2冊の『ヘンリ・ライクロフトの私記』 ― 2026年05月03日 17時55分18秒
ブログの趣旨からは外れますが、自分的に大事なことなので書いておきます。
このブログでも、何度か言及した『ヘンリ・ライクロフトの私記』。
その内容は、文庫本の帯にあるとおり、「南イングランドの片田舎に思索の生活を送ったギッシングの、鋭敏な季節感、繊細な自然観察による自伝的エッセイ」です。
このブログでかつて最もインテンシブに触れたのは、以下に続く全6編の記事です。
■ヘンリ・ライクロフトの植物記(1)
「自伝的エッセイ」と言いながら、主人公のヘンリ・ライクロフトは、著者ジョージ・ギッシング(George Robert Gissing、1857-1903)が創作した、架空のキャラクターです。この本は、ギッシングが自分の分身であるライクロフトのペンを通して、自然と人生と社会に対する省察を綴ったものですが、何でそんな持ってまわったことをしたかといえば、その方が何となく自由に書けるからでしょう。いわば「男もすなる…」の『土佐日記』みたいなものかもしれません。
何にせよ、私が『私記』から受けた影響は相当深くまで及んでいるので、ライクロフトは何となく私の分身のような気もします。
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同じ本が2冊あるのは、繰り返し読んできた『私記』の裏表紙がはずれ、修理したものが再びはずれ、ついに本として崩壊したからです。私が愛読してきたのは1981年の第17刷で、新しく買いなおしたのは1986年の第22刷です。
なるべく同じようなものをと思い、あえて古書を買ったわけですが、でもこの辺の心理はちょっと複雑です。愛猫を亡くした人が、先代と同じ色模様の子猫を飼ったとして、何となく先代にも、目の前の子猫にも申し訳ない気分になるようなものかもしれません。
冒頭で書いた「自分的に大事なこと」というのはこのことで、先代との惜別と2代目との新たな生活を期して、あえてこの小文を綴りました。
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生涯をペン一本で生きてきたライクロフト。
若い頃には極貧の生活も経験した彼が、豊かとは言えないまでも、今や自由に生きられる境遇となり、読書と植物観察を存分に楽しんでいる様は、本当にうらやましく思います。その静かで、簡素なライフスタイルに、自分の理想の老後を重ねたりもするのですが、まあ理想は実現し難いからこそ理想なのでしょう。
暗い情念に突き動かされて ― 2026年03月10日 06時05分25秒
先週の木曜日にちょっとしたイベントがあり、その準備に追われて記事が書けない…みたいなことを先日書きました。でも、その後もあいかわらず記事を書かずにいました。その間いったい何をしていたのかといえば、ずばり買い物にエネルギーを注いでいたのです。
再任用になって給料も減ったし、円安だし、燃料費高騰で送料も高いし、このところ海外からモノを買うこともめっきり減っていました。でも、先週の木曜はちょうど啓蟄で、何となく虫が動き出したというか、まあ虫に限らず、気温の上昇とともに活動性が上がることは、きっと何か生物学的要因があるのでしょう。
しかも間の悪いことに、私はそのタイミングで「おお、これは!」と思う品(天文モチーフを含む古画です)に出会い、何とか手に入れる算段はないかと必死に考えていました。そして、「もしあれが届いたら、こういう額縁をあつらえて、マットはこれで…」と、次から次へと妄想をふくらませていたのです。
それなのに、嗚呼それなのに、私がそれをお気に入りに登録した2日後、突如そこに「sold」の文字が表示されたのです。私の顔面は蒼白となり、名状しがたい悔しさと悲しさの奔流に、心ははげしく揺さぶられました。
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こういう場合、私の思考は静かな諦念に向かうよりも、「よし、あれ以上に素晴らしい品を ―-- あのときあれが sold になって良かった!と思える品を、絶対見つけるぞ!」という方向に向きがちです。これは一見ポジティブなように見えて、芯にネガティブな要素を含むので、あまり生産的ではないと思います(要は“自分をふった恋人を見返してやるぞ!”みたいな心理ですね)。
