日英交流を祝う望遠鏡 ― 2016年08月13日 08時06分52秒
イギリスの天文史学会(Society for the History of Astronomy ; SHA)というのは、アマチュアも多く参加している、いわば好事な趣味人の集まりです。少なくとも、こんないでたちで、古い天文台の廃墟を訪ねるぐらいには好事な人たちです。
そして、ここは誰にでも開かれている団体です。私もその末席に連なって、紀要やニューズレターを送ってもらっているのですが、最新の紀要(Bulletin Issue25、2016春号)を見ていたら、「Japan」の文字が目に付きました。
「何かな…?」と目をこらすと、「ジャパン400委員会が贈呈した天体望遠鏡」と題する記事で、今から3年前の2013年に、日英交流400周年記念行事の一環として、イギリス側から日本に贈られた1台の望遠鏡を紹介する内容でした。
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日英交流400周年と望遠鏡がどう関係するかといえば、1613年、時の国王ジェームズ1世が、徳川家康に書状を添えて望遠鏡を贈ったことがあって、その望遠鏡の現物はすでに失われているのですが、この故事にちなんで、改めてイギリスから日本に望遠鏡を贈ろう…というアイデアが出されたのでした(実際に望遠鏡が発注されたのは2012年のことです)。
その後、望遠鏡はロンドン、ケンブリッジ、さらに東京の駐日イギリス大使館を経て、日本各地を巡回し、今年の6月にようやく最終目的地である、家康ゆかりの駿府城に落ち着きました。
■日英友好の望遠鏡復元 家康ゆかりの地に展示 静岡 (静岡新聞2016/6/22)
http://www.at-s.com/news/article/culture/shizuoka/253051.html
http://www.at-s.com/news/article/culture/shizuoka/253051.html
そんなわけで、ニュースとしてはさほど旧聞というわけでもないのですが、国内報道の記事には、いくぶん不正確な点が目につきます。
たとえば、この望遠鏡は、家康に贈られた望遠鏡の「復元品」ではなく、今回のイベント用に特注されたオリジナルです。また、その焦点距離は1000ミリちょうどですから、「全長1.8メートル」というのは、明らかに過大です。また金メッキも施されていません(その黄金色はブラスそのものの輝きです)。
…というわけで、日英修好のために、ここにより正確なところを記しておきます。
何と言っても、上の紀要記事の著者、 Ian Poyser さんは、この望遠鏡を製作した本人なので、望遠鏡の詳細について書くには、これ以上の人はいません。
何と言っても、上の紀要記事の著者、 Ian Poyser さんは、この望遠鏡を製作した本人なので、望遠鏡の詳細について書くには、これ以上の人はいません。
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イアン・ポイザーさん(とお読みすると思うのですが、ひょっとしたら特殊な読み方をするかもしれません)は、ウェールズで、望遠鏡の注文製作を仕事にされている方です。
ポイザーさんは、望遠鏡の歴史的経緯を略説し、当時この望遠鏡に関わった2人の人物――ジェームズ1世の指南役だった、初代ソールズベリー伯 ロバート・セシルと、英国船を歓待した初代平戸藩主・松浦法印(諱は鎮信 しげのぶ)――の子孫が、400年後に顔を合わせて、改めて望遠鏡の授受をしたくだりを親しく記します。
当代のソールズベリー侯(今は侯爵だそうです)が、当代の松浦章氏に望遠鏡を手渡す場面や、それがロンドン塔に置かれた家康寄贈の甲冑の前に展示されている場面などは、なるほど歴史性に富み、絵になるシーンです。
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で、肝心の望遠鏡本体についてですが、ポイザーさんは「Technical description of the Japan400 Presentation Telescope」の節で詳述しているので、それをかいつまんで紹介しておきます。
「ジャパン400委員会のために製作した望遠鏡は、寄贈用の品であり、セレモニーで用いられる贈呈品なので、持ち運びの便を考慮し、我が社が扱う通常の天体望遠鏡よりも小型化する必要があった。我々は研摩した真鍮製天体望遠鏡を経緯台に乗せ、同じく研摩した真鍮製の付属品を備えたオーク製三脚で支えることにした。」
