻らない」とありますが、散逸だけならまだしも、滅失したら文字通り二度と復元できませんから、このことはよっぽど慎重に考えないといけないと思います。

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何度もいいますが、本当に貧乏くさい話です。
こんな状況を招いた為政者は、当然きびしく指弾されねばなりません。

その一方で、貧乏度にかけては今以上に貧乏だった時代でも、文化を守り伝えた人が確かにいるわけですから、我々も知恵を出し惜しみしてはならないし、自分だけの博物館の意義についても、今一度真剣に考えてみる必要があります。

夢の収蔵庫2024年04月27日 14時32分13秒

せっせと資料を集めていると、なんだか「自分だけの小さな博物館」を作っているような気分になることがあります。

自分だけのミュージアムを持てたら…。
これは私にとっての夢であると同時に、多くのコレクターにとっての夢でもあるでしょう。そこにどんなものが並ぶかは、人それぞれだと思いますが、お気に入りのモノに囲まれた世界にずっと身を置きたいというのが、そのモチベーションになっていることは共通しているはずです。

まあ、中には例外もあります。たとえば“私設戦争犯罪資料館”があったとして、そこに並ぶ品がオーナーにとって「お気に入りのモノ」とは思えないし、江戸の春画コレクターにしても、その世界にずっと身を置きたいとは思わないでしょう。

そんな例外はあるにしても、「お気に入りのモノに囲まれた世界にずっと身を置きたい」というのは、わりと普遍的な観望だと思います。

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今の私の部屋はさながらコックピット状態で、「お気に入りのモノに囲まれる」という部分だけ取り出せば、すでに目標達成といってもいいですが、じゃあこれが理想の姿かと言われれば、もちろん違います。

たとえ小さな博物館でも、博物館を名乗るからには、「展示」「収蔵」、さらに「調査研究」のためのスペースが分離していてほしいわけで、今の環境はそのいずれも満たしていません。たしかにモノはそこにあります。でも、単にモノが堆積している状態は「展示」とも「収蔵」とも言わないでしょう。収蔵とは、きちんとモノが整理され、必要な時に必要なモノにアクセスできることをいうのだと思います。

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そんな願望から、7段のトレイが付いた小引き出しを手に入れました。


これが私のイメージする収蔵庫のミニチュアで、何だかいじましい気もしますが、千里の道も一歩からです。


これを購入したのはもちろん実際的な理由もあって、ウクライナのブセボロードさんを知って以来、アストロラーベやそれに類する天文機器が急に増えたので、それを効率的に収納する必要に迫られたからです。


平面的なモノを収めるには、こういう浅いトレイの引き出しが便利で、ほかにも対象に応じて、いろいろな物理的収納形態が考えられます。中には気密性の有無が重要になる品もあるでしょう。

いずれにしても、深浅大小さまざまな引き出しが壁一面にあって、モノを自由に取り出したりしまったりできたら嬉しいですね。そして(もちろん)ゆったりとした書棚があり、ガラス戸つきの大きな戸棚があり…となると、だいぶ理想のミュージアムに近づいてきますが、いかんせんそれらを置く空間を作り出すことが難しいので(神様ならできるかもしれませんが)、今のところは単なる夢想に過ぎません。

老いの思案2024年04月25日 19時02分03秒

こないだ「博物蒐集家の応接間」にお邪魔した際、「何せ円安だし、送料は爆上がりだし、それに現地物価の高騰という三重苦」…といったことを、会場でしんみり話したと書きました。

私事ながら、今年度からはさらに役職定年に伴う給与カットも加わり、実質収入が半減、これは上の3つを足したよりも、さらに大きな影響を私に及ぼしています。もちろん世代間の公平性確保は喫緊の課題ですから、単に愚痴をこぼすだけではいけないのですが、「もう大きなモノは買えんなあ…」というのは、寂しいことには違いありません。

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モノの値上がりと収入の減少。
買い物が困難になる原因として、これらはよく分かります。でも、さっき懐手をしながら考えていて、自分がもう1つ別の困難に直面していることに気が付きました。

(AIが思い描く老コレクターのイメージ)

