美しい午暦2026年01月03日 08時17分16秒

2026年は、丙午(ひのえうま)の年です。
丙午の年は(ほかのすべての干支も同じですが)、60年に一遍回ってきます。
前回は1966年(昭和41年)、さらにその前は1906年(明治39年)でした。

その1906年の暦を手にしました。


■中村不折(画)、凸版印刷合資会社(発行)
 『明治三十九年略暦』


「尽馬〔うまづくし〕十二題」と題して、月替わりで馬にちなんだ絵を添えたカレンダーです。ただし、「略暦」とあるように、この暦はいわゆる七曜カレンダーではなく、各月の日曜日と祝日の日付けのみ表示してあります。(「略暦」という言葉は江戸時代にもありましたが、旧暦から新暦に代わって、その内実も変わりました。旧暦時代の「略暦」は、主に月の大小と主要吉凶日の一覧を載せた一枚刷りの暦です)。

この暦に惹かれたのは、なんといってもその挿絵の並外れた美しさ。

(1月「神馬 希臘賞牌」)

(3月「馬蹄香」)

(6月「在五中将東下」)

作者の中村不折(なかむら・ふせつ、1866-1943)は、フランスに留学した洋画家にして、六朝風の書をよくした書家。漱石の『吾輩は猫である』や、藤村の『若菜集』等の挿絵を描いた人でもあります。

(8月「天馬」)

(10月「馬之脊越 碓氷嶺」)

(12月「千金之馬骨」)

  ★

この美しい暦は、凸版印刷株式会社(現・TOPPANホールディングス)が開設した印刷博物館のコレクションにも入っており、そこに詳しい解説がありました【LINK】。一部引用させていただきます。

 「この暦は明治39(1906)年に発行され、お得意先に配られました。印刷には、当時日本に導入されたばかりのアルミ印刷が用いられています。
 アルミ印刷は平版直刷りによる印刷方法で、日本では最初にアルミニウムによる版から普及したためこう呼ばれました。当初はアメリカやドイツなど海外からアルミ輪転印刷機が輸入されましたが、まもなく国産化されます。当時中村鉄工所支配人にであった浜田初次郎は、明治38年にアルミ印刷機を製作し、凸版印刷に納入しました。その国産一号機でこの暦は印刷されたのです。」

平版直刷りは、原理的には石版刷りと同じですが、この暦は版面にアルミニウム版を使用した新式の「アルミ印刷」の技法を用いており、しかもその国産第1号の印刷機で刷り上げたものだそうで、単に美しいばかりでなく、印刷技術史の上でも貴重な作例ということになります。

(暦奥付)

さらに印刷博物館の解説には、「凸版印刷初代社長河合辰太郎は根岸に住んでおり、隣人であった寒川鼠骨をはじめ、浅井忠、中村不折などと交流がありました。浅井や中村は技術者たちの研修の講師も務めています」ともあります。

類似のことは、先日、「半七写真製版印刷所」と田中松太郎の記事【LINK】のところでも見ましたが、草創期の印刷技術者は、想像以上にアートの世界に親近していたことが分かります。

   ★

印刷物と版画作品、あるいは工業製品と工芸品の境界は常に曖昧で、連続的だと、この美しい暦を見て感じます。その全てが…とは言いませんが、一部の印刷物はやはりアートと呼びたいと思います。

コメント

_ S.U ― 2026年01月04日 08時05分08秒

民間で発行されたカレンダーは、江戸期には掲示用美術品であったことはありましたが、明治にはあまり美術性を主張しなかった印象です。ご紹介の品は美術本形式ですが、カレンダーの歴史で見ても、転換点と言えるものでしょうか。

_ 玉青 ― 2026年01月04日 14時01分10秒

江戸後期の大小暦は、華美で凝ったものが盛行し、贔屓筋への配り物にもなりました。この明治の略歴は、その後裔と言えるかもしれませんね。ただ、実用本位の暦は、確かに地味なものが多かったですが、明治の頃も色刷りの引き札に暦を入れたものもありましたし、そういう目を引くカレンダーを得意先に配るのは今に続く歳末風景ですから、上の品をもって時代の転換点と見なすのは難しいかもしれません。

_ S.U ― 2026年01月05日 07時13分43秒

そうですね。錦絵風の掲示用の暦は、明治中期~後期にはあったように思います(ただし何年のものがあるか具体的には知りません)。こういう製本されている絵本は珍しいのではないでしょうか。

_ 玉青 ― 2026年01月12日 11時44分25秒

そういえば、こんな美しい作例もありました。暦の中身は同工異曲ですが、こちらは画短冊形式になっています。
https://mononoke.asablo.jp/blog/2021/11/03/9437224
これも得意先に配ったものかもしれませんが、この場合の「得意先」は芝居の贔屓筋とか、いっそ粋筋のような気がします。連綿たる江戸情緒ですね。

_ S.U ― 2026年01月12日 19時01分09秒

ご引用のはよい江戸風情ですね。江戸時代は幕末近くまでこういうのがあったのでしょうか。明治の初めにはこういう優雅なのは途切れた可能性があると思いますが、武者絵風や文明開化風の錦絵は続いていたかもしれません。

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