海嘯になびく旗2014年06月29日 07時12分39秒

頭をゴンと叩かれて、3秒後に「痛て!」と叫ぶような記事ですが。

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神戸海洋気象台のことは、過去何度か記事にしたことがあります。

西洋のお城のような、そのお伽チックな外観にも惹かれましたし[LINK]、長野まゆみさんの名作「天体議会」の舞台と想像したこともあります[LINK]。さらに、実際にその場所を訪問し、ガラーンとした空地を見出したり(←移転していたのを知らなかったため。[LINK])、かつて同気象台が誇った日本一の巨大望遠鏡と対面したり…[LINk}。

その海洋気象台が、何と昨年10月1日に、ただの「神戸地方気象台」に改組されていたことを知りました。そして長崎と函館の海洋気象台も、同じく地方気象台となり、舞鶴海洋気象台に至っては廃止。つまり、昨年9月末日をもって、日本の海洋気象台はすべて消滅していたのです。

ああ…銅貨や水蓮は、これからいったいどこで「天体議会」を開けばよいのか?
あの議会の舞台は、やはり「海洋気象台」であってほしかった。

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上の事実を知ったのは、出版年が不明の↓の印刷物をたまたま手にしたからです。


改正大日本気象信号標識(全)
 中央気象台公報、神戸測候所校閲
 海文堂出版部(神戸)発行

ここに出てくる神戸測候所と海洋気象台の関係を調べてみると、先にできたのは兵庫県立神戸測候所で、明治29年(1896)のことです。その後、大正9年(1920)に海洋気象台が同じ敷地内に創設され(官制上、気象台は国直轄ですが、神戸の場合は地元兵庫県の意向(+お金)がモノをいったらしい)、さらに昭和14年、神戸測候所が海洋気象台に吸収される形で、両者は最終的に統合されました。

上のような沿革を考えると、多少曖昧な点は残るものの、この印刷物が出たのは、おそらく大正の前半、海洋気象台の創設前だと思います(創設後ならば、海洋気象台の名で出版するのが自然なので)。


その中身は、状袋に入った1枚ものの刷り物(53×38.5cm)。


風向・天気を示す信号旗が目に鮮やかです。
ジブリ映画「コクリコ坂から」で、主人公の風間俊と松崎海が信号旗でやりとりしていた場面を思い出しますが、あちらは「国際信号旗」による「旗旒(きりゅう)信号」というものだそうで、この気象信号とは別物。

そして海の男が何よりも恐れる暴風雨。この気象信号システムでも、最も工夫をこらしているのが、暴風雨情報をいかに簡潔に伝達するかでした。


ここでは、6種類の標識(球、円柱、上向円錐、下向円錐、両円錐、対向円錐)を6個組み合わせることで、「いつ、どれだけの勢力の台風が、どこにあって、どちらの方向に、どれだけの速度で進行しているか」を伝達できるようになっています。


具体的な使用例。
頂部の標識が時刻と台風の強弱、左側にぶら下がっている3個が台風の位置、右側の2個が進行方向と速度を示しており、全体として「昨日午後六時、台風本州南東岸ニ在リ北東ニ進行ス。速一時間十乃至二十哩〔マイル〕。台風ノ強弱明ナラズ」の意になります。


標識信号と台風の中心位置を対照させた地図。


↑は夜間標識対応地図。
夜間標識は赤・白・黄の3色灯を用いるため、記号が少ない分、昼間標識よりも情報量がぐっと減りますが、それでも概略だけは何とか伝えようと、工夫をこらしています。


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調べていて、もう1つ驚いたこと。
この印刷物を出した「海文堂書店」は、大正3年(1914)に創業した老舗書店で、海事専門書をはじめ、郷土誌や人文系の品揃えで、神戸では有名なお店だったそうですが(寡聞にして知りませんでした)、昨年9月30日、すなわち「神戸海洋気象台」の終焉とともに店を閉じられたそうです。なんと因縁めいた話でしょうか。
(ちなみに東京の海洋堂出版はここの分かれだそうです。)

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日本の周囲は今も青い海です。
されど…

四海波静かなれ2014年06月29日 08時21分54秒

本日2投目。
先ほど記事を書き終えて、朝食をとりながらおもむろに新聞を開きました。
すると、天声人語がいつにもましてストレートに胸に響いたので、例によってまた勝手に貼らせていただきます。(朝日新聞も怒りますまい。)


「暖室に酒呑みながら主戦論」(井上剣花坊)

前線でドイツ兵が言う。「おれたちはみんな貧乏人ばかりだ。フランスだって大がいの人間は労働者や職人や、さもなけりゃ下っぱの勤人だ。それにどうしてフランスの錠前屋や靴屋がおれたちに手向いしてくると思うかい」「そいつはみんな政府のやることだ」(レマルク『西部戦線異状なし』、秦豊吉訳)

これこそまさに100年経とうが、200年経とうが変わらぬ「不磨の真理」に違いありません。(何だか現政権は、戦争に送り込むために、わざと食い詰め者を作り出しているようにも見えます。)


モヤモヤを吐き出す追記】

「何でも政府が悪い」というと、「じゃあ国民には何の責任もないのか」という論を生みます。もちろんそんなことはなくて、そういう政府を戴いているのは、国民の選択の結果ですから、国民に責任がないわけはありません。