例えば奮発をして、50万円の天文アンティークをドンと買ったとします(私の手元にそんな品はありませんが、仮にの話です)。買ったのが30歳のときで、80歳まで大切にしたとしたら、50万円で50年間愉しめるわけです。すなわち年額1万円。

でも同じ品を60歳のときに買ったら、愉しめる期間は20年間ですから、年額にすると2万5千円で、コストパフォーマンスはだいぶ悪くなります。趣味の話にコスパを持ち出すのは不粋ですが、そんなことが頭にちらつけば、「残りの人生も少ないし、無理をするのはやめようか…」ということに、どうしてもなるでしょう。

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上のことを裏返せば、若い時の買い物はそれだけコスパがいいわけです。
そして、若い時から経験を積めば、それだけ目も肥え、知識も増え、趣味の階梯を上がっていくことで、その後の人生はいよいよ豊かなものになるんじゃないでしょうか。

まあ、何をもって豊かな人生というかは人それぞれだし、上に書いたことは多分に自己弁護の色彩があるので、ちょっと眉につばをつけてお読みいただきたいですが、若い方に「世の中にはこんな考え方もある」と伝われば望外の幸せ…とかなんとか。

博物蒐集夜話2024年04月21日 17時56分43秒



昨日、博物蒐集家の応接間にお邪魔し、皆さんといろいろお話をする中で、印象に残ったことがいくつかあります。

まず経済的苦境の問題。
何せ円安だし、送料は爆上がりだし、それに現地物価の高騰という三重苦、とにかく商売をするには大変な時代ですよ…という話に頷きつつ、「それに若者が貧しくなって、モノを買わない、買えないのも大きいですしね」という話にも、実感がこもっていました。身辺を見回しても、本当にその通りだなと思います。

まあ、日本でも一部の人はもうかっているのでしょう。せっせと投資に励んで株が上がってにんまりとか、円安だからこそ「濡れ手に粟」なんていう人もいるはずです。
でも、日本全体を見渡せば、聞こえてくるのは貧乏くさい話ばかりで、文化芸術や趣味嗜好の分野はいかにも旗色が悪いです。

それともう一つ、商いの視点から見た天文アンティークの難しさについて。
天文図版がひどく売れた時期というのがあったそうですが、それも一通り行き渡ってしまえば、その後はなかなか…という話と、天文アンティークは事実上「紙モノ」に集約されるので、商品構成上の難しさがあるという話。これまた体験的によく分かります。

世間には、同種のものを無限に集めつづける生来のコレクター、つまり「集めること自体が趣味」という人がいます。あるいはコレクション形成に喜びを見出すというよりも、私のように、天文学史や天文趣味史を語るための「資料」として集め続けている人間もいます。

しかしそうした例をのぞくと、美しい天文図版を何点か身近におけば、それで満足というのが、一般的な天文アンティーク好きでしょうし、天文アンティーク好きの人自体、最初から数が限られているので、無限に需要が喚起されることもないわけです。

それと、天文アンティークって、なんだかんだ言って結局紙モノばかりだよね…というのは、本当にその通りです。古風な天球儀や望遠鏡、アストロラーベや星時計など、天文アンティークの世界にも立体物はいろいろありますけれど、総じて高価だし、普通の給与生活者はそうした品に憧れつつも、指をくわえて見ているしかないのが現実でしょう。

(たまたまメーリングリストで、4月24日に開かれるボーナム社のオークション案内【LINK】が回ってきました。貴重な日時計コレクションを含む理系アンティークに焦点を当てた売り立てです。うーむ、豪奢)

(同上。ポンドとともに日本円で評価額が表示されています)

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帰る道々考えたのですが、私の考えはやっぱりいつも同じところに戻ります。

つまり、天文アンティークにしても、それ以外の博物系アンティークにしても、その見た目だけで面白がろうとしても限界があるし、鬼面人をおどろかすような目新しさは、そう長続きはしないので、そういう楽しみ方は、どうしても先細りになってしまうだろうということです。

