天文古玩

　理科趣味についての現代史は、人に歴史があり歴史に人があるという印象ですね。私は、その1980～1990年代はリアル理科にどっぷり漬かっておりましたのでこのような歴史はほとんど知らず勉強になりました。ただ、その間、タルホ教のみを拠り所にして、タルホ師のいうA感覚のようなものが理科趣味を通じて人の科学の好奇心を支えていると考えていましたので（今でもそう思っていますが）、大きく道を外していることはなかったと思います。人類の自然科学を支えるには、いろんな立場のマイナーなサブカルに至るまで尊重せねばならぬと考えております。
　
　それで、私の語れるのはそれ以前の「前史」ということになるのですが、当時は「理科趣味」はなく「理科室趣味」で、「理科室趣味」といえば、たいていの人は、つのだじろう氏、楳図かずお氏、古賀新一氏らの恐怖漫画を連想してしまうのではないかと思います。氏らの作品は、当時のメジャーな漫画誌で、私らの世代の子ども達はだれでも小さいときから大きくなるまで読んでいましたので、今言う「サブカル」ではありませんでした。その後、もっとより理科趣味っぽいサブカル的作家が現れたのは、玉青さんのご解説の通りだと思います。

　恐怖漫画が理科趣味の系譜につながるものかどうかは私にはわかりませんが、やや古手の同時代人が連想したということでコメント申し上げました。

理科室に怪しの気配を感じる。
その怪しの気配こそが、理科室の魅力。

以前、理科室の怪談の話題を書いたことがありますが、日本における理科趣味の展開には、怪奇な要素も落とせぬところですね。それが現在の理科趣味のトレンドとどう結びついているかは、必ずしも自明ではありませんが、理科室にヴンダーカンマー的興趣を重ねる人には、そうした子供時代の体験が影響している可能性は高そうです。

それにしても、S.Uさんの口から古賀新一やつのだじろうの名前が出ることは予想していなかったので、これは嬉しい驚き（私も怪奇漫画がひどく好きでした）。

>嬉しい驚き
　そう言っていただけると私も嬉しいです。
　私はピュアな科学少年でしたから、非科学的なオカルトは排除すべきものと考えていて、恐怖漫画については微妙な感情を抱いていました。それでも、人間の心理が自然と触れ合うときの精妙な反応、それから、優れた漫画作家の作品の芸術性の前には、その価値を認めるにいかんともし難いものがあったのでしょう。
　
　ところで、古賀新一氏は私の小学生の頃は少女漫画雑誌に漫画を書いていて、当時は小学生の少女がプロパーの読者として実際に恐怖漫画を読んでいたと思います（私の理解を超えることでした）。当時の女子小学生においても、氏の漫画がのちの理科趣味につながることがあったのでしょうか。長野まゆみ氏も同じ年代のようですが、何か書いていますでしょうか。

ホラー漫画と理科の関係は、理科室が漫画の舞台に登場することがメインで、理科室が恐怖の感覚を養うことはあっても、ホラーが理科への感性を育むことはあまりなさそうに思うんですが、多少うがった見方をすれば、目に見える世界の背後には、人間の想像を超えた別種の論理が存在することを皮膚感覚で知ることによって、想像力が鍛えられるという効果はあったかもしれません。

長野氏も、たぶん同世代の女の子と同程度に怖い漫画は読んでいたと思いますが（根拠はなく、純粋に確率論的推測です）、それが氏の作品に影響を及ぼしている形跡は、パッと見なさそうです。

ただ、今春出た『宮沢賢治怪異小品集―可愛い黒い幽霊』（平凡社ライブラリー）をパラパラ読んでいて、賢治が予想以上に怪異な世界に親しんでおり、いわゆる霊的体験なども重ねていたことを知って、この問題はもうちょっと考える必要があるのではないかと、ちらちら考えてます。

ホラー趣味と理科趣味が流れとしてつながる人は限定的な範囲にとどまるのかもしれません。ただ、長野氏についていえば、ご自分の脳内の異なる分野の関連をわざと作品中に反映させていない可能性もあるのかもしれません（私は２編の作品しか読んでいませんが、関連がありそうな主題があっても雰囲気があまりつながっていなかったのでそう思いました）。

>多少うがった見方をすれば、目に見える世界の背後には、人間の想像を超えた別種の論理が存在する

　これが大きいように思います。見えない世界の論理を発見するということは、三歳に満たぬ童子から世界一流の科学者まで、その探求行動の最大の動機でありましょう。小学生から思春期の間に恐怖漫画に触れることは、見知らぬ世界を垣間見る快感と興味を幼児期から青年期まで受け継ぎ、成人ののちまで固定するのに貢献しているかもしれません。

「この世」の裂け目から、「向こうの世界」を覗き見ようとする欲求。
S.Uさんが仰る通り、これこそ人間の人間たる由縁であり、あらゆる知の営みを裏打ちするものかもしれません。
…となると、ホラーもいよいよ侮りがたくなってきますね。

長野まゆみ氏なら『魚たちの離宮』が、やや怪談風といえると思います。（といってもホラー小説というほどではないです。）

S.U様のコメントによって思い出したのですが、たしかに小学高学年から中学にかけて、男子よりも女子にホラーや怪奇モノを好む傾向があったような記憶があります。
我々男子からすれば「よくもまあ、そんな怖い本読めるな・・・」といった感じでしたが、高学年ともなれば女子の方が大人びてくるので、同学年男子よりも恐怖に対する耐性が強いのだと単純に考えていました。
しかし女子のホラー愛好が、「向こうの世界」を覗き見ようとする欲求と関連 していて、それが理科趣味に繋がってるとすれば、たとえば「理系に進むのは大抵、男。女は文系に行くのが普通」といった思い込み、刷り込みは、なぜ形成されたのか。我々は社会通念とか規範意識などによって縛られてきた面が他にもあるのではないか。などと愚考する次第であります。

うーむ、これは…！
話がここまで発展して来ると、「理科とホラー」、そして「男子と女子」の関わりについて、何か記事を書かねばなりませんね。ええ、何か一本書いてみましょう。