星形の話(後編)…放射する光2023年07月09日 07時51分52秒

前編では、安倍晴明判と五芒星の異同について述べました。
晴明判はあの一筆書きの線に意味があり、五芒星は中心から飛び出す5本の角こそが中核的要素だ…というのが話の一応の結論でしたが、ここからさらに話を発展させます。

   ★

五芒星は角の数を増やせば、六芒星にも八芒星にもなります。

(紋章となった星たち。大修館『イメージ・シンボル事典』より)

数に伴うシンボリズムを無視すれば、いずれも中心から放射する光条表現が中核であり、空に浮かぶ星そのものを図像化している点で共通です。

   ★

印刷記号のアスタリスク(*)も、古代ギリシャ語でずばり「小さな星」を意味する「アステリスコス」が語源で、通常は雪華模様のような6本角ですが、前編で挙げたような5本角もあり、さらには8本角や、中には16本角のアスタリスクもあって、ちゃんとUnicodeも存在します(U+273A)。

英語版wikipediaの「Asterisk」の項には、記号としてのアスタリスクの歴史が書かれています。それによると、紀元前2世紀の文献学者である、サモトラケのアリスタルコスが、ホメロスの詩を校訂する際に、註釈記号として「アステリスコス(※)」(当時のアステリスコスは日本の米印と同じ)を用いたとあって、その歴史もずいぶん長いようです。

   ★

ここで気になるのは、西洋では星を図像化する際、その周囲を取り巻く光条の表現を重視したのに対し、東アジアではどうだったかという点です。

明るい星がピカッと光るのを見ると、星の周囲を取り巻く光条が見えます。私ばかりでなく、多くの方にとっても同様でしょう。昔の日本人だって目の構造は変わらないので、たぶん同じはずです。したがって星をリアルに描けば、光条が必然的に伴う気がするのですが、日本の星の絵は円(circle)や小円(dot)ばかりで、光条を伴う作例は未だ見たことがありません

(キトラ古墳天文図・部分)

(『和漢三才図会』所載の星座図)

(星曼荼羅。『日本の美術No.377』表紙)

これは不思議なことです。

東アジアの絵画は、「見た目」よりも、その背後にある「本質」を描くことに意識が向いていたのだ…というのをどこかで読んだ記憶があります。「だから光条をあえて無視して、星の本体だけ丸く描いたのだ」と考えれば、この場合も一応説明は付きます。

でも、光条表現自体は日本にも古くからありました。

(奈良国立博物館蔵「山越阿弥陀図」(部分)、14世紀)

たとえば、仏像の光背です。特に山越阿弥陀図と呼ばれるものは、西の山に沈む夕日に西方浄土の阿弥陀如来を重ねてイメージしたものと言われるので、その光条は端的に太陽のそれを表現したものです。

(文化デジタルライブラリーの大太鼓紹介ページより)

あるいは雅楽器の大太鼓(だだいこ)。その頂部には日輪と月輪が飾られ、いずれも見事な光条を伴っています。太陽や月に光条を認めるなら、星にだって認めてもいいのに…と思います。

不定形な「光」を描くのは、確かに技術的に難しいことかもしれません。
しかし戸田禎佑氏の『日本美術の見方』(角川書店、1997)によれば、平安後期に日本絵画は大きな変革を遂げて、炎や水のような不定形モチーフを描くことが可能になった旨の記述があります。炎が描けるなら、光だって描けても良さそうな気がします。

(戸田氏が例にあげる「伴大納言絵詞」の炎の描写)

   ★

とはいえ現に星の光条表現がない以上、昔の日本人にとって、それは「見れども見えず」の状態だったと結論づけるほかありません。まあ、身近なものほど、往々にして指摘されるまで気づかないのも確かです。(歩行者信号は必ず「青」が下で、あの男性は必ず向かって左方向に歩いていることに気づいてましたか?)