以下、基本スペックです。
対物レンズは、イギリス製の2枚玉アクロマートで、レンズ径86mm、焦点距離は1000mm。接眼レンズは、焦点距離35mmのプローセル式で、前記の対物レンズと組み合わせることで、29倍の倍率が出ます。
主鏡筒は引抜成型の真鍮筒で、チューブ径は3.5インチ(約8.9cm)、ここに合焦用のドローチューブが2つ付きます。1つはラックピニオン式の2インチ径(約5.1cm)チューブ、もう1つはさらにその内部に入った押し引き式の粗動チューブで13/8インチ径(約4.1cm)で、焦点を合わせた状態だと、全体の鏡筒長は42インチ(約107cm)ほどになります。
付属の十字線入りファインダーは口径25mm、倍率は10倍。
経緯台付きのオーク製三脚は、高さ53インチ(約1.35m)で、望遠鏡を取り付けたときの、望遠鏡の中心線までの高さは61インチ(約1.55m)になります。
望遠鏡を収めた箱は、ウェールズ在住の家具職人、S. Gates氏の力作で、釘やネジを一切使わずに組まれた職人技の賜物です。
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…と、訳知り顔で引用したものの、実は上の記事はポイザーさんのサイトに発表済みのものを、SHAの紀要が再掲したもので、オリジナルの記事はネットでも読めます。ポイザーさんの手わざを、美しい写真と共にご覧ください。
(ポイザーさんのサイトのトップページ。左下から以下の記事にリンク)
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歴史にはとげとげしいエピソードが多く、日英の封建君主の思惑も、到底「友情」などという代物ではなかったでしょうが、400年後にこのイベントを企画した人たちは、まぎれもなくフレンドシップに富んだ人たちであり、これはちょっといい話だと思いました。
月人発見 ― 2016年08月11日 09時04分57秒
最近の買い物から。
1920年頃のクロモリトグラフカード。
欄外のキャプションは、「天文学/間違いない、月には人が住んでるんだ。」
欄外のキャプションは、「天文学/間違いない、月には人が住んでるんだ。」
特に説明するまでもなく、少年天文家と、彼をからかう友人たちを描いたユーモラスで可愛い絵柄。色合いもすっきりとして、見ていて気持ちがいいです。
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このカードはちょうど絵葉書大ですが、絵葉書そのものではなくて、フランスのラウル靴店(Chaussures Raoul)の宣伝用カードです。
裏面には、「ラウル靴店 最新最高の品を、最低の価格で」という、同店の決まり文句が刷り込まれています。(パリが本店だと思いますが、このカードにはフランス中部・トゥールの街の支店住所が載っています。)
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そういえば、やっぱり「天文学」と題された、上のカードよりも一寸時代の古い宣伝カードがあったのを思い出しました。
あれも望遠鏡の筒先に何やらぶら下げて、覗き見る人に一種の暗示をかけようとしている絵柄でした。読み返すと何だか切ない記事ですが、当時の自分の心持ちを振り返り、興味深いといえば興味深いです。
夢の望遠鏡、望遠鏡の夢 ― 2016年02月17日 19時36分48秒
来たる2016年3月13日は、日本のアマチュア天文家&望遠鏡愛好家にとって、記念すべき日になります。いや、日本ばかりでなく、世界中のファンにとってもそうでなるはずです。
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天文趣味の一大特徴は、星への愛とともに、機材への愛がうずまいていることです。
必ずしも全ての天文ファンが…というわけでもないのですが、リアル天文愛好家(望遠鏡で実際に星を眺めて楽しむ人)のうち、少なからぬ割合の人が、少なくとも一度は望遠鏡愛に目覚めたことがあるはず。これは、写真愛好家が同時にカメラマニアになるのと類似の現象です。
しかし、望遠鏡愛好家のその後のライフコースは様々です。
