地震学の揺籃期(1)2016年04月17日 09時40分19秒

暗い空から雨まじりの強い風が吹きつけています。

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火山学・地震学というのは、いったん噴火や地震の予知に失敗すると、「まったく役に立たん学問だ。無駄なことに予算を付けるのはやめちまえ!」などと、息まく人が現れて、いかにも気の毒な感じがします。

火山学・地震学はごく若い学問ですから、実用の学に育てるには、もっと時間も予算もかけないとダメで、上の御仁の主張はまったくの真逆、単なる暴論に過ぎません。
…というようなことを、偉そうに書ける立場ではありませんが、「ごく若い学問だ」ということは自信をもって言えます。

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以前、買ったままになっていた本を、この機会に紐解いてみました。

■和達清夫(著) 『地震学』
 中央気象台附属測候技術官養成所(刊)、昭和4年(1929)

著者の和達清夫(わだちきよお)は、ウィキペディアの同人の項を参照すると、明治35年(1902)の生れですから、この本が出たときはまだ27歳の若手です。当時の肩書は気象台技師。後に中央気象台台長、初代気象庁長官、埼玉大学学長を歴任し、平成7年(1995)に亡くなっています。戦前から戦後にかけて、一貫して日本の地震学をリードしてきた人物です。

(和達清夫 1902-1995。ウィキペディアより)

その和達が1929年に記した文章を掲げます。
(引用にあたり、原文の旧字カナ交じりを、新字かな交じりに改めました。)

 「地震の原因に対しては今日の地震学は未だ遠き観あり。明らかに其の原因の知れるもの例へば火山地震の如きものあれど、そは特別なるものにして一般の地震に非ず。而も其火山の原因に到りては未だ闡明〔せんめい〕されたりと云ひ難し。誠に地震の原因に就いては火山の原因が闡明さるる時又解決さるるものにして、恐らく同一原因より生じたる二つの現象なるべし。」

「地震発生の機巧に関しては近来頻りに臆説がなさると雖〔いえど〕、その真偽は知るべくも非ず。現在に於いては地震発生の際生ずる現象、事実を最も忠実に観測記載し、其れに理論的助けを藉〔か〕りて、一歩一歩地震発生の原因機巧に進み引いては地震予知予防に迄到らんとするなり。」

「本講に述ぶる所は主として地震観測を基礎として発達せる地球物理学の一分科としての地震学にして、観測に重きを置く。而して地震の原因機巧に関する方面は殆ど之に触れず。」 (『地震学』pp.1-2.)

(「第一篇 総論及ビ統計地震学」)

(同上部分)

なんと正直な告白でしょうか。
当時、地震発生のメカニズムはどのように理解されていたのか?…という問題意識で読み始めたのに、冒頭でいきなりこう宣言されて、虚を突かれました。

発行元が<測候技術官養成所>となっているように、この本は現場の観測技師を育てるためのテキストですから、あまり学理に深入りしていないのかもしれませんが(※)、それにしても、こうはっきり書いてある以上、1929年の時点では、地震の原因も、火山の成因も、はっきりしたことは何一つ分かっていなかったのは明らかです。

(※)和達自身が1927年に発見した、深発地震源が鉛直方向にゆるいカーブを描いて面状に分布しているという事実(後にプレート沈降の接触面として解釈されることになる重要な知見)も、本書には書かれていませんでした。

【4月18日付記】
…と、最初の方だけ読んで思い込んでいましたが、よく読んだら、深発地震(深層地震)の話題は、本書の最後(第5編 第3章「雑篇」)で触れられていました。

たとえば、深層地震の好発地域は、遠州灘沖合など特定のエリアに限られ、また通常の地震と違って、揺れの強さが震源からの距離と必ずしも相関しない(異常震域)等の新知識が、そこで説明されています。ただ、「何故にかく顕著なる異常震域を生ずるやと云ふ其の機構に関しては、現在に於いては尚充分なる説明を与ふること能はず」(pp.214-15)とも書かれています。 (付記ここまで)

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いずれにしても、地震学の進歩は、人ひとりの一生で大半をカバーできるぐらいのスパンで成し遂げられたもので、やっぱりこれは若い学問といっていいんじゃないでしょうか。

他の学問の歴史から類推するに、地震学は「理論」と「観測」の両輪のうち、観測手段が非常に限られていることが隘路となっており、そのブレイクスルーは、理論よりも、むしろ画期的な観測手段(地球内部をクリアーに見通す技術)の開発にかかっているのかもしれません。

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さて、これだけだと本の冒頭を眺めただけで終わってしまうので、もう少し先も読んでみます。

(この項つづく)