ドードーを追って2015年09月30日 21時54分45秒



『不思議の国のアリス』で有名になったものの1つに「ドードー(Dodo)」の存在があります。ドードーは、かつてインド洋のモーリシャス島に生息した絶滅鳥類。16世紀に発見され、早くも17世紀には地球上から消えました。

(バルーン表示がモーリシャス)

19世紀人のルイス・キャロルから見ても、200年以上前に死に果てた鳥で、そのユーモラスな姿形と相まって、いろいろなイメージを投影するには便利な相手ですが、絶滅の原因は、乱獲と人間が島に持ち込んだ動物のせいなので、完全に人為作用によるものです。そのたどった運命はいかにもいたましい。

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その悲劇の鳥の形見が、棚の奥にあります。


ドードーのくちばしの標本。
もちろん本物ではなく、樹脂製のレプリカです。


このレプリカの素性について、チェコ在住の売り手がメールで教えてくれたのは、以下の内容でした。

 「お送りするのは、オリジナルから直接型取りしたレプリカで、ほぼ現物と同じ外観をしています。製作者は、モラヴィア博物館人類学研究所に勤める私の友人です。彼によれば、プラハ国立博物館に所蔵されているオリジナルから型取りしたもので、オリジナルは、昔の王様が自分の宮廷に所有していたものかもしれません。ドードーの原産地から、新たに骨が発見されたこともあったでしょうが、同様のものは他に大英博物館にあるだけだと思います。」

売り手の言葉には、ところどころ推測がまじっていますが、彼が述べていることは、大筋でほぼ事実と思われます。その辺のことを少したどってみます。

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そもそも、化石として発見されたものを除き、生きて捕えられたドードーの遺骸は、現在どこにどれだけ残されているのでしょうか?

英語版Wikipediaによれば(https://en.wikipedia.org/wiki/Dodo#Physical_remains)、

○オックスフォード自然史博物館所蔵の干からびた頭と足(a dried head and foot)
○かつて大英博物館が所蔵し、現在行方不明の足(a foot)
○コペンハーゲン大学動物学博物館所蔵の頭蓋骨(a skull)
○プラハ国立博物館所蔵の上のくちばしと脚の骨(an upper jaw and leg bones)


以上の4点が全てで、このうちコペンハーゲンとプラハの標本は、19世紀半ばになって再発見され、改めてドードーのものと判明した標本だそうです。「再発見」というのは、いったんその存在が忘れられて、「博物館のこやし」になっていた中から、後世の学者が価値を見出した…といった状況を指します。

「コペンハーゲン・ドードー」の場合、その歴史はなかなかドラマチックで、ヨーロッパにおけるモノの転変の例としても興味深いものがあります。以下、上記Wikipediaの記事から適当訳。

 「コペンハーゲンの頭蓋骨(標本番号ZMUC 90-806)は、1651年までエンクホイゼン〔オランダ〕のベルナルドゥス・パルダヌス(Bernardus Paludanu)のコレクションの一部だったことが知られており、同年、シュレスヴィヒ〔ドイツ〕のゴットロフ城内の博物庫に移された。1702年、同城がデンマーク軍に占領されると、博物庫のコレクションはデンマーク王室コレクションの一部となった。この頭蓋骨は1840年にJ.T. ラインハルト(J. T. Reinhardt)によって再発見された。その来歴からすると、17世紀のヨーロッパにもたらされたドードーの遺物としては、知られている中で最古のものかもしれない。この品は、オックスフォードの頭蓋骨よりも13ミリ(0.51インチ)短く、メスのものだった可能性がある。ミイラ化しているものの、皮膚は既に失われている。」

(コペンハーゲンにあるドードーの頭蓋骨。Wikipediaより)

そして、問題の「プラハ・ドードー」については、以下のように書かれています(同じく適当訳)。

 「プラハ国立博物館にある頭蓋骨正面の一部(標本番号P6V-004389)、及びいくつかの脚の骨は、1850年にボヘミア博物館の残骸の中から発見されたものである。これはかつて皇帝ルドルフ2世の動物園で飼われていたドードーたちの剥製の遺物である可能性があり、ひょっとしたらホーフナーゲルあるいはサーフェリーが絵筆にした個体かもしれない。」

(ルドルフ2世所有のドードー。ヤコブ・ホーフナーゲル画、1600年代初頭。出典同上)

文中の「ボヘミア博物館」はプラハ国立博物館の前身で、当時建物の移転があったため、その引っ越しの際に、いろいろ不要物の山ができており、ドードーはそこから発見されたようです。

このドードーが、ハプスブルク家当主にして、神聖ローマ皇帝だったルドルフ2世(1552-1612)のコレクションに由来するものであること示す史料は一切ないのですが、彼がドードーを飼い、プラハ城内のヴンダーカンマーにその剥製を所有していたことは確かなので、場所柄その遺物ではあるまいか…と推測されているわけです。

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手元にあるのは所詮レプリカとはいえ、形あるモノを介して、あの驚異王とつながっていると想像するのは楽しいことですし、その驚異の部屋をちらりと覗き込んだような気がします。(そしてまた、人間の愚行を思い起こすよすがともなります。)



コメント

_ S.U ― 2015年10月02日 22時52分07秒

ドードーは、本当に気の毒を通り越して、あわれというしかありませんね。

 是が非でも利用せねばならないほどのめざましい用途があったわけではないのに乱獲され、見世物にされたわりにはまともな剥製一つ残らず、新参者の動物にはいいようにいたぶられ、あわれを通り越して申し訳が立たないというか・・・

 我らがルイス・キャロルの希代の名作に入れさせてもらえたことだけが救いのように感じられます。

_ 玉青 ― 2015年10月03日 12時57分29秒

身近にトキの例もありますが、まこと人間は罪作りな存在ですね。
地球上の他の仲間のみならず、人間は同じヒト科ヒト属ヒトに対しても、同様に残酷であるという事実を以て許しを乞うしか、もはやないかもしれません。切ないですね。

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