七度煎、今ひとたび ― 2025年11月08日 17時27分33秒
今日は珍しく実用記事です。
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「橋本七度煎」というのをご存知でしょうか?
風邪に大変よく効く煎じ薬です。七度まで煎じて服用できるという、コストパフォーマンスのいい薬で、愛知県南知多町の「橋本七度煎株式会社」が製造販売していました。「していました」と過去形で書くのは、2017年に七度煎は製造中止となり、会社も翌年解散したからです。
七度煎は名古屋を中心に流通していた中部ローカルの薬なので、他の地方の人にはなじみがないと思いますが、こういうローカルな薬が戦前は多かった気がします。私は根っからの名古屋人ではないので、七度煎とのかかわりは人生の途中からですが、これが大層私の体質と舌に合って、いつも愛飲していました。
製造中止となってからは、買い置きしておいたのを小出しに使っていたのですが、先日、今年の二番風邪をひいた際、ついに最後の1パックを使い切りました(もちろん使用期限はとうに切れています)。七度煎は上に述べたようなわけで、もはや二度と手に入らない幻の薬なので、心底惜しい気がしましたが、背に腹は代えられません。七度煎専用に使っていた鍋を出してきて、いつもより懇ろに煎じ、謹んで服用しました。
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私はわりと風邪をひきやすい体質なので、これから一体どうすればよいのか、まことに心細い気持ちです。
同じように感じる人は世間に大勢いるらしく、「橋本七度煎」で検索すると、「橋本七度煎に代わるもの」という日の丸薬局さんのページがトップに表示されます。
日の丸薬局さんでは、いずれも(株)和漢薬研究所が製造している、紫華栄(シカロン)と風治散(ふうじさん)を1包ずつ服用することを提唱されています。
まことに心強いアドバイス。調べたら我が家の近くの漢方薬局で、いずれも購入可能なことも分かりました。包数を合せるために紫華栄90包入りと、風治散の60包入りと30包入りを買うと、〆て29,040円也。1回あたり(各1包)323円というお値段です。
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これでまずは一安心…と思いましたが、念のためその成分を確認しておきます。
橋本七度煎の原材料は、パッケージおよび同梱のチラシに明記されています。
表中にも注記しましたが、紫華栄3包(4.5g)中の生薬総量が14.66gになっていて、「あれ?」と思われると思いますが、これは例えば、オウギ(黄耆)0.25gとあるのは、実際には 黄耆乾燥エキス0.05gを、またシコン(紫根)7.5gとあるのは、同じく紫根乾燥エキス0.17gを使っているためです。ここでは橋本七度煎と比較するため、エキスにする前の植物体重量ですべて記載してあります。
表を見てただちに気づくのは、橋本七度煎は13種類の生薬を配合していますが、そのうち紫華栄・風治散と共通するのは、赤字で示した3種のみだということです。「これで代用になるのかなあ?」と一瞬思いましたが、生薬というのは、異なる種類が類似の効果を示したり、複数の薬を併せのむことで独自の効果を発揮したりするらしいので、全体の薬効で比べた場合は、これで橋本七度煎の代用たりうるということでしょう。
ただし、ここで気になることがあります。
薬ですから適切な薬効があればいいようなものですが、橋本七度煎に関しては、私はその香味をはなはだ好んでいるので、同じ匂いと味でないと、たぶん満足できないでしょう。はたして紫華栄+風治散の組み合わせが、それに応えてくれるかどうか? まだ飲んでないので何とも言えませんが、その点に一抹の不安を覚えます。
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じっと腕組みをして、はたと気付いたのは、橋本七度煎のレシピは公になっているのだから、これに従えば同じものがたちどころにできるのではないか?ということです。
これに関しては、薬剤師法と薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)が絡んでくると思い、まずは県薬剤師会の薬事情報センターに問い合わせてみました(以下、文責は管理人)。
Q: 橋本七度煎のパッケージを薬局に持っていって、「これと同じものを作ってください」と頼むことは可能でしょうか?
A: 薬剤師は原則として医師の処方箋に基づかない調剤はできません。ですから基本的にダメです。
Q: ではここに挙がっている生薬をどこかで入手して、自分で調合するのはどうでしょう?
A: そこは非常にグレーな領域で、自分で調合して自分で飲むことは確かに可能です。しかしたとえ家族であっても、他人に飲ませると、ただちに違法になります。
A: 薬剤師は原則として医師の処方箋に基づかない調剤はできません。ですから基本的にダメです。
Q: ではここに挙がっている生薬をどこかで入手して、自分で調合するのはどうでしょう?
A: そこは非常にグレーな領域で、自分で調合して自分で飲むことは確かに可能です。しかしたとえ家族であっても、他人に飲ませると、ただちに違法になります。
なるほど。では次に江戸時代から続く老舗の漢方調剤薬局「H閣」に行って、やはり同様の質問をしてみました。
Q: 貴店でこれと同じものを作っていただくことはできますか?
A: 当店は予約制でして、まず医師とじっくり相談していただきます。その上で必要ならば、これと同じか、あるいは同様の効果のある別の処方をしますので、それに従ってお薬をお出しします。
Q: ちなみに、貴店の店頭でここにある生薬は全部揃いますか?