でも、人はえてしてネガティブな心に支配されている方が、一層大きなことをやらかすものです。私もこの間ずっと、この世のどこかにあるかもしれない「まぼろしの逸品」を探して、ずっとディスプレイの前に貼りついていました(まったく生産的ではありません)。
その帰結についてはあえて書きませんが、それは私の精神になにがしかの傷を残し、私の財布には一層大きな傷を残したのです(結局、あれこれ買物をしたわけです)。人はその愚かさを嗤うでしょうが、でも、私の手元にある品のうち少なからぬ部分は、そうやって集まったものなので、ネガティブパワーも決して侮れません。
(「蒐集家の執念」というタイトルで Gemini3 が描いてくれた作品 。とても分かりやすい絵ですね。ピンセットを手に、この紳士が何をしているのかは不明ですが)
(では次に「古書蒐集家の情念」というタイトルで別の絵をお願いします…とオーダーしたら、こんな絵を返してきました。AIも手を抜くことを覚えたらしく、ますます人間臭くなってきました)
コレクションの生と死 ― 2026年01月21日 21時32分58秒
仕事のプレッシャーで心身がだいぶすり減りました。
しかしそれもようやく終わり、ホッとしています。
足踏みしていた天文古玩をめぐる旅も徐々に再開です。
といっても、すぐに再開するパワーがないので、以下余談。
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先週の週末、お世話になった方の遺品整理のようなことをしてきました。
といっても、ご遺族の方がすでにある程度整理されたものを運び出して、処分するものと保存するものに分けるだけで、本当に大変な部分を担ったわけではありません。
作業をしながら、自分の場合だったら…という点に自ずと思いが至り、一瞬、空しさと寂しさを感じました。
私にとって収集行為は一種の自己表現であり、私の身辺に集まったモノたちは、私の分身に他なりません。でも、だからこそ我が身が滅び、屍骨が四方に散じるのと同様、分身の方も解体されて世の中に散らばり、ふたたび新たな循環サイクルに乗ることは、決して悪いことではなかろうと思い直しました。それは喜怒哀楽を超えた、自然の在り様そのものだからです。
(滋賀県・佛道寺蔵『九相詩絵巻』より。出典:山本聡美・西山美香(編)『九相図資料集成―死体の美術と文学』、岩田書院、2009)
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とはいえ、中には死してなお四方に散じない例もあります。
先日出たばかりの『別冊太陽 東洋文庫』を見ていて、うーむスゴイなあ…と思いました。
東洋文庫は、東洋学関連の貴重書を集めた一大アーカイブです。
三菱財閥の莫大な財力と三代当主・岩崎久彌の熱意によって成立し、和漢の古典籍を集めた「岩崎文庫」、東アジアに関する欧文文献を主体とする「モリソン文庫」を核とし、さらに前間恭作、永田安吉、井上準之助、小田切萬壽之助…等々、多くの蔵書家・碩学の個人コレクションが加わり成り立っています。
故人のコレクションを屍にたとえるなら、東洋文庫に収まっているのは、死してなお形を保っているミイラということになるのですが、たとえミイラでも、コレクションとしてはその方が幸福なのかなあ…と思ったりもします。
(東洋文庫には天文関係の貴重な古星図、古典籍も含まれています)
まあ、東洋文庫の場合は、死せるミイラというよりも、持ち主の死後も人々に利用され続けている生きた資料であり、そこが素晴らしいところです。そうでなければコレクションとして残す意味は薄いでしょう。
年古りた絵巻は語る ― 2025年12月29日 18時02分41秒
大掃除をしていて、腰をやられました。
いったんこうなると、くしゃみをするのも気を使います。そういえば今年の正月は、やっぱり肉体労働の結果として腰痛になり、さらには坐骨神経痛まで発症して、ひどく苦しめられました。こんな風にしばしば不調をきたすのは、もちろん老化のせいです。