こうした品々は、どれだけ対象から意味を汲み出せるかが肝でしょう。
これを「蘊蓄主義」というと、なんだかつまらない感じもしますが、そういう蘊蓄があるとないとでは、面白さや味わいがずいぶん違ってくるんじゃないでしょうか。モノはそれ自体の価値を持つと同時に、その向こうに広がる世界への扉であり触媒である…という観点を見落としてはならないと思います。(昨日の会話の中にも触媒という語が出てきて、わが意を得たりとひざを打ちました。)

言うなれば、こういうのは知的遊戯です(ちょっと気取って知的営為と言ってもいいです)。モノの向こうに広がる世界にどこまで遊べるか。こちらに十分な備えと心組み、そしてイマジネーションさえあれば、その世界はいよいよ広く、いよいよ豊かに、我々を迎え入れてくれる予感がします。

まあこれは一種の理想であり、現実の私がそんな境涯にあるわけではありませんが、でもそうした境地にまで達すれば、いかに貧に苦しもうが、手元にあるのがささやかな紙モノに過ぎなかろうが、なかなかどうして心は豊かに違いありません。

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となると、現状に閉塞感が漂うのは、そうした知的好奇心や知識欲が、社会全般でやせ細っていることの現れではないかと思うのです。そのことこそ真に憂うべきではないか…と、話が急に大きくなりますが、そんなことを考えながら宵闇の町を歩いていました。

「あこがれ論」…天文古玩趣味の根っこを考える2024年03月24日 08時14分07秒

記事の間隔が空きました。

ふつうに年度末で忙しいのに加え、ちょっと天文関係から横道に逸れて、よそ見をしていたというのもあります。よそ見というのは、かなりミーハーな気もしますが、大河ドラマの影響で、平安時代に興味を向けていたのです。いわゆる「王朝のみやび」というやつです。そして、このよそ見は私に少なからず省察を迫るものでした。

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今年は大河ドラマ「光る君へ」の影響で、紫式部と源氏物語に世間の関心が集まっていますが、今から16年前、2008年にも紫式部と源氏物語のブームがありました。それは『紫式部日記』の寛弘5年(1008)の条に、紫式部のことを源氏物語の作者としてからかう人物が登場することから、この頃に物語として一応の完成を見たのだろう…と見なして、2008年を「源氏物語の成立1000年」として、記念のイベントや出版が相次いだことによります。

(特別展「源氏物語の1000年―あこがれの王朝ロマン―」図録、横浜美術館、2008)

当時(今も?)、各地の展覧会では「王朝へのあこがれ」というフレーズが盛んに使われました。少し皮肉に考えると、展覧会を企画するにしても、紫式部の同時代のモノは――道長の自筆日記『御堂関白記』という途方もない例外を除けば――ほとんど残ってないので、展覧会の尺を埋めるには、近世の品も大量に混ぜる必要があり、そうなれば自ずと「江戸の人々の王朝へのあこがれ」という視座になるのでした。

ただ、江戸の人が王朝にあこがれたのは事実なので(雛飾りや源氏絵の盛行はその一例です)、それにいちゃもんを付ける理由はありません。さらに江戸の人ばかりではなく、実は室町時代の人も、鎌倉時代の人も、院政期の人も、みんな平安中期にあこがれの目を向け、源氏物語の世界に夢を託してきたことが、展覧会の図録や解説書を読むと深く頷かれます。

もっといえば『源氏物語』自体が、作者のあこがれの産物であり、その時代設定は、紫式部や道長の頃よりも100年ばかり前、醍醐天皇の「延喜の御代」を念頭に置いて、フィクショナルな王朝絵巻を作者は描いたのだと言われます。

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我々の先祖があこがれたのは、時間を超えた過去ばかりではありません。
空間的に隔てられた「異国」の文物に対するあこがれが、『源氏物語』の世界には繰り返し描かれています。すなわち「唐物(からもの)」に対する強烈な嗜好です。

(河添房江・皆川雅樹(編)『唐物とは何か』、勉誠社、2022)

