3-D宇宙…『Our Stellar Universe』(1905)2018年01月06日 10時39分29秒

この宇宙を立体視するという話題、例によって、結論も組み立てもなしに書き始めたので、話がどうもフラフラしますが、途中を端折って一気にスタート地点に立つと、現時点で私が知り得た最初の例は、20世紀初頭に出た1冊の本で試みられたものです(19世紀にも類似の発想はあった気はしますが、まだその例に出会ったことはありません)。

その本とは、イギリスで出た以下の本。

(右上のスタンプは、シドニー天文台の除籍印)

■Thomas Edward Heath,
 Our Stellar Univerese: A Road to the Stars.
 『我らの恒星宇宙―星々への道』
 King, Sell & Olding, Ltd. (London), 1905(序文年記)

著者のトーマス・ヒースは、美しい天文図版をふんだんに収めた、天文古書の世界では有名な『The Twentieth Century Atlas of Popular Astronomy』(1903)を編纂した人。宇宙をビジュアル化することに情熱を燃やした人だからこそ、宇宙を立体視するという、この斬新なアイデアも生まれたのでしょう。

【1月9日付記】 この一文には事実誤認があります。ここに出てくる2人のトーマス・ヒースは別人です。1月9日の記事参照。

(ヒースが編んだ天文図集、『The Twentieth Century Atlas of Popular Astronomy』)

(同・図版頁より)

『我らの恒星宇宙』の第1章冒頭を適当訳してみます。

 「この小著は、星の世界への旅程表、ないし道案内たることを目指している。私の知る限り、本書はこの種のものとしては最初のものである。実際、こうした本を編むだけの十分な情報が利用できるようになったのは、ごく最近のことに過ぎない。そして現在においても、情報はしばしば非常に不正確である。本書は、現代の自動車旅行者向けに印刷された道案内というよりは、むしろ中世の巡礼者のために書かれた旅程表に似ている。私としては、本書が収集可能な最良の年周視差に基づいていることを以て、読者の許しを請うのみである。そして、遠からずより良いデータが利用可能になると信じている。」 (p.1)

これを読むと、恒星までの距離データを集積して、恒星世界の立体イメージをビジュアルに再構成しようという発想において、ヒースは後人とまったく同じ立場に立っており、この種の試みは、既にその最初期から完成形態にあったことが分かります。

(ヒースが参照したデータの一部。本書巻末付録より)

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ヒースはまず、データに基づき、下のような図を描いてみせます。


これは、我々の太陽をロンドン(グリニッジ)に置き、1光年=1マイルに置き換えて、60光年以内にある既知の恒星を、イギリスの地図に重ねて描いたものです。

便宜上、グリニッジの真北を天の北極、真南を天の南極とし、各恒星は太陽からの距離と赤緯によってプロットされています(恒星の記号が様々なのは、一種の絶対等級――ここでは太陽を基準に、その何倍の明るさで輝いているか――を表現しているためです)。

(上図一部拡大)

例えば、北極星(Polaris)は、真北に約60マイル(即ち60光年)弱の位置に、また天の赤道付近にある「おとめ座γ星(γ Virginis)」は、真東に約60マイル(同)の位置に、それぞれプロットされています。

ここで後者が真西ではなく、真東に描かれているのは、赤経を考慮して、春分点を挟む赤経18h~5hに位置する星は地図の西側に、同じく秋分点を挟む6h~17hにある星は地図の東側にプロットすると、著者が決めたからです(ちなみに、おとめ座γ星の赤経は、ヒース当時の値で 12h35m)。

ここで注意を要するのは、この図では、中心(太陽)から各恒星までの距離は、観測値が正しい限り正確に描かれていますが、各恒星相互の距離は全く不正確なので、この図から直接、宇宙の3-D像を思い浮かべることはできないことです。これは、あくまでも恒星までの距離をイメージするための<補助図>に過ぎません。


こちらの図(部分)も、原理は全く同じ。ただし、範囲を太陽から半径480光年に拡大してあります。作図の関係で、暗い星は省略し、輝星のみをプロットしてあります。

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ヒースはここからさらに、各恒星が半径60光年(あるいは480光年)の球体内部で、具体的にどのように分布しているかを導出します。そのためには、各恒星と中心点(太陽)を結ぶ線分を、赤経値に応じて、南北軸の周りを1つずつ回転させてやれば良いわけです(出来上がりは、長短さまざまな棘が突き出たウニを想像してください)。

こうして得られた星の3次元配置を、特定の視点から特定の垂直面に投影することも――演算自体は桁数の多い三角関数を多用するので面倒くさいですが――原理的にそれほど困難ではありません。そして最終的に、一定の間隔を置いた2つの視点から見た投影図を作り、ステレオスコープで覗けば、そこに「立体宇宙」が浮かび上がるという仕組みです。

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実際にヒースが描いたのが以下の図。彼が40時間かけて計算した成果です。


中心にある芥子粒のような星が我らの太陽で、ここで目にしているのは、左右の眼が107光年離れた巨人が、太陽から500光年離れた場所から、太陽近傍の星々を眺めている光景です。


こちらは、太陽から100光年離れた場所から、両目の間隔が26光年の、さっきよりも一寸小柄な巨人が眺めている景色。

(実際にステレオビュアーにセットできるよう、厚紙に刷った同じ図がオマケに付いているのは、親切な工夫)

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立体星図というと、地球から眺めた星々の位置関係を立体視することをすぐに思い浮かべます。実際、先に紹介した杉浦康平氏や、デイビッド・チャンドラー氏の作品は、いずれもそうなっています。しかし、ヒースはこんな風に宇宙空間を自由に移動しながら、太陽のはるか遠くから眺めた星々を描いているところが、まことにユニーク。

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以上、ひょっとしたら、ヒースの意図をとらえ損ねているかもしれませんが、私に理解できる範囲で、その業績を紹介しました。(本当は、「座標」、「回転」、「変換」、「写像」等の数学用語を使えば、事態をもっとシンプルに記述できると思うんですが、私の手に余りますし、ヒース自身も、その辺はあまり詳細に説明していません。上に記したことは、ヒースの簡略な記述と、挿図をにらんで自分なりに考えたことをミックスしてまとめたものです。)


(この項、まだしばらく続く)