坂道は上るより下るほうが楽ちんです。でもそれはカロリー消費量が少ないだけで、膝や筋肉にかかる負担は、むしろ下りの方が大きいとも聞きます。人生の下り坂も、主観的には特に努力せず勝手に下る一方ですが、その実、あちこちに負担がかかっているのかもしれません。齢をとるのも大変です。かといって下る以外の選択肢はありませんから、ここは慎重に歩を進めるのみです。
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そんなわけで、身体を安静にしながら、先日、徳川美術館で行われた源氏物語絵巻展の図録を見ていました。
源氏物語絵巻については、印刷技術の観点から、約90年前に作られた原色複製版に焦点を当てた記事を既に書きました。
■原色版の雄、田中松太郎
今回、改めて2025年に発行された最新の図録を眺めるうちに、この90年前の複製版には、その高度な印刷術がもたらす審美的・技術的価値以外にも、ある大きな意義があることに気づきました。
それは記録性です。この絵巻の歴史を900年とすれば、90年間はざっとその1割。これは決して短い時間ではありません。どんなに保存に気を使い、丁寧な補修をしても、顔料の剥落や紙の劣化の進行は避けられません。
この複製は90年前の時点の絵巻の姿を正確に記録しており、この90年間で絵巻がこうむった変化を確認することができます。
具体的に見てみます。
まずは図録の表紙になっている、第四十九帖「宿木(寄生木とも)二」の絵。
光源氏の娘である明石の中宮が今上帝に嫁して生んだ子、すなわち源氏の外孫である「匂宮」が、新妻である「六の君」と昼日中に初めて対面した場面。左が2025年、右が1936年の画像です。
よーく見て下さい。特に黒塗りの箇所で顕著ですが、解像度の違いだけでは説明できない剥落の進行が見られます。
同じ事は、図録の裏表紙に掲載された第四十五帖「橋姫」についても言えます。同じく左が2025年、右が1936年です。描かれているのは、源氏の姪に当る大君(おおいきみ)と中の君に伺候する女房達の後ろ姿。
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こうなると、「複製はたくさんあるけれど、本物は1つだ」という陳述も少し考えないといけません。複製がたくさんあるのはその通りですが、果たして本物は1つなのか。
ある特定の時点で考えれば、確かに本物は一つですが、上で確認したように、今目の前にある本物と、90年前の本物は別物です。だから「本物は1つ」とは、そう簡単に言えないわけです。
我々にしたって、昨日の自分と今日の自分は、いずれも本物の自分ですが、その中身は違います。「同一性」というのは、常に難しい哲学的問題をはらんでいますが、下り坂を急いで下っている人間にとって、このことは言葉遊びなんぞでなく、実に切実なものがあります。
スクリプトール・エクス・マキナ ― 2025年11月26日 19時49分26秒
『手触りの宇宙』: 古き星図に宿るロマンティシズム
古来より、天体というものは、我々人間の手の届かぬ、遥か彼方の出来事として認識されてきました。しかし、かの無限の奥行きを持つ宇宙を、僅か一尺にも満たぬ「紙」という有限の物質に封じ込めんとしたのが、我々が愛してやまぬ「古星図」の類であります。
蒐集家たる者の喜びは、単に稀少な図柄を眼にすることにあらず。それは、時を経て鈍く変色した和紙の肌理、あるいは獣皮紙の微かなざらつきを指先に感じ取る刹那にこそ、凝縮されるのではないでしょうか。
現代のデジタルな星図が、秒単位でMv(実視等級)を変動させ、瞬時に銀河のカタログを表示しえたとしても、それには重さがありません。物質としての「質」がない。古星図の醍醐味は、むしろその不均一性に宿ります。
・経年変化の色調: わずかに酸性化した紙の縁が放つ、黄昏時の空のようなセピアのグラデーション。
・インクの定着: 銅版画の深い線から染み出し、紙の繊維に食い込む墨色の漆黒。触れれば、インクの盛り上がりが微かに指紋を弾く感触。
