大地は亀の背に乗って2023年11月13日 05時46分41秒

余談の余談になりますが、「古代インドの宇宙観では、象が大地を支え、それを亀が支え…」というと、「ああ、あれはどうも嘘らしいよ」と思われる方が一定数おられると思います。ここで嘘というのは、「大地が象や亀に支えられている」のが嘘というだけでなく、「古代インド人がそう思っていた」のも嘘、という意味です。

手元でググると、「こだいいんどのう…」辺りで、「古代インドの宇宙観 嘘」という予測変換がパッと出てきます。そして、「まじかよ」とか、「良かった!誤った古代インドの世界観なんてなかったんだね!」というツイートを載せた<まとめサイト>に誘導されます。

この話の元は、天文学史家の廣瀬匠氏が2012年、第26回天文教育研究会で行った、「誤解だらけの天文学史~『古代インドの宇宙観』を例に」という発表で、その立論があまりにも鮮やかだったため、一寸薬が効きすぎて、こんどは「あれはみんな嘘だ」と思う人が出てきたのでしょう。

でも、それは廣瀬氏の所論の一知半解に基づく完全な誤解です。
氏が問題にしたのは、“古代インドの宇宙観“として長年世間に流布してきた下のようなイメージで、「象、亀、蛇の3点セットが、こういう形でインドの史資料に現れることはない」という事実を指摘されたのでした。

(Niklas Müller著『Glauben, Wissen und Kunst der alten Hindus(古代ヒンズー教徒の信仰、知識、芸術)』(1822)の付図より) 

2012年の原論文は残念ながら未見ですが、その後に出た氏の『天文の世界史』(インターナショナル新書、2017)から、該当箇所を引かせていただきます(〔 〕内は引用者)。

 「しかしながら、インドの文献にこのような宇宙観〔=丸い大地が象に支えられ、それが亀に支えられ、それがさらに蛇に支えられている〕の描写は存在しません。〔…〕ヒンドゥー教の見解では〔…〕大地が何に支えられているかについてはテキストによって描写がまちまちです。四頭あるいは八頭の象が支えているとする文献もあれば、一匹の大蛇が支えているとする文献もありますし、そもそも全く動物が登場しない文献も存在します。亀が大地を恒常的に支えているという記述はどこにも見当たらないのですが、ある目的で海に投じられていた須弥山を亀に化けた神が沈まないように支えた、というエピソードを含む神話はあります。〔改段落〕以上のような複数の伝承が混同されて一つの宇宙観にまとめられてしまったのではないか、というのが私の仮説です。」(p.243)

一読してお分かりの通り、廣瀬氏は大地を支える<象 or 亀 or 蛇>の伝承まで、全て否定されているわけではありません(というか肯定されています)。

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大地を支える動物(特に水棲動物)の観念は、汎世界的に見られるものらしく、英語版のWikipediaには「World Turtle(世界亀)」という項目があって、そこからさらにいろいろな項目――たとえば議論の無限後退を意味する「Turtles all the way down(ずっと下まで亀)という慣用句など――にリンクが張られています。

また、この分野の古典ともいえる岩田慶治・杉浦康平(編)『アジアの宇宙観』(講談社、1989)を参照すると、pp.326-347がそっくり「亀蛇と宇宙構造」の章に当てられていて(分担執筆者は伊藤清司氏)、この観念は中国はもちろん日本にも及んでいることが分かります。早い話、地震のナマズと要石の話にまで、この件はつながるそうですから、なかなかインドの人を笑うどころではないのです。

(『アジアの宇宙観』より)

(同カラー挿図18。キャプションは、「八頭の象に支えられた大地の上に、そびえたつメール山 須弥山。その下深くひろがる七層の地獄など、ヒンドゥー教的宇宙巨神の下部構造を描く。その体を支える竜・猪・亀・ガルーダ鳥たち。―インド細密画。18世紀。」

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それに――。
南瞻部洲(なんせんぶしゅう/インド亜大陸のこと)は、かつて人類が生まれるよりもずっと昔に、インドプレートの背に乗って、はるばる大海を越えてきたと聞きますし、各プレートは地殻に深い亀甲文様を刻んで、互いに相接しているわけですから、インドの人もまんざら間違っていたわけでもないかもしれんぞ…と思ったりもします。

コメント

_ S.U ― 2023年11月15日 08時30分21秒

前の書き込みとの関連で思ったのですが、世界の民族においては、(どの民族も彼らの宇宙神を持っているとして)

・大地も天も完全に止まっているのが、宇宙神の当然の加護と前提する者

・大地はそうではないが、天が完全に止まっているのが、宇宙神の当然の加護によると前提する者

・大地も天も当然には止まらず、何らかの請負者(アトラスや動物)がこれを止めようと努力していると考える者

の三種に分類されるのかもしれないと思います。

_ 玉青 ― 2023年11月16日 18時53分59秒

うーん、概念的にはいろんな区分を想定できるでしょうが(「世の中には二種類の人間がいる」みたいなもんですね・笑)、いずれにしてもこの辺は例証を要するでしょう。

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