唐物というのは、中国に限らず広く異国から輸入された品ということで、後の言葉でいう「舶来品」と同じ意味です。そして後世の「舶来品信仰」と同様、唐物は質が良くて高級なのだ…という理解が、人々に共有されていました。(もともと財力のある人しか手にできない「威信財」の側面があったわけですから、唐物は実際良質ではあったのでしょう。でも、そこには「どうだ、こいつは舶来品なんだぜ!」と誇る気持ちが露骨にあって、実際以上に下駄を履かされていた側面もあったと思います。)

唐物嗜好は、奈良・平安にとどまらず、その後も長く日本文化の基層をなし、後には南蛮貿易や長崎貿易を介してヨーロッパ文化へのあこがれを生んで、そのまま近代に接続しています。

(各種展覧会図録。千葉市美術館(編)『江戸の異国趣味―南蘋風大流行』、2001/北海道立函館博物館・神戸市立博物館(編)『南蛮・ハイカラ・異国趣味』、1989/京都文化博物館・京都新聞社(編)『Winds From Afar 異国の風―江戸時代 京都を彩ったヨーロッパ』、2000)

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遠い時代へのあこがれ。
遠い異国の文物へのあこがれ。

あこがれの根っこには、常に時間的・空間的な隔たりがある。…というと、「じゃあ、『身近な先輩へのあこがれ』みたいなのはどうなの?」という問いも出るでしょうが、たとえ時間的・空間的に近接していても、その先輩はやっぱりどこか遠い存在なんだと思います。つまり物理的遠さならぬ心理的な遠さ。

「あこがれ」の古形は「あくがれ」で、原義は「本来の居場所を離れてさまようこと」の意味だと、語源辞典には書かれています。そこから「心が肉体を離れてさまよう」、「心が対象に強く引きつけられる」という意味に転じたとも。

この「(心が)本来の居場所を離れてさまよう」というニュアンスは、今の「あこがれ」にも色濃く残っている気がします。

(荒木瑞子『竹久夢二の異国趣味』、私家版、1995/鹿沼市立川上澄生美術館(編)『南蛮の川上澄生』、同館、1993)

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冒頭にもどって、「王朝のみやび」が私に省察をせまったのは、こうしたあこがれの本質が、私の天文古玩趣味にも色濃くにじんでいると思ったからです。

星はそれ自体遠い存在なので、普通の天文ファンも、星に対する強いあこがれを掻き立てられていると思います。その上さらに「古人の星ごころ」という迂回路を経由して星の世界に接近しようというのは、迂遠な上にも迂遠な方法ですが、そうすることで一層あこがれは強まり、思いが純化されるような気が何となくするのです。

そういえば、唐物趣味の話のついでにいうと、紫式部の時代は唐(618-907)が滅び、王朝が北宋(960-1127)に交代したあとの時期ですが、当時のいわゆる「国風文化」の人々があこがれた中国文化とは、実は同時代の北宋の文化ではなく、すでに失われた唐の文化だったという指摘があります(注)。そういう話を聞くと、天文古玩趣味の在り様とまさにパラレルだと感じ、ドキッとします。

まあ、日本が憧れた中国の人だってインドや西域に憧れたし、ヨーロッパの人はといえば、東洋の鏡写しのようにシノワズリやジャポニズム、オリエンタリズムに入れ込んだので、「今・ここ」でない、「どこか遠い対象」に心を寄せるというのは、ある意味普遍的な文化現象であり、ヒトの本性でもあるのでしょう。

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「来てみれば さほどでもなし 富士の山( 釈迦や孔子も かくやあるらむ)」

昔から有名な川柳/狂歌ですが、遠いからこそ貴く感じる人間の心意を上手くうがっています。と同時に、好奇心の赴くまま、遠い道のりをものともせず富士山頂まで押しかけ、聖賢の道を求めずにはおられない人間の性(さが)や業もうかがえて、そこに『2001年宇宙の旅』の作品テーマなんかを重ねると、さらに深い味わいがあるような気がします。


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(注)皆川雅樹「人・モノ・情報の移動・交流からみた「日本文化」―「唐物」と「国風文化」をめぐる研究の狭間から考える」(河添房江・皆川雅樹(編)『唐物とは何か』(勉誠社、2022)所収)に引用される佐藤全敏氏の所論。

