火星幻視…その22008年01月14日 23時30分31秒

これも19世紀に出た百科事典の挿絵。

■エディンバラ百科事典 Edinburgh Encyclopedia
 「Astronomy」の項 (David Brewster執筆、1810年刊)

左上の箱は「ハーシェルが太陽を観測する際用いた減光装置」。その他、黄道光の説明図(図2~4)や、金星が太陽面を通過する際の様子(図7~10)、木星の縞模様(図23、24)などが描かれていますが、注目すべきは図11~22の火星図。

前々回の記事とまったく同じ図がここにも描かれている…はずなんですが、よく見たら全然違うではないですか! 図11、12はマラルディ、それ以外はハーシェルの原図によるものですが、前の絵とは細部が大いに異なります。

マラルディはともかく、少なくともハーシェルに関しては、前のシンプルな絵の方が原図に近いはずで、今日の絵は、転写した絵師の主観によって細部が補強されたために、いっそう面妖な火星図となっています。こうなると、まさに伝言ゲームのようなものですね。

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ところで、ハーシェル本人は、こうした火星の模様をいったい何だと思っていたのでしょうか? 

調べてみると、図のオリジナルは、1784年に王立協会の学術誌「哲学紀要 Philosophical Transactions」に発表された論文ですが、ハーシェルの観測意図は、模様の変化から火星の自転軸を調べることにあり、模様そのものが何を意味するかについては、あまり触れていません(模様のことは、単に“spot”と即物的に呼んでいます)。そして模様の中には、ときどき明るさを変えるものがあることから、地表面の永続的な spot の上をよぎる蒸気や雲が存在するのであろう…と示唆している程度です。

ただし、論文の末尾は「この惑星には相当な、とはいえ適度な量の大気があり、その住人たちは、おそらく多くの点で我々と似た環境に恵まれていることであろう」と結ばれています。

ハーシェルにとって、月世界人や火星人の存在は確信に近いものだった…と、マイケル・J・クロウの『地球外生命論争』(工作舎)には書かれていました。