彗星と赤い目をした象(後編)2023年11月12日 08時39分10秒

以下、どちらかといえば余談ですが、昨日の版画の作者を付記するとともに、ネットの威力に改めて感じ入ったので、文字にしておきます。

   ★

まず作者のサインを、改めて見てみます。


これを何と読むか? 元の売り手の方は、「Alan C. Naiman」と読みつつ、そこに疑問符を付けていました。ナイマン(Naiman)は、たぶんその通りでしょうが、ファーストネームの方はいささか難読で、「Alan Naiman」で検索しても、解決に結びつく情報は得られませんでした。

でも、「Naiman wood engraving」で探しているうちに、アメリカ東部の名門女子大、ウェルズリー大学のデーヴィス美術館に、「Alaric Naiman」という人物が、木版画作品を大量に寄贈しているのを見つけました。なるほど、例のサインは確かにこの名に違いありません。


ただ、ここでナイマン氏が寄贈しているのは自作の版画ではなく、様々な作家の過去作品です。つまり、ナイマン氏はここでは版画家ではなく、版画コレクターとして登場しているわけです。そして、そのすべての寄贈作品には、「Gift of Alaric Naiman in memory of Adeline Lubell and Mark Lewis Naiman(アデライン・ルベルとマーク・ルイス・ナイマンを記念して、アラリック・ナイマンより寄贈)」の注記がありました。

   ★

版画家か?コレクターか? その疑問を残しつつ、ここまでくれば話は早いです。
ネット情報をたどると、アラリック・ナイマン氏は、物理学者であるマーク・ルイス・ナイマン氏(1922‐2007)参考LINK】と、コンピューター教育の専門家、アデライン・ルベル・ナイマン氏(1925‐2011)】のご長男で、自身は化学を専攻し、特許をいくつも取得して実業に乗り出し…という経歴の方でした。1953年のお生まれだそうですから、御年70。ハレー彗星がやってきた1986年は、33歳の少壮期に当たります。

そしてナイマン氏のFacebookページもすぐに見つかりましたから、強心臓の私はさっそくメッセージを送り、この版画が氏の自刻作品なのか問い合わせました。ただ、氏はもうFacebookを使われてないのか、残念ながら返事はありませんでした。

しかし…です。ナイマン氏の投稿を遡ると、2020年10月23日付け【LINK】で、氏がコロナ禍と絡めてこの作品を紹介しているのを発見。そして「これはご自身の作ですか?」という質問に対し、それを否定することなく「ハレー彗星です」と答えているので、すべての謎は解けたのでした。

   ★

結局、今回私が入手したのは、アラリック・ナイマンというアマチュア版画家の手になるものでした。そして氏は同時に木版画コレクターでもあり、好きが昂じてご自分も制作を始められたか、あるいは趣味の版画制作の延長として、先人のコレクションを始めたのでしょう。

たしかにナイマン氏は作家として著名とは言い難いですが、その技倆はなかなかのものです。そして、この作品はハレー彗星の目に映った1986年の世界を活写し、当時のアメリカ社会の空気を彷彿とさせる「歴史の生き証人」として、依然貴重だと思います。