人とモノは出会い、対話する2024年02月03日 16時36分53秒

前回の記事は、おしまいのところを故意にぼかしていました。

実は注文をキャンセルされた私は、天を仰いで嘆くだけでは終わりませんでした。
「じゃあ、フランス国内の(売り手はフランスの人です)個人輸入代行業者を代理人として立てるから、そこに送ってもらえないか?」「まあ、それなら…」ということで交渉成立、かろうじて土俵際でこらえたのでした。(もちろん、そんな「なじみの業者」が都合よくいるわけはありませんから、泥縄で探しました。)

この件を振り返ると、我ながら“年を経た”というか、老練な手管を身に着けたものよ…と、一抹の感慨を覚えます。(まあ、送料の注意書きを見落とすなんて、老練というよりは老耄に近いですが、ここは目をつぶりましょう。)

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先日、こんな本を買いました。


■荒俣宏の「イーベイ」お宝コレクション術 (平凡社、2000)

荒俣宏さんが、今から四半世紀前に書いたeBayの入門書です。
もちろん、今ではまったく実用性のない本ですが、だからこそ歴史的文献として貴重な気がします。ずいぶん前に図書館で手にして、当時すでに内容が時代にそぐわなくなっていたことから、かえって印象に残った本です。

eBayが「eBay」という名称でサービスを始めたのは1997年です。
荒俣さんはその最初期からeBayに注目し、2000年には早くもその指南書を出したわけです。

荒俣さんは「はじめに」で、こう書きます。

 「ほしくてもみつからなかったマニア向けグッズが、信じられないほどドンドン手に入るおかげでわたしは、スリリングでスリリングで、死にそうなほど刺激的に生きるようになった。どうしてそうなったかといえば、これまで経験と人脈が頼りだった趣味の世界が、インターネットのおかげで、だれにも参入可能になったからなのだ。」(p.9)

また「おわりに」には、

 「とにかく、ビッドに次ぐビッドで攻めまくり、ひとつずつ具体例に即した知識を獲得していただきたい。〔…〕きみはもう21世紀のとば口に立っている(pp.125-6)

ビックリマークから、その当時の興奮が伝わってきます。
そして、これは一人荒俣さんに限らず、多くの人が感じたことでもあったでしょう。

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私がeBayのアカウントを作ったのは2002年ですから、これまた相当昔のことです。
そして、ネットでしか見つけられないものを次々と目にして、やっぱり相当興奮しました。いや、それは興奮というよりも、一種の「万能感」に近かったかもしれません。

偉大な先人たちですら、話に聞くばかりで、決して目にしなかったであろう珍奇な品々。それをいながらにして我が物にすることができるという驚き。以前も書いたかもしれませんが、これは世界中の珍物・奇宝がヨーロッパに押し寄せ、それに眩惑された「大航海時代」の人々の心情になぞらえることができるような気がします。

しかし、その後、ネットを通じて行き来する情報量がいっそう増加し、その情報の山の中で「手にとることのできる形あるモノ」は徐々にリアリティを失っていき、同時にモノを収集するという行為の意味合いも大きく変わりました。でも2000年当時は、まだモノにリアリティ(価値といってもいいです)を感じる人が、私を含め大勢いたので、収集という行為や、収集家という人種も成り立ちえたのです。

かつてのeBayで見られた「ビッド文化」は、それを背景にしていたのかもしれんなあ…と、今やビッド商品をほとんど目にしなくなったeBayの画面を見て思います。

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とはいえ―。
私という存在がすべて情報に還元されるSF的な未来は知らず、私自身が形あるモノであり続ける限り、私はこれからも形あるモノとの付き合いを欲するし、その相互作用に尽きせぬ意味を感じることでしょう。

オークションという魔所2024年02月01日 18時35分02秒

個人的印象ですが、最近のeBayはめっきり「Place bid」が減って、「Buy It Now」ばかりになってませんか。オークションサイトの看板はそのままながら、実態は販売価格の明示されたショッピングモール化している感じがします。


