天気図の誕生2024年02月16日 19時04分02秒

今日は明確に春を感じました。
日の光が明るいことに加え、「風は冷たいのに寒くない」という感覚が妙に新鮮で、思わず春だなあ…と心の内で呟きました。週明けの19日は二十四節気の「雨水(うすい)」で、さらに2週間もすれば、いよいよ「啓蟄」です。

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私の職場のエレベーターは、ディスプレイに「今日は何の日」という豆知識が表示されるのですが、今日2月16日は「天気図記念日」だと表示されて、ほほうと思いました。

そこには、1883(明治16)年のこの日、ドイツ人の気象学者エリヴィン・クニッピングの指導のもと、7色刷りの日本初の天気図が作成された…ともありました。7色刷りとはまた豪華ですが、実物はどんなものだったのか気になります。

でも、ネット情報を拾い読みすると、
「最初の気象電報が送信された2月16日以降、2月中は天気図作製の試行期間だったため、残念ながら天気図は現存していません。
同年3月1日からは午前6時の天気図が正式に発行・印刷されるようになり、今も当時の天気図が残されています。」(※)
とあって、現存するのは同年3月1日付以降のものだそうです。

(※)日本の天気図の歴史
   江波山気象館 メールマガジン「お天気かわらばん」2017年2月号

この3月1日の天気図はネット上ですぐに見ることができます。


■股野宏志
 気象庁に現存する日本最古の天気図

股野氏の一文を読むと、
「現在のように、国際協力の下、各国の気象機関(日本は気象庁)が世界各地の観測資料を即時的に集めて天気図を描いて天気予報を行う業務形態の原型を確立したのはフランスのルヴェリエ(海王星の存在を理論的に予言した天文学者)で、彼の提言を実施したフランスは政府が天気図を発行する最初の国となった(1863)。」
と、思わぬところでルヴェリエの名に出くわし、再び驚きました、

それにしても、予報業務を前提に作られた「世界最初の天気図」(1863)から「日本最初の天気図」(1883)の誕生まで20年間―。

これを早いと見るか、遅いと見るか?
まあ、人によって意見の分かれるところでしょうが、個人的にはずいぶん早いと感じます。何しろ天気図の作成というのは、瀟洒な洋館の建設とか、鉄道の敷設のような派手な打ち上げ花火では済まないことで、全国的な気象観測網の設置はもちろん、それを支える技術者の養成体制や、観測記録を即座に報告できる電信網の確立といった、ひとつひとつが大層骨の折れる事業を総合した上に成り立っていると思うからです。

そうしたものが何もないところから、20年間でそれを成し遂げたというのは、明治の人が相当がんばった証拠で、まことに天晴れです。

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さて、これだけだと他人のふんどしで終わってしまいますが、手元にも興味深い品があったのを思い出し、次にそれを一瞥してみます。

(この項つづく)