「ハリー・ポッターと魔法の歴史」展によせて(1) ― 2021年09月18日 15時10分47秒
今年、古書検索サイトのAbeBooks が創設25周年を迎えたのにちなんで、これまでに同社が扱った「最も高額な本ベスト25」というのが発表されているのを、偶然目にしました(ページリリースは今年の6月です)。
それによると、『不思議の国のアリス』のアメリカ版初版(1866)が3万6000ドルで第21位に入る一方、それをわずかに抑えて、『ハリー・ポッターと賢者の石』の初版が3万7000ドルで、第20位に食い込んでいました。さらに、作者J.K.ローリングのサイン入り「特装版ハリー・ポッターシリーズ全7巻」は、3万8560ドルで第19位。やはりハリー・ポッターは大したものです。(それでもトールキンにはかなわず、『ホビットの冒険』初版(1937)は、実に6万5000ドルで堂々の第3位です。)
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神戸で「ハリー・ポッターと魔法の歴史」展が始まって、1週間が経ちました。
前回の記事【LINK】を書いた後、結局展覧会の図録を購入しました(兵庫県立美術館のミュージアムショップに注文したら、翌日届きました)。何かものを言うにしても、図録ぐらいは見てないといけない気がしたからです。
まず私が気になっていたその中身について、最初に確認しておきます。
既述のとおり、この「ハリー・ポッターと魔法の歴史」展は、大英図書館で2017年に開催された同名の展覧会を引き継いで、その国際巡回展の一環として開かれているものです。そして英国展の際の図録は、すでに邦訳が出ています。
(左:英国展図録・邦訳版、右:今回の日本展図録)
表紙からして微妙に違いますが、日本展図録の末尾にはこう注釈が入っています。
「本書は、大英図書館「ハリー・ポッターと魔法の歴史」展図録(日本語版、2018年)を、「ハリー・ポッターと魔法の歴史」日本巡回展(2021~2022年)に合わせ一部内容を改訂・増補したもので、掲載図版と展示作品が一致しない場合があります。ご了承ください。」
英国展図録の邦訳版は持ってませんが、そのオリジナルはネットで読めるので、それと今回の日本展図録を比べてみたところ、以下のことが分かりました。
まず日本展図録には、冒頭に日本展の担当学芸員(兵庫県美の岡本弘毅氏、東京ステーションギャラリーの柚花文氏)による解説文が挿入されています。
それ以降の章立ては両者同一ですが、各章の図版と文章については、日本展の図録では、割愛されている部分が少なからずあります。その一方で、日本展だけに見られるものも少数ながら存在します。あるいは英国展に登場した、ジョン・トロートン製のオーラリー(太陽・地球・月の回転モデル)の代わりに、日本展ではジェームズ・シモンズ製のグランド・オーラリー(太陽・地球・月に加え、他の惑星も回転します)が登場するなど、微妙な違いもあります。
これは上の注釈にもあるとおり、おそらく実際の展示内容の違いを反映したもので、日本展は独自の要素を含みつつ、全体としては英国展より小ぶりになっているのでしょう。
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(チラシも一緒に送ってくれたので、行かないけれども行った気分)
で、改めて図録を見ながらの感想ですが、個々のテーマ、たとえば天文学とか、薬草学とか、錬金術とか、このブログにも少なからず関係するテーマについて、その扱いがやや食い足りないのは否めません。でも、逆にそれぞれのテーマが「食い足りる」ものだったら、見ているうちにすぐお腹いっぱいになって、最後まで見て回れないかもしれません。
それに、これは基本的に「ハリー・ポッター展」なのですから、そこは割り引いて考える必要があります。まあ、ハリー・ポッターと関係があってもなくても、大英図書館所蔵の貴重資料をじかに拝めるなら、それだけでも良しせねばなりません。
(以下、各論につづく)
閑語…床屋政談 ― 2021年09月18日 18時46分41秒
まさにコップの中の嵐ですが、自民党総裁選で世間がかまびすしく、私も脇からじっと見ていますが、実際どうなるんでしょうね。
昔、安倍さんが首相のとき、「安倍さん以外なら、誰が首相になっても、少なくとも今よりはマシだろう」という意見がありました。正直、私もそう思っていました。それが真実ならば、今の4人の候補の誰が総裁、ひいては首相になっても、安倍氏よりはまともな政権になるはずですが、はたしてどうか?
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高市という人は、見ていてよく分からないんですが、あの人は自らの極右的言動をまじめに信じているんでしょうか? それとも大向う受けを狙って、壮語しているだけなのか? 前者なら狂気を感じるし、後者ならとんだ痴れ者ということで、いずれにしても私的には論外です。
人間としてのまともさから言えば、野田氏の方が格段に上でしょう。
しかし、今回はいかにも分が悪いですね。総裁選の前からプライベートで、いろいろ書き立てられたのは、相当よこしまな力が働いたのだろうと想像しますが、まあ、まともな人ほど今の自民党では敵が多くなるのかもしれず、野田氏にはひきつづき頑張ってほしいです。(個々の政策では異見も多いですが、しかし人間がまともなら、議論も成り立つでしょう。)
何だかんだ言って、岸田氏も根は常識人なのだと思います。
でも、今の岸田氏には、もれなく安倍麻生がついてくる…という有様で、傀儡政権の未来しか予想できません。岸田氏が、いつかその桎梏を断ち切って、自らの信条にしたがって、政治の舵取りをする覚悟を決めたら、また違った展開もあるのでしょうが、これまでの日和見ぶりからして、とても期待は持てません。俗に「韓信の股くぐり」と言いますけれど、永久に股くぐりばかりしていてもしょうがない…と、歯がゆく思います。
残る河野氏ですが、河野氏の良いところは、安倍的な縁故主義から最も遠いところにいることです。ある意味で潔癖。その点で、白蟻のようにこの国の根幹を食い尽くした、悪しき安倍政治を断ち切る可能性も感じさせます。しかし潔癖な人ほど、海千山千の白蟻に籠絡される恐れもあって、その辺は未知数です。
また、氏には狭量という評判が常について回ります。人間としての度量もそうだし、対象を見る視角の広さにおいてもそうです。私見ですが、氏の政策論には、常に「机上で数字をこねて作った」感があって、その限りにおいては「正しい」言い分が多いと思うんですが、現実はそうした論をやすやすと覆してしまいます。そのとき、唯我独尊の彼は「現実の方が間違っている」と言い出しかねんぞ…と、そんな危うさを感じています。
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まあ私は自民党員でも、自民党支持者でもないので、脇から見ることしかできません。
そして総裁選の陰で「野党の埋没」を懸念する声も強いですが、しかし禍福はあざなえる縄のごとし、今や自民党内の亀裂も深まっているわけですから、これからの社会を見据え、野党各陣営は大いに論じ、国民の心を揺さぶってほしいです。
そしてまた国民も自ら大いに談じて可なり。
私も景気づけに、愚にもつかぬ床屋政談をあえて語ってみました。
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