『星三百六十五夜』の書誌2024年09月24日 18時11分42秒

石田五郎氏『野尻抱影伝』(中公文庫)を手に取り、昨日も触れた抱影の『星三百六十五夜』との出会いのくだりを読んでいて、「あれ?」と思ったことがあります(最近「あれ?」が多いですね)。

ちょっと長くなりますが、以下に一部を引用します(引用文中、読みやすさを考慮し、年代を示す漢数字をアラビア数字に改めました。太字は引用者)。

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 「抱影の『星三百六十五夜』が中央公論社から出版されたのは昭和31(1956)年のことである。「お前、こんな本知っているか」といって突然私の目の前にさし出されたのが赤い表紙の真四角のこの本で、開いてみると扉には星座の絵がある。」(p.220)

 「〔…〕さりとて助手の身分で楽に買える値段でもなく、奥付をしっかり目に入れて、帰り途の本屋で探した。麻布飯倉から虎の門、新橋、銀座、有楽町と大きな本屋の店頭で何軒もの「立ちよみ」のハシゴをした。〔…〕立ち読みの姿勢で最後の頁を閉じた。しかし四百円の定価は手が出せない。」(pp.226—9)

続いて30年後、思い出深いこの初版本に古書市で再会したくだり。

 「〔…〕何とか初版本が手に入らぬものかと心がけていたが、〔…〕昭和61年、池袋東武の古書セールの初日の雑踏の中で出会った。めぐりあったが百年目、まさに盲亀の浮木、ウドンゲの花である。六千円で「親の仇」を手に入れた。〔…〕カラフルな記憶は茶色の絵具を刷毛ではいたような外函の装幀であった。真紅の表紙に黒点を点じた蛇遣い座の絵も記憶の通りであった。」(pp.229-30)

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今回の「あれ?」は、私の手元にある『星三百六十五夜』(下の写真)は、1956年ではなく1955年の発行であり、定価も400円ではなく800円、そして真紅の表紙ではなく青い表紙だったからです。

(表紙絵は、野間仁根による水瓶座と南の魚座)

(裏表紙には蠍座が描かれています)

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世はネット時代。机の前に座ってカチャカチャやるだけで、上の疑問はすぐ解けました。その書誌を概観してみます。(なお、以下に掲載の画像は自前の写真ではなく、各種の販売サイトで見かけた画像を寸借したものです。各撮影者の方に深甚の謝意を表します。)

『星三百六十五夜』は出版社を変え、判を変えていくたびも出ていますが、その「本当の初版」は1955年(昭和30)に出ています。それと石田氏が述べていた1956年(昭和31)版の奥付を並べた貴重な画像があって、これを見てようやく事情が分かりました。


上に写っているのは、昭和30年11月25日印刷、同年12月1日発行「本当の初版」で、青い表紙の本です。1500部の限定出版で定価は800円。これが私の手元にある本です。

そして下は昭和31年2月20日印刷、同年2月25日発行で、特に「新装版」とも「第2版」とも銘打っていないので、これだけ見ると「初版」のように見えますが、正確にいえば「普及版・初版」で、定価は半額の400円。表紙は赤です。

(1956年・普及版表紙)

(外函のデザインは、限定版も普及版も同じ)

あとから気づきましたが、この辺の事情は、1969年に恒星社から出た「新版」に寄せた抱影自身の「あとがき」にすでに書かれていました。

 「『星三百六十五夜』は初め、敗戦後の虚脱感から救いを星空に求めて日夜書きつづけた随筆集であった。それが図らずも中央公論社から求められて、一九五五年の秋に豪華な限定版を出し、次いで普及版をも出したその後しばらく絶版となっていたが、六〇年の秋、恒星社の厚意で改装新版を出すこととなり、添削を添えた上に約二十篇を新稿と入れ代えた。
 ここにさらに新版を出すに当たって再び添削加筆し、同時にこれまで「更科にて」の前書きで配置してあった宇都宮貞子さんの山村の星日記をすべて割愛して、二十四篇の新稿とした。従ってスモッグの東京となってからの随筆も加わっている。」

