植物標本の魅力2007年04月16日 05時53分57秒

(↑小学館『採集と標本の図鑑』、昭和45年・改訂第20版、表紙より)

季節も良くなってきたので、天文を離れ、しばし植物の話を続けます。

  ◇   ◆   ◇   ◆

植物標本というのは実にはかなげなものですね。軽くて、薄くて、大層もろいです。鉱物標本も、だんだん深みにはまっていくと、湿度や紫外線に気を使ったりして、なかなか管理が大変だと聞きますが、それにしても押し葉の弱々しさとは比較になりません。

植物というのは、清楚で、控えめで、愛らしく、文字通り華がある。19世紀の女性たちが植物採集に熱中したのも、それが当時の女性の徳目に大いにかなうものだったからでしょう。

「植物的」という形容詞がありますが、植物標本はまさに「植物的」なところが魅力だと思います。解剖学アイテムなど、濃厚な刺激に飽いた心には、まさに一服の清涼剤。言うなれば、理科室趣味におけるベジタリアン感覚といったところでしょうか。

とはいえ、植物学はリンネ直系の伝統と格式を誇る学問。その見かけとは裏腹に、重々しい学問の蘊奥をチラリと感じさせるのも、また素敵な点です。

『植物標本集ならびに植生の記載』(1)2007年04月17日 07時34分13秒


●Harbarium and Plant Descriptions
 Nelson, Edward T.
 Allyn and Bacon, Boston, 1895

これは植物標本製作のための、一種のワークブック。最初に植物採集と標本作りの心得が書かれていて、あとの空白ページを自らのコレクションで埋めていくという趣向です。この本は古書として流通していますが、当然のことながら、同じ本は二つとありません。

私が買った本には、オハイオ州の某女性のサインと蔵書印があります。それを仔細に見ると、彼女は娘時分にこの本を買って、結婚して名字が変わった後も大事に手元に持っていたことが分かります。

きっと聡明で美しい女性だったに違いない…と、ややもすれば思うのは、既に少々邪念が入っている証拠なので、植物標本本来の魅力を損なうものかもしれませんね(…微苦笑)。

(この項つづく)

『植物標本集ならびに植生の記載』(2)2007年04月18日 05時29分23秒


標本の記載を見ると、私の手元にあるのは、すべて1903~04年に同地(オハイオ)で採集されたものです。

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写真は、標本ラベルに該当する “Plant Description” のページ。
筆記体で読みにくいのですが、

・採集日 1903年5月4日
・科 アブラナ科
・種名 ナズナ(一般名 羊飼いの財布 Shepards Purse)
・採集地 J. A. バリス師の庭
・生育環境 小川の近く
・植生 外生、草本、直立、一年草

…等から始まって、根、茎、枝、葉、花序、花冠、蕊、実、種の特徴が、事細かにびっしり記載されており、単なる「押し花」のレベルを超えた「学術標本」であることが分かります。

それにしても、100年前にアメリカの野原で摘まれた花が、今私の目の前にあるというのは、何とも不思議な感じです。「小川近くのバリス師の庭で採集」というところが、何となく乙女チック。

(この項つづく)

『植物標本集ならびに植生の記載』(3)2007年04月19日 05時30分48秒


標本のサンプルを2つ載せておきます。

写真は、昨日載せたナズナの標本。

この本は「本」と言いながら、二つ折りの紙を束ねて、それを秩(ポートフォリオ)で挟んだ体裁になっており、標本はその二つ折りの内側に貼付されています。そして、各葉の表紙に当たる部分、上の写真だと左側のブランクページの裏側に昨日のこまごました記述が書かれています。

『植物標本集ならびに植生の記載』(4)2007年04月19日 05時32分08秒


スミレの一種。和名不明ですが、学名 Viola pubescens、一般名は Yellow Violet と記載されています。ちょうど今の季節、1903年4月23日に採集されたもの。 

手元の「本」には、こうした標本が全部で52種類含まれています。

星座のトランプ2007年04月20日 22時16分23秒

The History of Astronomy Discussion Group、略称 HASTRO-L というメーリングリストがあって、これまでも何回かネタを貰いましたが、その新着情報です。

 ★    ☆    ★

イギリスの天文学者、ジョセフ・モクソン(Joseph Moxon、1627-1691)が、1676年に星座をテーマにしたトランプ(playing cards)を出版しており、その解説用ブックレットがオンラインで読めますよ…という話。

http://www.phys.uu.nl/~vgent/downloads/moxon.pdf

一瞬、そのトランプ自体を見られるのだと早とちりして、「お!」と思ったのですが、よく見たら、載っているのは字ばかりの解説書だけということで、一寸がっかり。投稿者も、トランプ本体に関する情報をぜひ、と呼びかけていましたが、これは何としても見たいですね。

以下は、投稿者のメモ。

「モクソンの冊子は、他にも以下の点で興味深い。
○6~8頁には、星座に関する一風変わった韻文が載っている。
○11頁で、天の川のことを「Watling-street〔ウォトリング街道;イングランド
 とウェールズを結ぶ古道〕」と呼んでいる。(Allen の STAR NAMES の477
 ~478頁を参照のこと。)
○15~50頁は、星座の神話に充てられている。」