これは精神衛生にとって非常に良いことです。
オークションというのは、駆け引きを伴うギャンブル性の強い行為なので、心をむしばむ面があります。つまり、そこで商われている商品そのものよりも、入札して競り落とすという行為に淫する恐れがあるのです。脳内物質が多量に放出されるあの感覚には、明らかに依存性があります。

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そんなことを思ったのは、先日久しぶりに入札する機会があったからです。

まあ、それほど執着してないモノだったら、そんなに心も乱れないわけですが、今回は絶対に欲しいと思った品で、しかも全世界で40人以上が Watchlist に入れているという人気の品だったので、非常に厳しい戦いが予想されました。いやがうえにも緊張が高まるわけです。オークション終了5分前ともなれば、文字通り全身がゾワゾワし、1分前には動悸とともに目の前がチカチカしてくる始末です。

こういうときの入札のタイミングは明白で、入札終了の数秒前に限られます。それより前だとカウンタービッドが入って競り負けるし、それより後だとシステムや回線の関係でタイムアウトの恐れがあります。まさに必死剣鳥刺しというか、一撃必殺の構えです。

(藤沢周平・原作の「必死剣 鳥刺し」(東映、2010)のワンシーン)

その息詰まるドラマの結末は…?
もちろん落札したのは私です(しかも、心に決めた金額のだいぶ手前で)。これは完全に私の気合勝ちで…というようなことを誇ること自体、だいぶ心をむしばまれている証拠で、落札できて嬉しい反面、非常に危険なものを感じたのでした。

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しかも、話はこれで終わりません。
無事落札できて枕を高くして眠りについた翌日、「オーダーキャンセル」のメールが届いたときの私の気持ちを、どうかご想像いただきたいのです。

「えっ!なぜ?」と思いつつ文面に目を通したら、「海外の入札者には事前に送料確認をお願いしていましたが、あなたはそれを怠りました。それに日本にこの品を送るには、ややこしい手続きが必要なので、申し訳ありませんが…」と書いてありました。

嗚呼、何としたことでしょう。そう言われれば、たしかに商品説明の中にその旨の記述がありました。これは完全に私の不注意なので、弁解の余地はありません。文字通り天を仰いで茫然自失。

やっぱりオークションには魔物が住んでいるのです。
君子は進んでこれを遠ざけるべきです。

天文古玩の書斎を形にする2024年01月14日 05時56分57秒

天文アンティーク趣味というのは、いにしえの星ごころや、現代では失われた美的感覚を古いモノの中に探し求めるという、なかなか床しい趣味なわけですが、そんな苦労をしなくても、最近はAIがなんでも形にしてくれるので、趣味の在りようも今後は変わっていくのかもしれません(目を愉しませるだけなら、AIの画像を見てればよろしい…となりかねないからです)。

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生成AIの進歩は目をみはるばかりです。
描画用のそれにしても、ちょっと前まで指示の与え方が結構面倒くさかった記憶がありますが、今や誰でも簡単にお絵描きできるようになりました。

たとえば「天文古玩の書斎、ブリューゲル風」と指定したら、こんな絵を描いてくれました。


なかなか楽しげな絵ですね。そこがブリューゲル風なのか、小さな奇妙なフィギュアがたくさん机上に載っていますが、これはたぶんAIが「古玩」を「古いおもちゃ」と解釈したからで、「尾形光琳風」と指定しても、やっぱり下のような感じで返してきます。


それなら…と、こんどは「天文アンティークのコレクターの書斎」を光琳風に描いてもらったら、とたんに壮大な光景に転じて、なんだか極端だなあと思いますが、それにしてもAIというのは賢いものだと感心することしきりです。


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でも、最初は面白くても、やっているうちにだんだん飽きてくるのも事実。
それは一連の画像にどこか「AI臭さ」があって、一見多様なようでいながら、描法が単調だからだと思います(これは「アニメ風に」とか「劇画風に」とか、いろいろ指示を変えても、どこまでも付きまとうものです)。

じゃあ、と気を取り直して、「とてもAIが描いたとは思えない画風で」と指定したらどうか?