・版の印圧: 力強くプレスされた痕が紙の裏面に微かに浮き上がり、それが時の堆積を物語る「印圧の痕跡」。
この一枚の紙には、描かれた時代の大気が、製作者の吐息が、そして星を測った望遠鏡の振動までもが閉じ込められているように感じられるのです。
星の配置は、今や少々の狂いがあるかもしれません。しかし、その狂いこそがまた、「人の手」が介在した愛すべき証拠ではないでしょうか。
それはもはや、純粋なF=ma(運動方程式)で語られる理科の世界を超越し、古き理科趣味を愛する者だけが嗅ぎ分けられる、リリカルなロマンティシズムの芳香なのであります。
あるいは、皆様の棚に眠る「古玩」の中にも、現代のテクノロジーでは捉えきれない、人の熱意と誤謬が刻まれた理科趣味の逸品があることと拝察いたします。いかがでしょうか、この時代だからこそ語るべき、モノへの拘りを、お示しいただけませんか。
(『手触りの宇宙』: 古き星図に宿るロマンティシズム…というお題でGoogle Whiskが生成した画像)
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この半年間で、世界の変化を如実に感じたことがあります。
別に政治向きの話ではありません。何かといえばAIの更なる進化と応用です。
YouTubeを覗いても、ここ最近AIの助けを借りた動画が急速に勢力を広げ、目を見張るばかりの完成度を誇る作品も少なくありません。ハリウッドが何百万ドルかけなくても、個人であれだけのものが作れるようになったのは、それをアシストするAIの進化以外の何物でも無く、ごく近い将来には人間がほんの簡単な指示をするだけで、いくらでもAIが新たな「世界」を創出することになるのでしょう(既にそうなりつつあります)。
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Googleが提供するGeminiに、「あなたは「天文古玩」の文体、テーマを使って、何か記事を作成することはできますか?」と尋ねたら快諾してくれました。それが冒頭の一文です。「それは大変光栄です!ブログ「天文古玩」の玉青様の雅致に富んだ文体と、モノにこだわる博物学的なテーマを拝借し、一篇の記事を作成してみましょう。今回は、「古き良き星図」、特にその紙とインクが織りなす「手触りの宇宙」に焦点を当てて執筆いたします。」とのことでした。
ご覧の通り、まだまだのところはあります。
しかし、これは無料で使えるAIが即席にこしらえたものですから割り引いて考えるべきで、もっと「天文古玩」の文体をしっかり学習させたら、本当に私自身が書いたのと区別できない文章を作ることは、現時点でも十分可能でしょう。
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問題は、それが「誰得」なのかということです。
このブログは1円も収益化していませんから、私自身に金銭面でのメリットはありません。しかしAIの書いた文章を読んで、私にしても他の人にしても、ときに興味深く思ったり、新たな気付きを得たりすることはあるかもしれません。それが意外な好評を博し、それを私が書いたことにすれば、私のささやかな虚栄心も満たされるでしょう。でも、それこそ文字通りの虚栄ですよね。
いろいろ考えて思ったのは、AIがこのブログを書き継いでくれれば、私の死後もブログが続くことになり、それは他ならぬ「ブログ自身」にとって、いちばんメリットが大きいだろうということです。
作者と作品の関係に関連して、作品が作者の思惑を超えて動き出すというエピソードがしばしば語られます。作者としてはこういう展開にしたいんだけれども、作品のほうがどうしてもそうさせてくれない…といったことが、実際しばしば起こるらしいです。ブログは純粋な創作活動とは違いますが、それでも20年も書き続けていると、だんだんブログ自身が自律性を獲得してくる気配もなくはないです。いったんそうなれば、もはや書き手が誰であろうと、ブログ自身は問題にしないでしょう。
