星乙女の本2026年04月19日 12時36分54秒

この季節の空をいろどる「春の大曲線」
北斗七星の柄杓を延長すると、うしかい座のアルクトゥールスを通って、おとめ座のスピカまでのカーブが描けるという、星好きにはおなじみの曲線です。

日本の民俗語彙では、アルクトゥールスは「麦星(むぎぼし)」の名を得ています。
ちょうど晩春から初夏にかけて、麦が熟す「麦秋(ばくしゅう)」の空に輝く星で、その色合いも、熟した麦の実にぴったりの好い名前です。

いっぽう西洋星座では、おとめ座が手にする麦の穂先がスピカで、これまた麦に縁があります。アルクトゥールスと同じく、麦の収穫期に輝く星であり、おとめ座が農耕神の性格を持つのも、そのためでしょう。

   ★

先日届いた本。


■F. E. Bernhardi
 Asträa:  Briefe über Astronomie an eine Dame
 (アストレア―ある貴婦人への天文書簡)
 Carl Rümpler(Hannover)、1858(第2版)、387頁

(タイトルページ)

アストレア(アストラエア)は「星乙女」の意で、おとめ座と同一視されるギリシャ神話の女神。おとめ座の神格については、複数の伝承がありますが、おとめ座のルーツは古代ギリシャ以前に遡るので、それらはいずれも付会であり、細かい詮索はあまり意味がないように思います。いずれにしても遠い昔、農耕生活に入った人類が常に頭上に仰いできた「農事の星」が、おとめ座であり、スピカです。

『アストレア』は、星乙女が表紙を飾る美しい本。
もちろん想定読者が女性だからこその星乙女であり、判型も16折判(ほぼ葉書サイズ)と愛らしいのも、女性向けを意識しているようです。

(背表紙にも麦の穂)

著者のベルンハルディは、ドイツの教育者、アドルフ・テルカンプ(Johann Dittrich Adolf Tellkampf 、1798-1869)の変名で、当時はやった書簡形式で書かれた天文学入門書です。

(目次)

内容は、第1書簡「天文学に関する本書簡集を執筆するに至った動機。受け手の要望に応えることの難しさ」、第2書簡「宇宙体系の予備的な図解。特に地球の公転および自転について」に始まり、第42書簡「天体現象についてフォン・フンボルトが語ったこと」に至るまで、さる御婦人(もちろん架空の存在)に宛てた42通の手紙によって、天文学の基礎を説くものです。


表紙の美しさにひきかえ、中身は当時の天文古書にありがちですが、わりと地味。


巻末に折り込み星図があるほか、文中にところどころ挿絵があるぐらいで、字が多めです。


でも、公的な科学教育から疎外されがちだった当時の女性が、この小さな本に読み取った星ごころを想像すると―ドイツ語が読めないので、想像するだけですが―、この本は地味どころか、なかなか滋味を感じさせます。

(裏表紙には同じ星乙女が空押しされています)