早くに熱が冷める人、ほどほどのところで落ち着く人、そして一生かけて機材愛を貫く人。そして、その陰で、あまたの望遠鏡が廃棄され(いちばん最後の幸福なパターンにしても、ご当人が亡くなられた後、その機材愛がご遺族に受け継がれる確率はきわめて低いのです)、貴重な光学文化遺産は日々失われつつあります。
早くに熱が冷める人、ほどほどのところで落ち着く人、そして一生かけて機材愛を貫く人。そして、その陰で、あまたの望遠鏡が廃棄され(いちばん最後の幸福なパターンにしても、ご当人が亡くなられた後、その機材愛がご遺族に受け継がれる確率はきわめて低いのです)、貴重な光学文化遺産は日々失われつつあります。
この点は、各地の公立・私立の天文観測施設でも事情は同じです。機材の更新に伴う旧機材の廃棄もあれば、財政難によって施設が閉鎖され、大型望遠鏡が無用の長物化する例も、近年決してまれではありません。
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こうした現状を憂えた人々が、「一般社団法人・天体望遠鏡博物館」を組織し、会員諸氏のボランティア精神に支えられた息の長い取り組みの末に、ついに現実の「天体望遠鏡博物館」が、このたび開設されることになりました。

ロケーションは香川県さぬき市。徳島との県境に近い山ふところに立つ旧・多和小学校(2012年閉校)の校舎が、来月13日、天体望遠鏡博物館として甦ります。
同館代表理事の村山昇作氏は、元日銀マンという異色の経歴のアマチュア天文家。その周囲で活動を支えてこられたのも、みなさん本業を別に持つ、熱心なアマチュア天文家の方たちと聞き及びます。まさに天の時、地の利、人の和、そのすべてが備わった末に成し遂げられた壮挙です。
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この快事は、海外でも大きな注目を集め、アメリカを中心とするアマチュア天文家の交流サイト「Cloudy Nights」の今日の記事でも大きく取り上げられています。以下は、David McGough氏による同博物館訪問記。その写真を見るだけでも、同博物館の一端に触れることができます。この記事は、先ほど Antique Telescope Society のメーリングリストでも配信されたので、今後、多くの人の共感を呼ぶことでしょう。
■A Visit to the Museum of Astronomical Telescopes In Tawa, Japan
http://www.cloudynights.com/page/articles/cat/articles/a-visit-to-the-museum-of-astronomical-telescope-r3040
http://www.cloudynights.com/page/articles/cat/articles/a-visit-to-the-museum-of-astronomical-telescope-r3040
アインシュタイン賛江 ― 2016年02月12日 17時32分51秒
雑事でバタバタしている間に、世界は重力波観測のニュースで沸き立っています。
重力波はきわめて微弱なものだそうですが、それが宇宙の一角にこれほど顕著な影響を及ぼすということは、物理的な力以外に「情報」というものが、この世界において、いかに大きな役割を果たしているかを示すものではありますまいか。
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重力波の存在を予言したアインシュタイン博士にちなみ、今日はこんな絵葉書です。
これが何かといえば、
「相対性原理を証明したる日蝕写真」だというのです。
東京本郷の矢吹高尚堂製。
この絵葉書の形式は、これが大正7年(1918)~昭和7年(1932)に発行されたものであることを示しています。矢吹高尚堂がどんな店かは知りませんが、たしかに高尚な絵葉書です。
この絵葉書の形式は、これが大正7年(1918)~昭和7年(1932)に発行されたものであることを示しています。矢吹高尚堂がどんな店かは知りませんが、たしかに高尚な絵葉書です。
これが問題の日食写真。
本当は真っ暗な太陽本体の周囲を、明るいコロナが取り巻いているはずですが、これはネガなので、明暗が逆転しています。太陽の周囲に描き込まれた「― ―」の記号は、太陽周辺に浮かぶ恒星の位置を示すもの。
本当は真っ暗な太陽本体の周囲を、明るいコロナが取り巻いているはずですが、これはネガなので、明暗が逆転しています。太陽の周囲に描き込まれた「― ―」の記号は、太陽周辺に浮かぶ恒星の位置を示すもの。
