「ハリー・ポッターと魔法の歴史」展によせて(3)…薬草学(上)2021年09月22日 21時39分24秒


(チラシより)

ここでも図録の内容をまず列記しておきます。

ニコラス・カルペパー『英語で書かれた療法と薬草大全』(1789)
※初版は1652年。薬草の薬効と用法を網羅し、100以上の版が出た大ベストセラー。J.K.ローリングも、執筆の際に参考としたそうです。)
動物の角と骨で作られた播種・収穫用具
(※毎年生え変わる角を使うところに、呪術的意味合いがありました。)
12世紀の写本に描かれたベニバナセンブリ(※蛇に噛まれたときの薬です)
15世紀の写本に描かれたニワトコ(※これも対蛇薬)
ジョン・ジェラード『薬草書あるいは一般植物誌』(1579)所載、ヨモギニガヨモギ
レオンハルト・フックス『植物誌』(1542)所載、クリスマスローズの仲間
エリザベス・ブラックウェル『新奇な薬草』(1737~39)所載、ニワトコ
14世紀のアラビア語写本に描かれた雌雄のマンドレイク
ジョバンニ・カダモスト『図説薬草書』(15世紀)に描かれたマンドレイク
マンドレイクの根(16~17世紀)
○和書『花彙』(1750)所載、コンニャク(※シーボルト旧蔵書)
○華書『毒草』(19世紀)所載、タケニグサ


点数が多いですが、大半は昔の薬草書(本草書)です。
登場する薬草も様々ですが、ハリー・ポッターでも人気のマンドレイクは、とりわけ力を入れて紹介されています。

(図録の一部を寸借します)

これらの本草書を彩る古拙な挿絵は、いかにも魔法学校の授業に出てきそうな雰囲気があります。

ただ冷静に考えると、写本の時代はともかく、印刷本の段階に入ると、こうした薬草書は、人々の切実な需要にこたえるものとして、出版点数も多ければ、その刷り部数も非常に多かった気配があります。したがって、同時代人にとっては「秘密の書」というよりも、むしろ「ありふれた実用書」だったんじゃないでしょうか。

門外漢ながらそう思ったのは、その残存数であり、その価格です。
15~6世紀の本草書の「零葉」、つまり1ページずつバラで売っている紙片は、今も市場に大量に出回っており、気の利いた彩色ページでも、たぶん数千円ぐらいでしょう。

上で「15世紀」と書きましたが、1400年代に出た書物は、古書の世界では特に「インキュナブラ」(揺籃期出版物の意)と呼んで珍重しますが、本草書はそのインキュナブラであっても、零葉ならばやっぱりリーズナブルな価格帯に落ち着きます。これは出版部数の多さの反映であり、活版印刷が始まって、出版工房が最初にフル回転したジャンルのひとつが本草書だったんじゃないかなあ…と、資料に当たって調べたわけではありませんが、そんなふうに想像しています。

   ★

薬草学(本草学)は薬学の一分科であり、大雑把にいうと医学分野です。
同時に、本草学のその後の発展を考えると、これは植物学の母体だともいえます。
以前、この二つの興味に導かれて、古い本草書に手を伸ばした時期があって、ちょうど良い折なので、ハリー・ポッター展に便乗して、それらを眺めてみます。

(この項つづく)