小さな月の工芸品2023年01月04日 06時10分35秒

一昨日のつづきで、少し話をふくらませます。

門外漢の言うことなので、あまり当てにはなりませんが、日本では装身具があまり発達しなかった気がします。端的にいって、指輪、ネックレス、ブレスレット、イヤリング、ブローチ、宝冠…等々を身につける習慣がなかったし、特にジュエリーの類は、ヨーロッパ世界との懸隔が目立ちます。

近世は奢侈品が禁じられたので、やむを得ない面もありますが、それ以前だって、あまりポピュラーだったとは思えません。まあ、別に装身具が発達したからエラい、しなかったからダメという話ではなくて、単に文化の在りようが違うといえばそれまでです。

ただ、仏典には「七宝」の記述があるし、菩薩像の絢爛たる宝冠、瓔珞、腕輪などの造形を考えれば、日本人がそういうものの存在を知らなかったはずはないので、そこはちょっと不思議な気がします。(あるいは逆に、そこに「仏臭さ」を感じて、自ら身に着けることを忌避した…ということかもしれません。)

   ★

そんな中で近世にあっては、女性ならばかんざし、男性ならば提げ物(煙草入れなど)とそれに付随する装飾が、装身具として独自の発展を遂げました。また刀も身に帯びるものですから、凝った刀装具を、装身具の一部に数えていいかもしれません。こうした日本独自の細密工芸品は、海外でも国内でも、コレクターが多いと聞きます。

月のモチーフ限定ですが、私もそうした細々した品に惹かれるところがあって、一昨日の兎のかんざしも、その流れで手にしたものです。さらに今日はもうひとつ、提げ物の金具を見てみます。


これは形状から留め具と思われる品で、左右2.8cmのごく小さな細工物です。モチーフは波にもまれる月。ここに兎は登場しないし、海上の月はそれ自体独立した画題でもありますが、それでも例の「月海上に浮かんでは 兎も波を奔る」(竹生島)の連想は自然に働きます。


一方、こちらは典型的な波乗り兎。おそらく煙草入れの前金具で、左右は4.8cmと一寸大きめです。こちらは逆に月が描かれてませんが、文化的約束事として、この兎は月をシンボライズしているので、見た目は違っても、結局両者は「同じもの」だと思います。


「月の登場しない月の工芸品」というのは一見奇妙ですが、シンボルとはそういうもので、西洋の人が白百合の絵を見て、「ここには聖母マリアが描かれている」と言ったりするのも同じことでしょう。

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以前、天文モチーフのアクセサリを探していたとき、「そういえば、日本にこういうのはないなあ…」と一瞬思ったんですが、でも改めて考えたら結構あるような気もして、そのことを思い出しつつ、今日は日本文化論を一席ぶってみました。(新春大放談ですね。)

(おまけ。今年の年賀状に使った柴田是真筆「玉兎月宮図」(部分))

コメント

_ S.U ― 2023年01月04日 08時23分09秒

おめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
日本の服飾品は渋いですね。時代劇を見るに、平安時代後半くらいからずっと渋いように思います。これは、やはり日本仏教の影響でしょうか。思い付きですが、最高位者が「法皇」で地味なかっこうをしていたことによるのかもしれないと考えます。
 日本語で、おそらくは服飾品に由来すると思われる「ちゃらちゃらした」ということばは、ネガティブ評価で人間に対しては「軽薄な」という意味になってしまいますが、これは西洋語や他国のことばでもそうなのでしょうか。自分で調べようかと思いましたが、効率のよい検索法がすぐに思いつきません。

_ 玉青 ― 2023年01月05日 18時47分28秒

改めまして、あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします

考えてみると古墳時代から飛鳥時代、奈良時代を経て、平安時代の初めぐらいまでは、日本の支配層は結構みんなチャラチャラしてましたよね。それが平安中期になると装身具を身につける習慣がすっかり影を潜めた…ということは、これもいわゆる「国風文化」の成立と関係するんじゃないかと思います。国風文化と装身具の退潮がどう関係するかは分かりませんが、日本では十二単の時代から近世の和装に至るまで、衣服そのものの装飾化・装身具化が進んだので、ことさらアクセサリで身を飾る必要がなくなった…ということかもしれません。

西洋では高位の人もみな好んでチャラチャラしていましたから、チャラチャラしていること自体にネガティブな意味合いはなかったと思いますが、それとは別次元の話として、安っぽい光り物で身を飾り立てたり、成金趣味に走ったりすることは、明らかにpoor tasteとして指弾されたと思います。

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