そして、もし昔の日本人が、星には光条が伴うことを意識していなかったら、晴明判はそもそも星の表現としては成り立たないはずだ…ということを、再度指摘しておきたいと思います。

   ★

じゃあ、日本人はいつ星と星形の結びつきを知ったか?
…というのが、次に考えるべき点ですが、これは別の機会にとっておきます。江戸時代の蘭学隆盛期にはたぶん知っていたと思いますが、それ以前、安土桃山の南蛮文化の頃はどうだったかとか、調べようと思うと、これは結構調べ甲斐のある課題です。

コメント

_ S.U ― 2023年07月09日 09時40分39秒

お取り上げ、ありがとうございます。
実は、私も、昨日あたり、光芒の形が鍵ではないかと気づき、多少調べていました。でも、難問で掘り下げられませんでした。以下、混ぜ返しにもならない程度のコメントです。

・陸軍の★には、帽子のてっぺんや腕章に、清明判の一筆書きタイプの星型もあり、護符と見られていたみたいです。複数の意味づけがされていると思います。

・古代エジプトのお墓の星は、アスタリスクですね。ギリシアでもそうですか。バイエルの『ウラノメトリア』も、ガリレオの『星界の報告』もその直系でしょうか。

・近代の図と思いますが、中国の道教の神にアスタリスク風の線状の星がちりばめられているのがあるようです。まだちょっと図をお示しできるほど、数を押さえていません。これは、アスタリスクの星ではなくて、太陽のシンボルか、または、炎がついた宝珠かもしれません。
 ところで、あの炎がついた宝珠の正体は何なんでしょうか。

・西洋で★が星の形であることは、昔の陰陽師、密教、天文博士などは知っていたのではないかと思います。陰謀論みたいですが、内部文書しかないので、外に出てきていない(だから、並の調べ方では出て来ない)、と思っています。

・これは今見つけました。「重要文化財 板踏絵 無原罪の聖母」の1つ(外形が小判型のもの)には、聖母マリアの頭部の周りに7つの星(六芒のアスタリスク)が描かれています。

https://emuseum.nich.go.jp/detail?langId=ja&webView=&content_base_id=100428&content_part_id=1&content_pict_id=0

当時の人(キリシタン信者と役人)が、これを星と思ったかどうか・・・
長崎のもので、「江戸時代・16世紀後期~17世紀初期」とあります。16世紀後期なら江戸時代ではないと思いますが、その時代に踏み絵があったかどうかは知りません。16世紀にあったとしたら、元は踏み絵ではなく「ご本尊」かもしれないと思います。

_ 玉青 ― 2023年07月09日 12時00分50秒

星と星形の話題は、もっと資料を集めて、にぎにぎしく論じたいですね。引き続きどうぞよろしくお願いします。以下、いただいたコメントに取り急ぎのレスです。

>陸軍の★

あ、なるほど。近代人の立場に身を置くと、星形の星も、護符としての晴明判も、両方知っているわけですから、そこにダブルミーニングを込めても不思議ではありませんよね。
さっき晴明神社のサイトを見たら、「五芒星はあらゆる魔除けの呪符として重宝されてきました。 近代では、戦時中に弾除け(多魔除け)の意味をかついで、軍帽に刺繍されていました。」とあって、ここでもなるほどと思いました。
https://www.seimeijinja.jp/instagram/

>バイエル

星の記号は、印刷された星図としては最古の「ピッコロミーニ星図」(1540)はもちろん、最古の純粋な星図と言われる「ウィーン写本」(1440頃)でもアスタリスク形ですし、それ以前の中世古写本に登場する星座絵の類も、たいていはアスタリスクや、そのバリエーションで描かれています。バイエルやガリレオがその直系であることは確実です。
ただ、9世紀の「ライデン・アラテア」にまで遡ると、星の位置に金箔をひし形に切って貼り付けてあって、アスタリスク形の星が古代から一貫して連綿と続いているかは不明です。ひょっとして途中のどこかで中絶があるかもしれません(多分ないと予想しますが…)。

>炎がついた宝珠

火炎宝珠の火炎は、たぶん明王の火焔光背と同じで、すべての煩悩を焼き尽くす仏の威徳を視覚化したものと思います。(それよりも、あの玉ねぎ形の宝珠は何に由来するんでしょうね?あのてっぺんのとんがりが気になります。)

>昔の陰陽師、密教、天文博士などは知っていたのではないか

ここはS.Uさんに異を唱えますが、それはないんじゃないですかね。そもそも、★が星を意味していることを秘中の秘、厳秘にする理由がありません。西方世界では、逆に星は誰の目にも「★」や「*」に見えていたので、そこに秘教的解釈を施す余地がありません。また仮に平安の昔に、そのような秘密の知識があったとして、その後、社寺の経営基盤が、権勢を誇る外護者から一般信徒へと移っていく過程で、例えば晴明判を神紋にする各地の晴明神社や、星祭りを行う村々の真言寺院などが、★は星であることをアピールして、神仏のご利益を大いに煽ってもいいのに、そうした形跡もないようです。

