天文雑誌に見る1950年代(5)2014年10月24日 07時02分45秒

最近、心が弱くなっている自覚があって、古い「天文と気象」を読むのも用心が必要です。本当に一寸したことで落涙したりするものですから。



「天文と気象」の1949年3月・4月合併号の表紙と目次です。
表紙上部に“「天気と気候」改題”とあります。気象学がメインだった「天気と気候」誌は、1948年12月号でいったん終結し、1949年1月号からは、新たに「天文と気象」を名乗って、天文に力を入れるようになりました。


1949年10月号の「読者だより」欄。天文ファンと気象ファンの角逐が興味深い。

   ★


3・4月号の巻頭口絵(以下2枚も同)。
「ぞくぞく誕生するアマチュアー自作の反射望遠鏡」


 
                     

うーむ、いったい何という顔ぶれでしょう。
佐久間精一氏小山ひさ子氏大谷豊和氏…いずれも、古参の天文ファンにはなじみの名前でしょうが、みな日本のアマチュア天文界を牽引してこられた、偉大な先達です。大家の風格の元国立科学博物館の村山定男氏や、星座史研究の原恵氏も、この頃はまだ20代の「青二才」だったのですから、本当に時代を感じます。

みながみな若かった。日本のアマチュア天文界は、若い息吹にあふれていました。
その若さが、今の私には眩しく感じられます。そして、ただそれだけのことで、もう涙腺がゆるみます。


その村山氏と原氏が、この号から望遠鏡の自作記事の連載を始めています。


思わぬところで、あの「あやめ池工業所」のガラス製天球儀(http://mononoke.asablo.jp/blog/2014/07/07/7382014)と再会。

(1949年9月号 巻末広告)

まこと風雅の極みですが、それにしても、こういうメーカーは、その後どうなったんでしょうね。何となくロストワールドを覗き見るような気もします。

(1949年8月号 裏表紙。社名がちょっと前途に危うさを感じさせます。)

   ★

肝心の記事の方も充実していて、読みふけっていると、本当にキリがありません。
「天文と気象」は、今後も資料として随時言及する予定なので、ちょっと尻切れトンボですが、ここでひとまずペンディングにします。
(※今日は題名に相違して、全部40年代の話題でした。)

コメント

_ S.U ― 2014年10月24日 19時26分30秒

>一寸したことで落涙
 玉青さんもそうですか。
 私にとっては、昭和30年代が特別で、特に当時の歌謡曲の名作を聞くといけません。自分が生まれた時代だから、と言ってしまえばそうなのですが、それだったら、記憶にある昭和40年代50年代のほうが感激的なはずですが、30年代だけはどうも特別です。
 特に、船村徹氏、故・遠藤実氏らの作曲のものは、これらの作曲家さんたちが、当時はまだ30歳くらいだったことを思うと、さらに落涙の思いがこみ上げてきます。

_ 玉青 ― 2014年10月25日 09時42分13秒

しみるなあ…(笑)
演歌ばかりでなく、洋楽でも、当時のナンバーにしみじみ聞き入ったりするんですが、こんなふうにしみじみできるようになったのは、齢をとって良かったことの一つです。

_ 霜ヒゲ ― 2014年10月25日 20時13分29秒

玉青様、こんばんは

古い「天文と気象」は本当に雰囲気が良いですね。まさに感涙物です。
但し、ただでさえ紙質が悪い上に、年月が経過すると取扱いが大変です。(私も相当前に神保町の雑誌専門店の店頭で入手した51年後半のものを3冊だけ持っていますが、注意して読んでいてもパラパラと剥がれてくるため、興味がある記事をコピーのうえ、本棚の奥に封印してしまいました。)

その中では天文仲間寸評(?)という記事だったか、当時活躍の若いアマチュア天文家達(草下英明、原恵、大崎正次、中野繁、清原勉、小島修介氏等々)のことを短文ではありますがユーモラスに綴った文章が印象に残っています。

