日英交流を祝う望遠鏡2016年08月13日 08時06分52秒

イギリスの天文史学会Society for the History of Astronomy ; SHA)というのは、アマチュアも多く参加している、いわば好事な趣味人の集まりです。少なくとも、こんないでたちで、古い天文台の廃墟を訪ねるぐらいには好事な人たちです。


そして、ここは誰にでも開かれている団体です。私もその末席に連なって、紀要やニューズレターを送ってもらっているのですが、最新の紀要(Bulletin Issue25、2016春号)を見ていたら、「Japan」の文字が目に付きました。


「何かな…?」と目をこらすと、「ジャパン400委員会が贈呈した天体望遠鏡」と題する記事で、今から3年前の2013年に、日英交流400周年記念行事の一環として、イギリス側から日本に贈られた1台の望遠鏡を紹介する内容でした。

   ★

日英交流400周年と望遠鏡がどう関係するかといえば、1613年、時の国王ジェームズ1世が、徳川家康に書状を添えて望遠鏡を贈ったことがあって、その望遠鏡の現物はすでに失われているのですが、この故事にちなんで、改めてイギリスから日本に望遠鏡を贈ろう…というアイデアが出されたのでした(実際に望遠鏡が発注されたのは2012年のことです)。

その後、望遠鏡はロンドン、ケンブリッジ、さらに東京の駐日イギリス大使館を経て、日本各地を巡回し、今年の6月にようやく最終目的地である、家康ゆかりの駿府城に落ち着きました。


日英友好の望遠鏡復元 家康ゆかりの地に展示 静岡 (静岡新聞2016/6/22)
 http://www.at-s.com/news/article/culture/shizuoka/253051.html

そんなわけで、ニュースとしてはさほど旧聞というわけでもないのですが、国内報道の記事には、いくぶん不正確な点が目につきます。

たとえば、この望遠鏡は、家康に贈られた望遠鏡の「復元品」ではなく、今回のイベント用に特注されたオリジナルです。また、その焦点距離は1000ミリちょうどですから、「全長1.8メートル」というのは、明らかに過大です。また金メッキも施されていません(その黄金色はブラスそのものの輝きです)。

…というわけで、日英修好のために、ここにより正確なところを記しておきます。
何と言っても、上の紀要記事の著者、 Ian Poyser さんは、この望遠鏡を製作した本人なので、望遠鏡の詳細について書くには、これ以上の人はいません。

   ★

イアン・ポイザーさん(とお読みすると思うのですが、ひょっとしたら特殊な読み方をするかもしれません)は、ウェールズで、望遠鏡の注文製作を仕事にされている方です。

ポイザーさんは、望遠鏡の歴史的経緯を略説し、当時この望遠鏡に関わった2人の人物――ジェームズ1世の指南役だった、初代ソールズベリー伯 ロバート・セシルと、英国船を歓待した初代平戸藩主・松浦法印(諱は鎮信 しげのぶ)――の子孫が、400年後に顔を合わせて、改めて望遠鏡の授受をしたくだりを親しく記します。

当代のソールズベリー侯(今は侯爵だそうです)が、当代の松浦章氏に望遠鏡を手渡す場面や、それがロンドン塔に置かれた家康寄贈の甲冑の前に展示されている場面などは、なるほど歴史性に富み、絵になるシーンです。

   ★

で、肝心の望遠鏡本体についてですが、ポイザーさんは「Technical description of the Japan400 Presentation Telescope」の節で詳述しているので、それをかいつまんで紹介しておきます。

 「ジャパン400委員会のために製作した望遠鏡は、寄贈用の品であり、セレモニーで用いられる贈呈品なので、持ち運びの便を考慮し、我が社が扱う通常の天体望遠鏡よりも小型化する必要があった。我々は研摩した真鍮製天体望遠鏡を経緯台に乗せ、同じく研摩した真鍮製の付属品を備えたオーク製三脚で支えることにした。」

以下、基本スペックです。

対物レンズは、イギリス製の2枚玉アクロマートで、レンズ径86mm、焦点距離は1000mm。接眼レンズは、焦点距離35mmのプローセル式で、前記の対物レンズと組み合わせることで、29倍の倍率が出ます。

鏡筒は引抜成型の真鍮筒で、チューブ径は3.5インチ(約8.9cm)、ここに合焦用のドローチューブが2つ付きます。1つはラックピニオン式の2インチ径(約5.1cm)チューブ、もう1つはさらにその内部に入った押し引き式の粗動チューブで13/8インチ径(約4.1cm)で、焦点を合わせた状態だと、全体の鏡筒長は42インチ(約107cm)ほどになります。

付属の十字線入りファインダーは口径25mm、倍率は10倍。

経緯台付きのオーク製三脚は、高さ53インチ(約1.35m)で、望遠鏡を取り付けたときの、望遠鏡の中心線までの高さは61インチ(約1.55m)になります。

望遠鏡を収めた箱は、ウェールズ在住の家具職人、S. Gates氏の力作で、釘やネジを一切使わずに組まれた職人技の賜物です。

   ★

…と、訳知り顔で引用したものの、実は上の記事はポイザーさんのサイトに発表済みのものを、SHAの紀要が再掲したもので、オリジナルの記事はネットでも読めます。ポイザーさんの手わざを、美しい写真と共にご覧ください。

(ポイザーさんのサイトのトップページ。左下から以下の記事にリンク)

The Japan400 Telescope
 http://www.irpoyser.co.uk/index.php?page=108

   ★

歴史にはとげとげしいエピソードが多く、日英の封建君主の思惑も、到底「友情」などという代物ではなかったでしょうが、400年後にこのイベントを企画した人たちは、まぎれもなくフレンドシップに富んだ人たちであり、これはちょっといい話だと思いました。