碩学を部屋に招く…1冊の魚の本2011年04月13日 21時38分20秒

天文学における「神話」の1つに、かつてガリレオが、ローマ教会から自説の撤回を迫られたときに、「それでも地球は動く」と見得を切ったというのがあります。裏返せば、それぐらい我々の住む大地はどっしりと動かないものだ…ということが、当時は自明視されていたわけです。

17世紀に限らず、「不動の大地」というのは、ついこの間まで、ありふれた修辞でしたけれど、ここに来て日本人は「大地とは絶えず動くものだ」という新たな常識を獲得するに至りました。歴史的に見て、特異な状況だと思います。まあ、意味はちょっと違いますが、これもまた一種の「地動説の誕生」なのかもしれません。

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さて、やたらめったら物を買うのも一段落したところで、温故知新のつもりで、天文古玩再考という企画を考えています。このブログの本来のテーマである、天文関連のアイテムを改めて紹介していこうという内容です。

しかし、先日ゴスの『海辺の一日』の写真を撮るついでに、その隣にあった本も撮影したので、まずはそれを先に載せておきます。


J. Travis Jenkins
 The Fishes of the British Isles
(2nd ed.)
 Frederick Warne (London), 1936
 17 × 12cm., 408pp.

さして古い本ではありませんし、版型も小さく、図版もハーフトーン(網点)ですから、いく分雅味に乏しいきらいがあります。
ただ、この本には、オックスフォードで魚類学を講じた、マーガレット・ヴァーレイ(旧姓ブラウン;1918‐2009)博士旧蔵という来歴があります。


この本を手にした1942年、ヴァーレイ博士は(まだヴァーレイでも、博士でもありませんでしたが)、ケンブリッジのガートン・カレッジを卒業して、魚類研究に踏み出したばかりのころ。その後、昆虫生態学者のジョージ・C.ヴァーレイと結婚したのが1955年で、書き込みから想像するに、この本はその間、博士の机辺にずっとあったのでしょう。


博士の書斎には、魚に関する本が他にもぎっしり並んでいたはずです。そして、博士は灯火の下で、本をひもときながら、盛んにペンを走らせていたのではないか…そんな情景を思い浮かべると、1冊の本を媒介に、碩学の書斎の空気が私の部屋にもサッと流れ込んでくるようです。あるいは、碩学を部屋に招いて、親しく歓談しているような気分にすらなります。



こういう本の楽しみ方は、紙の本だからこそ味わえる情趣。
まあ、人によっては下らないと思われるかもしれませんが、でも、天文古玩などというのは、おしなべて想像力の遊戯なわけですから…。