何はともあれ、早くも17世紀には、天文学がこれほどポピュラーになっており、遊具化されていたというのが、驚きであり、新たな発見でした。

以前の記事に載せたように(※)、天文趣味が一般に普及したのは、18世紀も後半になってからのことだと思っていたのですが、その辺は再考の余地があるかもしれません。

(※)http://mononoke.asablo.jp/blog/2006/09/13/522076

ヘンリー・ドレイパーのサイン入り写真2007年04月21日 09時39分13秒


ちょっと目先の変わったものを載せます。

 ☆  ☆  ☆  ☆

写真術を天文学に応用し、分光学と写真測光のパイオニアとして、恒星分類学の基礎を築いた偉大な天文家、ヘンリー・ドレイパー(Henry Draper 1837-1882)。

そのドレイパーのサインが入った、古いキャビネ版の写真です。
「我が家に古くから伝わるもので、高名な科学者だった曽祖父の遺品の一部」という触れ込みで、eBayに出品されていました。妻であるアンナ・ドレイパー(Anna Palmer Draper 1839-1914)のサインや、ドレイパーが使った望遠鏡の古写真なども一括しての出品です。

この手の品には怪しげなものもありますが、これは真正の古写真。また当方からの問い合わせに対して、売り手の方からは、以下のような丁寧なメールをいただきました。

「私の曽祖父は、Dr. George F. Barker と言います。彼は、義理の息子であるCharles E. Munroe と共に、化学者として火薬と爆発物の研究に従事していましたが、二人はエジソンや、ドレイパー、その他多くの人々と友人付き合いをしていたようです。…」

そんなこんなで、これは出所の明らかな、ドレイパーの真蹟だろうと思います。

過去の偉人と知己になったような親しみを覚えるのが、こうした肉筆物の良さ。何といっても、ドレイパーその人が触れ、ペンを走らせた、まさにその写真が今掌中にあるのですから。

(それにしても、昔の人は髭が立派ですね。)

ドレイパーもの…夫人の肖像2007年04月22日 15時03分35秒


今回 【ドレイパー関連一括】 として購入した中には、いろいろな物が含まれるのですが、上の写真はドレイパー夫人を描いたリトグラフカード(11 x 16.7 cm)と自署。

サインの方は、手紙の一部を切り取ったとおぼしき小紙片に書かれています。
リトグラフには、“nina jagnani =1893=” という、作者名らしきものが書かれていますが、詳細不明。(なお、モデルはドレイパー夫人で-たぶん-間違いありません。もう一枚の肖像画↓と比べてみて下さい。)

■The Athenaeum  http://www.the-athenaeum.org/art/detail.php?ID=25401

堂々たる、貴婦人然とした女性。ヘンリーの髭に負けず、夫人のレース飾りも凄いですね。実際、彼女はたいそうな富豪の令嬢であり、その相続財産があったからこそ、ドレイパーは天文学の研究に没頭できたと言われています。

そればかりでなく、彼女は有能な共同研究者として夫を支え、夫の死後にはその名誉を讃えるために、学術機関に莫大な寄付を行い、ヘンリー・ドレイパー・メダル(米国科学アカデミー)や、ヘンリー・ドレイパー基金(ハーヴァード)を創設しています。

いわば「一豊の妻」的な理想の女性ですが、こういう女性を妻に迎えて、なおかつ堂々としていられる男性は、意外に少ないかもしれません。その意味で、ヘンリー・ドレイパーはやっぱり傑物であったと思います。

『稲垣足穂の世界』…リニューアル2007年04月23日 08時04分36秒

(↑野又 穫 「Perspective-21」 2001年、本書より)

今年の初め、雑誌『太陽』の足穂特集号を取り上げましたが(http://mononoke.asablo.jp/blog/2007/01/14/1112183)、その新版が出ました。

★『稲垣足穂の世界 ― タルホスコープ』
 種村季弘・荒俣宏・あがた森魚=著、コロナブックス編集部=編
 平凡社コロナ・ブックス、2007
 (版元による紹介  http://www.heibonsha.co.jp/catalogue/exec/browse.cgi?code=634029

奥付には、“本書は、『太陽』(1991年12月号)「稲垣足穂の世界」をもとに加筆し、新原稿・図版を追加して再構成したものです” …と注記されています。

図版は大幅に差し替えとなり、しかもいずれも気が利いているので、タルホ度は一気に倍増という感じです。元の雑誌よりも、ぐんと良くなりました。もちろん、例のしょうもない男娼風の青年も姿を消しました。

タルホの名に反応する人なら、買って損はない一冊。

ドレイパーもの…望遠鏡2007年04月24日 22時43分24秒


変形手札版と言うのでしょうか、10.5cm×6.3cmの縦長の写真。

錘式のクロックドライブを備えた古風な赤道義に、2台の屈折望遠鏡が載っています。口径は10~15cm程度でしょうか。左側の望遠鏡の接眼部がちょっと変わっています。

売り手の方は「ドレイパーの望遠鏡」と信じて疑わぬ様子でしたが、ドレイパーの主力機材は、口径70cmという巨大な反射望遠鏡であり、本当にドレイパーの望遠鏡かな?と、一抹の不安も覚えます。

こういうときは、その筋の意見を聞くに限ると思い、今回記事を書くに当って、該博なアンティーク望遠鏡マニアに話を聞いてみることにしました(例によってメーリングリスト頼み)。

(その顛末は明日以降に…)