今後も適当な機会に玉青様の視点から面白そうな記事等をブログに取り上げて下さい。
期待しております。

_ 玉青 ― 2014年10月26日 09時01分29秒

あ、霜ヒゲさんもお持ちなのですね!
確かに紙がだいぶ朽ちてきているので、読むときはソーッと読まないと、危ないですね。

   +

記事のご紹介をありがとうございました。
さっそく読みました。(→51年11月号。「天文仲間寸描(Ⅰ)」とありますが、どうも(Ⅱ)は出なかったみたいです。)

中野繁氏33歳、草下英明氏26歳、原恵氏に至っては24歳で、まだ現役の学生だというのですから、皆さん本当に若いですね。

ところで、戯文調のこの記事、「夏雲生」名義の匿名記事になっていますが、筆者はいったい誰なんでしょうね? ちょっと気になるのは、この記事の中には、他社の出版物である「子供の科学」誌への関与を指摘されている人が、8人中4人もいることです(中野繁氏、小島修介氏、清原勉氏、草下英明氏)。たとえば、清原氏は「原稿を締切初日までにチャンとだしたことはめったにないという横着者だそうで、『口ほどに手が動かない』なんて蔭口をたゝかれている」云々といった書かれようです。

で、結論からいうと、この一文の筆者は「子供の科学」編集部にいた草下氏自身であり、見る人が見れば分かるように、洒落として自分のことも紛れ込ませておいたのでは?というのが、私の想像です。どうもこの文章の呼吸は、草下氏以外書けないような気がします。

その草下氏自身の紹介文は以下の通りですが、うーむ、真相や如何に?

「野尻抱影先生の愛弟子。天文学〔テンブンガク〕に造詣の深いことは知る人ぞ知るというところ。まだ若いし、文科出身の素養はあるし、現在はジャーナリストだし、それに人にづけづけモノをいうシンゾウもあると聞くし、将来発達の基礎的条件は大いによいはずだから、「出藍のほまれ」高いといわれるような、絢爛たる天文学〔テンブンガク〕の新境地を開拓してほしいものである。
 草下さんは、大の天文ファンでありながら、望遠鏡はアマチュアには不要だという論者である。すなわちその主張にいわく、「200インチならいざ知らず、あんな小っぽけな筒では何も見えぬ。天与の肉眼で星を眺めることこそアマチュアの力を発揮するゆえんではないか」と。金がなくて望遠鏡が買えぬなどとコボしているお方は、よく味わって下さい。」

   +

「天文と気象」については、今後も随時触れたいと思いますので、またコメント等よろしくお願いいたします。

_ 霜ヒゲ ― 2014年10月26日 18時53分45秒

草下英明氏の自作自演ですか、なるほど。

筆者は穂積善太郎氏あたりかな、意外とお茶目な側面もあるんだななどと、ボンヤリと考えておりました。
言われてみれば、「持前の気安さと強引さで(他人に)近づきすぎる」(石田五郎氏評)草下氏っぽい特徴がありますね。
原氏を除けば皆自分より年上なのに戯文の題材にしてしまうんですから。

私的には大いに面白く読ませてもらいましたから、Ⅱ以降の続編がないというのはかなり残念です。

_ 玉青 ― 2014年10月27日 22時02分17秒

まあ、草下氏説は単なる思い付きで、やっぱり編集部の誰かの筆かも知れませんので、その辺は割り引いてお聞きください(実際、かなり間を置いた1955年1月号にも、「本誌に寄稿の天文アマチュア各氏近況」という、よく似た埋め草的記事が載っていました。探せばもっとあるかも…)。

ときに、自分で書いて、後からオヤと思ったのは、「天文学(テンブンガク)」という言い回しの初出です。どこかで読んだような気もしますが、すぐに思い出せません。そんなことも今後の課題にしながら、「天文と気象」に目を通してみたいです。

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック