天文の世界史2019年05月11日 07時23分14秒

このブログで綴っているのは「天文趣味史」であって、「天文学史」ではないんだ…ということを、これまで折に触れて書いてきました。天文趣味史というのは、過去から現在に至るまで、人々が抱いてきた星への思いや憧れ、いわゆる“星ごころ”をたどる試みであり、学問としての天文学史とは少しく異なるものです。

でも、両者は当然からみあっています。

天文学に新たな展開があれば、人々の星ごころも変化するし、人々の星ごころは同時代の天文学をドライブする役割を果たしたように思います。…と理屈をこねるまでもなく、天文趣味に関心を示す者は、天文学そのものにも関心を示すのが普通なので、私の中でも、両者がサクッときれいに分かれているわけではありません。

そんなわけで、今日は「本当の天文学史」の話題です。

   ★

先日、一冊の天文学史に関する本を手に取りました。
そして大きな驚きを以て読み終えました。


■廣瀬 匠(ひろせ・しょう)著
 『天文の世界史』
 集英社(インターナショナル新書)、2017. 

いったい何に驚いたか?
ここで敢えて問いたいですが、新書1冊で天文学の通史を書けると思いますか?
それも洋の東西を合わせた世界の天文学の通史を、ですよ?
それができるというのは、まったく想像のほかでした。

ネタバレになりますが、そこにはある巧妙な仕掛けがあります。

天文学の通史というと、国や地域別に天文学の発展を述べるとか、古代・中世・ルネサンス等の時代別に輪切りにして語るのが普通でしょう。でも、廣瀬さんの本は、そういう構成になっていません。

この本は、

 第1章 太陽、月、地球
 第2章 惑星
 第3章 星座と恒星
 第4章 流星、彗星、そして超新星
 第5章 天の川、星雲星団、銀河
 第6章 時空を超える宇宙観
 終章 「天文学」と「歴史」

…といった天体別の章立てになっていて、それぞれの対象の捉え方が、いかに時代を追って精緻になってきたかを記しています。と同時に、この章立てそのものが、実は人類の視野の拡大と、天文学の発展の骨格を示しています。上で言う「仕掛け」とは、このことです。

(同書目次より)

つまり、この本は最初に明快な見取り図を示した上で、そこから倒叙的に事態を記しているのです。従来の通史は、この見取り図が完成するまでの曲折を描こうとして、ボリュームが大きくなりがちでした(それもまた意味のある作業でしょう)。でも、廣瀬さんは、そこを大胆にそぎ落とすことで、大幅なコンパクト化に成功したのでした。

   ★

この本が読みやすいのは、もちろんコンパクトだからというのもあります。

でも、それだけではない、生き生きとしたものが文章にあふれていて、読む者を引き付けます。それは廣瀬さんが、現在、スイスで研究と教育に携わる少壮天文学史家であると同時に、一人の天文愛好家でもあって、本書全体のベースに、これまでご自分で空を見上げ、ご自分なりに感じ、そして思索されてきたことの集積があるからでしょう。つまり、文章によく血が通っているのです。

さらに、「天文ソムリエ」としての経験も、込み入った知識を分かりやすく伝える上では、大いに役立っているのだろうと、私なんかが言うのは甚だ僭越ですが、そんな風に思います。

   ★

廣瀬さんとは、以前、ラガード研究所の淡嶋さんと一緒に食卓を囲んだことがあります。のみならず、我が家においでいただき、いろいろなことを教えていただきました。だからといって、私には提灯記事を書く理由も意思もないので、上に記したことは、全て私がそのまま感じたことです。

星に興味がある方、その背後に刻まれた人間精神の旅路に興味がある方に、広くお勧めしたい一冊です。

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