やってみると、「えー、ぜんぜん普通じゃん…」という結果でした。
それならば、『いかにもAIが描いたような絵で』と命じたらそれっぽく描けるのか?と、しつこく試したところ、


「おんなしやないか!」と、思わず関西弁で声が出ました。
どうも現状はこの辺にまだ課題を残しているようです。

博物画の魅力2023年12月18日 11時14分08秒



山田英春氏の近著、『美しいアンティーク鉱物画の本(増補愛蔵版)』(創元社、2023)を書店で見かけ、さっそく購入しました。出版前から一部では話題になっていたので、すでに購入済みの方も多いことでしょう。


2016年に出た初版とくらべると、判型も大きくなり、内容もボリュームアップして、見ごたえ十分です。

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この本を見ながら、博物画の魅力とは何だろう?と、改めて考えていました。

博物画というと、昨日の『雑草のくらし』のような科学絵本にも、明らかにその影響が及んでいる気がします。科学絵本には童画風のソフトな絵柄の作品もあるし、対象を緻密に描き込んだハードな作品もありますが、後者を突き詰めていくと、現代の博物画家によるスーパーリアリズムの世界に至るのでしょう。その超絶技巧には思わず息を呑みます。

博物画の魅力は、絵そのものの魅力によるところがもちろん大きいです。
でも、個人的には「絵の向こうに広がっている世界」の魅力も、それに劣らず大きいように感じています。

たとえば現代の博物画であれば、各地で活躍するナチュラリストと自然とのみずみずしい交歓や、彼らの弾むような好奇心、そして環境への目配り・気配り、そうしたものが見る側に自ずと伝わってくるから、見ていても気持ちが良いし、小さなものを描いても、何かそこに大きなものを感じます。


これが18世紀~19世紀の博物画となれば、まさに「大博物学時代」の香気や、「博物学の黄金時代」の栄光を物語る生き証人ですから、絵の向こうに当時の博物学者の重厚な書斎の光景がただちに浮かんできます。それはダーウィンやファーブル先生が生きた世界への扉であり、学問の佳趣への憧れや、科学がヒューマンスケールだった時代への郷愁をはげしく掻き立てる存在です。

結局、私にとっての博物画は一種の象徴であり、宗教的な「イコン」に近いものなのでしょう。

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ところで、山田氏の本の帯には、「写真では味わえない、レトロで温かみのある、多色石版印刷(クロモリトグラフ)の玉手箱」という惹句があります。

鉱物画は博物画の下位分類なので、鉱物画の魅力というのも、当然博物画の魅力と重なる部分が大きいはずです。そして、一枚の絵として見た場合、この「写真にはない手わざの温もり」が魅力であるということも、博物画の魅力としてしばしば言及されることです。

ただ鉱物画の場合、他の博物画とはちょっと違う点もあります。
それはほかでもない「温かみ/温もり」についてです。というのも、昔の鉱物画家はひたすら鉱物らしい、冷たく硬質な質感を目指して努力していたはずで、画家自身そこに「温かみ」を求めてはいなかっただろうし、むしろそれを排除しようとしていたのでは?と思えるからです。動物画や植物画の場合は、描き手もアプリオリに「温かみ」を排除していたとは思えないので、そこが鉱物画の特異な点です。


それでも現代の我々の目には、これらの鉱物画は十分「温かみのある絵」として目に映ります。これはたぶん基準点の置き方の違いで、昔の画家は当時の平均的な具象画を念頭に、それを超えたリアリズムを追求したのに対し、現代の我々は「実物以上に美しい鉱物写真」を見慣れているので、「それに比べれば、昔の鉱物画は素朴で、温かみに富んでいるよね」と思い、それこそが魅力だと感じるのでしょう。

この点で、往時の描き手と、現代の鑑賞者との間で、鉱物画の捉え方をめぐって不一致が生じているのように思いましたが、まあこういうすれ違いは、レトロ趣味全般でしょっちゅう起きていることですから、事新しく言うには及ばないかもしれません。

(鉱物と鉱物画。それらを写した写真を掲載した本。そのまた全体を収めた写真。虚実皮膜とはこういうことを言うんでしょうかね。なかなか世界は複雑です)