そして、こちらが観測の際に使われた機材。
即ち「英国日蝕観測隊の用ゐたる望遠鏡」です。
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調べてみると、これは1919年5月19日の日食の際のもので、英国隊の遠征先は、アフリカ大陸の西に浮かぶプリンシペ島でした。
皆既日食の際に、太陽近傍(といっても実際にはそのはるか向うですが)に浮かぶ恒星の位置を測定したら、理論値よりもほんの僅かなずれが検出され、これこそ太陽が重力レンズの働きをした証拠であり、相対性理論の正しさを証明するもの…と、当時の人々は、100年後の重力波検出と同様、大いに沸き立ったのでした。
この機材を使い、この日食写真を撮った人は、ケンブリッジ大学のアーサー・エディントン(1882-1944)で、エディントンについては、その自筆葉書を偶然手にしたことを、以前記事にしました。
(画像既出)
とはいえ、この2枚の絵葉書が私の中で結びついたのは、ついさっきのことです。
それによって、そこに明白な「意味」が生まれ、一人の人間の心にさざ波を立てたとしたら、これまた情報というものの働きを物語るものでしょう。
それによって、そこに明白な「意味」が生まれ、一人の人間の心にさざ波を立てたとしたら、これまた情報というものの働きを物語るものでしょう。
覗き見るひと ― 2015年12月09日 20時03分22秒
年末の密かな愉しみ、桑原弘明さんのスコープ展が、今年も始まります。
■桑原弘明展 Scope
○会期 2015年12月14日(月)~12月26日(土) 〔20日(日)は休廊〕
11:00~19:00 (作品公開 13:30、15:30、17:30)
○会場 スパンアートギャラリー
中央区銀座2-2-18 西欧ビル1F
(最寄駅 JR「有楽町駅」、地下鉄「銀座一丁目駅」)
MAP http://www.span-art.co.jp/aboutus/index.html
○会期 2015年12月14日(月)~12月26日(土) 〔20日(日)は休廊〕
11:00~19:00 (作品公開 13:30、15:30、17:30)
○会場 スパンアートギャラリー
中央区銀座2-2-18 西欧ビル1F
(最寄駅 JR「有楽町駅」、地下鉄「銀座一丁目駅」)
MAP http://www.span-art.co.jp/aboutus/index.html
冒頭、「密かな愉しみ」と書きましたが、私は直接会場に伺うわけでもなく、遠くからその世界を想像し、勝手に愉悦を味わっているだけですから、たしかに相当密かな愉しみです。
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昨年は、氏の作品の魅力について考えながら、「覗き込むことは、それ自体が「快」であり、愉悦をもたらす」ということを書きました。
「うむ、ここには一片の真理がある」と、自分の駄法螺めいた文章を読み返して考えたのですが、そのことを思い出す絵葉書を最近目にしました。
1930~40年代のアメリカの絵葉書。
「ここからだと本当によく見える!」というのは、若い女性と老博士が、同時に発した心の声でしょうが、まあ、特に説明を加えるまでもない画題です。
「ここからだと本当によく見える!」というのは、若い女性と老博士が、同時に発した心の声でしょうが、まあ、特に説明を加えるまでもない画題です。
これを桑原氏の作品と並べることに、いささかためらいもありますが、ここにもまた「見ることの快」が如実に表れている気がします。
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ピーピング行為に性的ニュアンスが伴うのは、ほぼ男性限定でしょう。そして、この傾向は時代と文化を越えているので、おそらくその背景には、生物学的要因があるのでしょう。ただ、一方には「家政婦は見た」みたいな覗き趣味もあり、「窃視」という行為は男女共通のものだと思います。
★
いや、これは性差どころか、種の境界すらも越えているのかもしれません。
昔、心理学の本で「条件付け」の話題を読んでいて、強烈に印象に残ったのは、「見る」ことは、それ自体、無条件でプラスの価値を持つという事実です。