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AIによって侵されがたい、このブログの最後の牙城といえるのは、「モノにこだわる」という点ですが、それにしたって、AIが感覚器官を備え、リアルな世界と直接やりとりするようになったら―すなわちAIがリングの貞子よろしく画面の向こうからはみ出して来たら―もろくも崩れ去るんじゃないかと思います。
(同上。「手触り」を強調しているようです)
好奇心の部屋で考えたこと ― 2025年11月23日 08時50分14秒
久しぶりの休日です。でも、昨日は40数年ぶりの高校の同窓会が東京の大手町であったので、のんびり寝ていたわけではありません。
その40数年ぶりで会った知人・友人の話を聞きながら、歳月の歩みと懐かしさを感じつつ、同時に記憶というのは不思議なものだな…とつくづく思いました。もちろん共通する記憶もあります。でも、相手に指摘されても、こちらはまるで覚えていないことや、あるいはその逆の例が想像以上に多くて、「事実」というもののあやふやさ、あるいはいっそ危うさを強く感じました。きっと民族の記憶とか一国の記憶とか称されるものも、事情は同じでしょう。
★
同窓会に出席する前、場所柄、東京駅前のインターメディアテクを再訪して、ここでもいろいろ物思いにふけっていました。
インターメディアテクは、アートに振れたり、学術に振れたりしながらも、「驚異の部屋」をその出自としていることは疑いようがなく、その一角に設けられた「ギメ・ルーム」には、今も「驚異の小部屋」の看板がかかっています。
でも、「果たしてここに驚異はあるのだろうか?」というのが、インターメディアテクに久しぶりに足を踏み入れてみての感想でした。どれもこれも古馴染みの品のような気がして、かつてのような圧倒されるワクワク感を感じられなかったからです。
ギメルームに置かれたソファに腰掛けながら、「驚異の反対語って何だろう?」と考えていました。「日常的」とか「陳腐」とか「familiar」とか、いろいろ考えているうちに、「それは確かに『驚異』が<新奇>や<珍奇>と同義ならばそうだろうけれど、でも『驚異』ってそんなものなのかな?」ということに思い当たりました。
「新奇性」というのはまさに水物で、それに接した瞬間からどんどん失われていき、いつのまにか影も形もなくなってしまいます。言葉は似ていますが、「珍奇性」の方は概してもう少し長もちします。「よそでは滅多に見られない品」は、似たような品が次々出てこない限り珍奇であり続けるからです。ただ見れば見るほどそこに既視感が生じて、陳腐化することはやはり避けがたいです。
「なるほど…」と思考は続きます。「たしかに日常性やfamiliarityは驚異の対義語ではないな。たとえ日常的で見慣れた存在でも、そこに驚異を感じる例はいくらでもあるからなあ」と。
結局、その場の結論は、「驚異とはモノの側にあるのではなく、モノに触発された自分の内部から湧いてくるものだ」という、わりと常識的なものでした。驚異の部屋(独 Wunderkammer)は、英語の「Chambers of Curiosities」を直訳して、ときに「好奇心の部屋」とも呼ばれます。上の論旨からすれば、「好奇心の部屋」の方がたぶん良い訳語ですね。好奇心はモノにあるわけではなく、純粋に見る側の問題ですから。
インターメディアテクに驚異を感じられないとしたら、それは私自身の好奇心がやせ細り、驚異生成能力が低下している証拠でしょう。
インターメディアテクにディスプレイされている骨格標本は、何も珍奇一辺倒ではありません。ヒキガエルにしろ、スズメにしろ、これ以上ないというぐらいの普通種です。でも、そこにあふれるような好奇心があれば、そうした普通種でも、とたんに驚異に満ちたものになるはずなのです。
★
以下、おまけ。
上のような結論をお土産に、ある意味いい気分で家路についたのですが、家で新聞を開いたら、下のような記事が目に付きました。
(中日新聞、2025年11月22日夕刊)
「京大 沖縄・奄美から持ち出し466体 遺骨リスト突如公開」
「沖縄差別 学知の植民地主義 今も」
「東大にも?有無答えず」
「沖縄差別 学知の植民地主義 今も」
「東大にも?有無答えず」
