ジョバンニが見た世界「時計屋編」(4)…ショーウィンドウの内部2011年11月25日 05時30分28秒

さて、ジョバンニの話をつづけます。

「…一秒ごとに石でこさえたふくろうの赤い眼が、くるっくるっとうごいたり、いろいろな宝石が海のような色をした厚い硝子の盤に載って 星のようにゆっくり循(めぐ)ったり、また向う側から、銅の人馬がゆっくりこっちへまわって来たりするのでした。そのまん中に円い黒い星座早見が 青いアスパラガスの葉で飾ってありました。」

この店のショーウィンドウには、時計ばかりでなく、「いろいろな宝石」も並んでいます。
それらもまた商品だとすれば、この「時計屋」は、「貴金属、宝飾品、時計」を手広く商う店なのでしょう。昔はそういう業態の店が多かった気がします。

(「銀河鉄道の夜」は、賢治によって幾たびも推敲されていますが、その初期形を、「銀河鉄道の夜・原稿の変遷」というページで見ることができます。それによれば、上の箇所は、「〔…〕眩いプラチナや黄金の鎖だの、いろいろな宝石のはいった指環だのが 海のやうな色をした厚い硝子の盤に載って ゆっくり循ったり〔…〕」となっており、上記の推測を裏付けています。)

病弱な母を支え、子どもながらに小さな銀貨一つ稼ぐために、活版所で懸命に働くジョバンニ。彼が住む現実世界からすれば、ここは星の世界を描いているという意味でも、また物質的な豊かさにおいても、まさに隔絶した異世界であり、だからこそジョバンニはその光景に強烈な印象を受けたのでしょう。

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ところで上の文章。言葉の連なりは実に美しいのですが、されどなお「心余りて言葉足らず」の類ではないかと私には感ぜられます。ここは賢治さんにもっと推敲してほしかった。

私にはこの部分がどんな状景を表現しているのか、よく分かりません。
皆さんは分かりますか?例えば、「その真ん中」ってありますけれど、「どの真ん中」なのでしょう?

これも先に指摘した「銀河鉄道の夜」における悪文の一例だと思います。
この文章が、どれほど読み手を惑わしてきたか、その実例を「銀河鉄道の夜」の挿絵に見てみます。

(…と画像を準備しつつ、この項つづく)