A: そうですねえ〔とチラシを眺めながら〕…今、阿仙薬と山奈はありませんので、問屋に注文しなければなりません。それ以外はすべてあります。ただ、いずれにしても医師とご相談いただくことが必要ですから、この名刺をお持ちください〔と名刺を頂戴しました〕。
A: 当店は予約制でして、まず医師とじっくり相談していただきます。その上で必要ならば、これと同じか、あるいは同様の効果のある別の処方をしますので、それに従ってお薬をお出しします。
Q: ちなみに、貴店の店頭でここにある生薬は全部揃いますか?
A: そうですねえ〔とチラシを眺めながら〕…今、阿仙薬と山奈はありませんので、問屋に注文しなければなりません。それ以外はすべてあります。ただ、いずれにしても医師とご相談いただくことが必要ですから、この名刺をお持ちください〔と名刺を頂戴しました〕。
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…というわけで、すぐに七度煎を復活させることはできませんでしたが、一縷の望みはつながったわけです。
ことによったら、明治時代の薬学書でせっせ学んだ知識を生かし、魔法使いのお婆さんよろしく、自宅で七度煎が復活する日も近いぞ…と言いたいところですが、それはちょっと難しそうです(せっせと学んだというのは嘘です)。
(図版頁の右上、第61図が「阿仙薬 Acasia Catech Willd.」)
コメント
_ S.U ― 2025年11月09日 09時54分51秒
_ 玉青 ― 2025年11月09日 21時33分55秒
ありがとうございます。
医学や薬学は人の営みと直結しているので、本来はとても人間臭い学問ですよね。民俗学とも地続きでしょう。伝統薬はそうした民俗的な懐かしさをまとっている気がします。
今の大病院はそうしたものを振り捨てて、ひたすら白くてピカピカの無機的空間を目指しているように見えますが、一方には木のぬくもりを取り入れる動きもあるので、やっぱり行き過ぎれば反動があるのでしょう。
医学や薬学は人の営みと直結しているので、本来はとても人間臭い学問ですよね。民俗学とも地続きでしょう。伝統薬はそうした民俗的な懐かしさをまとっている気がします。
今の大病院はそうしたものを振り捨てて、ひたすら白くてピカピカの無機的空間を目指しているように見えますが、一方には木のぬくもりを取り入れる動きもあるので、やっぱり行き過ぎれば反動があるのでしょう。
_ mm ― 2025年11月29日 23時19分11秒
橋本七度煎、懐かしいです。
風邪のときに飲んでいました。
味は独特でしたが、うちは全員好きでしたね。
風邪を引くと、七度煎を飲みたくなります。
風邪のときに飲んでいました。
味は独特でしたが、うちは全員好きでしたね。
風邪を引くと、七度煎を飲みたくなります。
_ 玉青 ― 2025年11月30日 16時34分18秒
あって当たり前、失われて初めてその偉大さに気づく…
橋本七度煎はmmさんと私にとって、まさに日々の営みの名脇役だったと言えるかもしれませんね。本当に惜しい存在を亡くしました。。。
橋本七度煎はmmさんと私にとって、まさに日々の営みの名脇役だったと言えるかもしれませんね。本当に惜しい存在を亡くしました。。。
_ 中嶋 ― 2025年12月05日 14時35分33秒
ひどい風邪をひいて七度煎を飲みたいと思いこのページに辿り着きました。
私は高山市の生まれで、風邪を引くとこれを飲んでいました。
私もこの味と香りだけで治るような気がします。
記事にはまだ試されていないとのことでしたが、二つの漢方の調合結果は如何でしたか。
私は高山市の生まれで、風邪を引くとこれを飲んでいました。
私もこの味と香りだけで治るような気がします。
記事にはまだ試されていないとのことでしたが、二つの漢方の調合結果は如何でしたか。
_ 玉青 ― 2025年12月06日 16時40分28秒
中嶋さま、コメントありがとうございます。
あの味と香りだけ治るような気がするというのは、まさに我が意を得たりの思いです。
肝心の2種服用の件ですが、その価格の前で足踏みしていて、まだ実践には至っていません(そもそも煎じ薬でないというのが、大きなためらいの理由ですね)。
あの味と香りだけ治るような気がするというのは、まさに我が意を得たりの思いです。
肝心の2種服用の件ですが、その価格の前で足踏みしていて、まだ実践には至っていません(そもそも煎じ薬でないというのが、大きなためらいの理由ですね)。
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愛知県の薬と言えば、「愛知県西尾市妙満寺・・・」 の「ヒサヤ大黒堂」はかつて痔の軟膏のCMで有名でした。私の故郷の京都府北部では、「天藤製薬」の「ボラギノール」でしたがこれも全国区になりました。他、関西では、胃腸の丸薬ですが、大峯山と高野山が主力の「陀羅尼助丸」(黒色)、富山の「はら薬」(赤玉)が有名です。これらの薬は常用していて、かつては行商や旅行する人頼みでしたが、今は通販で買えますから便利になりました。行商や参拝経路の特殊性が顧客を開拓した歴史があったのでしょうが、その関連は今では消えましたね。