動物を使った条件付けの実験では、普通、装置から餌がポロッと出てきて、それが、「ご褒美(=正の強化子)」として働き、学習行動が成立するのですが、餌の代りに「目の前の窓が開いて、一瞬外の景色が見える」だけでも、ご褒美として機能する…という事実が、そこには書かれていました。たとえば、被験体となったサルは、外をチラッと見たいがために―ただそれだけのために―レバーを盛んに押したり、複雑なボタン操作を覚えたりするのです。
「見ることの快」、あるいは「見ることへの強迫性」が、視覚優位の動物にとって、いかに本質的なものであるかが窺える話だと思います。
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どうも「覗き」にこだわりすぎて、桑原氏の作品そのものについて語ることが少なかったようです。われわれは、ただその極微の美の世界に入り込み、陶然とすればもちろん十分です。
(今年のDMテーマ作品は2015年の新作「雪あかり」)
外は美しい雪景色。
今、極微の部屋の主は戸外に極微の顕微鏡を持ち出し、極微の雪の結晶を眺めて、さらなる極微の世界に思いをはせている…なんて想像をするのも、勝手連の楽しみのひとつです。
今、極微の部屋の主は戸外に極微の顕微鏡を持ち出し、極微の雪の結晶を眺めて、さらなる極微の世界に思いをはせている…なんて想像をするのも、勝手連の楽しみのひとつです。
ある望遠鏡の謎を追う(後編) ― 2015年11月05日 20時04分21秒
この望遠鏡の素性が分かったのは、同じ望遠鏡を島津製作所の古い商品カタログで見かけたからです。
上がそのカタログ。
背後の青い表紙は、昭和7年(1932)に出た『初等教育理化学器械目録』、その手前のくすんだ表紙は、東京支店が大正4年(1915)に発行した『普通教育用理化学器械及薬品目録』です。
背後の青い表紙は、昭和7年(1932)に出た『初等教育理化学器械目録』、その手前のくすんだ表紙は、東京支店が大正4年(1915)に発行した『普通教育用理化学器械及薬品目録』です。
昭和7年のカタログの天文教具の1ページを見ると、右上に問題の望遠鏡が載っています。
商品説明を見ると、「天文望遠鏡…地上兼用/地上25倍、天文50倍 三脚付木箱入携帯用/60円」 とあります(大正4年のカタログにも、まったく同じ商品が載っていて、そちらは価格が32円になっています)。
同じページに載っている他の望遠鏡と比較すると、これは「相対的廉価版」の位置づけでしょうが、小学校の先生の初任給が、大正の初めで20円、昭和の初めで50円ぐらいでしたから、絶対的にいえばそれなりに高価なものです。子どもがお小遣いを貯めて買うのはちょっと難しかったでしょう。
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結局、この望遠鏡は大正~昭和の初めに島津が取り扱っていた品で、オークションの売り手も京都に店を構える古物商でしたから、直接島津に由来するものの線が濃い気がします。
とはいえ、その「素性」が分かっても、「正体」の方は依然あいまいです。
上記のカタログには、五藤光学の製品には「五藤式」の表示がありますが、この望遠鏡には何の説明もありません。島津が自前で望遠鏡を作っていた形跡はないので、いずれにしても他社製品のはずですが、その辺のデータが不足しています。
上記のカタログには、五藤光学の製品には「五藤式」の表示がありますが、この望遠鏡には何の説明もありません。島津が自前で望遠鏡を作っていた形跡はないので、いずれにしても他社製品のはずですが、その辺のデータが不足しています。
唯一の手掛かりは、この望遠鏡の商品番号「17A」にアンダーラインが引かれていることです。これはカタログの前書きに「目録中番号ノ下ニ―線を付シタルモノハ外国品ニシテ為替変動ニヨリ価額モ亦一定セザルモノ」とあるとおり、外国製―当時の言葉でいえば「舶来品」―であることを意味します。
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ただ、これだけ分かっても探索はなかなか難しいです。
以下、当時の島津の営業の実態がうかがえる、興味深い資料として、大正15年(1926)発行の『化学器械及薬品目録』の巻末ページを挙げておきます。
以下、当時の島津の営業の実態がうかがえる、興味深い資料として、大正15年(1926)発行の『化学器械及薬品目録』の巻末ページを挙げておきます。
当時、島津は欧米の上記各社と代理店契約を結んでいました。
