かぼちゃ、明治博物風。2012年12月21日 20時39分50秒

今日は冬至。
季節の風物詩、カボチャからの連想で記事を書きます。

天文古玩的にカボチャというと、1枚の古い掛図が思い出されます。

(明治6年刊、「第二博物図」。 出典: 国立公文書館デジタルアーカイブ
 http://www.digital.archives.go.jp/gallery/view/detail/detailArchives/0000000933

(上記部分図)

   ★

明治の始め、初等教育の場に初めて自然科学が登場したとき、何をどう教えればいいのか、極端に言えば、誰も知りませんでした。西洋の科学啓蒙書の翻訳・翻案は、続々と行われていましたが、まったく素養のない子供たちに、新時代の学問をどう教えるべきか?

そこに登場したのが掛図です。
掛図は当時、西洋の学校でも盛んに使われていたので、お手本には事欠きませんでした(直接的には、アメリカの掛図が参照されたようです)。また日本の場合、昔から絵解きの伝統があったので、それを受け入れやすい素地があったのかもしれません。
掛図は子供たちの視覚と好奇心に訴えようという、いわば明治版AV教材。


(↑玉川大学教育博物館で平成15年に開催された、『明治前期教育用絵図展』の図録。同じく平成18年開催の『掛図にみる教育の歴史』図録と併せて、明治期の掛図について知るには便利な1冊。)

   ★

博物掛図で興味深いのは、大根やスイカやカボチャなど、誰でも知っている卑近なものを、改めて「学問」の対象として、その俎上に載せていることです。
青物屋の店先にゴロゴロしているものが、多様な植物の姿を学ぶ生きた教材として提示されたとき、そこに新たな価値と意味が生まれた…とすら言えるでしょう。

博物掛図には、遠い異国の見慣れない獣類なども登場するのですが、しかし野菜に限らず、「雑草」や「虫けら」など、子供たちの身の回りの生物が、新たに「観察と学習」の対象として取り上げられたことは、「自然科学的態度」の涵養に、いっそう大きな意味があったはずです。

いわば博物掛図は、新たな科学的認識の先兵でもあったのではないでしょうか。

   ★

例によって大上段に振りかぶって論じていますが、本当は文明開化の日本で、サイエンスと木版摺りの伝統が融合し(さらに細かく見ると、図自体も銅版墨刷と木版色刷の和洋折衷です)、興味深い一連の作品が生まれたことを指摘し、その鑑賞に徹したほうが滋味豊かかもしれません。博物掛図には、それだけの「味」がありますから。

ただ、その「味」を知るには、やはり現物を手にしたいところ。
しかし、明治初期の掛図は、今や立派なミュージアムピースですから、それを入手することはきわめて困難です。私もハナから諦めていましたが、その後、意外な形でその壁が崩れたので、そのことを以下に書きます。

(この話題つづく)

コメント

_ toshi ― 2013年01月23日 21時04分06秒

遅まきながら,この掛図のオリジナル数枚が現在F書房で販売されていますが,ご存知ですか?

_ 玉青 ― 2013年01月23日 21時32分40秒

これは!!!全く気付きませんでした。
驚愕しつつ、早速購入させていただきました。
ご教示ありがとうございました。

F書房さんは、ちゃんと価値を知って値を付けているだけに、常々唸らされることが多かったですが、この品はリーズナブルだと感じました。
状態の方が気にはなりましたが、元来が審美的対象ではなしに実用の具ですし、値段も値段ですから、大抵のことには目をつぶろうと思います。

ご厚意、重ねてお礼申し上げます。

_ 玉青 ― 2013年01月24日 22時40分49秒

…と思ったら、折り返しF書房より「既に売り切れ」の連絡が来ました。
むう、流星光底長蛇を逸す。
まあ、現実はそんなものかもしれませんねぇ。
でも、引き続きめげずに頑張りますので、また耳寄り情報等ありましたら、ぜひ耳元で囁いてくださいませ。(^J^)

_ toshi ― 2013年01月25日 19時50分44秒

これはタッチの差で残念でした.
冬のカタログが来たのが,1/19だったと思うので
速報すべきでしたね.
失礼しました.

_ 玉青 ― 2013年01月25日 22時28分38秒

いえいえ、あの品が市場に出回っていることが分かっただけでも、将来に希望が持てました。ありがとうございました。待っていれば、2度目、3度目の機会は必ず訪れるものと確信しています。

_ L4RI_JP ― 2017年11月17日 16時19分32秒

この掛図よりもだいぶ時代が下りますが、明治末にカード式の博物図シリーズが出されていたようです。大きさはB5判ほど。

柑橘類
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仁果類
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東京博物學會の編纂で、『新撰 博物標本圖解』という標題です。版元は東京の四方堂出版部(その詳細は不明)。
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掛図の姉妹品として企画されたもののようです。
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いちどきに覧る者が20人も30人もいない環境ならば、これの方が掛図よりもコンパクトで扱いやすかったろうと思います。

_ L4RI_JP ― 2017年11月17日 18時06分38秒

なお明治初年の文部省掛図については、国土が狭く自然災害が多く火事も頻繁にあった、ということを考えるとそんなにたくさん現存しているとは考えづらいのですが、昨日載せた並製『新撰恒星圖』同様、短冊のように小さく折り畳んで題簽つきの表紙+裏表紙を取り付けた博物図は2度ばかり市場で見かけたことがありますので、そうしたものならば今後も入手できる可能性は結構あるのかもしれません。

レプリカでも構わないから取り敢えずひとつ、ということであれば↓のような『第二博物圖』複製品がときどき出回っています。
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恐らく、昭和50年代にぎょうせいから出た唐澤富太郎『教育博物館』の解体品ではないかと思われます。軸の棒がプラなのでひと目で新しいものと知れますが、結構ちゃんと拵えられてはいます。

只今もネットオークションにひとつ出品されているようです。

_ 玉青 ― 2017年11月18日 08時47分41秒

明治初期の「青物」図と、明治末の「果物」図を比べると、この間の印刷技術や洋風描画技術の進展をうかがうことができて、興味深いですね。
最近は明治の博物図周辺を歩き回る頻度がちょっと減っていますが、そのうちに興味が盛り返して来たら、また大いに探索してみようと思います。
(なお、ぎょうせいから出た復刻掛図はすでに入手済みです。)

_ L4RI_JP ― 2017年11月18日 13時11分43秒

教科書などでも明治20年代くらいまでと30年代くらいから後とでは挿画の絵柄が和風から洋風へがらりと変わりますが、こちらの場合は和本から洋装本へ変わったことも大きいように思えます。また、絵描きの世代が替わった影響もあるのかも知れません。

明治の博物図周辺探索<いつしか盛り返してこられることを楽しみにしております。

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