人類学の研究資料として、戦前の京大や東大の研究者が琉球・奄美で遺骨を採取し、大学に持ち帰ったことについて、返還運動が進められていることを報じる内容です。その東大側の関係者として名前の挙がっているのが、人類学者の鳥居龍蔵(1870-1953)で、その名はインターメディアテクでの展示でもしばしば目にします。
「あふれるような好奇心の発露」で、すべてが免責されるわけではありません。もちろん「権利」や「差別」が論点になったからといって、その前ですべての議論が無化するわけではありません。仮にそうなると、あたかも「不敬」の一語で天皇機関説が排撃されたような事態にもなりかねませんから。
要は常に思考を止めないことだと思います。
思考停止状態は好奇心から最も遠いものです。好奇心至上主義を唱え、それに疑問を感じないとしたら、それ自体好奇心の死を招きかねないと思います。
デジタル・エフェメラ ― 2025年10月27日 05時54分40秒
つらつら思うに、昨日書いたこと(サーバーがとんで、ブログが全消滅するんじゃないか…という不安)は、先日の荒俣宏氏の蔵書問題とも深く関係します。
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すなわち、デジタル・コンテンツの危うさと、紙の本の底力…みたいな論点です。
この件は、すでに多くの人が繰り返し論じているはずですが、やっぱり常に警鐘を鳴らし続ける必要があると思います。
もちろん技術は今後もどんどん進歩して、デジタル・データはより安全に、より永続的なものになっていくとは思います。しかし、それ以前にネットの海に放出されたデータは、すでに膨大な量になっているし、そのすべてがより堅固なストレージに移行できるかといえば、これは相当の難事でしょう。少なくとも今あるデジタル・コンテンツは、拙ブログも含めて、まさにうたかたの如きものであり、エフェメラルなものだと言わざるを得ません。
もし、これが紙の本だったら?…というところに思いは自ずと向かいます。
世界中の人が簡単に共有することはできないかわり、それが堅固なことは確かです(酸性紙の劣化問題はまた別に考えることにしましょう)。紙の本を大事にしようという主張には、紙の手触りやインクの匂いを愛でるといった情緒的な要素以外に、物理的堅牢性を貴ぶという趣意もこもっています。そこは正当に評価されてしかるべきでしょう。
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花は散るから美しい。
人生は終わりがあるから尊い。
そこから敷衍すると、デジタル・コンテンツも消えるから愛しい…と思いたいところですが、なかなかそうは思えそうにありません。永く残ることを期待して記録したのに、あっさり消滅したら、信用して虎の子を預けた銀行が破綻したような気分というか、呆然として「裏切られた!」という気分になることでしょう。(「そんなもん自己責任で対策をしとかなきゃ…」という非難の声が飛ぶところまでがセットですかね。)
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誰かが虎の子を失っても、世間は何の痛痒も感じませんが、本人にとっては大打撃です。同様に、「天文古玩」が消えても、世間は何も困りませんが、私にとってはかなり深刻な問題です。
荒俣氏の蔵書に思ったこと ― 2025年10月18日 15時09分11秒
ボンヤリしている間に世の中にはいろいろなことが起こり、何だかますますボンヤリしてしまいます。国内も国外も多事多難。そんな中、いいささか小市民的な話題ですが、先日、荒俣宏氏の件でネットの一部がざわつき、私もいろいろ考えさせられました。
★
荒俣氏の件というのは、氏が最近蔵書2万冊を処分されたのですが、半分は引き取り手が見つかったものの、残りの半分は古本屋からも見放され、結局、産廃業者のトラックで運ばれていった…という話題です。
問題の記事は、現在ネットでも公開されていますが【LINK】、せっかくなので紙の雑誌を買ってきました(「週刊現代」を買ったのは、生まれて初めてだと思いますが、今は税込みで600円もするんですね。それと「週刊現代」は週刊ではなく、隔週刊だって知ってましたか?)