ここに登場する望遠鏡関係は、独のエミール・ブッシュ社だけですが、さらに次のページを見ると、「弊社は下記製作者とは特約店の関係若しくは特に親密なる関係にあり従て其の製品は迅速に而も廉価に納入し得べし」とあって、そこにも多くのメーカーが挙がっています。
ここに登場する望遠鏡関係は、独のエミール・ブッシュ社だけですが、さらに次のページを見ると、「弊社は下記製作者とは特約店の関係若しくは特に親密なる関係にあり従て其の製品は迅速に而も廉価に納入し得べし」とあって、そこにも多くのメーカーが挙がっています。
(ドイツ各社)
(ドイツの続き、そしてイギリス、フランス、スイス、オーストリアの各社。フランスの項にはデロールの名も見えますね。)
(アメリカ各社)
これらのメーカーのうち、望遠鏡を扱っていたのは、独のカール・ツァイスを筆頭に、ごく一部のはずですから、それを抽出すれば次の手もあると思いますが、ちょっと面倒くさいので、今回の謎解きは一応ここまでにしておきます。(いずれまたヒョンなことで分かることもあるでしょう。)
ある望遠鏡の謎を追う(前編) ― 2015年11月04日 21時57分24秒
昨日の記事に触発されて、久しぶりにアンティーク望遠鏡の話題です。
机の上にドンと置いた木箱。
逆光で見にくいですが、タテヨコは18.5×43cmほどです。
逆光で見にくいですが、タテヨコは18.5×43cmほどです。
で、これをパカッと開けると…
中に口径50mmの小さな望遠鏡が収まっています。
これまた大変見にくくて恐縮ですが、最終的に組み上げた状態はこんな感じです。
鏡筒は3段伸縮で最長73cmまで伸びます。
まあ、これだけだと、何となく「ああ、古い望遠鏡だね」で終わってしまいますが、この望遠鏡の特徴は、その木製三脚の構造にあります。
3本の脚が三角柱状の部材に取り付けてあり、そこに溝が切ってあります。
この溝に脚をはめ込んで、蝶ネジで固定する仕組みなのですが、他に類例を知りませんし、何だか素人の手細工のようにも見えます。そもそも望遠鏡本体のどこを見ても、メーカー名の記載がありません。
…というわけで、何となく怪しい感じがするせいか、この望遠鏡は随分長いことオークションページでたなざらしになっていました。(ひょっとしたら、今これをご覧の方の中にも、見覚えのある方がいらっしゃるのではないでしょうか。)
私もそのまま通りすぎたのですが、ある日ふとこの望遠鏡の素性が分かり、購入する気になりました。残り物に福があることは、経験的にあんまりないですが、これはあるいは「福」の内に数えていいかもしれません。
(何となくもったいぶりつつ、この項つづく)
土星のレンズセット ― 2015年10月07日 07時05分47秒
実は、昨日の記事と似たようなことを9年前にも書いています。
■かわいいレンズセット
http://mononoke.asablo.jp/blog/2006/12/19/1038203
■かわいいレンズセット…その2
http://mononoke.asablo.jp/blog/2006/12/20/1039680
http://mononoke.asablo.jp/blog/2006/12/19/1038203
■かわいいレンズセット…その2
http://mononoke.asablo.jp/blog/2006/12/20/1039680
上記の「その2」を見ると、
「当時、大きな夢を抱いて、この商品を握り締めた少年がいたのではないでしょうか。それを思うにつけても、涙ぐましい程のいじらしさ、健気さを感じてしまいます。そこには間違いなく自己憐憫の要素もあると思いますが」
…云々というようなことを自分は書いていて、これは全く同じですね。
別にコピペしたわけではないんですが、同じ人間が書いているので、似たような言葉の連なりになるのでしょう。成長の乏しい自分を恥じます。
★
さて、今より9歳若い自分が取り上げたのは、下の品でした。
で、自己憐憫に駆られ、いじらしさに胸を締め付けられた私は、その後も似たような品を見るたび、ついつい買ってしまいます(それこそ、一種強迫的な感じもあります)。
下に写っているのが、昨日のダウエル光学のレンズセットで、今日ご紹介するのは、その上の2種。9年前と同じ謎の「T.O.C.光学」の製品で、それぞれ口径60ミリと45ミリの望遠鏡用レンズセットです。
その中身については、もはや詳述しますまい。しかし、この青い箱に入ったレンズセットを買った理由は、単なる憐憫の情だけではありません。
どうですか、このパッケージデザインは!