しかし、「だったら、あまり偉そうなことを言わずに、『お上』の言うことを聞いておけ」というのはまるで違います。あのナチスだって、民主主義が生んだ鬼っ子だったことを、よくよく考える必要があります。大切なのは、政府が悪いと思ったら、国民は遠慮なくものが言えること、そして政府もそれを聞く態度を保つことです。残念ながら、今はこの2つながらに侵食されています。

そして、「お上」というのは一部の利益集団に迎合し、往々にして良からぬことをたくらみ、最後に泣くのは民衆だというのは、地上に国家という制度が生まれて以来、ほぼ常に真理であり続けたので、たぶん今でも真理でしょう。処世の智慧として、我々はそれを胸ポケットに入れておいた方が良いと思います(これは国や政権党が変わっても一緒です。日本の自民党だから殊更ダメだと言っているわけではありません)。

世の中には性善説に立つ人も、性悪説に立つ人もいます。もし性善説に立つならば、国の外に向けて、他国の人々と信義を打ち立てるために動いてほしいし、もし性悪説に立つならば、国の内にもそれを向けて、力を持った人が良からぬことをするのを防止するよう動いてほしい。(たぶん両方必要なことだと思います。)

リアリズム問答…理系アンティークショップ「Q堂」にて2014年06月29日 19時56分48秒

本日3投目。

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「よお、いらっしゃい。」

どう、何か面白いものは入った?

「面白いかどうかはお客さんが決めることだから…。でもTさんは、こんなの好きでしょ?イタリア製の星座早見盤。ほら、前にジョバンニが見たような早見が欲しいって言ってたじゃない。」

ああ、これ!よく見つかったねえ。ネットでは見たことあったけど、実物は初めて見るよ。

「いいでしょう。保存状態もまあまあだし、それにメーカーの元袋が付いてるのは珍しいと思って。」

むう、確かに。と、値段は…

「〇万円。まあ、リーズナブルだと思うよ。市に出したって、すぐに買い手は付くだろうし。Tさんなら1割引いてもいいかな。」

はあ、足元を見るねえ。じゃあとりあえず内金を入れるから、来月の頭まで取っといてくれないかな。今月はもうカードも使いたくないし。

「了解。毎度おおきに。」

ふん、こっちこそおおきにお世話様さ。でも、ありがとう。真っ先に声をかけてくれて嬉しいよ。…それにしても、Qさんはいいよね。こんな浮世離れしたモノを商って、それで生活できるんだから。世間は今、集団的何とかでカンカンガクガクなの知ってる?

「そうバカにしたもんじゃないよ。何せ昔のものは嫌ってほど見てるんだから、歴史に学ぶことにかけちゃ、そう人後に落ちないさ。今の世間の動きだって、この慧眼にかかれば…ね。まあ、自分はそうだけど、若い人を見てると、ちっと心配がないでもない。」

へえ、Qさんにしちゃまともなこと言うね。

「いや、こないだ店に来た若い子と話しててさ、『命をかけて愛する者を守りたい、愛する国を守りたい』っていう気持ちが分かるっていうんだ。同じ世代でそういうことを言う人の気持ちはよく分かるって。真顔でそういうもんだから、こっちも一寸妙な気になってね。」

若者らしい一本気じゃない。まあ、それにつけ込む輩がいるのでいかんけど。

「愛する者のために命をかける…そう思っただけで気分が高揚して、喜んで銃を手に取る若者って、いつの時代にも、どこの国にもいるのは分かるよ。ただ、心配なのは、ちょっとそこにリアリズムがね…。」

それは求める方が無理でしょ。Qさんだって、僕だって、鉄砲担いだ世代じゃないし、リアリズムと言ったら五十歩百歩じゃない?

「思うに、『戦争のリアリズム』って言葉自体、ちょっと抽象的な気がするんだ。でもさ、それがこの商売のいいところでね。…ほら、例えばこの本。こんなのを見た日にゃ、言葉も何もすっ飛ばして、戦争が何をもたらすか分かるじゃない。」

何、これ。戦前の本だね。

「ほかにも、これとか、これとか。みんなイギリスとアメリカで出た、昔の形成外科学のテキストだよ。ここのところ医療系アンティークのテコ入れをしてて、こんなのも需要があるかと思って買い入れたんだ。でも、ページをめくって状態チェックしているうちに、さすがに気分が悪くなった。」

うわ…これは…

「悲惨っていうのは、こういうのを言うんだよね。形成外科学って、第一次世界大戦で大量に生まれた傷痍軍人のために発展したそうだけど、なんだかねえ…。」

ずいぶん痛々しいリアリズムだね。

「そう。そして、愛する者のために命を捧げるイメージに高揚している若い子は、たぶん戦場で華麗に散って、愛する人がひっそりと自分の墓前に花を手向けるシーンとか思い浮かべるのかもしれないけど、そうじゃないケースも想定しておくべきだと思うんだ。手足をもがれて、顔面の半分を吹っ飛ばされて帰って来ても、キミの愛する人や、愛する国は、キミのことを依然愛してくれるだろうか?…それを頭の隅に入れとかないとね。それこそが僕の言いたい究極のリアリズムさ。」

うーん、なるほど。人間心理の闇を突くね。

「そうさ、なんたってリアリストなんだから。…だからTさんとも馴れ合いはなしね。取り置きは2週間まで。きっちり払うものは払ってよ。」