…というわけで、石田五郎氏の記述にはちょっとした事実誤認があります。

   ★

この2冊を皮切りに、『星三百六十五夜』はいろいろな体裁で出版され、上記のように時期によって内容にも少なからず異同があります。本書は多くの星好きが手にした名著ですが、人によって違ったものを見ている可能性があるので、コミュニケーションの際には注意が必要です。以下、参考として発行順にそれぞれの画像を挙げておきます。

(恒星社厚生閣「新版」、1960)

恒星社から最初に出た版です。
恒星社版は、この後も一貫して横長の判型を採用していますが、おそらく俳句歳時記にならった体裁だと思います。上述のとおり、改版にあたり約20篇が新しい文章に置き換わっています。

(恒星社厚生閣「愛蔵版」、1969)

恒星社から出た1960年版をもとに、さらに添削加筆したもの。
これ以前の版では「更科にて」と前書きして、信濃在住の宇都宮貞子さんが綴った星日記から、毎月2、3篇ずつを選んで収録していましたが、これらをすべて削除し、24篇を抱影自身の新稿に置き換えてあります。

(中央公論社, 1978年1月~2月)

中公から文庫版で出た最初のもので、上・下2巻から成ります。
カバーデザインは初版の外函のデザインから採っていますが、内容は恒星社から出た新版を底本にしているのでは?と想像するものの、未確認。

(恒星社厚生閣「新装版」、1988)

外函のデザインが変わりましたが、中身は69年版と同じです。

(恒星社厚生閣「新装版」、1992)

再度の新装版。外函デザインが本体に合わせて横長になりました。

(中央公論新社、2002年8月~2003年5月)

この間、中央公論社は経営難から読売グループの傘下に入り、「中央公論新社」として再出発しました(1999)。その3年後に、中公文庫BIBLIOから「春、夏、秋、冬」の4巻構成で出たバージョンです。

(中央公論新社、2022)

一昨年、クラフト・エヴィング商會のブックデザインで出た最新版。
再び「春・夏」、「秋・冬」の2巻構成に戻りました。

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みなさんの記憶の中にある、あるいは書架に並んでいる『星三百六十五夜』はどれでしょう? こうして振り返ると、本当に息長く愛されてきた本で、まさに抱影の代表作と呼ぶにふさわしい作品です。来年で出版70年を迎えますが、これからもきっと長く読み継がれることでしょう。

コメント

_ ヒロシ ― 2024年09月24日 20時06分18秒

はじめまして。長崎在住の50代の一天体写真マニアです。いつもこのブログはとても楽しく読ませていただいています。
私も野尻抱影のエッセイが好きで、今回話題の「星三百六十五夜」は2022年の中央公論新社版で初めて存在を知り、何度も何度も読み返しています。100年も前に抱影が感じたことが非常に美しい文章でつづられているのですが、共感できることばかりで、いつも引き込まれてしまいます。
ところで先日、抱影自慢のロングトム(10㎝屈折)が横浜の大佛次郎記念館にあると聞き、これは!と見にいったのですが残念ながら展示されていませんでした。ただ、受付の方に聞いたところ来年春~夏頃に野尻抱影の企画展を計画しているとのことで、その際にはロングトムも展示するとのことでした。
このブログではいつもいろいろと教えて頂ています。今後ともよろしくお願い致します。

_ 玉青 ― 2024年09月25日 05時36分16秒

ヒロシさま

はじめまして。いつも拙文をご覧いただきありがとうございます。
抱影翁の文章が、こうして今も変わらず天文ファンの心に響き続けていることに、改めて感銘を受けます。もし抱影翁なかりせば、日本の天文趣味の在り様もずいぶん異なっていたでしょうね。
横浜の抱影企画展の情報もありがとうございます。これはとても楽しみですね。猛暑が訪れぬうちに、「ハマ生れ、ハマ育ち」の翁を偲びつつ、横浜詣でもいいかな…なんて思っています。
こちらこそ、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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