そう、文句なしに「カッコいい」んですよ。こんなのを見せられてはもうダメです。
そう、文句なしに「カッコいい」んですよ。こんなのを見せられてはもうダメです。
こうしてモノは日々集積していきますが、こういう乱雑さは、自分的にはむしろ歓迎すべきことです。
僕だけの夢の望遠鏡 ― 2015年10月05日 21時26分37秒
(昨日のつづき)
貧しげな風情と、そこに漂ういじらしさ。
この望遠鏡のレンズセットも、まさにそうした品です。
この望遠鏡のレンズセットも、まさにそうした品です。
ダウエル光学(DAUER)というのは、昔たくさんあった、廉価な望遠鏡を供給していたメーカーの1つで、「天文ガイド」誌なんかで、乏しい小遣いを握り締めた少年たちの幻想を、盛んにあおっていたものです。
口径40ミリといえば、文句なしに小望遠鏡です。
それをさらに紙の筒で自作する―いや、自作せざるを得なかった―天文少年の心を、思いやるべし。
それをさらに紙の筒で自作する―いや、自作せざるを得なかった―天文少年の心を、思いやるべし。
このレンズはデッドストック品なのか、実際に使われた形跡はありません。
でも、同等品を買って、せっせと工作に励んだ少年が日本の各地に必ずいたはずです。彼がはじめて筒先を空に向けたときの胸の高鳴りを、私ははっきりと想像することができます。そして、そのファーストライトがどのような結果だったかも…。
でも、同等品を買って、せっせと工作に励んだ少年が日本の各地に必ずいたはずです。彼がはじめて筒先を空に向けたときの胸の高鳴りを、私ははっきりと想像することができます。そして、そのファーストライトがどのような結果だったかも…。
おそらく色収差でカラフルな輪郭を持った月の表面に、辛うじてクレーターが見えるぐらいだったと思います。あるいは、それすら見えなかったかもしれません。その結果は、もちろん彼を満足させるものではなかったでしょう。彼がそこでただちに次の目標に向かって、勇躍邁進したならば大いに結構です。
でも、このレンズセットが、お父さんやお母さんに無理を言って、やっと買ってもらったものだとしたら…。彼は決してそんな割り切り方はできないし、お手製の望遠鏡に、やっぱり深い愛情を抱いたことでしょう。そして、その愛情は深い悲しみや怒りを超克した末に生まれたものだけに、私はそこに何とも言えないいじらしさを感じてしまいます。
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こんな風に見て来たように書くのは、何を隠そう私にも似た経験があるからです。
それをこのレンズセットに投影して、過剰に反応してしまう自分を抑えることは、なかなか難しいです。
それをこのレンズセットに投影して、過剰に反応してしまう自分を抑えることは、なかなか難しいです。
人間を形作っているのは、こういう瑣末な経験の集積に他ならないと思います。
流星ラジオの流れる夜…カテゴリー縦覧:流星・隕石編 ― 2015年03月09日 07時00分06秒
流星モチーフの切手は、ありそうで意外に少ないです。
下は、1957~58年の「国際地球観測年」を記念して、旧ソ連で出た切手。
下は、1957~58年の「国際地球観測年」を記念して、旧ソ連で出た切手。
左側は望遠鏡による太陽観測、右側は流星の電波観測を描いたもの。
夜のしじまを破り、星空を切り裂いて飛ぶ大流星が見事です。
観測者のレシーバーも、さぞ大きなノイズを拾ったことでしょう。
夜のしじまを破り、星空を切り裂いて飛ぶ大流星が見事です。
観測者のレシーバーも、さぞ大きなノイズを拾ったことでしょう。
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「地球観測年」は、英語だと「International Geophysical Year」で、普通に訳せば「国際地球物理学年」です。その観測対象は、地上や地下の現象はもちろん、気圏を超えて磁気圏の現象にまで及んでいました。流星の観測は、たぶん高層大気の研究と結びついていたのだと思います。
ちなみに、南極の昭和基地は、この地球観測年に合わせて建設されたそうです。
また、おなじみのヴァン・アレン帯が発見されたのも、地球観測年の成果だということを、先ほどウィキペディアを読んで知りました。
また、おなじみのヴァン・アレン帯が発見されたのも、地球観測年の成果だということを、先ほどウィキペディアを読んで知りました。
【付記】
標題が毎回「カテゴリー縦覧」で始まるとうっとうしいので、サブタイトルを前に持ってくることにしました。










































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