150年前の星の残像を宿して2019年07月01日 16時32分15秒

昨日のつづき。今日は正真正銘のアイピースです。


写真の左側に写っているのは、イギリスの天文趣味の父、トーマス・ウィリアム・ウェッブ(Thomas William Webb、1807-1885)の伝記。

ウェッブが、最初期の天体観測ガイド『普通の望遠鏡向けの天体(Celestial Objects for Common Telescopes)』(初版1859)で、人々を天文趣味に誘い込んだ頃、当時の人が覗き込んだのが、まさにこういったアイピースたちでした。

150年前、地上に降り注いだ星の光は、これらのレンズで屈折した後、さらに水晶体を通って視覚的な像を結び、古人の心に深い感興を起こした…と思うにつけ、何だか愛しいような、床しいような。


この平べったいのは、太陽観測用のサングラス。


手前に写っている長細いアイピースは、こういう専用の革ケースにきっちり収まっています。


これまた何とも床しいですね。
こういう風情こそ、ヴィクトリア時代における天文趣味隆盛の余香なのでしょう。

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ときに余談ですが、こういう古い機材を手にして気になるのが、何だかネジが互いに合ったり合わなかったり、規格がバラバラなことです。


その辺の事情を知りたいと思って探したら、Randall C. Brooks 氏の「Standard Screw Threads For Scientific Instruments. Part I: Production Techniques And The Filière Suisse」という論文が見つかりました。

それによると、ネジ山の規格化が進んだのは19世紀も終わり近くになってからのことだそうです。興味深い内容なので、今後のメモ用に、イントロダクションだけ適当訳しておきます(途中改行は引用者)。

 「古い科学機器に携わった者ならば、誰しも気づいているように、たとえ名目上同じサイズで、同じ機器に使われていたとしても、2つのネジが相互に交換できることは少ない。その理由は3つある。第1に、ネジ製作用の器具は、19世紀半ばまで、通常あまり切削能力にすぐれておらず、それ自体不正確に作られていたので、ネジ山のピッチと形状に差が生じたこと。第2に、当時の製錬・鋳造技術による金属素材の組成と密度は、依然不均質だったこと。さらに3点目として、当時のメーカーは、修理が必要となった際、顧客に引き続き自社を利用してもらうため、あえてライバル社とは異なるピッチと形状の器具を使ったことである。

以下では、フィリエール・スイス(Filiere Suisse;FS)や、ブリティッシュ・アソシエーション(British Association;BA)といった、標準ネジ山規格が定まる過程で考究された事項について、その詳細を考察する。こうした規格は、特に時計や科学機器といった精密品のために、19世紀の第4四半期に発展した。その結果、科学装置の製造者側にはコスト低減が、ユーザー側には利便性がもたらされたが、これこそ長年にわたる懸案事項であり、この新しい規格は、約40年前に、工学研究のためにホイットワース〔Sir Joseph Whitworth、1803-1887〕が提唱した先駆的な標準ネジ山規格よりも、いっそう速やかに採用されることになった。

ここで議論を進める前に、結合用ネジと調節用ネジ、さらにマイクロメーター用ネジの区別を明確にしておく必要がある。結合用ネジとは、言うまでもなく最も一般的なネジだが、機械的に2つ以上の部材を互いにしっかり固定するためのものであり、そのため機械的負荷から生じる圧力に耐えられなければならない。一方、調節用ネジとは、動作の制御と、部材間の位置関係を調節するためのものであり、通常、機械的負荷はその主たる問題ではなく、操作のなめらかさこそが決定的に重要な要素となる。そしてマイクロメーター用ネジとは、正確なねじ山を持ち、ネジの動きから対象の位置測定が可能となるだけの精度が求められる調節用ネジ〔の一種〕である。

ネジの製造方法を概説することは、18~19世紀の機械工が作業する上での限界を明らかにするためにも有用であろう。」