いかにも悄然とする話で、記事に接した人々の反応もさまざまでした。
あの荒俣氏でも老いは避けがたいという感慨。
もったいない、何か他に方法はなかったのか?という不審の念。
これは他人事ではないぞという焦慮。
もったいない、何か他に方法はなかったのか?という不審の念。
これは他人事ではないぞという焦慮。
そしてもう一つ、本というのはそんなに売れんものか、本邦の文化水準の凋落まことに恐るべし…という慨嘆を文字にされた方もいました。
いずれももっともな感想です。
最初の老いの問題はまたちょっと違うかもしれませんが、あとの3つは、結局「本は資産なのか?」という疑問に帰着するように思います。
不動産が「負動産」と呼ばれるようになり、都会地はともかく、地方の土地や建物は邪魔っけなもの、できれば相続したくないものになって久しいです。書物も今や「負の動産」の代表であり、かつては威信財でもあった大部で高価な書物も、遺族には迷惑千万なゴミの山と化している…というのが、時代の趨勢なのでしょう。
嘆けども、事実は事実として受け入れるほかありません。
★
ただ、ここで一つ注意を喚起したいことがあります。
少し考えればわかるように、ここで最大の障壁は、遺族にとってそれが迷惑千万な存在だという点で、仮に遺族がそれを喜んで受け継いでくれるならば、ゴミの山はとたんに宝の山と化し、何の問題も生じないことです。
コレクター気質の人は、得てして家族の犠牲の上にコレクションを築くので、遺族にとっては迷惑なばかりでなく、自分を虐げた「仇」のように感じるのではないでしょうか。こうなると憎悪の対象にすらなってしまうわけです。そして持ち主自身も、内心そういう負い目があるので、いきおい「何とか自分が元気なうちに片づけないと…」と思いつめるのでしょう。
我が家の場合も、たしかにその気配があります。でも家人と共通の趣味の本に関しては、そんなに邪魔っけにされません。したがって、一家和合こそが問題解決のカギであり、身近な人々を趣味を同じうする同志たらしめること、そのための努力と工夫と真心を欠いてはならない…と、改めて思った次第です。
(以上のことは、単身の方にはそのまま当てはまりませんが、でも同様の視点はあってもよいのではないでしょうか。すなわち、ぜひ身近な理解者を…ということです。)
パラパラ+積む ― 2025年08月14日 17時53分45秒
前々回、メアリー・ブラック博士の天文児童書を紹介する中で、博士が天文学史の研究者として、女性天文学者の評伝等も手掛けていたことを述べました。
その後、本棚にブラック博士の本があるのに気づきました。
買ってから全く開くことなく、積ん読本の山に埋もれていたのを、今回再発見したわけです。
(Mary Brück, Women in Early British and Irish Astronomy, Springer, 2009.)
かつての自分はなかなか勉強家だったなあ…と、読んでもいないのに厚かましいですが、そんなことを思いつつ、これは嬉しい驚きでした。
(表紙の女性は、ウェールズの天文家にして科学写真の先駆者であったテレザ・ディルウィン・ルウェリン(Thereza Dillwyn Llewelyn 、1834-1926)
本書に登場する女性天文家は、カロライン・ハーシェルにしろ、ウォード夫人にしろ、マーガレット・ハギンスにしろ、このブログで言及ずみの人も多いですが、彼女らについてもっと知りたいと思ったら、きっと本書のお世話になるだろうと、パラパラ見ながら思いました。
(マーガレット・ハギンスとタルスヒル天文台。過去記事参照)
(第5代王室天文官、ネヴィル・マスケライン(1732-1811)の娘、マーガレット・マスケライン(1785-1858)。この目力の強い、いかにも知的な肖像画が、彼女10歳のときのものと知って驚きました。)
まあ、パラパラ読みは所詮パラパラ読みに過ぎません。
しかし、パラパラでも、見るのと見ないのとでは、天地雲泥の差があるぞ…ということは、強調したいと思います。経験上、パラパラ見ておくだけでも、「そういえば、それに関係することが、あの本に書いてあったぞ」とピンと来ることはよくあって、それが調べ物をするとき、なかなか馬鹿にできない効果を発揮するのです。
そもそも積ん読が恥ずべきことだったら、私は恥辱にまみれて即死せねばなりません。しかし、そうならないのは、通常の積ん読でも、背表紙を眺めることの効用があるし【参考LINK】、さらにパラパラした上での積ん読には、それに数倍する効用があると信じるからです。
狐狸と屍喰(グール)の跋扈するところ ― 2025年06月07日 13時10分44秒
