春は花2016年03月30日 06時29分49秒

世の憂い、季節の愁い、さまざまあれど、春は花。
桜も雪柳もいっせいにほころび、その盛りを見せつけています。

「桜」「咲く」「盛り」「栄え」…これらはみな同じ語源に発する言葉だそうですが、春の陽を浴びて咲く花に、命のほとばしり、みなぎるような力を感じるのは、昔も今も変わらぬ感性でしょう。


山桜を描いた手刷り木版の絵葉書。
おそらく昭和40年代(1970年前後)に、京都の美術工芸出版社「芸艸堂(うんそうどう)」から出たものです。


作者の河原崎奨堂(かわらざきしょうどう、明治32年~昭和48年(1899~1973))は、京都に生まれ育った日本画家・友禅画家。戦後は上記「芸艸堂」の経営に関わるとともに、草花をモチーフにした細密な木版画の原画も手がけ、この絵葉書もそうした一連の作品のひとつとして版行されたもののようです。


この絵葉書は、「日本の花暦」と題する24枚から成る連作のうちの1枚。
24枚というのは、1月から12月まで、各月を代表する花をそれぞれ2種類選んで描いたもので、そのセレクションは以下のとおりです。(下は1月~4月の花を並べたところ。)


 1月(梅、福寿草)、2月(椿、水仙)、3月(桃、菜の花)、
 4月(桜、チューリップ)、5月(藤、カーネーション)、6月(紫陽花、花菖蒲
 7月(くちなし、山百合)、8月(百日紅、朝顔)、9月(萩、彼岸花
 10月(木犀、コスモス)、11月(山茶花、菊)、12月(枇杷、ツワブキ

(水仙)

(椿)

奨堂には、まったく同じ24種の花を、大判の多色木版で仕上げた「日本の花こよみ」(昭和47、1972)という、ほぼ同名の作品もあって、その全容は神保町の山田書店さんのサイトで見ることができます。
http://www.yamada-shoten.com/onlinestore/detail.php?item_id=41024

比べると分かりますが、この「日本の花暦」は「日本の花こよみ」を単純に縮小したものではなく、絵葉書という小画面に映えるよう、別のデザインで描き下ろしたものです。

   ★

ここで奨堂の作品を紹介したのは、日本画の筆法による絵図に博物学的解説を付した、この種の図譜が、大正から昭和にかけて流行った時期があり、(絵葉書はともかくとして)『日本の花こよみ』は、まさにその末流に位置づけられると思うからです。

かつて荒俣宏さんが激賞した、大野麥風(おおのばくふう、1888~1976)の『大日本魚類画集』(昭和12~19年=1937~44)はその代表で、それ以外にも、動物・植物を問わず、いろいろなジャンルで優美な作品が作られたのでした。

(大野麥風展図録より、2013)

そこには、花鳥画の長い伝統、江戸期以来の「画帖」という出版ジャンルの存在、錦絵の衰退と前後して興った新版画運動のうねり、明治の消費拡大(さらに輸出の増大)に伴う染色工芸図案集へのニーズ、そして美しいものを欲する都市受容層の拡大…etc.、純然たる博物趣味とは別の要因もいろいろあったと思います。

それだけにこうした作品群は、いわば「博物図譜の日本的展開」として、大いに注目されるところです。

(この話題、ゆるゆる続きます)