>無原罪の聖母

これは心強い実例ですね。こうしたメダイはキリスト教伝来以降、相当数舶載されたでしょうし、国内で複鋳もされたのでしょう。当初は「★」や「*」を星と認識していたと思いますが、その知識が禁教令とともに速やかに消えたのは不思議です。★=星とすること自体が、キリスト教に関わるものとして忌避されたのかもしれません。でも、キリスト教を持ち伝えた隠れキリシタンの家々に伝わる聖画を見ても(さっき画集を見ていました)、★の表現は見つからないので、やっぱり日本人の目には、星が★に見えにくかったんでしょうかねえ。これも今後の宿題です。

_ S.U ― 2023年07月09日 17時12分02秒

いろいろとご教示ありがとうございます。

★や*が星であるというごく当たり前の知識が、世界の文化史の土台を揺るがす(ちょっと大げさでしょうか)大問題であるのは、驚くべきことだと思います。今後ともよろしくお願い申し上げます。

>秘中の秘
 ここで私が秘密情報であろうと申しているのは、「★が星である」という知識ではなく、インドなり中国なりの仏教指導者が、異教のシンボルに感応したということについてです。仮に、大陸の仏教が西方の宗教から優れたところを取り入れたとしても、彼らは、部外者向けにそれをそれとわかる形の記録に残すことはしないと思います。

>日本人の目には、星が★に見えにくかった
 ★の光芒は、目の瞳の周りの光彩のギザギザによる回折のパターンであるとして良いと思いますが、そのギザギザのスケールが、東洋人とオリエント~ヨーロッパ系人種で違うのかもしれません。少なくとも、白人や中央アジアの人は、光彩の色が淡色の人が多く、光彩のエッジでの反射光は彼らのほうが多いものと思います。
 夜間に網戸を通して野外の明るい街灯(水銀灯やLED灯)を見ると、上下左右に計4本の光芒が見えます。これは、網の細かさと網の材質の反射率の双方に依存するはずです。網の材質が淡色でツヤが良ければ、規則的な幾何学パターンの光源は干渉を強める元になると思います。これまた、眼球の模型を作って実験すべきでしょうか。

https://www.niigata-nippo.co.jp/nf/ikiwaku/2022/work/3.pdf

と思ったら、中学生で、目玉についても網戸についても実験して考察している人がいます。目の光彩のギザギザで星の光条が現れること、糸の材質によって強弱がかなり変わり、反射が大きいと光条がよりはっきりすることが示唆されているようです。ヤングの二重スリットの実験のごとく、反射がなくても遮蔽だけでも周期的パターンは出ますので、実際はもっと複雑です。いずれにしても、この中学生さん、すごいですねえ。

_ 玉青 ― 2023年07月10日 06時40分41秒

>異教のシンボルに感応

おお、これは深いところに入ってきましたね。
唐代にはキリスト教も、ゾロアスター教も、マニ教も、長安周辺まで伝来していたことは確実ですから、日本にその内容が伝わっても不思議ではありませんし、その点に関する論考も種々あるように仄聞します。例の宿曜経だって、異教的といえば異教的ですから、それらの広がりについては、もう少し腰を据えて見極めたいと思います。

中学生の方の論文をご紹介いただき、ありがとうございました。
大変感銘しました。まあ、私なんかに嘱望されてもしょうがないのですが(笑)、ぜひ今後の一層の研鑽と活躍を期待したいです。また、仮に職業科学者にならなかったとしても、その探究心を持ち続けてほしいと思います。

>人種で違う

これは意識していませんでした。確かに西洋の人の目の方が光条を生じやすいとしたら、東西で星の絵画表現に差が生まれた理由も(少なくともその一端は)説明が付きますし、これは大いに脈ありですね。

