眼と脳のサーカス(後編)2018年04月05日 06時29分04秒



この品はカード以外にも、いろいろこまごましたものが一式セットになっています。これが単なる視覚的玩具でなしに、「サイエンティフィック・パブリッシング」を名乗る会社から出た所以です。


箱のラベルには、「Dvorine Animated Fusion Training Charts」とあって、強いて訳せば、「デヴォリン式動的融合訓練図」といったところでしょうか。そして、その後に続く説明文を読むと、これが斜視の矯正訓練用具であることが分かります。

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斜視とは、左右の瞳の位置(眼位)がずれてしまう状態です。そのままだと、対象と正対する利き目しか使わないことになるので、もう一方の眼の視力が落ちてしまいます。そのため、大掛かりには眼筋の手術をしたり、それほどではない場合は、あえて利き目をアイパッチで覆って、もう一方の目を意識して使う訓練をしたりします。


このカードセットは、両目を同時に使わないと、正しい絵柄が見えないことを利用して、斜視の矯正訓練をしようというものです。最近でもこういう道具があるのかどうか。ひょっとして、あまり効果がないため廃れたのかもしれませんが、それでも子供が主体的に訓練に取り組めるよう、訓練を楽しいものにしようという発想自体は、正しいと思います。

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斜視のことは脇において、ここに描かれた絵柄を見ると、1950年代初頭の子供たちが、何を以て楽しいと感じていたかが逆照射されているようで、興味深くもあり、懐かしくもあります。そこには、ベースボールがあり、擬人化された動物の姿があり、何よりも「サーカス」のシーンがたくさん含まれています。そう、天幕を張り、ピエロが登場し、像が玉乗りをする、あのサーカスです。



私自身は、巡回サーカスを心待ちにするという甘美な実体験を持ちませんが、その華やぎは何となく想像できるし、「曲馬団」という言葉に哀調を覚えたりします。

アメリカのサーカス文化は、日本のそれとはまた一寸違うかもしれませんが、少なくとも1950年代初頭のアメリカでは、まだサーカスがまばゆい光を放ち、子供たちの心を捉えていたことが、このカードを見ると伝わってきます。たぶん、もうちょっとすると、ロケットブームとテレビ時代の到来で、サーカス一座は、子供たちの心から急速に遠ざかっていくことになるのでしょう。

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こうして時代の変遷とともに、『ちいさいおうち』は、もはや都会では存在を許されなくなるし、『ひとまねこざる』もロケットに乗って宇宙進出を果たすことになるのです。そして21世紀の日本では、いい年輩の男性が、かつての簡明素朴なアメリカ社会を、いくぶん美化して懐古したりするわけです。



(注) さっき調べたら、バージニア・リー・バートンの『ちいさいおうち』は、アメリカでは1942年に、日本では1954年に岩波から出ています。同じく岩波から出た、レイ夫妻の『ひとまねこざる』『ろけっとこざる』は、いずれもアメリカ初版が1947年、日本語版は1954年。そう聞くと、日米のノスタルジア感覚は微妙に違うかなあ…とも感じます。

コメント

_ S.U ― 2018年04月05日 13時41分44秒

 平行立体視による視線の輻輳の矯正は、毛様体筋の緊張を解き、近視や乱視の緩和に効果があるとされています。そういう名目で、十数年前から立体視の本がちょっとしたブームになりました。私個人の感想ですが、確かに目がリラックスしますので、近くばかり見ている人にはお勧めだと思いますし、近視の予防効果もあると思います。

 でも、そのあと、老眼は悪化するようで、勧めておいてなんですが、私はもうあまりやらないようにしています。このカードは子供向けの絵なので、そこは話が合っています。

_ 玉青 ― 2018年04月07日 15時40分04秒

>でも、そのあと、老眼は悪化する

いやあ、私も最近老眼がひどくて、これも立体視の祟りか…と思いつつも、まあこれは対照群を設けての実験が必要な典型的シチュエーションですね。かつて立体視本ブームを経験し、老眼適齢期に達した世代の心に萌した「疑似相関」である説に一票。(^J^)

_ S.U ― 2018年04月07日 17時03分42秒

まあこのくらいのトシになると近眼だろうが老眼だろうが眼鏡をかければよいわけですから、平行立体視の功罪はさておいて、巡回サーカスのほうの話題を少し。

 私は、子ども~青年時代に地方都市で巡回サーカスを2度だけ見たことがありますが(もちろん、もはや甘美な気持ちで心待ちにすることはありませんでした)、今でも木下サーカスは地方公演をやっているようです。割引優待券がそのへんの店に「ご自由にお取り下さい」と置いてあったり、回覧板といっしょに回ってきたこともあります。どういうルートなのかなと思います。
 特に行きたいとは思いませんが、どんな人が見に行っているのでしょうか。若い家族連れなのか、孫をつれた祖父さんなのか、はたまた老人だけなのか、わずかだけ気になります。

_ 玉青 ― 2018年04月08日 16時19分57秒

木下大サーカス、まだ頑張ってるんですね。
シルク・ドゥ・ソレイユのような華やかなショービジネスはそれとして、昔風のサーカスに付きまとうのが、何とも言えない哀感で、サーカス好きの人は、その哀感をこそ愛するのでしょう。まあ、あれは芸で生きる人に対する歴史的な賤民思想の残滓かもしれず、それを思うと、気軽に哀感などと言ってはいけない気もしますが、でも永六輔さんとか、小沢昭一さんなんかは、そんなこともひっくるめて、芸能と芸人に対する深い敬愛の念を欠かしませんでしたから、私もそれに倣いたいと思います。

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