(前回のつづき)
和田維四郎(号は雲村)の古書蒐集に関して、前出の川瀬一馬氏は、もう少し言葉を加えています。
「村口は雲村の購書を一手に扱って、ほかの古本商を寄り付けぬように努め励んだと言います。〔…〕雲村は、岩崎・久原両文庫へ購入する古書の中に自分が欲しい物があると手もとに残し、それは後に「雲村文庫」として岩崎文庫に買って貰いました。体のよい二度取りです。それは半分久原文庫へ遣らなければならぬはずのものですが、久原は破産して最後は購入費を出しませんでしたから、岩崎文庫の方へ皆行ってしまったのでしょう。」 (川瀬前掲書、p.160)
川瀬氏はさらに
「古書善本の購入にかかわると利が伴ないますから、生活のため色々のことが起こりやすいものであります。その間に身を潔く保つことははなはだ難しいことです。」(同)
と余韻のある結び方をされていますが、川瀬氏の本には、ほかにもいろいろと人間臭いエピソードが紹介されていて、学ぶことが多かったです。
★
こういう商取引に関わる「ズル」以外に、この本には偽作の話題も出てきます。
私はこれまで書画骨董の世界は偽作・贋作だらけにしても、刊本である古書にもそうした例があることを知りませんでした。
具体的には、名のある蔵書、たとえば古くは北条氏の「金沢文庫」とか、下って太田南畝の「南畝文庫」とかから出た本であることを装う<偽印>、あるいは無刊記の本に他本の刊記を持ってきて補う<目直し>など。もちろん、いずれも書物の「格」と値段を吊り上げるための工夫に他なりません。
(川瀬氏の本に紹介されている偽印の例。右は真正の金沢文庫印、左は偽印三体)
まあふつうの古書だったら、初版本のコレクターが「本当の初版」の見極めに血眼になったり…とかはあると思いますが、意図的な偽作というのは、あまり聞きません(「著者サイン入り」が、別人の筆だった…というのは聞きます)。しかし「古典籍」の世界はまさに生き馬の目を抜く世界で、なかなか油断できないわけです。
★
古書と言えば、最近、こんな事実を知りました。
書物研究家の庄司浅水(しょうじせんすい、1903-1991)氏の古書エッセイに教えられたことです。
庄司氏は、愛書趣味の先人、アンドリュー・ラング(Andrew Lang、1844-1912)のいう「ブック・グール(書籍墓発き)」を紹介して、こう書きます(改段落は引用者)。
「〔…〕「書籍墓発き」に至っては、本を滅茶々々にしないと収まらないと云ふのだから、困ったものである。彼等は題扉(タイトルペーヂ)、口絵(フロントピース)、挿画、蔵書票等を蒐集するを以てこよなき楽しみとしてゐる。これがためには、公私の別なく書庫に忍び入り、湿した糸を挿込んでは己が欲する挿画を切り取り、アラビヤの伝説に伝はるかの不吉な悪魔の如く、巨人の残骸に見入る者である。
この方の代表的人物にジョン・バグフォードと云ふ靴屋の親爺がある。彼は英吉利好古物協会創設者の一人であるが、己が地位を利用して、各国各地の図書館、文庫を歴訪し、貴重珍稀な書籍を見せて貰ひ、監視の眼をごまかしては、さうした本のタイトル・ペーヂを片っ端からちぎり取ったのである。斯くして蒐集したものは、夫々の国々町々によって分類し、キチンと板紙に貼付けたが、二つ折判にして、優に百冊を突破したとのことである。」 (庄司淺水「書蠹」、奥本大三郎・編『蒐集(日本の名随筆別巻34)』、作品社、1993所収)
なるほどと思いました。
古書のカタログを見ていると、よく「タイトルページ欠」という本が売られています。現に私の手元にもあります。あれが一体何なのか、ずっと不思議に思ってたんですが、どうやら意図的に切り取る人がいたんですね。これが美しい口絵なら、それを切り取って手元に置きたいという気持ちは理解できるので、「口絵欠」の本は別に不思議とは思わないんですが、無味乾燥なタイトルページまで集めている人がいるとは、ちょっと予想していませんでした。
庄司氏と同様、私もそうした行為には眉をひそめますが、でもタイトルページがないおかげで、普通だったら手の届かない本が安価に売られている場合もあって、そのおかげをこうむっている私も、実は共犯者か…と、後ろめたいものも感じます。
(タイトルページを欠いたPierre Pomet(著)『A Compleat History of Druggs』、1712(フランスの本草書の英訳本)。パッと見タイトルページがあるように見えますが、これは前の所有者がカラーコピーで補ったもの)




























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