試みにさっき「eye iris structure race difference」で検索したら、それらしい論文がいろいろヒットして、虹彩の解剖学的構造に人種差があるのは事実らしいです。例えば、下の論文は緑内障の発症率に人種差がある原因を探る目的で、虹彩の厚さを比較していますが、アメリカ国籍の人をルーツ別に、アフリカ系、コーカソイド、ヒスパニック系、中国系、フィリピン系で比較すると、中国系アメリカ人の虹彩が有意に厚いとのこと。虹彩が厚いと、回析効果も小さくなるような気がするので、これもひとつの原因でしょうか。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3825747/

ギザギザそのものについても、探せば論文が見つかるかもしれません。(最近だと虹彩パターンによる生体認証の関係で、データ集積が進んでいる気がします。)

_ S.U ― 2023年07月10日 07時43分29秒

論文紹介ありがとうございます。
光彩の厚さが有意に違うということですね。

光の回折において、遮蔽の厚さにともなう効果や、反射を伴う効果を論じたものは、見たことがありません。天文学では不要でも、物性分野の実験では研究されているとは思いますが。
オペラグラスに色紙やカラー粘土で遮蔽を施して星を見れば、簡単に実験できるかもしれません。またやってみます。

_ 玉青 ― 2023年07月11日 08時06分26秒

何はさておき、ここは餅屋ならぬ実験屋にお任せすることにいたしましょう。
何分よろしくお願いいたします。

_ S.U ― 2023年07月11日 08時38分56秒

西日本では豪雨のようですが、こちらでは、雷のあと夜晴れるような機会も増えてきたようです。実験の機会もあると思います。

誤字があったので訂正しておきます。
眼球の部分は、「光彩」ではなく「虹彩」でした。

何で「虹」なんでしょう? 人種によって色様々だからでしょうか?

_ S.U ― 2023年07月12日 07時34分34秒

人種によって、★の光芒の見え方に違いがあるか?

ちょっと、気が変わりました。特に専門的な実験というほどのことをしなくてもよい、と考え直しました。
全国の皆様の「夏休みの自由研究」などに、以下のような感じでいかがでしょうか。

 要するに、「人工の虹彩」をつくればいいのです。
薄手の紙、中厚、厚紙の3種類くらい。白、黒、他の色など(但し両面同じ色)。厚さと色の組み合わせの違いのある紙を用意します。それぞれに、2~3mm角の◇型の穴を開けます。
この◇の中心から、夜間に「街灯」などを覗くと、×型の光芒が見えます。□の向きにすると、光芒は+型になりますので、穴の効果がわかります。これを、色と厚さの異なる紙で比較していただければ、多少の違いがあると期待します。穴の形、大きさとカット法は揃えるべきです。

私は少しやりましたが、現時点で結果は書きません。光芒は強さ長さに程度の差はあっても見えます。

紙の厚さは、普通のコピー用紙(薄手)、スケッチ用紙(中厚)、ボール紙(厚手)がいいでしょう。色紙や地がカラーの画用紙もあります。ボール紙の場合は断面にもマジックで色を塗ったほうがいいかもしれません。塗った面のなめらかさで結果が変わるかもしれません。

夜間の街灯は、500m~1kmくらい離れたLEDの街灯で、単純に肉眼で見ても、本体は点状だけど★のような光芒が見えるもの がよいでしょう。
バックが林などで暗くなっているのがいいかもしれませんが、必須ではありません。駐車場でも商店でもいいです。肉眼で★に見える時に、人工虹彩から覗くと、光芒に×とか+とかが加わります。

肉眼でじゅうぶんと思いますが、7倍程度の双眼鏡も使えます。形は大きく見えますが、総光量は入り口の◇で決まるので、見た目には暗くなります。写真撮影も可能と思いますが、ここでは、肉眼で見える差があるかどうか がより重要かもしれません。

この場をお借りしまして、よろしくお願いいたします。

_ 玉青 ― 2023年07月15日 09時38分22秒

おお!何だか寺田寅彦みを感じました。

_ S.U ― 2023年07月15日 15時58分57秒

>寺田寅彦み
 光栄なご評価をありがとうございます。
 私も、簡単な紙切りの穴一つで、肉眼で回折のパターンが見えるとは、今回やってみるまで知りませんでした。
 ひょっとすると、LEDの街灯でないと視角あたりの輝度が不足して見えにくいかもしれません。その意味で、ここ数年のLED街灯の普及で初めて出来るようになった実験と言えるかもしれません。お近くから望める照明でお試しお願いします。

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